「ふぅ――ホント、ヘンな人達だったね。まぁ、面白かったけどさっ」
「あぁ、かなりキョーレツだったぜっ」
 小蒔と京一の言う通り、見ているだけなら面白い。ただ、相手をするとなると話は別だ。龍麻も醍醐も妙に疲れた表情で二人の話を聞き流している。
「そういえば……練馬の大宇宙学園って、ちょっと特殊な学校だったわよね」
「特殊って?」
 東京の学校のことなど全く知らない龍麻が葵に訊ねると、醍醐がそれを継いだ。
「あぁ、確か……世のため人のためになる人間を育てる、とかいうのが理念で、試験は論文と面接だけなんだったな」
「へぇ……高校でもそんなところがあるんだね」
 一芸入試というやつだろうか、と龍麻は考える。大学ならともかく、高校でそのような試験を実施するところがあるなど……さすがは東京、といったところか。
「学校中があんな奴らだったら、俺なら三日で登校拒否だなっ」
「まぁ、あいつらは特殊な中でもさらに特殊だと思うがな」
「あははっ、それはいえるかもねっ」
 勘弁してくれ、とばかりの京一の言葉に、醍醐と小蒔も笑う。
「さてっと――それじゃあ、そろそろ引き上げるか」
「あぁ、そうだな。子供の姿もなくなってるし、俺達も帰るとしよう」
 時間が経つのも早いもので、醍醐の指摘通り子供の姿はほとんどない。片付けを始めている屋台もあり、縁日も終わりに近付いているようだ。
「うん……そうだねっ。それじゃあ、葵――」
「えぇ……そうね」
「どうした? 何かあるのか?」 
「着替え、でしょ。葵さんの」
 醍醐の問いに、葵を見て言う龍麻。
「そうそう。それに、浴衣のままじゃ、ラーメン食べづらいだろっ。この前、雛乃に会った時、部屋を貸してもらえるように頼んでもらったんだよ」
「なるほど……まっ、制服持ってきてるなら、その方がいいかもな」
「確かに、少し冷えてきたからな。浴衣のままじゃ風邪をひく」
「うん。入口の所で待ってるから、着替えておいで」
 葵達と一時別れ、龍麻達は神社の入口へと向かった。


「風が――冷たくなってきたな。花園の祭が終われば、冬ももうすぐ、か……」
「あぁ……そうだな……。なんだか……あっという間だな……」
「本当に……もう半年経ってるんだもんね……」
 いくら長袖の冬服とはいえ、この季節のこの時間になると、気温はかなり低くなる。
 星空などぼんやりと眺めつつ、龍麻達は今までの出来事に思いを馳せる。
「フフフ。こんな所でぼんやりと立っていると、カゼをひいてしまうわよ」
「え――?」
「あっ……ああ――っ!?」
「……おや……」
 そこへ声をかけてくる者がいた。声の方へ目をやり、醍醐と京一は驚愕の表情を浮かべる。龍麻は驚いたというよりは意外そうな顔をして声の主を見ていた。
「マリアせんせ!」
「フフフ、こんばんは、三人とも。やっぱり、縁日に来ていたのね」
 そこにいたのは担任のマリアだったのだ。しかもアン子からの事前情報の通り、浴衣を着ている。
「先生の用事って、縁日だったんですね」
「先生……誰かとご一緒なんですか?」
「えぇ。友達が誘ってくれてね、一緒にまわっていたのよ。急な仕事が入ったからって、先に帰ってしまったけれど」
「そっか……もうちょっと早く会えりゃあな。俺達もちょうど帰るとこなんだよ」
 そう答えるマリアに、京一が残念そうに言い、マリアの浴衣に目をやってこう続けた。
「けど、センセー。その浴衣、すげぇ似合ってるぜっ」
「アラ……フフフ、ありがとう、蓬莱寺クン。緋勇クンも……縁日は楽しかったかしら?」
「ええ。ここまで大きいのは、地元じゃなかったですから」
 地元の岡山では、大きな祭は近場ではなかったし、ここまで大きな縁日も見る機会はなかった。表立ってはしゃいではいないが、龍麻は龍麻でこの雰囲気を楽しんでいたのである。
