「さて、次はどこへ行く?」
「確か、京一が焼きそばとか言ってなかったか?」
 時間はあるが、見る物も多い。同じ場所へ留まっていても意味がないので、さっさと次へ向かうことにする。皆を見回す龍麻に醍醐が思い出したように言うと
「おうっ! 行こうぜ!」
「あっ、待ってよ、京一っ!」
 京一が駆け出し、小蒔も後に続いた。あっと言う間に三人は取り残されてしまう。
「うふふ。二人ともはしゃいじゃって」
「まったく……とても高校三年生だとは思えんな」
「まあ、らしいって言えばそれまでだけど」
 何だか子供を引き連れた保護者のような心境になってきた。
「でも、せっかくの縁日ですもの。私達も楽しまなくちゃね」
「そうだね。……ぷはっ、ごちそうさま」
「……って、龍麻。お前いつの間に――!」
 見ると、龍麻の手には先程醍醐が入手した缶ビールが握られていた。ただし、中身は既に無い。
「どうせ飲まないでしょ?」
「それはそうだが……お前、学生服で来ているのを忘れたわけじゃないだろうな?」
「大丈夫だって。持ってても同じなんだから。次行くよ」
 空き缶をくずかごに投げ捨て、龍麻は醍醐を押すようにして先へと進んだ。少しも進まない内に、焼きそばの屋台の前で立ち止まっている京一達を発見する。
「わぁ〜、いい匂いだぁ〜」
「そうそう。このソースの匂いが食欲を刺激するんだよなっ。早いとこ、買って食おうぜっ!」
「一皿五百円かあ……ボク、どうしよっかな……」
 縁日や祭りの屋台の品というのは、どれも高い。普通なら買いもしない値段が付いているが、それでも空気に呑まれてしまうのか、買ってしまうのが現実である。
 値段を見て悩んでいる小蒔を見て、龍麻は醍醐の脇を肘で小突いた。
「ん、どうした龍麻?」
「買ってあげたら?」
「む……う、うむ……そうだな……」
 一瞬戸惑った醍醐だったが、頷くと小蒔の方へと歩いて行く。
「気が利くのね、龍麻」
「ん? まあ、たまにはこういうのもいいかな、って。あんまり周囲がお膳立てしてやるような事でもないと思うけど」
 そちらを見たまま言ってくる葵に、同じく視線はそのままに龍麻が答える。
「ウソっ! ホントにいいの? 醍醐クン。やったぁっ! ありがと――っ!」
 どうやら話をしている間に、醍醐が奢ってやると言ったようだ。小蒔が飛び跳ねていた。
「えへへっ、醍醐クンって優しいよね」
「小蒔……お前ってヤツは冗談抜きで、くいものに釣られて誘拐されるタイプだなっ」
「失礼だなっ。知らない人からは、貰ったりしないよーっだ。じゃ、醍醐クン、いっただっきまーすっ!」
 小蒔の笑顔にやられたのか、赤くなっている醍醐をそのままに、京一と小蒔は相変わらずのやりとりを見せている。
「まったく、醍醐も物好きなヤツだぜっ。オッサン、俺も焼きそば一皿ねっ」
「ふーんだっ。京一みたいな甲斐性無しに、そんなこと言われたくないもんねっ。あっ、おじさん。ボクも一皿ちょーだいっ」
「俺が甲斐性無しなら、お前は穀潰しだろうがっ」
「やれやれ。相変わらず、どっちもどっちだな、お前らは」
 できた焼きそばを頬張りながら、不毛な言い争いを続ける二人。復活した醍醐が嘆息するが、これもいつものことだ。
「京一くんも小蒔も。飲み込んでからしゃべった方がいいわよ」
「行儀が悪いというか……」
 同じく呆れている葵と龍麻だったが、そこへ別の声が割って入った。
「ホント、同じ真神の人間として恥ずかしいったらないわね」
「あら、アン子ちゃん」
「まったく、品がないったらありゃしない」
 新聞部部長、遠野杏子が京一に冷たい視線を送っている。今回に関して言えば小蒔も似たようなものなのだが、とりあえず彼女はお咎め無しのようだ。
「何でお前がこんなトコにいんだよ」
「何で、じゃないわよ。この真神の恥っ! あたしはアンタと違って、遊びに来てるわけじゃないのっ!」
 その剣幕に、さすがの京一も圧され気味だ。しかし気になることを言った。遊びに来ているわけではない、と――
「あっ、そーか。今度のPTAの広報に使う縁日の写真がいるんだったっけ」
