「お行きっ!」
 マリアの足下、その影から、羽音と共に黒い生物が湧き出す。キイキイという鳴き声を発するそれ――巨大な蝙蝠は、一斉に龍麻へと襲いかかった。
 四方八方から迫る蝙蝠に対し、龍麻は何もしようとはしない。あっという間に、龍麻は無数の蝙蝠に覆われ、黒い柱と化す。
 カッ!
 その数秒後、柱から光が生じた。悲鳴を上げて、あれ程いた蝙蝠達が消滅していく。その下から現れたのは無傷の龍麻。服こそ蝙蝠達の牙や爪で裂かれていたが、彼自身に怪我は全くないようだ。《力》を解放したことで、より鋭敏になっている感覚――マリアの鼻に、龍麻の血の匂いは届かない。
「無駄です、先生。転校当時に旧校舎でけしかけられた時ならともかく、たかが蝙蝠に今の僕を傷つけることはできませんよ。先生の攻撃手段がそれだけなら、僕には勝てません」
 手甲を装備することもなく、臨戦態勢にすらなっていない。その龍麻に、眷属達の牙は届かない。ならば――
「これなら、どうかしら?」
 意に従い、指先から鋭い爪が生える。同時にマリアは龍麻めがけて跳んだ。

(速い……っ!)
 意外な素早さに龍麻は舌打ちした。人外だということは分かっていても、龍麻の目には、マリアの姿はほとんど変わらぬまま映っている。人ではないということが分かっただけで、どのような人外かは分からないのだ。
(人の姿を保ったままの人外なんて……まさかとは思うけど……っ!)
 心当たりは一つある。人と変わらぬ姿。蝙蝠を使役し、高い運動能力を持つ。その瞳は相手を魅了し、意のままに操るという。知名度はかなり高い存在。
 ただ、疑問もある。日の下を平気で歩いているという点だ。他にも細かな弱点があったはずだが、それが適用されるかどうかは龍麻には分からないし、分かっている部分でも、それを実行できないのならば意味がない。
(聖水も、銀製品も、木の杭も持ってないし……)
 振り下ろされた爪を、軽く後ろへ跳んで避ける。爪はたやすくコンクリの床に傷を残した。威力は申し分ない。まともに食らえば人間など簡単に三枚におろされるだろう。いや、この場合は六枚か。
 右手から襲い来るもう一方の爪を、頭を低くして躱す。反撃に移るべく掌打を繰り出そうとした時、最初に避けた爪が足下から迫ってきた。
「ちっ……!」
 攻撃を中断し、再度後ろへ跳ぶ。今度は距離をとるための大きな跳躍だ。しかしマリアも間合いを離す気はないようで、追撃してくる。
(くそっ、厄介だな……)
 戦いにくい相手であった。顔見知りであり、できるなら戦いたくない相手であることもそうだが、マリアの戦闘能力が高いのだ。少なくとも、等々力で戦った九角天童以上。しかも、振るわれるのは技がどうこうといった攻撃ではなく、純粋に暴力だった。武術とは無縁の攻撃で、人を凌駕する「力」のみで、ここまで圧倒されるのである。
(これで特殊な《力》まで使われたら、どうなることか……)
 恐ろしい想像をして、自分の迂闊さを呪う。目の前に爪が迫っていた。真正面から突き出された手刀を、首を傾けるだけの動作でやり過ごす。
 そして、それが間違いだったことを思い知った。
「ぐ……っ!」
 左肩に痛みが走る。何のことはない。相手の攻撃方法を忘れてしまっていた龍麻のミスだ。マリアは爪を突き出した。それだけならば刃物の刺突と変わらない。しかし爪というものは指の先から生えているものである。攻撃を躱された後で、マリアは指を曲げたのだ。
 結果、龍麻は左肩を抉られた。咄嗟に身を捻ったので深くはないが、血が地面に落ちるくらいには出血している。
 先程よりももっと大きく跳んで間合いを取る。今度は追撃はなかった。マリアはそこに立ったまま、自分の爪を見つめている。どう動くつもりかと見ているとマリアはその爪を口へと近づけた。
「フフフ……」
 口からのぞく紅い舌が、爪に付着していた龍麻の血をゆっくりと舐め取る。マリアの表情が恍惚としたものに変わっていった。
「龍麻クン……アナタの血、とっても美味しいわ。生命力に満ち溢れている……今までに味わったことのない、極上の血よ」
 嬉しそうに血を舐め取っていくマリアを見ながら、龍麻は彼女の正体を確信する。相手の強さにも納得がいった。夜、それも恐らく月の影響も受けているのだろうが、そんな時に吸血鬼と戦うことになるとは最悪の状況だった。
「それはどうも……」
 褒められても嬉しくはないが、気を取り直すつもりでそう言っておく。
(このままじゃ少しずつ削られる。下手な消耗は避けたかったけど、全力全開でいくしかないか)
 後のことを気にしていては勝てないと判断し、練り上げた《氣》を龍麻は一気に解放した。蒼光が溢れ、身体の周りで渦を巻く。マリアが目を見開くのが見えたがそれには構わず、龍麻は《氣》を制御する。湧き上がる《氣》を内に向け、身体全体に行き渡らせる。皮膚を、骨を、筋肉を――常態以上に強化し、人を超えた力を振るうために備える。
