『必要とする者・必要とされる物2』 



「……う…?」
 全身虚脱に近い状態にもかかわらず、蛮の意識は身苦しさに覚醒を促された。
 気怠い思考で部屋を見渡せば、カーテンの隙間から差し込む僅かな日差しと、ベッドヘッドに置かれた時計の時間と日付に、蛮は一瞬言葉を失った。
 銀次と共に一つのベッドに入ったのは朝方の6時頃で、現在の時間は10時過ぎを示していた。そして、日付は長い時間の経過を知らせるかのように、数字を1つ大きく変化していた。
 情事に奮闘していた時間と意識を失って眠っていた時間の比率は不明でも、一つのベッドで銀次と約28時間を共有したのは間違いでもなく、否定のしようもなかった。
 だからこそ、自分の後ろで心地よさそうに寝息を立てている銀次に腹が立つ。
「…散々犯っておきながら、てめぇは熟睡中かよ。ふざけんな馬鹿銀次!」
 半ば銀次の抱き枕状態の蛮は、怒りに任せて銀次の顔面に裏拳を叩き込んだ。
「ぎゃっ…」
 案の定、打撃音と共に、銀次の悲鳴が部屋中に響き渡る。
「痛いよ。蛮ちゃん」
「それは、俺の台詞だ。いい加減にこの手を放せ」
 叩かれた顔をさすりながら覗き込んでくる銀次を横目に、蛮は腰を抱き締め放そうとしない、もう片方の銀次の手を叩いた。
「だって、蛮ちゃんの身体、抱き心地が良いんだもん」
「せめて、寝返りぐらいさせろ。身体が痛ぇよ」
「…なんだ、もっと早く言ってくれれば良いのに」
 痛みと不満を訴えれば、再び強く抱き締められ、銀次を中心に右から左へと強制的に向きを変えられた。
「…くっ…」
 突然の衝撃に酷使された身体が悲鳴を上げる。
「…あれっ。蛮ちゃんまだ物足りないの?」
「…何……が?」
 息も切れ切れに言葉を返せば……。
「蛮ちゃんのここ元気なんだもん」
 銀次の言葉と同時に、己自身を握られ蛮は声にならない悲鳴を上げた。
「…あっ…」
 胸の飾りをいじられ、自身に直撃の微粒電撃を与えられる。
「…やっ…よせっ…銀次…身体が…保たねぇよ」
 快楽に溺れそうになる身体で銀次を振り払い、一心不乱にサイドテーブルに手を伸ばした。
 軽い不眠を理由に卑弥呼からもらった毒香水。
 催眠香を震える指で手に取ると、淫事を再開しようとする銀次に振り掛ける。一瞬にして銀次の意識は夢の中へと落ちた。
「…アフターケアも無い上に、そのままだと!?このエロやろう!」
 背中に感じる重さより体内で感じる存在の強さに、蛮は再度銀次の頭を叩いた。
 卑弥呼の催眠香が良く効いている様で目を覚ます事はなかった。
 溜め息一つ漏らすと、銀次の身体を押しのけるようにして無理矢理寝返りをすれば、体内から抜け出る銀次の感触に、無意識に声が漏れる。
「……くっ…」
 感度の良すぎる体質には、こんな時ほど自分の身体に腹が立つ。
「…それで、体力を失ってたら、仕事なんて出来ないんじゃないの?」
 動く事すら億劫で、睡魔に甘えてウトウトしていれば、背後からの声にビックリする。
「なっ……」
 気配に驚いて部屋の入り口に警戒心を走らせれば、見慣れた人物に一瞬言葉を失う。
「…卑弥呼っ、何時からいたんだ?」
「15分程前からよ。呼び鈴鳴らしても出てこないから、勝手に入っちゃったわよ」
「それって普通、不法侵入って言わねぇか?それに鍵は掛けていた筈だ」
 鍵の存在を思い出した蛮は、卑弥呼に疑問を投げ掛ける。
 万年金欠状態でも、自分たちの生活を汚させない為、施錠確認はしつこくしていた筈だと。
「彼から合い鍵をもらったのよ」
 卑弥呼はHのイニシャル付きのキーホルダーを蛮に見せ付け、寝入っている銀次を指さした。
「…相手を選ばず、合い鍵配ってんじゃねぇ。馬鹿銀次!」
 呆れ混じりに蛮は三度目の拳を銀次の頭に叩き入れた。さすがに、催眠香が効いている為に、寝返りはしても目を覚ます事は無かった。
「…おめぇも、まだ処女のくせして、男の濡れ場を見て楽しいのかよ?…痛っ」
 半ば赤面状態で身体を起こそうとすれば、足腰に激痛が走り動けなくなる。
「激ダサね」
 キングサイズのベッドの上で、腰を抱えて動けない蛮を見て、卑弥呼は半ば呆れていた。
「…しかたねぇだろ。マリーアのババァに真夜中に呼び出されて、ここに戻ってきたのが昨日の朝方にもかかわらず、時間の経過が解らない状況で、この色欲魔の我が侭に付き合わされたんだ。それに、奪還依頼やバトルで使う体力と銀次相手に使う体力の質が違うんだよ…くっ」
 痛みを訴える身体で立ち上がれば、体内に注がれた情事の名残が足を伝って流れ出る。
 何度身体を重ねても慣れない感触に耐えていれば、突然、タオルを投げ付けられた。
「さっさと、シャワーを浴びてきたら」
 投げ付けられたタオルに返す言葉が出てなくて、蛮は銀次に刻まれた刻印や愛撫の跡すら隠そうともせずに寝室の奥に姿を消した。


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