羽場頼三郎 活動日誌 2008年12月

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12月30) チボリ閉園

先日、いつもの散髪屋に行って髪を切ってもらっていたら、隣の人が「わしはチボリは好かんので、一度も行かなかった」と言われていた。私も、後輩の結婚式があったので一度行ったが、それ以外には足を踏み入れていない。

岡山市の市制100周年の記念行事だといって、計画が進められたが、我々は始めからムリな計画と思っていた。その先頭に立っていたのが、故・寺田明生、故・亀井章両市議、元・橘民義県議などだ。議会で100条委員会まで設置して揉め、安宅市長の「チボリ撤退」の決断で岡山市からは追い出したが、当時の長野士郎知事がごり押しをして倉敷市に持っていった。この間に、チボリの恨みで寺田明生氏は議員辞職に追い込まれ、江田は知事選に落ちた。その結果、参院に国会復帰したのち、議長になったのは、まさにあざなえる縄の如しだが。亀井氏はその後も市議会で時の権力の腐敗を追及して権力に楯突きつづけた。一足先に他界した寺田氏とあの世で、先見の明を讃えられていることだろう。その長野知事には3億円の退職金を手にして無事任期切れを迎えさせてしまった。その長野を選挙で落とせなかったのは残念。岡山の「不名誉県民」か「不名誉市民」になってもらいたかった。反長野で戦った人も、ある人は市長になり、ある人は実業家になり、政治家に留まった人もいる。チボリを利用した市長や政治家もいる。県民に負担と失望を与えたチボリが岡山から明日姿を消す。


12月29) 歳末夜警

夜警をしてくださっている消防分団を激励に訪ねた。どこも大変な仕事でありながら、楽しそうにしていたのが印象的だった。明日もまだ行けていないところにいく予定。高井崇志秘書と同行。


12月26) 姫路市平和資料館

今年最後の市民ネットの行事として、姫路市平和資料館を視察。館長自ら説明と案内をしてくださった。総工費6億5千万をかけた施設で、たいしたものだ。戦災都市113の力を集めた慰霊塔がすぐそばに。岡山市も横山、田淵元市長の名前も刻まれていた。戦争の記憶を風化させないという市の姿勢がよく現れている施設だ。小学生全員に、街の歴史、姫路城と2冊の副読本を配り、わが町を愛する人間を育てることにも力を入れている話もお伺いした。市が取り組むことを明言した「平和資料館」だが、そうしたソフト面もあわせて事業を進めるべきだと思った。


12月25) 本会議終る

22日が議会の最終日。予定通り、承6号つまり田原君の訴訟について控訴したことを否とすることが全会一致となった。市長以下おそらく何の反省も無いと思われる。市政運営が大変まずいことに気がつかないか、気付いても反省しないところが最大の欠陥だろう。その他の議案はほぼ波乱無く通過した。


12月19) 承認案件を委員会で否決

総務委員会で、市が出していた承認案件を全会一致で不承認とした。田原君が起こしていた裁判が敗訴したのを受けて、市側が控訴した件だ。一町内会の紛争に市が介入し、その解決案を示したことに対する報酬を支出したことを違法とする内容である。条例に基づかない支出である以上違法であると、市の監査委員も結論を出しているものなので、控訴をしてもまた負ける可能性が強い。議会の不承認は直ちに控訴まで無効とするものではないが、市長の政治的責任は問われる。


12月18) 農業委員会

経済委員会の迷走ぶりは、特筆に値する。政令市昇格に伴ない、農業委員会が区ごとに作られるが、その数が以前と較べて(合併前と)激減するので、これまでの委員さんを「協力委員」としてお願いすることになっていた。それが突然「予算がつかないので止めた」となったので、「なぜだ」となった。理由がまったく明らかにならない。こんなときには、「またか」と推測をするのだが、今のところそれを裏付けるような情報はない。

政令市になれば、なおのこと農業に力をいれなければなら無いと思うのだが。その一環としての委員会の役割が期待されているにしては、理解に苦しむドタバタだ。


12月17) 委員会審議

委員会の審議がはじまった。環消水もはじめは淡々と進行したが、昼前になって雲行きが怪しくなった。旭川中部の事務組合の条例変更の審査をしていたのだが、副管理者を三人おくことについて疑問が生じた。普通なら、構成自治体から首長が1名ずつ選ばれるのだが、ここだけ岡山市から2名出し、しかも常任として特例区長を選出予定とのこと。特例区はあと1年少々でなくなるのだから、選任理由がおかしくなる。運営について長く携わってきたからということを理由にするなら、今後交代はありえないことになる。大変矛盾しているのだが、当局から、次回にはこれを見直す、見直しの方針は任期を待つのではなく、早期に打ち出すという答弁を引き出し、一応認めることにした。各委員会でも問題が噴出しているらしい。経済委員会では、農業委員の補助委員制度が突然否定されたことで紛糾しているらしい。建設や総務ももめているらしく、翌日に審議が持ち越しになった。


