カーテンを閉め切った薄暗い部屋に京極はいた。角ばった机の椅
子に腰をおろし、軍用の手袋をゆっくりはめていた。
「竹橋事件以来か」
京極は思い出したようにつぶやいた。
「あの時は50人以上処刑されたようだが、今回奴らはどう始末をつ
けるかな。もっともいかに始末をつけようが、何の意味もないことだ
が」
京極は47年前の近衛兵士の叛乱を想起し、自分が企てた茶番劇と
を重ね合わせていた。彼の生まれる前の事件ではあったが、陸軍の暗
部をよく心得ていた。しかし、この独り言は彼の退屈しのぎでしかなか
った。昔の叛乱にしろ、今回の叛乱にしろ、彼にとってはどうでもよい
ことだった。もちろん彼を慕った青年将校たちの行く末もである。
今、彼はこのくだらないクーデター劇から離れ、やっと己が野望の舞
台に立てるのである。そのことに心躍らせはじめていた。
つぶやきは部屋の中で京極の耳にしか伝わらない。手袋がもう片方
の手のひらにおさまると、彼は正面の扉を見据えた。数分間の静寂が
京極をつつんだ。
・・・扉が動いた。静寂に小さい穴を開けるように。1回目の扉が完全
に開くと、その男がいた。男は扉を閉め、京極に向けて静かに歩き出
した。彼の机の近くまで来るや直立不動の敬礼をした。ブロンズ像のよ
うになった男を京極はそのまましばらく凝視した。
そして京極は微妙ににやついたかと思うと、すぐに立ち上がり、懐か
ら拳銃をとりだし机の上に置いた。そのまま男に向かって歩きだし、男
を横切るところで一瞬止まった。
「おまえのすることはわかっているな」
京極は男に顔を向けることなく、するどく重い語気を発した。男の顔
は能面のようなまま、京極のもといた方向を見たまま固定されていた。
逆に京極の顔は少し険しい顔になっていた。
しかしその一瞬が終わると、京極は何事もなかったように歩き、2回
目の扉を開け部屋を出た。
直立不動の姿はそのままでいた。しばらくして静かに体は敬礼を解
いて、足が動いた。男は拳銃をとった。そのまま懐にしまいこみ、椅子
に座った。そして京極と同じようにドアを見据えた。今度はその男が静
寂におおわれた。
・・・「京極閣下、京極閣下」と突然青年将校のあせった声が、扉をたたく音と交錯した。
「入れ」
3回目の扉が開かれ、男は京極となった。
京極慶吾と竹橋事件 陸軍史上二度目の叛乱にて 2004/11/10より
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