(後は――いや、これはまだ使うわけにはいかないか)
 龍麻は陽の《氣》を拳に纏わせた。
「行きますよ、先生」
 一歩、踏み出す。そして思い切り、地を蹴った。周囲の景色が一気に後ろへと消えていく。かつては自分ですら持て余していた加速力を完全にものにして、龍麻は未だ固まったままのマリアを間合いにとらえた。
「――っ!?」
 ようやく気付いたのか驚愕を顔に貼り付けてマリアは後ろへと跳んだ。しかし龍麻の方が速い。逃がさぬようにマリアの左腕を掴み取る。みしり、と骨が軋む音が聞こえた。
 それを振りほどこうとマリアはもう一方の爪を振るった。掴んだ方の腕を引っ張り、盾にするようにしてそれを避け、関節を極めながら龍麻はマリアの背後を取った。そして
「……すみません」
 ほんの一瞬だけ躊躇して、左腕を折った。声にならない悲鳴を上げるマリア。しかし龍麻はそこで止めることはせず、足に《氣》を込めるとマリアの右足首へと叩きつけた。こちらも同じく鈍い音を立て、あらぬ方へと足首が曲がる。更に左足首を蹴りつけるように払い、その場に倒してからようやく離れる。
「左腕、右足首を破壊しました……左足首も、そこそこのダメージを受けているはずです。もうこれ以上の戦闘は無理でしょう。降参してください、マリア先生」
 床に倒れたマリアに告げる。これ以上は戦いたくない。ここまでするのだって、龍麻にしてみれば異例のことだ。人外とはいえ女性は女性。しかも知人だ。痛めつけるのは精神的にきついのである。
「優しいのね、龍麻クンは……」
 俯いたまま、肩をふるわせ、マリアが口を開く。それを聞いた途端、龍麻は寒気立った。身の危険を感じ、一体何度目になるのか、大きく間合いを取る。
「でも、それはいらぬ気遣いよ? アナタはまだ分かっていない……」
 まるで映像の巻き戻しを見ているように、マリアの身体が起き上がった。マリアの纏う《陰氣》が濃くなっていく。
「今まで、旧校舎に発生するような、知性もない、本能のみで動くような妖魔ばかりと戦っていたのでしょう?」
 溢れ出る《陰氣》は衰えることなく、今着ている赤い服をも塗り潰す紅がマリアを包み込む。それが龍麻には、真紅のドレスのようにも映った。人を越えた美貌を持つ、闇の女王――そんな表現が自然と浮かんでくる。
 嫌な音を立てて、左腕がねじれ、元に戻った。右足首も同様に。二、三度動きを確かめるようにした後、マリアはその腕を高々と掲げ
「教えてあげるわ。人外の――闇の末裔の真の力を」
 言葉と共に、宿った《陰氣》ごとこちらへと振り下ろした。

 同時に龍麻は腕を突き出した。迫り来る紅い衝撃波に自らの発剄をぶつける。
「なっ!」
 相殺はできなかった。威力はほとんど削れたが、軽い衝撃がこちらを打つ。
「どうしたの龍麻クン? さっきまでの余裕はどこに行ったのかしら?」
 薄笑いを浮かべるマリア。その口調も態度も、こちらを見下すかのようだ。普段のマリアだと、らしくない態度だが、ここにいる吸血鬼がそれをすると、はまりすぎている。
「大人しく殺されろとは言わない、とは言ったけど、あんまり往生際が悪いのも考えものよ?」
「元々、諦めが悪い人間でしてね……それに、死ぬわけにはいきませんし。僕にはまだ、やらないといけないことがあるんです」
「結果は見えているのではなくて? 全力を出したのでしょうけど、それでも今のワタシには通用しないわ」
 身体能力を強化した。発剄も使った。それで全力だと思われても仕方ないが、マリアは一つ勘違いしている。龍麻はまだ、修めた技を使用していないのだ。
「巫炎っ!」
 両の手に炎《氣》を宿し、龍麻は真正面からマリアに二発の巫炎を放った。紅蓮の帯に対し、マリアはまた衝撃波を放つが、今度は龍麻に軍配が上がる。衝撃波を突破した炎がマリアを撫でた。ダメージにはなっていないが、その結果がマリアには意外だったようだ。先の余裕が綺麗さっぱり消えていた。
「先生、もうやめましょう」
 龍麻は構えを解いてマリアを見据えた。
「身体能力については確かに、先程までのが『今の状態での限界』です。でも、僕のスタイルは増幅した身体能力に《力》を混ぜた攻撃を繰り出すもの。先達達が磨き上げてきた、前提に《力》が必要な古武術です。能力だけ、あるいは《力》だけで僕を僅かに上回ったからって、それが即先生との力の差にはならないんですよ」
 革ジャンの上から、犬神から譲り受けた、《力》を抑えるための石に触れる。
「それに僕はまだ、本当の意味での全力は出していません」
 本当の全力――それは、完全にリミッターを解除した状態のことを指す。今の龍麻は「自分が壊れない」ギリギリのところまでしか力を発揮できない。それを外せば今以上の力を発揮できるのだ。もちろん時間制限があるし、反動も大きいのだが。