「そうなのよ。この前、頼まれちゃってね。まあ、その件はもう適当に済ませたからいいんだけど、あたしが今、追っかけてるのは別のものなのよねぇ」
 事情を知っているらしい小蒔の言葉に頷くと、アン子は浴衣姿の葵をカメラに収めた。
「別のもの……? まさか、また何か事件でも起こったのか?」
 京都での龍麻との会話を思い出し、難しい顔をする醍醐。だが、アン子は身を翻すと勿体ぶったように
「うーん。事件といえば事件かも……なんなら、焼きそば一皿で情報提供してあげてもいいけど。どう……? 龍麻君」
「まあ、いいけど」
「さすがっ! やっぱり龍麻君は話が分かるわ。やっぱり、もうちょっとふっかけるべきだったかしら。せめて、八百円くらいに……」
「聞こえてるよ、アン子……」
「遠野、お前なぁ――」
 その独り言は確かに龍麻達の耳に届いていた。龍麻達五人の視線がアン子に突き刺さる。
「あ……あはは、やーね、冗談よ、冗談っ」
 誤魔化そうと笑うアン子だが、龍麻達の視線は揺るがない。しばしの沈黙の後、アン子が遂に白旗を上げた。
「分かったわよ。タダで教えてあげるわよ」
「さっすがアン子! そうこなくっちゃ!」
「今更、お世辞言ったって遅いわよっ!」
 掌を返したように小蒔がアン子を持ち上げるが、この場合は逆効果だった。
「まぁ、いいわ。撮影に成功した暁には、一枚五百円で売ってもいけるもんね」
「撮影? 一体、何があるってんだよ?」
 写真を売る、ということに関しては、今更騒ぐ程のものではない。現に龍麻の写真はそれくらいの値段で取り引きされている。それだけ欲しがる人間(女子)がいるからだが、この縁日に誰がいるというのか。
「ふふん。あたしが掴んだ情報によると、どうも今日、この縁日に、マリア先生が来てるらしいのよ」
「ふーん。けど、それのどこが事件なんだよ」
 小蒔の反応ももっともである。別にいたところで不思議はない。龍麻は龍麻で、職員室でのやり取りを思い出していた。
(ってことは、ひょっとしたら天野さんと一緒なのかも知れないな)
 などと考えたところで、アン子の不敵な笑い声が耳に入ってきた。
「ふふふ……それがねぇ、どうやら――浴衣、らしいのよ」
「何ぃっ!? マリアせんせが浴衣だとっ!?」
「へぇ〜。なるほど。それを隠し撮りして、売りさばこうってコトか」
 京一は大声を上げ、小蒔は納得する。京一のことだ、屋台など二の次でマリアを捜しに行こう、などと言い出すかも知れない。
「マリア先生には根強いファンが多いから、結構、良い商売になるのよ、これが……。あっ、今言ったこと、マリア先生には内緒にしてよ。代わりにこれあげるから」
 と、アン子が差し出したのは真神新聞だった。口止め料としては安すぎる気もする。
「あ、そうだ。遠野さん、あれは持ってる?」
「そうそう忘れるトコだったわ」
 龍麻の問いに、アン子はポケットから念珠を取り出して龍麻に渡した。これで、念珠は回収を完了したことになる。
「確かに返したからね。それじゃあ、そろそろ始めようかしら」
 言うが早いか、足下にあった大荷物を広げて身につけ始める。
「よーし準備完了っと!」
 そこに現れたのはタキシードを着たピンクのウサギだった。変装のためだろう、着ぐるみを持って来ていたのだ。
「ア、アン子それ自分で作ったの?」
「まさか。演劇部の部長にお願いきょうはくをして借りたのよ。今日はこの方が目立たないイベントもあることだし……。それじゃ、あたし、急ぐからっ」
 スキップしながらアン子は去って行く。龍麻達は呆然とそれを見送ることしかできなかった。


 気を取り直して一行は境内を進む。奥の方も人で一杯だ。縁日が終わるまで途切れることはないだろう。
「葵……どうしたの?」
 不意に立ち止まった葵に声をかける龍麻。葵の視線は一つの屋台に向けられていた。
「りんご飴?」
「ええ。私、今まで……食べたことがなかったから……」
「へぇ」
 縁日でしか食べられないものというなら、りんご飴などはその典型だろう。少なくともコンビニやスーパーで売られているところを龍麻は見たことがない。
「それじゃ、ちょっと待ってて」
