羽場頼三郎 活動日誌 2010年6月

ホーム日誌目次前へ次へ


6月30日〔水〕 保育園

新聞によると、岡山市は新設予定の保育園2園について、ついに認可をしない方針を決定したらしい。先の議会でも私を含めて数人が質問をした。市民の立場で判断をすべきだ。業界の都合でものごとを決めるな。という趣旨ではみな同じだった。この点については、市長の市民的判断を期待していたのだが。


6月25日〔金〕 ゆるぎない情熱シャツ

「ゆるぎない情熱」とプリントされたポロシャツを愛用している。朝、今日も着て出かけようとして白い下着がはみだしているのに気がついた。家内に、「どうしたらいいだろう」と相談したら、「肌着を着ないで、そのまま着れば」と言われた。えっと驚いた。ここ何十年間半そでの肌着を着ていたので、それを着るものだと思い込んでいた。それを着ないという発想は実に新鮮だった。しかし、実行してみると、なんだか落ち着かない。ランニングシャツでも下に着ようか、と考えている。


6月23日〔水〕 選挙前日 社会主義化

駅前で、菅源太郎と市議団による街宣。この場所はチラシの受けとりが特に悪いところ。1割以下という成功率。選挙が他人事なのだろうか。それでは社会が良くなるはずが無い。空気だけで投票するのもどうかと思うが、無関心も危ない。近藤さんが言うように、ナチズムの台頭はこうした風潮から生まれるのではないかと思った。

私の良く知っている県議(元市議)が、「日本が社会主義化している。この選挙でこれを食い止めなければ」と言っていた。この見解には驚く。どこを取ってそんなことが言えるのか。自民党が政権復帰の合言葉にでもしているのだろうか。これもウ〜ンだ。


6月20日〔日〕 選挙準備

参議院議員選挙が24日に迫り、慌ただしく時間が過ぎて行く。準備のための会合が続き、情勢報告などの仕事も回ってくる。夜には、医師会の決起集会があり、出てみると高校の友人で倉敷の開業医から声を掛けられた。動員で来たのだそうだ。江田五月が医師会の推薦をもらったおかげで、旧友と会えた。これを余得というのだろうか。


6月19日〔土〕 さん太ホール 反政府デモ

江田五月の国政報告会が さん太ホールで行われた。ここは山陽新聞の本社ビルにあるホールで、300席ほどある。ほぼいっぱいになったが、選挙本番直前なのに、これでいいのかといった反省点が残った。

翌日、昼過ぎに「地方参政権ハンタイ」のデモを城下あたりでやっていた。そうか、野党ではなく与党なので、デモを受ける立場になったのかと、変な感慨にふけった。


6月17日〔木〕 モーニングリポート 本会議

朝は福浜小学校前で、街頭市政報告。菅直人新総理に対する期待、市議会の様子などを報告。本会議では、近藤昭さんがいつもの30年代との近似性、岡山コンベンションセンターの不正経理問題などを質問しました。


6月16日〔水〕 本会議

昨日、市長が共産党の竹永議員の質問に対する答弁で、冗談とも取れる発言が修正された。菅直人総理と親しい羽場頼三郎議員と一緒に会いに行く、といった件だ。個人的な関係を公的な行動に持ち込むことになるのではないか、といった批判があった。そうならないように、私も言動に気をつけたい。

質問者の中に、民主党と菅直人に対する見当違いな批判をする議員がいる。批判のための批判を与党というものは受けるものだ、ということだろう。地域主権は国家崩壊の元という批判には、さすがに付いていけないと思ったが。菅直人が特殊なイデオロギーを持っているという批判も、どう捉えて良いのか分からなかった。権力に対する批判ということ自体、慣れていないのだろう。


6月8日〔火〕 ご葬儀 たなかの極細麺

友人の父上であり、私が関係しているNOPの理事長の畑先生が亡くなり、浅口市でご葬儀があった。故人の遺徳を示すように盛大な葬式だった。菅直人総理大臣、江田五月参院議長から弔電が届いていた。

今日も各社から電話取材があり、先輩にも迷惑をかけた。鴨方名物の「たなかのうどん」の極細麺を買って帰り、喜ばれた。この麺がうまい。


6月7日〔月〕 駅東口 本会議初日

朝は駅東口で「おはよう730」。羽場頼三郎、近藤昭、高井たかしのメンバーで行う。菅直人新首相の誕生で、元気はつらつ。民主号外の受け取りも断然よくなった。

市議会が始まる。市長の所信表明には、民主党に対する批判ともとれる言葉がならんでいた。菅直人が岡山にゆかりの人ということも知ってか知らずか、触れていなかった。


6月6日〔日〕 桂きん枝

江田五月会の南事務所が13日から開設される予定です。前夜祭というわけではありませんが、その前10日の木曜日に、桂きん枝さんを囲む会が行われることになりました。午後6時半です。詳しくは南事務所261-8818にお問い合わせ下さい。


6月5日〔土〕 新聞各社

本当に嬉しかった。新聞各社から取材の申込みがあり、昨日はずっと対応に追われていた。朝日新聞の社会面にコメントが載り、山陽や毎日、東京新聞にも一言が載っている。民主党と日本のピンチの時にこそ菅直人は本領を発揮すると思う。何でもいいからお手伝いしたいものだ。


6月4日〔金〕 菅直人総理誕生

ついに菅さんが総理大臣になった。思えば30年前のあの選挙で菅さんが初当選。そのときの映像がテレビで映り、いろんな方からあれは羽場君かといわれた。確かに、若い菅直人を若い私が胴上げをしている。あの時より、静かに感激している。大変な責任を背負う菅さんに同情しながら。菅さんは初当選を果たす前から、総理大臣をめざすことを明言していた。市民の感覚を持ち続けている菅さんに、役人を市民のために本気で働かせる政治を期待したい。


6月3日〔木〕 モーニングレポート 建設委員会

朝8時過ぎ、少し遅れてモーニングリポート。木曜日の福浜小学校前。どうしても民主党のことに触れなくてはならないので、少しだけ感想を述べた。しかし、中心は岡山市政の課題について。市が出資している第三セクターの社員の不祥事、保育園の認可などについての報告と感想を話していると時間になった。

建設委員会では、包括外部監査の指摘や意見に対する市の対応が報告された。それについて突っ込んだ質問があった。建設公社の解散について、当局の説明にはあいかわらずあいまいだった。そのほかにも質問があり、委員会と協議会は3時までかかった。終ったあと控え室にいるとТ議員がたちあがれのポスターを持ってきたので、参考までに2枚もらった。


6月2日〔水〕 鳩山辞任

鳩山さんが辞任した。早すぎるか、遅すぎるかという議論は後でゆっくりするとして、今は参院選への影響が気になる。次の代表、総理が誰になるか。誰になっても、民主党を市民の党として再生してもらいたい。このようなことで、政権交代が後退することは我慢できない。なんのために政治に参加してきたのか、分からなくなる。


羽場頼三郎 活動日誌 2010年6月

ホーム日誌目次前へ次へ