「そう……。それはよかったわ。フフフ……受験生だって、息抜きも必要だものね」
 そこまで言って、マリアは周囲に視線を巡らせる。
「ところで……美里サンと桜井サンは一緒じゃないの?」
「えぇ、向こうでちょっと……。俺達はここで、二人を待っているんです」
「そう……。それじゃあ、ワタシも帰るわね。もう遅いし、アナタ達も気をつけてお帰りなさい。それから、あまり制服のままで遊び歩いてはダメよ。それじゃあね」
 最後に教師らしい注意をして、マリアは帰っていった。
「う〜ん。さすがはマリアセンセーだぜ。何着ても似合っちまうよなっ」
「う、うむ……」
 後ろ姿を見送りながらそう漏らす京一に、珍しく醍醐も同意している。
「と――二人が戻ってきたぞ」
「ごめんなさい、遅くなって……」
 制服に着替えた葵が、小蒔と戻ってくる。
「さっ、あったかいラーメン食べに行こっ!」
「そうだな……行くかっ!」
 元気いっぱいに宣言する小蒔に京一も同意する。異論を唱える者は誰もいなかったが、あれだけ屋台で食べておいて、まだ入るんだなと、龍麻は妙なことで感心していた。



 新宿区――路地裏。
「あれぇ……?」
 ラーメン屋へ向かう途中の路地裏で、小蒔が訝しげな声を上げた。
「この道って……こんなに静かだっけ?」
「さぁ? いつもこんなもんじゃねぇか? まっ、ここを抜ければすぐ歌舞伎町に出るからな」
「近場に繁華街があるから、そう錯覚するんだろう。どこかで比較してしまうんだろうな」
 と醍醐。
「でも……誰かに見られているような……」
「花園神社からこちら、彼らがついて来てるからね」
 不安げにする葵に、龍麻はあっさりと答えた。
「彼ら、って……コスモレンジャーか? 何でまた?」
「さぁ? 別に害はないし、放っておいてもいいんじゃない? どうせ、ラーメン屋まで行ったら、偶然を装って店に――」
 不意に龍麻が立ち止まった。鞄の中から手甲――オリハルコンを取り出し、腕に装着する。その時には京一も刀を抜き、小蒔も弓の弦を張り終えていた。
「何か……いるな」
「ああ……それも、こいつは――タダの人間の《氣》じゃねぇ」
 周囲に満ち始めた不穏な空気。龍麻達はそれを良く知っている。かつて鬼道衆と相対した時に、自然とその場を包み込んでいた《陰氣》。つまり、今ここにいるのは――
「こそこそしてねぇで、出てきやがれっ!」
 京一の一喝に、気配が動く。電柱の陰や別の通りから、次々と姿を見せる人々。ごろつきやチンピラにしか見えない者から、一見すると普通のサラリーマン、OLまで。姿は様々だが共通していることは――
「どいつもこいつも……正気な人間の瞳じゃねぇな。薄汚い欲望に取り憑かれてやがる……一体、誰の仕業だ……?」
 刀を構え、油断なく彼らを見据える京一だったが、その目の前で信じられないことが起こった。
「ぐうううううううっ!」
「うおおおおおおおおお!」
 その場にいた、龍麻達以外の人間の姿が変わっていったのだ。微妙に姿は異なれど、それは紛れもなく鬼だった。
「お……鬼っ!?」
「こんなことができるのって……」
 小蒔、葵が驚くのも無理はない。人を鬼に変える外法――鬼道。それを操る者は、既にこの世にいないはずであったのだ。しかし現実に、鬼はいる。
「まさか……だが、やるしかなさそうだなっ!」
 今は詮索しても仕方ない、とばかりに醍醐が気合いを入れる。と、その時――
「ちょおぉっと待ったぁっ!」
 どこかで聞いた覚えのある声が、夜の路地裏に響き渡る。
「あちゃあ……」
 額に手をやり、龍麻が溜息をつく。皆も気持ちは同じであったろう。
「この世に悪がある限りっ!」
「正義の祈りが我を呼ぶ!」
「三つの心を一つに合わせ――」