 龍麻はそう言うと屋台の方へと歩いて行く。少しして戻って来た時には、二つのりんご飴が握られていた。
「はい」
 と、一つを葵に差し出す。
「いいの?」
「もちろん。実は、僕も食べたことなかったんだ。いい機会だから、食べてみようよ」
 戸惑う葵に頷いてみせる。
「ありがとう。それじゃ、いただきます」
「どうぞ……どう?」
 同時に口にしてから、龍麻が訊ねる。
「えぇ……甘酸っぱくて――とっても美味しい……」
「あーっ! 二人して何してるのさ?」
 先へと進んでいた小蒔達が戻って来た。
「あ、りんご飴。ボクも買おうっと。おじさーん、コレとコレ、ちょうだいっ!」
 二人が食べているのを見て、欲しくなったのか小蒔も屋台へと向かう。
「ははは。桜井は、えらく張り切ってるな」
「まぁ、今のあいつの頭の中には、食うことしかねぇからな」
「二人とも……聞こえてるぞっ」
 振り向きざまに小蒔が睨む。京一と醍醐は同時に顔を逸らした。
「しっかし、浴衣にりんご飴か。いい組み合わせだな」
「こういうのを風流、と言うのだろうな」
 葵を見て男性陣が感想を述べる。絵になる、というのだろうか。猫のぬいぐるみが多少場違いかも知れないが。
「うふふ、ありがとう、二人とも」
「で、そっちはどうしたの?」
「ああ、醍醐のやつが『今年は色々あったし、これからのことも考えて、一つ、おみくじを引いてみるのも悪くはないな』だと。ホント、ジジくせぇやつだろ」
「でも、こういう時って引いてみたくなるんだよね。それじゃ――」
 引いてみようか、龍麻がそう言いかけた時だった。
「葵オネエチャン、龍麻オニイチャン!」
 メフィストを抱いたマリィがこちらへ駆けてくる。
「Hi、ミンナ」
「こんばんは、マリィ。楽しんでる?」
「ウン」
「そういえば、この間から中学校に通ってるんだよね。もう友達はたくさんできた?」
 鬼道衆との闘いが終わった後で、マリィは学校へ通うことになった。本来なら年齢相応に高校に行くべきなのだろうが、見た目が見た目だけに、中学生ということにしてある。
「ウン……今日はトモダチと来タ」
 小蒔の問いに、後ろを見ながらマリィ。そちらを見ると友達らしい中学生が数名、こちらを見ている。
「そうか、それはよかったな」
「どうだ、チビ。縁日は楽しいだろっ」
「ウンッ!」
 嬉しそうに頷くマリィを見て、皆の顔にも笑みが浮かぶ。過去のことは忘れ、この子には少しでも明るく元気でいて欲しい、それが皆の願いでもあった。
「うふふ、よかったわね。お小遣いはもらったの?」
「パパ……に、もらっタ。でも、欲シイモノいっぱい。マリィ、すっごく悩んじゃう……」
「ほう、随分日本語が達者になってきたな。京一お前、代わりに英語を教えてもらった方がいいんじゃないか?」
「大きなお世話だっ。人のこと言えた義理かっ」
 京一と醍醐のやり取りを見てマリィが笑っている。仲間になった頃に比べると、だいぶ表情も豊かになってきたし、笑うようにもなってきた。
「ミンナも楽シソウ。龍麻オニイチャンも、エンニチ、楽シイ?」
「うん、楽しいよ。そうだ、これ……」
 龍麻は財布を出すと、千円札を数枚抜き取り、マリィに握らせる。
「楽しい縁日だけど、ここは物が高いからね」
「デモ……イイノ?」
「もちろん。お友達と楽しんでおいで」
「ウンッ! それじゃあ、トモダチ、待ってるカラ。マリィ、もう行くネ。エヘヘ、Bye!」
 そのままマリィは友達の方へと駆けていった。何やら楽しそうに話しているのが見える。
「龍麻くん、ありがとう」
「ん? ああ、別に大した事じゃないよ。マリィが楽しんでくれれば、それで十分」
「えぇ、そうね……」
 友達と一緒に遊ぶ。そんなごく当たり前のことすら、ついこの間までのマリィには許されなかった。だが、今は違う。今までに失ったもの、与えられて然るべきもの。これからのマリィはそれらを取り戻していくのだ。そのためには出来うる限りのことをしてやりたいというのが龍麻の考えだ。
「そんじゃあ、ぼちぼち動くか。行こうぜ、おみくじ引くんだろ」
 京一の声に龍麻と葵は後を追った。