「では、どうしてそうしないの?」
「先生と戦いたくないからですよ」
 視線を逸らすことなく、龍麻ははっきりと言葉に出した。
「僕にとっては、マリア先生も大切な人なんです。先生が人間でなくても関係ない。確かに人間は異質な存在を恐れるかも知れない。でもそうでない人だっている! 人だとか人外だとか、それ以前に、一個人としてのマリア先生を見てくれる人はきっといます!」
 そういう人間が数少ないのは承知している。だが零では決してない。真神の仲間達は驚きこそするだろうが、きっと彼女を受け入れるだろう。もちろん龍麻もだ。以前は教師としての彼女はともかく、一個人としてのマリアを警戒していたが、自分に関わった理由が分かった今では、どうでもいいことだ。
「それに居場所が無いだなんて……先生には真神があるじゃないですか! 僕達が戦う理由なんて無い! 過去のことについては僕に口を出す資格はないですけど、先生は今を生きてるんです! 過去に人間が犯した過ちを、今度は闇の末裔であるあなたが繰り返すと言うんですかっ!?」
 かつて、龍麻は言ったことがある。復讐は何も生まない、と。だが正確には違う。復讐は憎しみと悲しみの連鎖を生む。そして、何も「残さない」のだ。仮に復讐を成し遂げたとしても、その目的すら失ってしまえば、後は生きる屍も同然になることが多い。
 ならばマリアはどうなのだろう。たとえ自分を殺し、龍脈の《力》を得たとして、それで彼女は満足するのだろうか? その後で闇の眷属が台頭したとして、彼女にとっての安息は来るのだろうか?
「龍麻クン……もう遅いのよ」
 重々しく息をつき、マリアは顔を伏せる。
「アナタがそう言ってくれるのは嬉しいわ。デモ、もう駄目なの……今更、引き返すことはできないわ」
「あなたまで……そんな事を言うんですか……っ!」
 かつて同じセリフを同じような状況下で聞いたことがある。そしてその後は――決して龍麻が望んだ結果にはならなかった。
「僕らがここで戦うのを止めて! 僕は柳生と決着をつける! それで全部今まで通りだ! 僕達は普通の高校生に戻り、先生は真神の教師を続ける! それでいいじゃないですか!」
 龍麻は拳を握り締め、叫んだ。また同じ結末を迎える、それだけは嫌だったのだ。
「そうね。それができれば、どれだけよかったか……」
 顔を上げ、寂しげにマリアは笑う。それは結局、龍麻の言葉が届かなかったことを意味していた。
「さあ、休憩は終わりよ」
「先生!」
「ここで問答をしている時間はあるのかしら? 《龍命の塔》は起動した。柳生はもうじき動き始める。アナタは、アナタ達は、それを阻止しなければならない。だったらこんな所で油を売っている暇はないはずよ」
 仲間との待ち合わせもある。それに遅れるわけにはいかない。しかしマリアと戦うのも、やはり躊躇してしまうのだ。
「……いいのかしら?」
 呆れ気味に息をついて、マリアは口の端を吊り上げて、嗤う。
「アナタにやる気がないのなら、仕方ないわ。好きになさい。ワタシは順番を変えることにするわ」
「順番……?」
 意味が分からず、訊き返す。マリアの口が更に醜く歪んだ。
「アナタの本気とやらが分からない以上、勝利を確実にするためには少しでも力が必要になる。だったら、ワタシはそれを補充することにする。アナタはここで大人しく待ってなさい」
「補充って……まさか……! 無差別に人を――っ!?」
 龍麻は我が耳を疑った。まさかマリアの口からこのような言葉が出るなどとは夢にも思っていなかったのだ。だが、続くマリアの言葉は龍麻の想像の更に先を行った。
「無差別じゃないわ。一応、目星はつけてあるもの。そう――この学校にはいたわね。アナタと同じく《力》を持つコ達が」
 頭の中が真っ白になる。マリアはこう言ったのだ。龍麻の仲間達をその牙にかける、と。
「《力》を持つ者の方が、並の人間の血よりはるかに効率がいいもの。四、五人も吸えば、いくら龍麻クンが強かろうと、問題じゃないわ」
 聞きたくない。そんな台詞を、マリアの口から聞きたくはない。
「これからの戦いにあたって、いい駒も手に入るでしょうし……ワタシが近寄っても、彼らは警戒すらしないでしょうね」
 頭の奥に鈍い熱が生じる。身体を、何か不快なものが駆け抜けた。
「そういえば龍麻クン、アナタ、仲間のコ達と本気で戦ったことはあるかしら?」
 拳を強く握りすぎたためか、手のひらに痛みが走る。それでも、心の奥底から湧き上がる感情が痛みをすぐに打ち消した。
「そこまでして、僕と戦いたいわけですか、マリア先生……」
 自分の声に、酷く違和感がある。自分の声はここまで低く、冷たいものだったろうか?