 そんな龍麻達の心境などお構いなしに名乗りを上げ始めるコスモレンジャー(戦闘服着用)に
「お前ら……一体、何しに出てきやがったっ!?」
「ちょっと、大事な決め台詞なんだから、邪魔しないでよっ!」
 京一の怒声が飛ぶが、名乗りを邪魔されたのに腹を立てたのか、ピンクが怒鳴り返してくる。現状を把握できていない彼らに、さすがの醍醐も言葉が出なかった。
「ゴホン――とにかく、後はコスモレンジャーが引き受けた」
「一般市民は、大人しく避難するんだっ!」
「お前ら……状況がわかってねぇだろ」
 げんなりとした表情で、京一は鬼達を指し示す。コスモの三人がそちらを向き
「きゃーっ! 何アレ!? 化け物っ!?」
「何だってっ!?」
「どわっ! 何だありゃ!? よくできた着ぐるみだな……」
 と、あまり緊迫感のない反応を見せた。駄目だこりゃ、と京一がさじを投げる。
「「「「「グオオオオオオオオッ!」」」」」
 鬼達が一斉に吼えたのは、そんな時だった。周囲に漂う《陰氣》が強くなってきた。気の抜けかけた京一達だったが、それで現実に立ち戻り、鬼達に意識を戻す。それとは逆に、コスモの三人は《陰氣》に呑まれ、鬼達の咆吼に気圧され、全く身動きが取れなくなっていた。龍麻達にとっては、都合が良かったが。
「龍麻、お前は美里と桜井を頼む。それと……あの連中もな」
「雄矢……?」
 龍麻の前に醍醐が立つ。
「お前はまだ無理をするな。あの程度なら、俺と京一で何とかなる。行くぞ、京一!」
「おうっ! ひーちゃんは、のんびりしてなっ!」
 《氣》を高め、二人が鬼達に飛び込んでいく。
「ふう……葵さんは援護、小蒔さんは支援攻撃」
「ええ、分かったわ。龍麻くんは?」
 いつも通りの命令を下す龍麻に、葵が訊ねる。いつもなら龍麻も前線に出ていて当然なのだが、醍醐がそれを押し止めたように見えたからだ。
「雄矢はああ言ってくれたけど、色々と確かめたいこともあるんでね。僕も出る。一匹もこちらにやるつもりはないけど、もしもの時は、葵さんに任せるよ」
 龍麻の《氣》に呼応し、装備していたオリハルコンが光を放ち、小さな雷光が走った。

 目の前で繰り広げられる戦いを、コスモレンジャーの三人はただ見ていることしかできなかった。
 初めて相見える異形――鬼。人にあらざる者。それらが放つ《陰氣》はそれだけでも並の人間に悪影響を与える。《力》を持つとは言え、それを使えないコスモ達には《陰氣》に抗う術はない。そして腹の底にまで響いてくるような鬼の咆吼。恐怖に支配された彼らだが、その眼前で鬼達と戦っている者がいる。
「らあっ!」
 刀を構えた京一が、一気に間合いを詰める。《氣》を込めた斬撃が鬼の身体を両断した。
「いくら数がいても、お前ら程度じゃ敵じゃねぇんだよっ! 剣掌――旋っ!」
 続いて放った竜巻状の《氣》の衝撃波が、近付く鬼数体を巻き込んだ。
「火龍っ!」
「円空破っ!」
 小蒔の放った矢が炎を纏った龍と化して鬼に食らいつき、醍醐の《氣》が弾け、鬼を打ち砕く。
「さて、と。試してみるか」
 目の前に迫った鬼に動じることなく、龍麻は自然体で立つ。筋力ではどう見ても龍麻の方が劣っているが、繰り出された鬼の拳を、龍麻は片手で受け止めて見せた。
(なるほど、これなら問題なく動ける、か)
 鬼の拳を握ったままの龍麻の右手に白銀の光が宿る。それはそのまま鬼の腕を伝って全身を包み込み、一瞬後には鬼を氷の像にしていた。
(《氣》の制御も完全にできる。過剰解放もないし……慣れるまでは世話になりそうだね)
 続く掌打で氷漬けの鬼を粉々にすると、手近にいた鬼に発剄を放つ。これも一撃で打ち斃し、更に前進する龍麻。
 別の鬼が行く手を阻み、龍麻に襲いかかる。
 ゴッ! 