「そういえば。この前、雛乃に会った時、花園ココの縁日の手伝いに来るようなコト、言ってたなぁ。何でも、ココの神主さんとおじいちゃんが知り合いなんだって話だよ」
 途中、他の屋台で腹ごしらえをしつつ、小蒔がそんな事を言った。
「まぁ、雛乃さんが? それじゃあ、雪乃さんも来ているのかしら?」
「多分ね。あ、あそこだ。こんばんは〜っ」
「まぁ、皆様!」
 社の前にいた巫女装束の女性がこちらを向いた。織部姉妹の妹、雛乃だ。
「お待ちしておりましたわ」
「元気だった?」
「はい。皆様もお変わりなくて、なによりです」
 変わるも何も、最後に会ったのは修学旅行出発前だったから、言う程時間が経っているわけでもない。
「ところで、雪乃さんは?」
「それが……つい先程から姿が見えないのです。小蒔様達が来ることを言った途端に……」
 龍麻の問いに、困ったような表情を浮かべる雛乃。
 巫女装束を見られるのが嫌で逃げたんだろうな、と龍麻は推察した。
「ふーん……」
 何気なく周囲を見回してみる。社に篭もっていればそれまでだが、いつまでもそれでは手伝いに来た意味もあるまい。どこかから様子を窺っているのではないかと考えた龍麻だったが――
(おや……やっぱり……)
 社の陰からこちらを覗く巫女が一人。雪乃だった。龍麻と目が合った瞬間に身を隠したが、ゆっくりと、再びこちらへ顔を出す。そして再び目が合った。
(まあ、見られたくないんじゃ仕方ないか)
 人差し指を立て、口に当ててみせる。黙っておいてやるとの意思表示だ。それに安心したのか、雪乃は大きく息を吐くと、再び社の陰に身を隠した。
「ひーちゃん、どうしたんだ?」
「ん、いや。何でもないよ」
 京一の問いに一人得した気分でそう答える。
「ま、いいか。それじゃあ早速、おみくじ引かせてもらおうぜっ。で、雛乃ちゃん。俺にはぜひ、大吉を……」
 ゴンッ! 
 醍醐と小蒔の拳が同時に京一の頭に振り下ろされた。
「お前って奴はどこまでも図々しい奴だな」
「大体、雛乃がそんなことするわけないだろっ!」
「ふふふ……皆様の運勢をわたくしが変えるなど、到底できませんわ」
 そう言って微笑むと、雛乃は木製の箱を取り出した。上辺に穴が一つ。振ったらそこから棒が出てくるやつだ。
「それでは、皆様。箱をよくお振りになってから箱を逆さにしてください。出てきた数字の札を後でお渡しします」
 よく振れ、とは言われたが十回も振ればいいか、と考えて龍麻は箱を振る。そして逆さまにしたところで棒が――
「出てこないな……」
 逆さまにした状態で再度箱を振る龍麻。それでも棒は出てこない。二十回程振ったところで、ようやく棒が出てきた。
「四十九番――では、この札をどうぞ」
 番号が記された引き出しから雛乃が札を取り出し、龍麻に渡す。開いてみると――
「あ、ボクのは中吉だ。これからいいことあるかな。葵はどうだった?」
 それぞれ引き終わった小蒔達が結果を見せ合っている。
「私は、吉だったわ。これから上昇するか下降するかは、努力次第って書いてあるわ」
「ああ、俺も吉を引いたが同じようなことが書いてあるな。京一、お前はどうだったんだ?」
「……ま、まぁいいじゃねぇかっ。所詮はおみくじ。運試しみたいなもんだろっ」
 引きつった笑みを浮かべながら、京一はそう言った。それだけで内容は察しがつく。
「あやしいなぁ〜っ――えいっ!」
「あっ、何すんだ、小蒔っ!」
 隙を見て、小蒔が京一の札を奪い取る。札に視線を落とした小蒔だったが、次の瞬間それを投げ捨てた。不幸が伝染るのを恐れるかのように。
「だ、だだだ大凶っ!」
「何っ!? 本当にあるのかっ!?」
「私も初めて見るわ……噂だけなら聞いたことがあるけど、本当にあるなんて」
 むくれたままの京一を無視して、好き勝手に騒ぐ三人。
「どれどれ……多大な困難が降りかかる恐れあり。絶望の淵より一条の光見出し、新たなる境地、拓くべし――だそうだ、京一」
 拾い上げてそれを読み上げる醍醐。京一の顔が不機嫌一色に染まっていく。
「けっ、冗談じゃねぇぜ。やっとのんびりできそうだってのに、これ以上、くだらねぇことに巻き込まれてたまるかよっ。それに俺は、占いの類は信じねぇことにしてるしなっ」