「そうまでお膳立てをされたら、僕は動かざるを得なくなる……」
 マリアのことは、もう「解って」いる。入り混じった様々な感情から、それが読み取れた。もうどうしようもない、の一歩手前――運がよければ、何とか立て直せる、そんな状況。
「お望み通り、相手になりますよ。ただし、身の保証はできませんのでそのつもりで」
 問答をしても仕方ない。こうなった以上、結局は腕力に訴えるしか手がないのだ。
 蒼光を再び纏うと、龍麻は地を蹴った。

 朱を両手に巻き付け、ひと跳躍で龍麻はマリアを間合いに捉える。炎を放つことはせず、そのままそれを込めた掌打を繰り出した。マリアはそれを爪で迎え撃とうとしたが、舌打ちするとその場を跳び退く。龍麻は当然追撃をかけ、マリアはそれから逃れる。マリアも反撃しようとしているようだが、攻めあぐねていた。
「妖魔の類には、炎を苦手とする存在が多い。獣も、そして人も炎を恐れる。人外のあなたも例外じゃないようだ」
 そう言って龍麻は攻撃の手をゆるめることなく巫炎を放った。己の手に《氣》を纏わせ、それをマリアは打ち払う。そして更に後ろへと退く。龍麻は再び手に炎《氣》を宿らせながら、もう片方の手で攻撃を仕掛けた。
「くっ……調子に乗って――っ!」
 月光に加え、龍麻の操る炎が更なる光源となって、屋上の闇が薄くなる。光が強くなると影は濃くなり、複数の光源があると濃淡の違いこそあれ影は複数生じる。マリアの影が次々に波打ち、再び蝙蝠を湧き上がらせた。
「邪魔っ!」
 その一言で片付け、龍麻は腕を地面に叩きつけるように振り下ろす。炎が壁となってそびえ立ち、マリアの眷属達を飲み込んだ。
 続けて龍麻は炎の壁に飛び込む。自ら作り上げた炎《氣》である。自滅するようなことはない。それを目隠しにして龍麻はマリアに肉薄した。
 しかしそれはマリアの予想の範囲内だったのだろう。壁を抜けた龍麻の横顔に、しなやかな白い足が迫る。腕に《氣》を込め、その軌跡上に割り込ませる龍麻。重い音と共にマリアの蹴りが炸裂する。途端、龍麻の身体が傾く。マリアが放った渾身の一撃を支えきれなかったのだ。
「く……っあぁぁぁっ!」
 それでも龍麻は倒れることはなかった。攻撃を受けた腕を跳ね上げる。足を降ろす前に、意に反して軌道を変えられたマリアの体勢が崩れた。その隙を逃さず、龍麻の拳がマリアの腹に叩き込まれる。軽く身体が浮く程の一撃――苦悶の表情を浮かべるマリア。
 その身体が、更に浮き上がる。天を突き上げるような蹴りがマリアの顎を捉えていた。
「秘拳――」
 仰け反るマリアに対し、龍麻は構える。《氣》が渦を巻くように動き始めた。それは風を生み、唸りを上げる。そのまま龍麻は蹴りを放った。《氣》を込めた蹴撃は、暴風を伴ってマリアを吹き飛ばす。その彼女めがけて龍麻は腕を振り下ろした。
「青龍っ!」
 放たれたのは風の刃。空を裂く真空波。宙で身動きできないマリアにはそれを避ける術はない。
 攻撃の結果を確認せず、龍麻は炎《氣》を両手に練り上げ、胸元で合わせる。それが再び離された時、炎は形を変えた。霊鳥の姿を成した炎は、主に指示を請うように吼える。
 その主は標的を見据える。先の一撃は、吸血鬼を傷つけることはなかった。彼女の背後から生じた黒い帯が、刃の侵攻を阻んだのだ。黒は赤を撒き散らしながらコンクリの床に落ちる。それは蝙蝠の死骸だった。眷属を盾にしたのである。そして眷属はそのまま落下するはずだったマリアを空に留まらせる翼と化していた。
「秘拳・鳳凰っ!」
 制止したマリアに奥義の一つを解き放つ。大気を震わせて霊鳥は突撃した。一瞬後、炎は弾けて屋上に広がっていく。周囲の明るさが一気に増した。
 炎の奥から黒い影が飛び出してくる。迎え撃とうと龍麻は構えた。その顔に、困惑が浮かぶ。
 飛び出してきたのは黒い塊。人の形は成していたが、それは蝙蝠達が固まっているだけでマリアではなかった。無視するわけにはいかず、しかし本命の襲撃に備え、蝙蝠を発剄で吹き飛ばしながら龍麻は周囲に視線を走らせる。
 それが、間違いだった。打ち倒された蝙蝠の、その向こうからマリアが迫っていた。蝙蝠を囮にしてその身を隠し、龍麻に接近したのだ。
 マリアは鋭い爪に紅を宿して――
 龍麻は右手に金色を纏わせて――
 二つの影は衝突した。

「どうして、止めたんです?」
 龍麻はマリアの紅い目から視線を外さずに問いかけた。