 次の瞬間には鬼が宙を舞い、頭をアスファルトに深くめり込ませていた。演武でも見ているかのような、流れる動作で、龍麻が投げ飛ばしたのである。首を妙な方向へ曲げた鬼はそのまま動かなくなり、次第に塵と化していく。
 次の鬼を求めて、再び龍麻が動く。
 結局、戦闘自体はものの数分で終結した。


「全員、無事か――?」
 醍醐が周囲を見回すが、その声に不安の色はない。自分達の力量ならば、あの程度の鬼など敵ではないと分かっているからだ。
「あぁ、俺達は……な」
 と、京一はコスモの三人に視線を向ける。未だ茫然自失といった感じだ。
「《陰氣》の影響が大きかったかな? 一応、葵さんが途中から中和してたみたいだけど」
「多分、ショックが大きかったんでしょうね」
「三人とも大丈夫?」
 怪我がないのは分かっているが、小蒔がそう訊ねる。曖昧に頷くことしかできない紅井と黒崎。気が抜けたのか、マスクだけは外している。
「ねぇ……あれ、一体何なの?」
「私達にもよくは分からないけれど、恐らく、誰かがあの人達を鬼に変えてしまった……」
 何とか声を絞り出したといった感じの本郷の問いに、葵が答える。その目はいまだにいくらか形が残っている鬼達に向けられていた。それも次第に崩れていく。
 変生し、鬼と化した者の末路――
「間違いなく、ヤツらの狙いは俺達だろうな。くそっ、ふざけた真似しやがって」
 やや乱暴に刀を鞘に収める京一。苛立ちを押さえきれないのが声で分かる。
「アンタたち……ただもんじゃないような気はしてたけど、まさか、いつもあんなのを相手に闘ってんのか?」
「今回は、まだマシな方だ」
「うん。鬼にはなっちゃったけど、もとは普通の人間だもんね」
 恐る恐る訪ねる紅井に、あっさりと答える醍醐と小蒔。鬼道衆の忍軍や五人衆に比べれば、確かにマシだ。
「普通の人間って……何なんだよ、それ……」
「だから、人を鬼に変えちまうことができるヤツがいるってことだ。まぁ、お前らが三人揃った時に使える《力》と同じようなもんだ。本当なら、個人個人にもありそうなもんだけどな」
 人が鬼になる所は運良く見ていなかったのか、黒崎は信じられないようだった。京一もとりあえず説明したが、信じてもらおうとは思っていないらしく、それだけ言うと龍麻達の方に向き直る。
「それより、いくら裏道でもこれだけ騒ぎを起こせば、そろそろ人が来るぞ」
「うん、通報でもされてたらメンドくさいことになっちゃう。三人も、早く行った方がいいよっ!」
 やましいことは何もない、と言いたいが、そうもいかない。京一は銃刀法違反だし、最近の龍麻に至っては、何を持っているのか分かったものではない。この場を去ろうと動き始めた龍麻達だったが、それを本郷が呼び止めた。
「ねぇ、もしかしてあなたたちも、正義の味方なの?」
「違う」
 質問としてはあまりにも場違いなものだったが、龍麻は即座にそれを否定した。その答えが意外だったのか、驚きの表情を見せる本郷。
「えっ? でも……」
「俺達が闘ってんのは、正義のためなんかじゃねぇ。ただ――」
 言いかけて、京一が難しい顔になる。というよりは、照れているような感じだ。その言葉を、葵が継ぐ。
「そうね、きっと――自分達の大切なものを護るため……だと思うの」
 そう、龍麻達は正義を掲げて闘っているわけではないのだ。それぞれの大切なもの、護るべきもののために闘っている。人助けに喜びを感じているわけでもないし、英雄願望があるわけでもない。ただ、身近にあるものを護りたい、それだけだ。
「そういうわけで、別に君達と同じわけじゃ――」
「カッコいい……」
 ない、と言いかけた龍麻だったが、本郷から漏れた言葉に、口を止める。
「あぁ、なんかこう、ジ〜ンとしたぜ」
「よしっ! 今日からコスモレンジャーはアンタたちの味方だっ!」