 人はそれを、虚勢という。
「ふふふ。蓬莱寺様は豪気なお方ですのね」
 と雛乃が笑う。が、すぐに真剣な面持ちになり、続けた。
「ですが、神社で起こることには、必ず何らかの啓示が含まれているものです。念のため、用心なさってください」
 そして、今度は龍麻の方を見る。
「龍麻さんも、くれぐれもお気をつけて……」
「……うん、ありがとう」
「何も起こらぬよう、お祈りしてますわ」
「ところでさ、ひーちゃんはおみくじ何だったの?」
 唐突に小蒔が訊いてくる。
「僕? みんなと同じだよ。京一よりはマシって意味では」
「京一は日頃の行いが悪いからねぇ」
 と意地悪い笑みを浮かべる小蒔。それに京一が反論し、騒ぎ始めるが、龍麻は自分の手の中に視線を落とした。先程引いたおみくじの文面。
 ――迷いが全てを台無しにする恐れあり。己を保ち、強き意志を持って進め――
(京一のことをどうこう言えた文面じゃないよね……)
 無意識のうちに札を握り潰し、再び手を開いた時には、僅かな灰だけが残っていた。



 めぼしい物は見終わったし、時間もそれなりに経った。人混みは相変わらずだが、ここに留まる理由もない。
「さぁて……それじゃあ、ぼちぼち帰ろうぜ――」
 と、京一が提案した時だった。
「ん? 何だ、この曲は……?」
「なんか、聴き馴染みがあるような曲調だよなぁ……」
 どこからともなく流れてくる曲。京一の言う通り、どこかで聴いたような曲調だ。
「あっ、そうだっ! そういえば弟が言ってたよ。なんとかレンジャーとかいうのがヒーローショーをやるんだって。三バカトリオ……じゃない、なんか、三人組だって」
 小さな弟のいる小蒔が、そう言った。確かに、今聞こえてくる曲は、戦隊もので流れる曲に似ている。
「はははっ、縁日でヒーローショーかっ!? そりゃあ案外、いいアイディアかもしれねぇやっ。なんなら、ひーちゃん。俺達も観に行ってみるか?」
「んー。別に構わないけど」
「よし、そうと決まれば急いで行こうよっ! 早くしないと、いいシーンが終わっちゃうよっ!」
「あっ、小蒔――」
 葵が止める間もなく、小蒔は曲の流れてくる方へと走っていってしまった。
「うふふ、小蒔ったら本当は、観たかったのね」
「まったく、あいつはガキなんだからよっ」
「ともかく、桜井とはぐれるといかんな。俺達も急いで行ってみよう」
 結局、葵と醍醐にも異論はないらしく、龍麻達は小蒔を追った。


 神社でヒーローショーという、一風変わったシチュエーションに興味を持つ者が多かったのか、それともその「なんとかレンジャー」に人気があるのか。ステージ周辺は人が溢れていた。
「子供がいっぱいでよく見えないよ……」
 子供ばかりならそうでもないのだが、保護者の姿も多く見受けられる。
「美里、小蒔。この隙間から、ちょうどよく見えるぜっ」
「あっ、ホントだ! どれどれ……」
 男性陣は背の高さもあってそれ程苦にはならないが、女性陣には少々辛い。京一が見つけた隙間から小蒔はステージを見やり――
「ぷっ……何あれ」
 と、吹き出した。気持ちは分からなくもない。
「レッドが野球のバットで、ブラックがサッカーボールかよ……」
「ピンクが持っているのは、新体操のリボンかしら……」
 という具合に、普通の戦隊ものとは明らかに違う。戦隊もの、ということでTVでやっているのが出張ってきたのかと思ったのだが、そういうのではないようだ。それでもこれだけの人が集まる辺り、人気はあるみたいなのだが……
「あっ、もうクライマックスのシーンみたいだよっ」
 見ると、赤、黒、桃の三人が怪人らしき着ぐるみを包囲するところだった。
「――この世に悪がある限り!」
「――正義の祈りが我を呼ぶっ!」
「――練馬と、そして新宿の平和を護るためっ!」
「練馬の平和だぁ? 随分、ローカルなこと言ってやがるなぁ」
 口上を聞きながら、京一が漏らす。どうやら、世界平和とか大規模なものは彼らの手に余るようだ。
 だが、そんなことはどうでもよくなった。
(これは――《力》っ!?)
