カリーノの憂鬱

 ソレッタ家の居城の大広間でピアノの音色が聞こえる。「子犬のワ
ツ」の軽やかな旋律である。大広間の窓から日の光が薄くさしこみ、
ーブルの椅子に座っている貴婦人が目元をゆるやかにしながらやさし
く見つめていた。その音色の創造主へと。そこにはその主とカリーノ
二人しかいないのに、ちっともさびしさを感じさせないほどその音色
心地よいものであった。
 細く華奢な指が遊んでいるように鍵盤を踊っている様は、子犬が「子
犬のワルツ」を弾いているようにも感じられた。

 その主が引き終わると、カリーノへと顔を向けた。まなこが確信を持っ
たように開く笑顔は、織姫であった。同時にカリーノから拍手が贈ら
た。織姫は真紅のドレスをものともせず、カリーノに走るように寄った。
カリーノも席から立ち、わが子を迎え抱きしめた。

  「お母様、どう、うまく弾けたでしょう」
  
  「ええ、とても上手だったわよ」

 忙しいスケジュールの中、何とか織姫のピアノ演奏を聴く約束を守れ
てほっとした想いであった。
 織姫の音楽的才能が飛びぬけていることは、カリーノにとって一
の喜びであった。ピアノの家庭教師から、尋常でない天才と言われ
。初めて聞いた曲を楽譜もなくすらすらと弾くのである。難しい技術
必要な曲でも、一度聞くと織姫は難なく弾きこなすほどであった。
 一流の演奏に聞き慣れているカリーノが、織姫の演奏を聴いて遜
ないものであることに、我が子ながら驚くべき才能とうれしく受け止
ていた。

 織姫がはしゃいぎながら、カリーノに話していたら、ふと思い出したこ
とがあった様子で言った。
 
  「ねえ、お母様、今度のウィーン行きは中止になったんでしょう」
 
  「え、どうしてそのことを知っているの」

  「この間オーストリアの王子様とお姫様が亡くなられたから、ウィ
   ンに行くことは良くないんでしょう」

 昨日、ウィーンのR男爵から、晩餐会などの社交の中止の旨の手
を受け取ったばかりである。オーストリア皇太子夫妻の暗殺の報は
に広がりつつあったとはいえ、6歳の子どもがそこまで考えていると
思っていなかった。

  「ええ、織姫の言うとおり、残念だけどウィーン行きはとりやめに
   ったの」

  「残念だわ、楽しみにしてたのに。でも、来年は行けるんでしょう。
   その時まで待ってるわ」

 実のところ、カリーノはこのウィーン行き中止には特に残念な気持
があった。R男爵の晩餐会にミツコ・クーデンホーフ伯爵夫人も招かれ
ていたからである。彼女に会って話してみたい希望があった。
 彼女の存在は星也と出会う前から、噂で聞いていた。オーストリア
カレルギー家に美しい日本人の伯爵夫人がいるという話である。そ
後、星也との別れを不条理に感じていたカリーノは、ミツコはなぜ受
れられたかと、彼女に興味をおぼえたのである。
 次の機会にと思っていたカリーノであったが、その暗殺事件が欧
全土を巻き込む戦争になるとは思いもよらなかった。

セガ公式サイト「サクラ大戦 BBS」
ミツコ・クーデンホーフとカリーノ・ソレッタとハナビ・マールブランシュ 2004/09/14 より

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