「「「「「はい……?」」」」」
 龍麻達の顎が、かくんと下がる。
「あぁっ! アンタたちがピンチの時には必ず駆けつけるぜっ!」
 先程感じた脅威をすっかり忘れてしまったのか、はしゃぎ始める紅井達。
「どうするよ、ひーちゃん?」
「……彼らを巻き込んでいいことになるとは思えないね……とりあえず、逃げ――」
「龍麻、待て」
 醍醐が、路地の一角を指した。そこにはコンクリの壁から身を剥がす鬼の姿がある。
「まだ、起き上がれる奴がいたのか」
「僕がさっき投げた奴だ。やっぱり《力》なしじゃ確実に斃すのは難しいか」
 ダメージは与えたものの、斃しきれなかったようだ。とどめを刺すべく龍麻が《氣》を練る。
「竹林に――底深き怨念の花ぞ咲く――」
 鬼の口から低い声が流れた。
「我――竹林に――龍を捕らえて待つ――」
「竹林……龍……!?」
「龍山先生のところか……!? くっ……!」
 龍麻の放った発剄が、最後の鬼を塵へと変える。
「龍麻、先生が危ないっ! 行くぞっ!」
 言い終わらないうちに、醍醐が駆け出していく。彼にとって龍山は師匠だ。心配するのも分かる。
「龍麻くん、私達も龍山さんの所へ急ぎましょう!」
「分かってる。小蒔さん、弓はそのままでいい。向こうに行った時に張る余裕があるかどうかも分からないから臨戦態勢で。行こうっ!」
「緋勇、俺っちたちも――!」
「来るな!」
 紅井達もついて来ようとするが、龍麻の一喝で動きを止める。
「さっきの雑魚相手でも身動きできなかった君達が、ついて来て何ができると? 足手まといはいらない。今日、ここで見たことを忘れて、大人しく帰るんだ。ここから先は非日常の世界だ。君達が踏み込んでいい領域じゃない」
「で、でも……!」
 反論しようとする紅井達を無視して、龍麻達は醍醐の後を追った。



 西新宿の外れ――竹林。
 かつてここへ出向いた時は、その道程に不平を漏らした者もいたが、今はそんな場合ではない。鬼達と戦った場所からここまでの間、一言も発することなくただ先を急いでいた龍麻達だったが――
「ねぇ、ひーちゃん……あの人達、しっかりついて来てるよ」
「……」
「どうするの、龍麻くん?」
「……どうしたらいいと思う?」
 小蒔と葵の指摘に、珍しく弱音を吐く龍麻。
 結局、コスモの三人は龍麻の警告に耳を貸すことなく、後を追ってきたのだ。龍麻達は全員がそれなりの運動能力を持っているが、その龍麻達に追いついてくるだけでも大したものだ。ショーの時に醍醐が指摘した通り、運動能力だけは高い。
「このまま連れて行ったら、途中で発狂するかもね……」
 竹林に漂う《陰氣》はかなり高くなっている。それこそ、かつての等々力駅周辺並みだ。自らの《氣》でそれを中和できる龍麻達はともかく、コスモの三人は限界に近いだろう。
「なあ、当て身でも食らわせて放置、ってのはどうだ?」
「それやったら、《陰氣》をまともに浴びるから却下」
 京一の物騒な提案も、ここへ来る前なら問題なかったのだが、ここまで来たらそうもいかない。
「仕方ない……雄矢、ストップ!」
「しかし、急がねば……!」
「さっきの鬼は『龍を捕らえて』と言った。危害を加えるつもりなら、もうしてるよ。それに、僕らを待つとも。だったら、人質に危害を加えることはない」
 逸る醍醐を抑えて、龍麻はコスモ達を待つ。
「よくついて来たね……死にそうになってまで」
「あっ……当たり前だ……。俺っちたちは、正義の味方だぜ……。こっ、このくらい……!」
「ちなみにこれ以上進むと、今よりも気分が悪くなって、確実に死ぬんだけど……そうなると寝覚めが悪いからこれを貸すよ」
 言って龍麻が取り出したのは念珠だった。等々力へ出向いた時に龍麻が天野とアン子に貸し与えたあれである。
「《力》のない人間でもそこそこの効果はある。自分の意志で《力》が使えなくても《力》持ちには違いないから、それなりに発動するはずだよ」