 龍麻の目には、うっすらと蒼い光を纏う三人が視えた。今まで出会った者の中では最小レベルだが、《力》には違いない。
「コスモレンジャー! 今、必殺の――!」
 レッドがそう叫んだ瞬間、ぱっと光が弾け
「「「ビッグバンアタ――ック!」」」
 派手な光と大音声の割には全く威力のない方陣技が炸裂し、山場が終わった。


 怪人を倒したことでショーも終わり、あれ程いた子供達も散り始める。場に残っているのは、片づけを始めたショーのスタッフらしき人々と龍麻達くらいなものだ。
「ふぅ。まぁまぁ面白かったね」
「まっ、お決まり通りのパターンだったけどな。ちょっと違う意味で笑えるヤツらだったけどよ」
 小蒔と京一は、特に疑問を抱かなかったのか、他愛ない感想を述べている。一方龍麻達は
「うむ……。あの三人、俺達と同年代のような感じだが、かなり高い運動神経と反射神経の持ち主のようだったな。それに――」
「ええ。最後の技で見せたあの光……龍麻くん、あれって方陣技なの?」
「……そう呼ぶのに抵抗がある威力だったけど。意識して抑えているようでもないみたいだし」
 彼らの身体能力と、最後に見せた技――ビッグバンアタックとやらについて考えていた。
「《力》の持ち主には違いないんだけど……あまりにも微弱だね。認識しているのかどうかも怪しいし」
「え、なになに?」
「どうしたんだよ、ひーちゃん?」
 先程見たものについて簡単に説明する龍麻。すると
「それならさ、あの三人に会いに行ってみようよっ。その方が早いでしょ?」
 との小蒔の意見。
「そうしようか。少なくとも正義の味方なんて言っている以上、今後何かやらかす可能性はないと思うけど」
 龍麻達はステージの方へと歩いて行く。
「おーい、それ、早く片付けろよっ」
「いてててて……今日のケリ、効いたなぁ……」
「あーっ、ないないっ! もうっ、どこやったのよ!」
「まだかよ――」
 などなど、スタッフが慌ただしく動いている。ただ、よく見るとそれがどこかの学生であることが分かった。服装が赤のブレザー、制服だったのだ。
「どうやら、他のスタッフ達も皆、高校生のようだな……」
「練馬の平和がどうとか言ってたから、そっちの方の学校だと思うけど……」
「うむ。お、向こうにいるぞ。やはり、彼等も高校生のようだな」
 醍醐の指す方を見ると、先程のヒーロー達が片付けをしている。
「それじゃあ……あの〜、すいませーんっ」
 小蒔が声をかけると、レッドがこちらを向いた。
「んんっ? なんだい、アンタたち。俺っちたちに、何か用かい?」
「ああ。すまんが、ちょっと話を聞かせてはもらえないか?」
「別に構わないぜ。それじゃあ、ちょっと待ってな」
 側にいたブラックがそう言い、二人はゴソゴソと着替え始める。
「よっと。これで話もしやすいな。んで、一体俺っちたちに何が聞きたいってゆーんだい?」
 スポーツ刈りの、いかにも熱血漢っぽい男――レッドが戻ってくる。
「あの、三人はコスモレンジャーの方ですよね?」
「いかにもそうだが……お嬢さん、もしかしてオレのファンかい?」
 眼鏡を掛けた一見優等生風の男――ブラックの問いに、葵は言葉を詰まらせた。
「違うよなっ! 俺っちのファンだもんなっ」
「フッ。お前の家には鏡がないのか?」
 ブラックの言葉が引き金となり、口喧嘩を始める二人。龍麻達はそのまま忘れ去られている。
「もうっ、二人とも! いい加減にしなさいよっ!」
 その二人を鎮めたのは、離れた場所にいたもう一人――ピンクだった。
「まったくもう……どうしてアンタたちはそう、ケンカばっかりなのっ! と……あっ、ごめんなさいね。それで、何? サインならすぐ書くけど……」
「いや、そうじゃなくてだな。あんた達は、その……一体、何者なんだ?」
 サインを欲しがる者などいるのだろうか、などと考えた醍醐だったが、目的を思い出し、そう訊ねる。コスモレンジャーの三人は互いに顔を見合わせ、待ってましたとばかりに笑う。
「俺っちは、練馬、大宇宙おおぞら高校三年、紅井猛っ! そして、俺っちが勇気と正義の使者――コスモレッドだっ!」
