ガイア異変(2)

3、ガイアのもとへ

 アンティアは庭の中央よりの地面の前に立ち、呪文を唱えて、両手の平
を組んでそのこぶしを頭上に高々とあげた。鋭い叫び声と共にこぶしをふ
りおろした。瞬間あたりは微妙な振動が広がった。ベルダンディたちの眼
は微動しなかったが、螢一は驚いて少し体を引いた。
 アンティアの足下には、直径が大人の男の身長ほどの、褐色の円形の
模様が焼きつけられるように現れた。外側をバイクのタイヤの幅ぐらいあ
る線が走り、中心部にも同じ太さの線が円を描いてた。中の円は幼稚園
児の身長ぐらいの直径だった。その模様は二重円の図形で、外側の線と
内側の線の間に文字のようなものが描かれていた。よく見ると、その文字
は中心点から東西南北、北東、北西、南東、南西の線上に並んでいた。
 ベルダンデーたちは近くにより、やや緊張した面持ちでしげしげとそれを
眺めた。うなずくようなう語気をして、少し感心した様子だった。 螢一はそ
れに遅れて眺めてみたが、理解を超えるその模様にちょっと畏怖を感じた。

 ウルドがつぶやいた。

 「これがガイアに通じる扉ね」

 「さあ急いで。この扉の上に並びなさい」

 アンティア、ベルダンディー、スクルドと最後にウルドが入った。四人は
扉の上で輪のように並んだ。アンティアはベルダンディーの方へ顔を向け
た。

 「ベルダンディー、出発する前に神様から直接あなたに伝えるものがあ
るわ。右手をだして」

 ベルダンディーは右手をアンティアの方へ出した。アンティアの左手がそ
の手のひらを握った。ベルダンディーに神様からのメッセージが伝わって
きた。スクルド、ウルドが注視する中、ベルダンディーは表情を変えずに
静かに感じていた。二十秒ほどだったろうか。静かに手は離れていった。

 「それでは出発します」

 円形の一歩ほど外から螢一はベルダンディーに呼びかけた。

 「気をつけて。無理しちゃだめだよ」

 「大丈夫ですよ。必ず元気に戻ってきますから」

 ウルドは少しにやけた表情でベルダンディーを見つめた。

 「それでは心を静めて。意識をこの扉を通過することに集中しなさい」

 アンティアは三人に注意してから念じることに集中した。四人から立ちの
ぼるように静けさが始まった。あたりが静寂に染まっていくのを螢一はそ
ばから見て感じた。そして彼女たちは、その模様に溶け込むように、足下
からゆっくりと沈んでいった。 螢一は円形のぎりぎりまでよって、ベルダン
ディーの顔を凝視していた。彼女たちの体が胸のあたりまで沈んだ時に、
ベルダンディーの瞳はにっこりと彼に応えた。そのままアンティアたちは
吸い込まれていった。


4、ガイアとの闘い

 「あれがガイア様の実体を包むコアよ」

 底の遠くで光っている球体を指したアンティアはスピードをはやめた。最
初電球ほどのものが、みるみるうちに大きく明るくなった。十メートルほど
手前でアンティアは止まった。ここまで着た時には、ドーム球場を数十倍
も大きくほどの球体になっていた。黄金色に輝き、まるで太陽のようなも
のであった。
 アンティアと三人はほんのしばらく立ちすくんだ。

 「入る前に念の為言っておくわ。このコアはガイア様の実体の一部でも
あるの。中はガイア様の気で充満しているから、くれぐれもその気にのま
れないようにね。それではコアに入りましょう」

 アンティアを先頭に彼女たちはコアに向かって進みだした。そいて四人
は黄金色に輝く壁に溶け込む様に突き抜けて行った。
 突き抜けると、いきなり重圧が襲ってきた。三人は思わずあえぎ声をも
らした。アンティアだけ平然としていた。中は海底を思わせるような暗さ
で、四人はまるでその中を遊泳する潜水夫のようであった。