 コスモに念珠をそれぞれ渡す。半信半疑にそれを身につけるコスモの三人。龍麻達には一瞬念珠が光ったように視えた。そして、目に見えてコスモ達の顔色が良くなっていく。
「なぁ、ひーちゃん。何で人数分の念珠があるんだ?」
 再び龍麻達は走り出す。その途中で声をかけてくる京一。
「花園でアン子とエリちゃんから返してもらったのは二つだろ? 後の一つはどうしたんだよ?」
「僕が着けてた」
「……ひょっとして、等々力での戦闘で後遺症がでてたのか?」
 龍麻が念珠を着ける必要など、どこにもない。少なくとも龍麻が自らの《氣》を制御できている限りは。京都の工事現場ではそれらしい素振りはなかったが。
「ん……もう大丈夫。念のために着けてただけで、深い意味はないよ」
 龍麻はそう答えたが、京一はそれを素直に信じる気にはなれなかった。龍麻の、自分自身のことを指す「大丈夫」という言葉ほど、アテにならないものはないのだ。
(こいつ……また何か隠してやがった……いや、隠してるな)
 問い詰めてやりたかったが、場合が場合なので京一はそれを我慢した。


「先生……龍山先生――!」
「おじいちゃん! どこにいるのっ!?」
「ジジイっ! 無事なら返事しろっ!」
 龍山邸の前まで来て、醍醐達が大声を上げる。しかし家の中に人の気配はない。
「そう大声を出さずとも、わしはここにおる」
 竹林の中から龍山が姿を見せる。どこにも異常は見受けられない。醍醐が安堵の表情を浮かべた。
「しばらく見んうちに、どの顔も逞しくなりおったな。何人か初顔もおるが」
 龍麻達を見回して、龍山は笑う。
「龍山さん……お怪我はありませんか?」
「わしは大丈夫じゃ。それよりも、こんな形でまた会うことになろうとはの……」
 葵にそう答えて、龍山は表情を厳しいものに戻した。
「緋勇よ。分かるか?」
「え……?」
 その問いに、龍麻は意識を龍山の視線の先――竹林に向けた。
「ま、まさか……!?」
 自分の感覚が信じられず、龍麻は龍山に詰め寄る。今感じた《氣》を龍麻は知っている。だが、あり得ないのだ。今感じた《氣》の持ち主は、既にこの世にいないのだから。
「どうしてです……? 何で彼がここにっ!?」
 龍山は答えない。何も言わずにその場を退く。つまり、戦えと言っているのだ。もう一度、あの男と。あの時に全て終わったはずなのに、また繰り返せというのだ。
「みんな、戦闘準備……」
「ひーちゃん。一体何があるってんだよ?」
「僕達の今までの闘いで、最大の敵だった男が――来るっ!」
 龍麻が《氣》を解放した。それを合図にするように、竹林に大きな音が響く。そう、足跡のような音が。それに伴い周囲の《陰氣》が濃くなっていく。
 今感じる《氣》と、龍麻の言った「最大の敵」――それを結びつけることは難しくなかった。
「ククク……この時を待ちわびたぞ……」
「九角天童……」
 竹林から姿を見せたのは赤い肌、白銀の頭髪、鋭い爪と牙。そして二本の角を持つ鬼。紛れもなく変生した九角天童だった。
「……嘘だろ……?」
「まさか……なぜお前が……」
「そんなっ……あの時、確かにひーちゃんが斃したはずなのに……」
 動揺を隠せない京一達を前に、おかしそうに九角は笑う。
「ククク……そうだなぁ。あの時死んだものがあるとすれば――それは俺の中で醜く垂れ下がっていた、人間の部分ってやつだろうぜ……」
「なるほど。それじゃあ、今のてめぇは、名実共に、化け物ってことかよ」
 前にも増して強力な《陰氣》を放つ九角に気圧されぬよう、《氣》を高めながら京一が刀の柄に手をかける。
「ククク……この俺にはもう、何も残されてはいない……あるのはただ、この全身を支配する、底深き怨念のみ……三百余年に渡る、九角の怨念だけが今の俺を動かしている」