「同じく、大宇宙高校三年、黒崎隼人だ。そしてこのオレが、友情と正義の使者――コスモブラック!」
「二人に同じく、大宇宙高校三年、本郷桃香よっ。そしてわたしが、愛と正義の使者――コスモピンク!」
「そして、俺っちたちは――」
「「「三つの心、正義のために! 大宇宙戦隊、コスモレンジャー!」」」
 それぞれが名乗るが、龍麻達の反応はない。というか、どう反応していいか迷っているようにも見えた。
「予想通り、長い自己紹介だったな。俺達が敵だったら、とっくにやられてるぜっ」
 と京一が溜息をつく。すると
「何言ってんだっ! 正義の味方は、正々堂々名乗りを上げると、昔から決まってるぜっ!」
 と紅井が力説した。ある意味正しいが、馬鹿正直にそんな事をやって無傷で済む程現実は甘くない。
「それよりも……アンタたちこそ、一体、何者なんだ? もしかして、コスモレンジャーに入隊したいのか?」
「いや、それはない」
 黒崎の誘いをきっぱりと断る龍麻。その後ろで、うんうんと京一達が頷いていたりする。
「なんだ、違うのか」
「どうした、恥ずかしがることはないぜっ。全ては正義のためだっ。それに八人の戦隊ってのも、斬新なアイディアだと思うしなっ!」
 残念そうな黒崎とは別で、紅井は諦めずに勧誘しようとする。このままでは埒が明かないので、龍麻は話を戻すことにした。
「え、っと。僕達は聞きたいことがあって来たんだ。僕は緋勇龍麻。新宿、真神学園の三年なんだけど――」
「真神……魔人学園か」
 名乗った途端に、黒崎の表情が動いた。龍麻ではなく、真神の名に反応したようだ。
「ほう……知っているのか?」
「どうやら、ウワサとは随分違うようだがな」
 醍醐が訊くと、黒崎はそんな事を言う。京一と醍醐は他の区にある学校にもそれなりに名が知られているので、そのことだろうかと考える龍麻だったが
「あら、大宇宙うちじゃ有名よ。新宿の魔人学園は、学校の皮を被った悪の秘密結社だ……って」
「あ、悪の秘密結社ぁ〜!?」
 本郷の口から出たのはその一言だった。思わず小蒔が大声を上げる。
 ローゼンクロイツじゃあるまいし……などと龍麻は胸中で独り言ちる。
「お前ら……名前だけで決めてるだろ……」
「あら、やっぱり違ったの? そうよねぇ。悪の戦闘員がヒーローショーなんて観に来ないわよねぇ」
 ケラケラ笑う本郷に、龍麻達は脱力するしかなかった。
「はははっ、まあいいじゃないか。こうして知り合えたのも何かの縁だっ。あらためてよろしくなっ!」
「え? あ、ああ。よろしく……」
 手を差し出す紅井に、龍麻も反射的に手を出してしまう。遠慮のない力加減で紅井は龍麻の手を握り、ぶんぶんと振った。
「おうっ! これからは俺っちたちがついてるからなっ!」
「あぁ、何かあったら、すぐに相談に乗るぜ」
「わたしたちは、困っている人の味方よっ。遠慮せずに頼ってきてねっ」
「そう言われてもな……」
「かえって面倒なことになりそうな気がするな……」
 京一と醍醐がそう小声で話している。幸い、コスモの連中には聞こえなかったようだが。
「ところで、キミ達。高校生なのに、どうしてヒーローショーのバイトなんかしてるの?」
 小蒔がそんな疑問を投げかけた。すると――
「えっ……?」
「バ、バイトォ〜っ!?」
 紅井と黒崎の表情が驚愕一色に染まった。どうやら違うらしい。
「もうっ、失礼ねぇっ! バイトなんかじゃないわよっ。ショーは、子供たちに愛と勇気と友情――そして、正義を教えるためのものなのよっ。わたしたちは、本物のヒーローなのっ!」
「そうだぞっ! 新宿じゃあ、まだまだ知名度は低いけど、俺っちたちは、本物の正義の使者なんだっ!」
「そう、人々の笑顔はこのオレたちが護るんだ。世のため人のため、命を懸けて闘うオレたちコスモレンジャー……くうぅ〜、やっぱ、格好いいよな、オレって」
 完全に自分達の世界に浸っている。そして、リーダーがどうとかいう理由で紅井と黒崎が言い争いを始めた。龍麻達そっちのけで。
(なぁ、これ以上関わり合いにならない方がいいんじゃねぇか?)
