僅かに差し込む日の光に誘われて、眠たげな目を擦りながら銀次は身体を起こした。
「…蛮…ちゃん?」
寝起きの寝呆け状態で室内を見渡せば、本来いる筈の大切な存在がいない事に気付く。
「蛮ちゃん、どこ?」
就寝を共にし、自分の腕の中で眠っていた筈なのに、ベッドの中も温もりが存在し無かったようにすっかり冷えきっていた。
室内の気配も、蛮の存在を示す物音も愛用の煙草の香りもなくて、時間は12時半を表示していた。
「買い出しにでも行ったのかな?」
空腹を訴えるお腹を擦ってベッドから起き上がると、いつもと違う感覚に気付く。
「これ、卑弥呼ちゃんにあげた、鍵とキーホルダー?」
最初に視界に入ったのは卑弥呼に渡した筈の鍵。
必要最低限の家具しか置いていない部屋の中央に落ちていた小さな物、この大切な空間を守る為の鍵だった。
「何で部屋の中に落ちてるの?」
疑問符を浮かべて視線を流すと、日常的にありえない物を見る事となった。
サイドテーブルに置き去りにされた、1・2本吸っただけの煙草の箱とライター。そして、灰皿の中には、吸い切って揉み消された物と情事になだれ込む際、火を点けられる前に銀次が奪い取って、灰皿に避けたままの状態だった。
「…ありえないよ。あの蛮ちゃんが、長時間1本も吸っていないなんて…」
蛮のヘビースモーカーは、銀次も充分知っている。
奪還依頼の仕事の最中ですら、当然の様に吸っているのだから。
「…蛮ちゃん…何があったの?」
そして、一番衝撃的の物が視界に入る。
幼い頃から蛮の身体の一部に近い存在。
邪眼防止用のサングラスが、サイドテーブルに置いたままになっていた。
不安が脳裏を横切る。
次の瞬間、カーテンと窓を開け、身を乗り出して眼下に見えた物は、蛮の愛車・てんとう虫くんと卑弥呼が乗り付けたバイクが置かれたままになっていた。
「…蛮ちゃん…卑弥呼ちゃん。いったい何があったの…」
何が何だか分からなくなって、ズルズルと力なくその場に座り込めば、僅かな残り香りが鼻に付く。
夢の中で、聞こえた蛮の言葉を思い出す。
『目を覚ませ、銀次!!』
一番大切な存在からの声なのに、身体が動かなかった。
不安がますます大きくなって、無我夢中で身なりを整え、蛮のサングラスを片手に飛び出した。
「蛮ちゃん!」
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