 マリアの手刀は、龍麻の左胸の手前で止まっている。タイミング次第では、それは確実に龍麻の心臓を抉っていた。マリアは直前でそれを止めたのだ。とは言え《氣》を纏ったままの爪の先端は革ジャンを貫いており、後一押しすれば簡単に皮膚を突き破る位置にある。
「龍麻クンこそ、どうして止めたの?」
 マリアもこちらを見たまま、問い返してくる。龍麻もまた、攻撃を止めていたのだ。
「龍麻クンも大胆ね。でも駄目よ。女性の胸はもっと優しく扱わないと」
 意味深に笑ってマリアの視線が下がる。そこにあるのは金色を絡ませた龍麻の右手。マリアの胸を鷲掴みにしているが、色艶のある状況ではない。こちらもその気になれば左胸に文字通りの風穴を開けることだろう。
「……今後の参考にさせてもらいます」
 普段なら慌てて手を離すところだが、それどころではない。マリアに言われてとんでもないことをしているなと思いながらも、龍麻は手を離すわけにはいかなかった。状況が状況だ。色気も何もあったものではないし「そういう」気になるような場合でもない。
 会話そのものは他愛もないが、体勢は物騒この上ない。どちらも一撃必殺の構えのままなのだ。
「で、どうするつもりです? このまま、というわけにもいかないでしょう?」
「あら、ワタシは別に構わないわよ?」
 余裕を崩さぬマリアに、龍麻は顔を歪めた。
「続けるにせよ止めるにせよ、時間は惜しい。ただ、このまま続けるなら、僕の勝ちで終わります。先生の爪が僕の心臓を抉る前に、先生の心臓を握り潰せますよ」
 攻撃は龍麻の方が速かった。この状態から同時に動いても、龍麻の方が速い。それは解っているはずなのに
「なら、そうしなさい。でないと、ワタシの爪がアナタを貫くわ」
 彼女の戦意は衰えていなかった。左胸にちくりと圧力がかかる。マリアが手刀に力を入れたのだ。爪の先端は僅かではあったが皮膚に届いていた。
 一方、金色に輝く龍麻の手はマリアの胸を掴んだまま。ただ、触れている部分には変化が現れている。服は《氣》によってじわじわと崩れていく。直に触れている肌からは、血がにじみ出ていた。龍麻の《氣》に侵食されているのだ。
「さっき、言ったはずよ。このままワタシを斃さないままなら、ワタシはアナタの仲間を襲うと」
「させませんよ。決着はもうついた。僕の勝ちです」
「いいえ……まだよ。まだワタシは動けるもの」
 ゆらりと《陰氣》が揺れる。この状況でまだ戦おうというのだ。龍麻が言ったように、もう決着はついているというのに。
「この戦いを終わらせたいのなら、ワタシを斃しなさい。でなければワタシは止まらない」
「先生っ!」
「ワタシにはワタシの、アナタにはアナタの優先すべきものがある。だったらそれを第一に考えなさい。でないと――アナタはきっと後悔するわ」
 不意に、マリアの表情が緩んだ。それは龍麻には見慣れた顔。真神の教師であるマリアの顔だ。
「アナタにはあるんでしょう? 護りたいものが。例え、ワタシの屍を乗り越えても、護りたいものが……ならばっ!」
 マリアが手刀を引く。だがそれは戦いの終わりを意味するものではない。《陰氣》を宿したそれは、次の瞬間こちらの胸を穿つ魔槍だ。
「迷いは捨てなさい!」

 紛れもない殺意を乗せた一撃は――相手に届くことはなかった。


 目の前に、奇妙なオブジェがある。屋上を囲う柵。そこにある一人の女性。柵は何か強い力が加わったように歪み、女性の身体を受け止めていた。
 あの時、龍麻は咄嗟に攻撃を切り替えた。あのままマリアの心臓を抉るのではなく、発剄で吹き飛ばしたのだ。
 疲労したわけでもないのに、龍麻は肩で息をしていた。自分のしたことを自覚した途端、呼吸が乱れてしまったのだ。何とか落ち着こうと胸を押さえながら、龍麻はマリアを見る。
「龍麻クン――ご覧なさい……永き刻を超えて――《龍命の塔》が今、産声をあげるわ――」
 龍麻を見ることなく、マリアは首を動かす。大きくなった地鳴りの中、その視線の先に奇妙な建造物が顕現していた。それは紛れもなく《塔》であった。どこからともなく現れた塔が二棟。どこにあれだけの建造物が隠れていたのかと思わせる規模の塔だった。
 龍麻はマリアの方へと足を踏み出した。
「ワタシは……あの男ひとのようにはなれない……」
 それを止めるように、マリアの口から言葉が漏れる。声に篭もった負の感情が、まるで行く手を阻む見えない膜であるかのようで、龍麻は足を止めてしまった。