 「この先の中心点にガイア様がおられます。特別に道をつけますので、
それを渡っていきましょう」

 アンティアは呪文を唱えた。呪文が始まると、足下から白く光る水のよう
なものが流れ、ずっと先の方まであっという間に伸びていった。

 「さあ、ついてきて」

 四人はさらに緊張した面持ちでその道を歩いていった。黒煙の中をか
きわけて進むような感じだった。歩くスピード自体たいしたものでないの
に、一歩進むごとに百歩ぐらいは進む異様な行進だった。
 すぐ黄金色に輝くものが見えてきた。暗闇をひきさくようなそれは、すぐ
にガイアということがわかった。彼女はミロのビーナスを思い出すかのよ
うなふくよかな肢体と、古代ローマの貴婦人が着るようないでたちだった。
 五メートルほど手前で彼女たちは止まった。百八十センチはあるほどの
身長で、じっと立ったまま動かず、眼だけこちらを見つめていた。あたりは
黄金色の輝きで照らし出されていて、ガイアを中心に二十メートル四方の
半透明の球体の部屋ということがわかった。気がつくと、見えない床があ
るようで、ガイアを基点にした水平の床がはりめぐらされているようだ。

 「やっぱりおかしい。こんな状況は初めてだわ。ガイア様の波動が感じら
れない」

 不安な表情をしたアンティアだったが、すぐに呼びかけた。

 「ガイア様、アンティアが参りました」

 しかし彼女はこちらを見つめるだけだった。よくみると、彼女は漆黒の煙
のようなものがわずかだが体中から吹き出ていた。

 「これは・・・、カオスへもどる兆候だわ。まずいわ」

 アンティアはベルダンディーたちの方に向いて、呼びかけた。

 「今、ガイア様はカオスに戻ろうとしているわ。ガイア様にあるプログラム
をこれから修復します。下がっていて。」

 三人は後ずさりして成り行きを心配そうに見つめた。ただ、ベルダンディ
ーだけは、二人より前に出て、なるべくアンティアのそばに寄っていた。ア
ンティアは前方だけに気をとられていて、ベルダンディーの接近に気づか
なかった。

 「お姉様、下がって」

 たまらずスクルドが叫んだ。

 「ごめんなさい、スクルド。アンティアのそばを離れる訳にはいかないの」

 アンティアの呪文はすでに始まっていた。そして呪文が止まった瞬間、
彼女は両腕を高々とあげた。すると、その頭上には、オレンジ色に光るリ
ンクが現れていた。彼女はそれをガイアに投げつけた。ガイアの頭からす
っぽりとリンクははまった。

 「よし、修復プログラムをガイア様にに注ぎ込んで・・・」

 アンティアが高等法術を駆使している間、彼女から発するパワーの余波
は、ベルダンディーたちに圧力を与えていた。ガイアの気に耐えていた彼
女たちにはこたえるものだった。

 「お姉様、下がって」

 スクルドはくりかえした。しかし、ウルドは冷静な目でベルダンディーを見
ていた。ベルダンディーの目には何らかの覚悟があることを悟っていた。
 ガイアの気とアンティアの気が混ざり合い、ふくれてきた。ますますアン
ティアは呪文を唱え続け、体から圧倒するほどのエネルギーを放出してい
た。
 突然、呪文がやみ、アンティアは硬直した。アンティアの目は、ガイアの
それと同じようになり、体から漆黒の煙のようなものがあがった。
 スクルドは泣きながら、ウルドh険しい顔をして、ベルダンディーは覚悟
を決めた顔をして、かたずを飲んだ。しかし、ベルダンディーはすぐさまア
ンティアの方へかけようろとうとした。

 「ベルダンディー、危ない」

 ウルドはのどがつぶれんばかりの叫びをあげた。

 螢一はベルダンディーからもらった手鏡を部屋で見つめていた。先程か
ら急に風が強くなり、稲妻もよくなってきだした。軽い揺れも起ってきた。
彼女たちが扉をくぐってから十五分程たっていた。不気味な感じが螢一を
襲っていたが、それを振り払うかのように螢一は手鏡を見つめていた。

 「…、あっ」

 螢一は、自分の顔が映っていた鏡の色が、一瞬灰色になったことをみ
のがさなかった。

 「ベルダンディー」

 手鏡を見つめながら、不吉な思いにかられる螢一だった。

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