「そんな……九角……さん……」
 完全な鬼として甦った九角を前に、葵の顔が悲しみに染まる。その葵に目をやり、醜く変わった九角の表情が更に醜く歪んだ。
「みさとあおい……ク……ククククク……お前の肉は軟らかくて旨そうだなぁ……」
 姿が鬼に変わっただけならまだしも、その心まで変わり果てたことを認識させるかのような一言。みるみる顔から血の気が失せていく葵だが、それを護るように龍麻が前に立つ。
「九角……もう何も言わない……。お前がそうまでして怨念に身を委ねるなら……今度こそ終わらせる!」
「ククククク……さぁ来い、人間共。貴様ら一人残らず、この俺が喰い尽くしてくれるっ!」
 竹花咲き乱れる秋の宵――龍麻達と九角の決戦が再び火蓋を切った。

 腰のポーチから龍麻は手裏剣を取り出す。炎《氣》を纏ったそれが立ち並ぶ竹に突き刺さり、闇を照らした。月明かりがあるといっても竹林内ではそれもろくに届かない。足下も見えないようではまともな戦いなどできはしないだろう。
「行くぜっ、九角っ!」
 抜刀した京一が刀身に《氣》を込める。
「童子切安綱……かつては源頼光が酒呑童子を討った時に使った刀だそうだ。鬼道衆の頭目が鬼を斬った刀を使ってたってのも変な話だが、今のお前を斃すのにこれ程相応しい刀もないだろうぜっ!」
 かつての自分の愛刀を手に斬りかかってくる京一に、九角は拳を振り下ろした。身を翻してそれを避け、九角の足に刃を振るう。
 ギャッ! 
 京一の斬撃は、九角の《陰氣》の障壁によって阻まれた。慌てて京一は間合いを取る。
「くっ……何てぇ《氣》だっ!」
「以前闘った時より、格段に強くなっている……だが、やるしかないっ! おぉぉぉぉっ!」
 生身のままでは傷一つ付けられない――早々に白虎変を使用する醍醐。
「円空破っ!」
「効くかっ!」
 醍醐の放った円空破をまともに受けておきながら、九角の身体は揺らぎもしなかった。以前は手傷を負わせた技も、今の九角には効果がなかった。
「くそっ……どうする、ひーちゃん!?」
 焦りを隠せない京一の声に、龍麻は過去と現在を比較する。
 単純に九角の《力》は上がっている。ただ、周囲に邪霊の存在はない。回復される心配だけはない。
 こちらの戦力は龍麻を含めて五人。人数はあの時の半分以下だが、こちらの体調はほぼ万全。負傷者はいないし、先の鬼との戦闘があるとはいえ、消耗は少ない。
(あの時の九角は四神方陣にだって耐えた。僕達の方陣技がまともに通じるとも思えないけど、今のところの切り札だ。となると、それまでにどうやって九角に痛手を与えるか……)
「攻撃の手を緩めるなっ! 一度は斃した相手なんだから、気後れしないっ!」
 叫ぶと同時に龍麻が飛び出す。ここで少しでも自分がダメージを与えれば、京一達にも有利に働く。
「円空破っ!」
「ちいっ!」
 龍麻の放った《氣》の塊を、九角は《氣》を集中させた拳で迎え撃つ。攻撃は無効化されたが、これではっきりした。
「どうしたの? 僕の攻撃を受けるのは怖い?」
「貴様……っ」
「今度はこれでどうだっ!?」
 龍麻の両手に炎《氣》が宿る。京一達は見たことがないが、九角にとっては忘れられぬであろう技。
「秘拳・鳳凰――っ!」
 龍麻の現時点で最大の奥義。鳳凰の姿を成した炎《氣》の塊が九角めがけて突き進む。
「同じ技がいつまでも通用すると思うなぁっ!」
 円空破の時と同じように《氣》を込めた拳が鳳凰に叩き込まれる。《氣》と《氣》がぶつかり合い派手な音を立てて弾けた。鳳凰の姿は消え去ったが、九角の腕には僅かながらも秘拳によるダメージが残っていた。
「お前の奥義も、今の俺には通用しねぇ、そういうこった」
「一撃必殺なんて望んでない。お前が倒れるまで、何度でも叩き込んでやるっ!」
「そう何度もやらせるかよっ!」
「どこ見てやがるっ! 秘剣・朧残月っ!」