「ワタシの中を流れる、誇り高い血が、決してそれを許してくれはしない……」
 マリアの中ではどうしても、人と人にあらざる者の垣根が存在するのだろう。だが今までマリアが真神で過ごしてきた日々は、その人と共に在った時ではなかったのか。人と相容れないというのは一部事実かも知れないが、少なくとも真神の教師であった時期は、同じ場所に在り続けていたのだ。そしてその気になれば、今以上の時を過ごすこともできるだろう。それでもマリアは頑なだった。
「アナタにこれをあげるわ……」
 マリアがこちらに放り投げた物を受け取る。それは宝石だった。血のように赤い石。どういう由来の物かは分からないが、龍麻はつい顔を顰めてしまった。手打ちというか、手切れというか、そんな意味合いの物に思えてしまったのだ。
「ワタシにはもう、必要のない物……さぁ……お行きなさい、龍麻クン。もう一度、強い揺れがくれば、いずれここも崩れるわ。アナタにはまだ、やらなければならないコトがあるでしょ?」
 屋上の損傷はかなり激しい。龍麻とマリアの死闘で受けたダメージもあるし、地震によって走った亀裂などもある。マリアの言うとおり、大きなのが来たら、崩れるだろう。それを実現させるかのように、地鳴りが大きくなり始めた。
「ミンナが、アナタを待っているわ。お行きなさい、寛永寺へ……アナタには、陽に満ちた場所が待っているのだから……ワタシも――そろそろ逝くわ。この校舎と一緒に……」
 その言葉を聞いて、龍麻は駆けた。震動も増していたが、気にせずに走る。目の前のマリアの身体が、後ろへと傾いていく。柵そのものが今の揺れで傾き始めたのだ。
「龍麻君――さようなら――」
 縁起でもない言葉が聞こえた。歯を食いしばり、龍麻はスライディングするように跳び込むと、ギリギリのタイミングでマリアの手を掴んだ。確かな重みと共に、マリアの身体は静止する。柵はそのまま重力に引かれていった。
「さよなら、じゃない――っ!」
「龍麻クン――!?」
 驚くマリアを支えながら、龍麻は叫ぶ。
「人だとかそうでないとか……そんな事は関係ない! 先生は先生だ! それに先生は僕に負けたんだ! だったら、僕の言うことを聞いてもらう! 生きろ!」
 マリアが勝っていれば、マリアの望み通りに事が運んだだろう。だが、どうあれ龍麻は勝ったのだ。ならばこちらの望み通りに事が運んでもバチは当たらない。そう考えた。
 目を丸くして、マリアは龍麻の言葉を聞いていた。次第にその瞼から力が抜け、頬も緩んでいく。
「龍麻クン……一つだけ聞かせて……ワタシ……良い先生だったかしら?」
「当然じゃないですか。先生は、僕が《力》に目醒めてから今までに出会った教師という人達の中で、最高の先生ですよ」
 覚醒し、いじめを受けるようになってから、龍麻の環境は一変した。友人はなくなり、家族からも見放され、教師は厄介者扱いする。真神に転校してきた当時、もちろん明日香にいた頃の情報は真神にも届いているはずで、いくらかの教師はしばらくの間、やはり厄介者としてこちらをとらえていたのだ。その中で、担任であったということもあるし、《力》に絡む事情があったからというのもあるかも知れないが、マリアはごく普通に自分に接してくれた。もちろん自分だけではなく、他の生徒達にも親身に接するマリアはとても好感が持てたのだ。
 龍麻はマリアを引き上げようと、力を入れる。マリアは諦めたのか、苦笑を浮かべていた。
 今回は上手くいった。助けられる人を助けられた。
 そう思った途端――
 龍麻の足元が、崩れた。
 虚空に投げ出される身体。見えるのは闇。しかし龍麻も魔人。いくら高所からでも、体勢さえ整えられれば着地は可能だ。以前、自分から飛び降りたことだってある。
 ただ、それは他になにもなければ、という前提があればこそ。
 身体を捻ったと同時に視界に飛び込んできた瓦礫は、その前提を覆した。


「緋勇――っ!」
 生物教師、犬神が駆けつけた時、その場には瓦礫の山ができていた。先の地震で校舎は半壊――その構成材料が雪崩の如く落ちてきたのだ。どう考えても並の人間に支えられる重量ではない。いや、並でなくてもかなり難しい。
 強く歯を噛みしめる。これでは助かるまい、そんな思いも浮かんでくるが、それを振り払って犬神は腕を掲げた。その身から蒼光が走り、腕を覆っていく。そしてそれを振り下ろそうとしたその瞬間
 コウッ!
