2000/07/05

ホームリポート前号次号


岡山での議席獲得ならず

結果は敗北だが明日が見えてきた

自民党にとってかわる民主党を育てたい

 総選挙が終わりました。全国的に見れば、自民党・森政権への批判は強く民主党はまずまずの成果を得たと言えるでしょう。しかし、岡山に限って言えば、衆議院の議席がゼロという深刻な事態です。

 比例区で中国ブロックの一角を占めることもできず、各選挙区で自民党の現職に大差をつけられたことで、各新聞には民主党の力不足をその原因に上げている記事が目立ちます。そのとおりです。

 自民党の政治が陥っている点を上げれば、一つは官僚政治であり、世襲政治、業界代表政治です。岡山選出の自民党議員にそれがよく現れています。1区は3世議員で企業内政治家、2区は厚生省官僚上がり、3区は高名な政治家の孫で運輸・建設業界に睨みが利く人、4区は2世議員の代表であり、厚生省の族議員のトップ、5区は大蔵省出身の2世議員です。これらに対抗したのが、弁護士、医師、実業家、政策マン、薬剤師・ケアマネージャーといった顔触れです。候補者はそれぞれユニークで、衆議院選挙に臨む人材であったと思いますが、組織がない弱点をカバーする時間がなかったと言えるかもしれません。それだったら、ただちに行動を開始するべきでしょう。諦めたときに政治の改革は終わります。

 私はこれまで、民主党には期待はするものの少し距離を置いてみていたというのが正直なところです。しかし、自民党のおごりたかぶった姿勢に触れて、このままではいけないと感じました。自民党の良さが無くなってきています。それはライバルがいないことによる緊張感の欠如でしょう。私は本気で民主党を育て、一緒に歩むことにしました。

2000/07/05 岡山市議会議員 羽場頼三郎


主な政党の岡山市の得票

岡山市(1区/2区合計)
比例区 民主党 6万5758票
自民党 8万9803票
公明党 4万9538票
共産党 2万9399票
社民党 2万2845票
選挙区 民主党 8万4760票 〔河田英正+中桐伸五〕
自民党 14万6993票 〔逢沢一郎+熊代昭彦〕
公明党 0票
共産党 3万1502票
社民党 7061票

<私の分析>

 民主党は、代表である江田五月の知事選(8年)の12万8014票、参議院選の12万1298票(10年)に遠く及ばない得票である。支持者をまとめきれなかった。選挙区に侯補者を立てなかった公明党票はかなりの部分が自民党に流れた。民主党は反自民票の受け皿にはなったが、保守の良識層(その大部分が無党派)の票を獲得できなかったのではないか。岡山市民の中には固い自民党の支持者の割合は少ないと思われる。冷静な判断を下す保守リベラル層への働きかけが弱かったのが、民主党が支持を伸ばせなかった原因の一つだ。

           羽場頼三郎


出会いに感謝 皆様とともに歩みたい

2000/07/05 河田英正

 衆議院選挙は終わりました。羽場さんを支えてこられている皆様方には大変お世話になり、本当にありがとうございました。このたびの選挙を通じて初めて知り合うことのできた方々でしたが、すばらしい出会いをさせていただき、これからが本当のおつきあいが始まるのだと楽しみにしています。

 私の知らないところで、電話かけ・ビラ貼り・支持者回りなどの地道な運動、本隊車の先導、手振り、スポットでの出迎えなど、熱気のある活動には、ただただ感謝と驚きの連続。侯補者として励まされ、勇気づけられました。こうした活動が最後の急速な広がりにつながり、相手候補の自信を打ち砕く得票になったと確信しています。

 しかし、現実の問題として岡山での民主党の議席はなくなりました。また、選挙区での勝利にはまだまだ壁の厚さを認めざるをえません。一方において、今まで面識もなかった方々から、政治を変えてみようとの熱い思いの輪を広げていただき、そのうねりが生まれてきていることも実感しています。

 今は、あらためてひまわりのバッヂを胸に弁護士としての活動を再開し、正義のとおる政治を実現するために今後も皆様方と共に歩んでいきたいと思っています。


宇都宮徳馬氏を悼む

 宇都宮徳馬さんがなくなられた。私にもっとも影響を与えた政治家の一人だった。私の選挙の際には喜んで推薦人になってくださったが、思い起こせば二〇年前の衆参ダブル選挙が出会いだった。菅 直人の選挙を応援していた私は、同時に東京地方区で出ていた宇都宮さんの選挙も応援した。その時の政治家としての風格とはなしっぷりが目に浮かぶ。

 思い起こせば宇都宮さんと引き合わせていただいた安東仁兵衛さんもすでに故人になられている。大切な人たちを失ってしまった。

 私たちが主催した講演会である学生が「どうしたら世界の軍縮ができますか」と質問したのに対し「まず君が決意したまえ。自分で決意し、行動を起こすことだよ」と言われた。評論家になっていては何事もできない、そういう意味と思う。この言葉を忘れることなく今後も政治の道に進まなければとあらためて思い起こしている。軍縮と平和の精神と行動を引き継いでいきたい。


ホームリポート前号次号