羽場頼三郎 活動日誌 2011年8月

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8月31日〔水〕 議運

明日の9月定例市議会に向けての議運が開かれ、井本議員にかわって出席。議員定数についての結論をとりあえず出す。つまり、43人と言う極端な数は否決に。対案として多くの会派が46を考えていることを明らかに。市民ネットとしては、48が最低だとしながら、他の会派の考えも考慮に入れて最終的に判断することを表明。

そして最後に、本当の議会改革とは決して定数の削減といったことではなく、議会の活性化が本筋であること、市民の意見を代表しているかどうか疑わしい団体の意見を軽々しく受け入れるべきではないことを付け加えて会議を閉じた。


8月30日〔火〕 総務委員会 江田事務局会議

10時から総務委員会。間口は広いのだが、他の委員会に審査を任せることや、本会議前ということもあり、比較的早く済んだ。市民文教委員会にかなりの部分が移ったことも影響している。

江田事務所で定例の事務局会議。中央の情勢などはとりあえず考えず、事務所として出来ることを進行させるように指示。地方選挙の報告を受ける。勝央町、西粟倉村などの選挙がある。


8月29日〔月〕 朝 議運 南区協議会

朝1番、県連の車がバッテリー上がりで動きません。という連絡があり、あわてて駅前に。弁士も私しかいないので、中央の話はあえてせず、市議会報告をする。委員会の改革、決算の話をする。

議運で9月議会の日程を決定。井本さんと一緒に報告。

午後は南区協議会。9月議会に提案される議案などの説明を受ける。メモリーパークの土地取得が提案されるが、田んぼを潰してお墓にする計画にはとても賛同できない、と感じた。


8月27日〔土〕 菅直人総理が退陣 

菅さんがついに総理を辞めました。辞めさされました、というほうが正確だと思いますが。私に言わせれば、なぜ、ここで辞めなければならないか、いつのまにか「総理の資質がない」ことになっているのか、理解に苦しむ。菅さんの政策に反感を持つ人の策略か、菅さんの能力に嫉妬する人のやっかみか、菅さんに続けられると自分の利益が侵される人の危機感か、菅さんを支えることができなかった人の言い訳か。日本の政治の貧しさの現われという記事があったが、ある意味で当たっている。都合の悪いことをすべて自分のせいにされて、菅さんはよく頑張った。ご苦労さんと言いたい。


8月12日〔金〕 石破発言

自民党の石破という人が菅総理に対して「早く辞めないから、避難民が助からず、東北の復興が進まない」と言っている。国難を前にして、国に協力しなかった人が、その責任を他人になすりつけようとしている。みっともないし、情けなくて仕方ない。そんな人たちが権力を持ったらこの国は本当におしまいになるかもしれない。


8月9日〔火〕 市民ゴルフ場

水道局のサービス公社が経営する「市民ゴルフ場」を閉鎖する可能性が出てきた。以前にも同じ話があったが、市民の反対でつぶれている。今回も、反対の声が上がっていて、その運動を進めている方から話を聞いた。以前に水道局に聞いた話と随分違う。この判断は難しくない。情報を正確に聞いて、市民の立場で考えればよいと思った。


8月6日〔土〕 蜂谷道彦顕彰碑

市内富原の公民館で、蜂谷道彦先生の顕彰碑除幕式があり、参列した。蜂谷先生は医者であり広島の逓信病院の院長を勤めていたときに被爆し、全身に無数のガラスが突き刺さっているにもかかわらず、送られてくる被爆患者の治療に当たったというかただ。その経験を著された「ヒロシマ日記」は世界18カ国で翻訳、読まれて、原爆をこの世から無くすことを訴えられた。岡山の生んだ偉人の一人だ。ここで、「顕彰碑を建てる会」前会長赤枝郁郎氏の夫人、同会事務局長の森暢子元参議院議員、新見大学の難波学長、児童文学の加藤章三、県会議長、三木亮治市議会副議長、高井、逢沢両衆議院議員などとお会いした。市議会からは、鬼木のぞみ、難波、下市が参加。元議員の辻野さんにも久しぶりにお会いした。


8月5日〔金〕 田中良太の目覚まし時計

私の尊敬する元・毎日新聞記者であり四街道市議の田中良太さんが書いている「目覚まし時計」の8月4日号の菅直人総理についての意見に注目した。「菅さんは東日本大震災の際に、東電福島第一原発の爆発を防いだ総理として名を残すと同時に原発と東電を残した総理として歴史に残る」と言われている。

前半については同感だが、後半についてはまだ決着がついていないという気がする。菅直人総理には人気不人気にかかわらず、徹底的に日本を脱原発で方向付けてもらいたい。


8月1日〔月〕 730 江田五月

駅東口でのおはよう730。先に高井崇志君がはじめていたので、そのあと議会報告をした。高井君がスマートグリッド(IT技術を使い、電気の利用を制御、節約するシステムのこと)の話をしたので、それを受けて岡山市で再生可能エネルギーをどうして広めるか、岡山で何ができるかを論じた。

江田五月さんが、中国電力労組から献金を受けていたことが山陽新聞の記事になっていた。それがどうしたというのだろう。献金を受けて電力寄りの姿勢をとったというなら確かに問題だが、そのようなことはないし、菅内閣の閣僚としても脱原発政策に同調というより、より積極的なはずだ。5万円の寄付で、政策を変更して欲しいとは中電も思わないだろうし、そんなけちな会社ではない。私は個人的に中電は電力各社の中でも良心的でまともな会社というイメージを持っている。わずか5万円の献金をわざわざ記事にするのは、なにか裏の意図があるのでは、と思ってしまう。


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