 瓦礫の中から光の柱が生じた。金色が瓦礫を飲み込み、光の触れた場所は、その全てが数瞬の内に消失していく。やがて光も収まり、瓦礫の中に空白地帯ができあがった。その中に、少年はいた。
 緋勇龍麻が立っていた。片腕にマリアを抱え、もう一方の腕を、まるで天を貫かんばかりに突き出して立っていた。
「緋勇!」
「……犬神、先生?」
 呼びかけると、龍麻は目を軽く見開く。そして、マリアを抱き上げると、瓦礫をまたいでこちらへと歩いてきた。
「犬神先生……マリア先生を頼みます……あの時、僕を瓦礫から守ってくれたんです。降り注ぐ瓦礫から、身を挺して……」
「そうか」
 短く答え、犬神はマリアをゆっくりと受け取った。傷だらけで、出血も酷い。埃にまみれ、普段の美しさはない。しかし、それでも生きている――生きているだけだが。満月の夜というこの日時と、彼女自身の存在が、命を長らえさせているが、このままでは危ない。なるべく急いで、病院へ運ばなければならない程の傷だ。
「お前は大丈夫か?」
 浮かない顔の龍麻に訊ねると、無言で頷いた。返事をする余力はないらしい。いや、この場合はショックから立ち直っていないと言うべきだろうか。
 正体が人外であることを知っていながら、龍麻はマリアを一人の教師としては信頼していた。言うなれば、龍麻にとって、マリアという存在は周囲の仲間達程ではないが、それに準ずる位置にいたのだ。そのマリアが、敵となった。彼女の境遇を、彼女が悩み苦しんでいたことも知った。そのマリアと戦わざるを得なかったのだ。しかも、マリアの行動・選択は、死を選び、その執行人に龍麻を選んだに等しい形となっていた。龍麻にとって、殺すという行為はトラウマを抉る行為だ。最後の最後でそうせずに済んだとはいえ、マリアはそれを知っていたのだろうか。
(しかし……人の《想いの力》が、まさかここまでとはな)
 マリアと戦い、倒した。しかも、満月期の吸血鬼をだ。双方に迷いがあったとはいえ、容易なことではない。それでも龍麻は、己のため、己の大切なもののために戦い、勝利を収めたのだ。
 龍麻は立ったまま、晴れない表情のまま、マリアを見ていた。
「先生……どうして、こんなことになったんでしょう」
 不意に、ぽつりと龍麻が漏らす。
「マリア先生だって、途中で気付いてたみたいでした。それなのに、どうして戦おうとして……最後には命まで絶とうとしたんですか……?」
「……彼女はあまりにも高貴で、そして、あまりにも己の運命に忠実すぎた……人間と同化して生きていくことは誇りを捨てることとは違う。ただ、月明かりの下ではなく――太陽の照らす道を選ぶ。ただ……それだけのことだ」
「それを、マリア先生は誤解していた、ということですか? でも――」
「何を言いたいかは分かるが、それについては言及するな、緋勇」
 言いかけた龍麻を、犬神は制した。
「過去は過去だ。そこにいかなる感情があったとしても、それに縛られる義務はないんだ。恨み、憎悪はその時の、その場所の、そこにいた者へのものであって、今を生きる者達へ向けられるものではない」
 マリアが龍麻の《力》を手に入れてしようとしたことは、まさしくそれだ。いや、それだった、と言った方が正しいか。復讐の念は誰にでも生じうるものだし、それ自体を否定する気は犬神にはない。ただ、無関係な者にまでそれを向けるのは間違っている。復讐の対象を拡大解釈してはいけないのだ。
「お前達と過ごしたこの九ヶ月程の期間が彼女を変えてしまった。良くも……悪くも、な。彼女が生きてきた時間に比べればほんの僅かな時間だ。だが、その長い時間燻っていた負の感情からマリアを解き放ったのは、紛れもなく人の想いだ。人の想いはそれほどまでに強い力なのだという事を、忘れるなよ、緋勇」
「……はい」
 吹っ切れてはいないようだが、龍麻は頷いた。これなら問題はないだろう。立ち直らせるのは自分の役目ではない。
「緋勇。寛永寺へ行け――運命は変えられるんだ。人の想いの強さがあれば――」
 時間も迫っていた。もう少しそっとしておいてやりたい気もするが、時間は過ぎ、事態は動く。
「お前達の帰る場所は、俺が護ってやる。だから、必ず真神学園へ戻ってこい。緋勇……気を付けてな――」
「分かりました……それじゃあ、後のことは頼みます」
「それと、これを持っていけ」
