『蛮ちゃん!』
意識の遥か彼方で名前を呼ばれた気がして、蛮の意識は一気に浮上する。
「銀…次?」
「やっと目が覚めた?」
「…卑弥呼っ!」
視界に見えた顔に驚いて上半身を起こしかけた瞬間、不慣れな頭痛に襲われる。
「くっ…」
「自分の毒香水で香りの耐性に強い私でさえ、きついんだから、もう暫らくは横になっていた方が良いわよ。それに、手足を拘束されてるから身動きは出来ないけど」
卑弥呼に指摘されて身体を起こす事を諦めて、身体を卑弥呼の膝枕に任せれば、手足に重さを感じた。
手足は冷たい枷に拘束され、蛮の手枷から伸びた鎖は部屋中央の床に、そして、卑弥呼の手枷からの鎖は分厚い壁に埋め込まれていた。
「壊せる?」
手枷と鎖を見つめる蛮に卑弥呼は尋ねる。非力な自分には無理でも、握力200キロの蛮なら可能だと信じて。
「無理だな」
「えっ」
「部屋中央の魔法陣で、アスクレピオスの力が封印されている。腕力そのものを封じる魔法陣で、この手枷と鎖に繋がれている状態の俺には、どうする事も出来ねぇよ。無理すれば手が使い物にならなくなるだけさ」
中央に描かれた複雑な魔法陣に溜め息一つを零すと、蛮は静かに目を閉じて鎖を握り締め両手に力を込める。
アスクレピオスの気配は微かにするものの、それ以上の力は感じられず、代わりに蛮の手首から血が流れ落ちる。
「蛮っ!」
それを見て卑弥呼は、制止するかのように蛮の手を取った。
「予想的中だろ。この魔法陣の場合は、俺の力技の蛇咬よりお前の毒香水・腐食香の方が有効的だか、手元にある訳ないよな」
手の力を緩めると蛮は、僅かな可能性にかけて卑弥呼を見上げた。しかし、蛮の僅かな願いは叶わず、卑弥呼は顔を横に振って返した
「手持ちの毒香水全て奪われてるわよ。それにしても、二人揃って拉致られるなんて、笑い話にしかならないわね」
「拉致の常連が言ってんじゃねぇよ!…ぐっ…」
卑弥呼の言葉に怒鳴り返せば、脇腹に激痛が走り息が詰まる。
「蛮っ!」
脇腹を押さえ蹲る蛮に、卑弥呼の顔色が青ざめる。
「不法侵入者に操られた、お前の攻撃を交わし損ねて、肋骨が折れてんだよ」
乱れる呼吸を整えながら蛮は、唖然とする卑弥呼の前髪を掻き上げる。
「俺たちが生きている世界じゃ、これくらいの怪我は日常茶飯事だろうが。気にすんなよ」
日常茶飯事の言葉一つで片付けられる状態でも無い気もするが、卑弥呼に心配を掛けまいと蛮は平然を装った。
沈黙する二人のもとに、聞き覚えのある声が届く。
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