12月15) 西口 個人質問

西口で街頭演説。高井崇志、近藤昭、羽場頼三郎で弁士を務める。高井崇志の話はますます磨きがかかってきている。いつ国会に送っても恥ずかしくない。応援するほうも弾みがつく。

長井君が個人質問。ファジアーノ(イタリア語で雉のことらしい)とか言うサッカーの話を冒頭に。それにつけても、操車場跡地をサッカースタジアムにしておけば良かったという声もあるだろう。安宅さんのやることに何でも反対をしていた人たちのために出来なかった。設計図まで出来ていたのに。


12月12) 個人質問続く

今日は市民ネットから三人。トップの田原質問では、またまたまた途中休憩。毎回これだと、よほどおかしいのではないか、という声も起きて当然。身内だから言うのではないが、当局はよほど自信がないことがうかがわれる。田原を苦手にしているとしか言いようがない。

下市質問では、経済局長がまずい答弁。自覚していないだろうが。

鬼木質問は最後がまずかった。慣れていないせいもあったのだろうが。


12月11) 山陽の記事 質問その後

山陽新聞の記事について、周りに聞いてみると好意的な人はいない。議会を軽く見ているのだ。新聞の横暴だろう。といった意見まであった。県議会は議長が抗議にいったが、社長にも会えず、門前払いだったとかの噂も流れている。

個人質問は、ため池の問題が実は産廃の処分場と深く結びついていることを明らかにしたためか、その日家にも電話があった。誤解があったかもしれないが、何でも反対というわけではない。真面目な業者と、市民の立場に立った行政が必要というだけのこと。


12月9) 個人質問 山陽新聞

個人質問が始まった。代表表質問で抜けたところや、さらに突っ込みたいところなど、それぞれに工夫して質問をしている。私は、明日の5番目にたつ予定。時間がはっきりしないが、午後の3時か4時ごろだろう。

それにしても、地元最大の新聞である山陽新聞が、この議会から個人質問の掲載を変えるという。明日の紙面を見てみないと確かなことは分らないが、発言者の写真をはずすなど、扱いが小さくなるらしい。これから岡山市も政令市になって、議会の重みがぐっと増すというのに、なんと言うことだろう。市政への関心を薄くさせようという、誰かの陰謀か。写真が載るから質問者が増えて困るので、それを減らそうということで市の幹部が働きかけた、というような情けないことではないだろうな。そんなことはありませんよ、と記者の一人は言うけれど、疑えばきりがない。時期が時期だけに。


12月4) モーニングリポート 近藤昭

福浜小前で朝の街頭演説。今日から代表質問が始まることを報告。

その近藤さんの質問だが、産廃、農地転用など、個人質問で追いかけたいテーマだ。


12月2) 個人質問

個人質問の受付けはすでに始まっている。5日がしめきりだが、ギリギリに出したことはないので、今回もそろそろ出したい。代表質問を聞いてからでも遅くないのだが、質問項目は煮詰まってきたので。区役所、市営墓地、通路、ため池などだ。


12月1) 駅東口 代表質問原稿 鳩山由紀夫

朝一番の街頭演説を、駅東口のビックカメラ前で。民主党の衆議院予定候補の高井崇志さんと二人で。横で聞いていても、分り易い話をする。国の建て直しの情熱と、それを実現する道筋に確信を持っている。改めて、国会で活躍して欲しいものだと思った。

4日の市民ネット代表質問に向けて原稿の最終調整をした。甲論乙駁で、さすが我が会派。いくつかの修正を加えながら、5時の締切までギリギリの議論をした。後は、近藤議員の議会力にかかっている。4日は午後1時ごろになる予定。どうか傍聴に。

鳩山由紀夫幹事長のルーツは、美作勝山藩の鳩山博房だそうだ。その子が元衆議院議長の鳩山和夫、その子が一郎で、民法の先生鳩山秀夫は一郎の弟、その子が元外務大臣の鳩山威一郎と繋がるらしい。


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