 犬神は白衣のポケットから取り出した物を龍麻に投げた。それを受け取ると、龍麻は目でこれは何かと訴えてくる。
「護符だと思っていればいい。お前は危なっかしいからな、くれてやる」
「ありがとうございます」
 龍麻はそれをポケットにしまい込む。そんな少年に、再度犬神は声をかけた。
「よく覚えておけ。善し悪しはともかく、何かを強く想うこと、何かを切に願うことは、それを叶えるための重要な力となる。特別な力などなくとも、人は――限りなく強くなれるんだ」
「ええ。それは、分かってますよ」
 はっきりと言い切って、龍麻は今度こそ背を向けた。
「さて、こちらはこちらで、急ぐとするか」
 龍麻の姿が消えてから、犬神はマリアを抱え直す。そして、その命を救うべく、闇に身を躍らせた。



 真神学園正門前。
「龍麻――!」
「どうしてここに? マリィと一緒に上野へ向かったんじゃ……」
 バイクの場所まで戻ってくると、そこには思いがけない人物がいた。集合は上野、そう決めていたはずだ。それなのに、葵が新宿に――それも真神の正門などにいる。
「よかった、無事だったのね……あの塔が現れた場所……ちょうど、学校の辺りでしょう? 龍麻の事が心配だったから迎えに来たのだけれど……」
 そこまで言って葵はこちらの顔をしげしげと見つめ
「どうしたの? 何か……あったの?」
 と、心配そうな声で訊いてくる。
「……いや、何も……と言いたいけど。ちょっと、ね」
 龍麻は笑って見せるが、それも無理して作った笑みだとすぐに気付かれただろう。革製のジャンバーの所々に、引っ掻き傷のようなものがある。どう考えても先の地震に巻き込まれて付いたものではないのだから。それに、今の龍麻の感情を、僅かなりとも感じ取っているに違いない。
「龍麻……その話は……後でゆっくりしましょう。全てが終わったら……」
 そんな予想を肯定するように、葵はそれ以上追及しなかった。
「……うん。それより今は、上野へ向かわないと」
 その配慮に心の中で感謝しつつ、龍麻はバイクのキーを取り出し、エンジンスイッチを入れ、スタータボタンを押す。小気味良い音が静寂の中へと吸い込まれ、エンジンを目覚めさせた。
「龍麻」
「ん?」
「ここまで、本当にいろんな事があったわね。あの日から、いろんな事が……」
「そうだね」
 葵の言葉に目を閉じれば過去の光景が浮かんでくる。転校してから――いや、転校する以前からの記憶が連なり、次々と脳裏を駆け巡っていく。
 今も昔も、色々な事があった。だが、昔とは違う事がある。
「今の僕は……一人じゃない。葵が――みんながいる」
「ええ。私達は、最後まで一緒よ」
「よし、行こう。葵、乗って」
 ヘルメットを葵に放り投げると、龍麻は愛車に跨り、スロットルグリップを回した。手首の動きに合わせて、エンジンが吼える。
「乗って、って……」
「スカートじゃないんだから、大丈夫でしょ?」
「で、でも……」
 今の葵は、私服姿。それも動きやすさを重視したのか下はズボンだ。バイクに乗るには支障ない格好と言える。スカートでバイクに跨るのは、色々な意味で勇気が要るのだ。
 それでも葵が躊躇したのは、まずバイクに乗った経験がないからだろう。そして――
「だって、ヘルメットは一つなのよ? 私が被ったら、龍麻はどうするの?」
 真面目な葵らしい理由であった。
「ノーヘルだから……捕まったら一点かな。取得からまだ一年経ってないから、二人乗りも問題あるんだけど……捕まらなきゃいいんだし」
 しかし今は非常時である。時間は無駄にできないのだ。物騒なことを言って説得を試みるが
「でも……」
「いいから。時間ないよ」
 効果はなかった。仕方なく龍麻はバイクから降りると、葵の背後に回り、問答無用で脇を抱えて持ち上げた。小さな悲鳴を上げたが無視し、後部に座らせると無理矢理ヘルメットを被せ、自分は素速くバイクに飛び乗る。
「後部のスタンドに足を掛けて。マフラーに触れたら火傷するから、気をつけてね。片手は僕に、もう一方は後ろのグラブレールを持って。ニーグリップ……足でしっかりと、車体を挟むようにして」
「え、あの……」
「それじゃ行くよ、しっかり掴まってて」
 返事を待たず、龍麻はアクセルを開けた。

 目指すは決戦の地。上野――寛永寺。



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