 龍麻のみに意識をやっていた九角に、再度京一が斬りかかる。
「虎爪っ!」
「疾風っ!」
 同時に醍醐と小蒔も動いた。《氣》の爪が、《氣》の込められた高速の一矢がそれぞれ九角の身体を捉える。そのどれもが、九角の身体に傷を与えていた。
「これで、ひーちゃんばっかり相手にするわけにもいかなくなったなぁ」
「ボク達だっているんだ! そうそう好きにはさせないよっ!」
「ククク……この程度のかすり傷を与えたからって、いい気になるな……っ!」
 《陰氣》の塊が龍麻達に向かって放たれた。広範囲の攻撃を躱すのは至難の業だ。それぞれ自分の《氣》を展開し、障壁にして攻撃を凌ぐ。そこへ――
「身体持たぬ精霊の燃える盾よ私達に守護をっ!」
 葵の《力》が解放された。龍麻達の障壁を、更に強固な光が包み込み
「四つの顔持つ蛇の輝ける輪よ私達に守護をっ!」
 続く葵の詠唱が、更なる力を与える。
「よぅし……こうなったらとことんやってやるぜっ!」
 青眼に振り下ろした安綱から《氣》の衝撃波が放たれた。先程とは違い、力が漲るのが分かる。九角の方も脅威と見たのか、まともに受けはしなかった。
「美里の援護があれば心強いが……龍麻。お前、例の件は解決したのか?」
 何の躊躇いもなく《氣》を放っているが、今の龍麻には《氣》の制御ができないはずだ。しかし、今までの戦闘を見ていると危うげなところはない。単に偶然なのかと心配する醍醐に龍麻は大丈夫だと笑ってみせる。
「今の調子なら、問題ないよ」
(とは言え、今のままじゃここまでが限度だけどね……)
 等々力以来、上がった《力》だったが、今の龍麻にはそれを安定して使うことができない。無理ない範囲で使おうと思えば、以前と大差がないのだ。現時点で、等々力の決戦時以上の《力》を使える者は、いないと言ってもよかった。
「仕方ないけど長期戦だね。少しずつ九角を削っていくしか――」
 その時、龍麻の視界に入ってくる者がいた。
「うおぉぉぉぉっ!」
 雄叫びを上げながらバットを振りかぶって九角に突っ込んでいく男――コスモレッド。
「しまったっ……!」
 今日初めて異形を見た彼らが、今の状況に耐えられるはずがなかったのだ。念珠を与えたことによって《陰氣》に対する抵抗力はいくらかついたが、九角の放つ《氣》はその限度を超えていた。《陰氣》、殺気、そのどれもが桁外れの九角がいるこの空間で、自らの《力》を使えない彼らでは、さぞや強力なプレッシャー、恐怖に襲われたことだろう。
 この場合、恐怖に支配された人間が取る行動は二つ。逃げるか、自棄になって恐怖と対峙するかだ。レッドの場合は後者だった。正義の味方を自称する彼には、逃げるという選択肢自体がなかったのかも知れない。それが凶と出たのだ。
「くらえ、悪党っ!」
 力任せにバットを振り下ろすレッド。そのバットは九角の足を捉えた。そしてそのままへし折れ、その機能を失う。
 《氣》も込められていないバットの一撃など、九角に届くはずもない。京一達の相手をしていた九角の目が、レッドに向けられる。自棄とはいえ、一度は攻撃を仕掛けたレッドだったが、その目に射抜かれ、身を竦ませた。
「雑魚が……邪魔だっ!」
 《氣》を乗せた九角の拳が、レッドに繰り出される。防御もできないレッドがこれを食らえば、確実に肉塊と化すだろう。
「「レッドっ!」」
 ブラック、ピンクの悲鳴にも似た声が竹林に響き渡る。
「させるかっ!」
 九角の拳とレッドの間に龍麻が割って入った。出来うる限りの《氣》を左腕のオリハルコンに込め、龍麻は九角の突きを受け止める。
 が――
 メキィッ! 
 《陰氣》を纏った拳はあっさりと、背後にいたレッドもろとも龍麻を吹き飛ばした。



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