(う、うむ……そうだな)
 などと京一と醍醐が小声で話し合っている。そのうち、本郷がキレた。
「いい加減にしなさいっ! 三人の心がバラバラじゃ、いつまでたってもあの技は完成しないのよっ!?」
 本郷の一喝で大人しくなる紅井と黒崎。客観的に見ると、どう考えてもコスモレンジャーの場合、真のリーダーは彼女だろう。本人は否定するだろうが。
「あの技……? それってさっき、ショーで見せたヤツのことか?」
 三人で放つ技、とくればそれしか思い付かない。京一がそう訊ねると、本郷は頷いた。
「そう……三人の心が一つになった時、初めて使うことのできる正義の力なのよっ!」
「あの〜、それってもしかして……」
 小蒔が何やら言おうとしたが、それを醍醐が止める。
「よせ、桜井。多分、何を言っても無駄だ」
「すっかり、自分達の世界に入ってるもんな」
 本題――彼らが使った《力》について知ることも、今となってはどうでもよくなってきた。疲れ切った声で小蒔に言う醍醐と京一だったが
「あっ、何よっ! 馬鹿にしてるわねぇ〜っ!?」
 と、本郷が勘違いして龍麻に詰め寄った。
「ちょっと緋勇くんっ! あなたなら、わたしたちの理念の崇高さが分かるわよねっ!?」
「え? あ、まあ……崇高さだけなら何とか……」
 人のためになることをするのはいいことだ。本郷の剣幕に圧される形でそれを肯定する龍麻。が、それが間違いだった。
「嬉しい……やっぱりあなたは、わたしたちと共に闘う運命なのよっ!」
「……はい……?」
 龍麻が固まる。今、何だかとんでもないことを聞いたような。
「よし、緋勇っ! お前は今日から、コスモグリーンだっ!」
「グリーン? どっちかと言えばブルーだろ」
「えっ? わたしはイエローだと思うけどなあ」
 紅井達が色をどうするかともめているようだが、そんなものは龍麻の耳には届いていない。
「龍麻くん……なんだか、勝手に決まってるみたいよ」
「……好きにして……」
 葵が龍麻を揺さぶるが、立ち直ってはいないようだ。さすがにこの連中といるとペースが狂うのか、醍醐も諦め気味に大きく息を吐く。
「手の着けようがないとは、このことだな……」
「もういいんじゃねぇか? 《力》があろうとなかろうと、自分達なりに満足してるみてぇだし、無理に仲間に誘うこともねぇだろ」
 なおも騒いでいるコスモから視線を外し、京一が肩をすくめる。
 《力》があるからといって、闘わなければならないというわけではない。龍麻達だって、事件に巻き込まれていなければ、鬼道衆と闘うこともなかっただろう。
 彼らを見る限り、《力》を悪用することはあり得ないし、その《力》も微々たるものだ。放っておいても問題はあるまい。
「それじゃあ、こっちから押し掛けてきておいて悪いんだが、そろそろ失礼させてもらうよ」
 醍醐がそう言うと、ようやく紅井達は「こっち側」へ戻って来た。
「あら、そうなの……? ちょっと残念だけど……まっ、しょうがないわねっ。じゃあねっ」
「俺っちたちと一緒に正義のために闘いたくなったら、いつでも訪ねてこいよっ――じゃーなっ!」
「フッ、またなっ」
「うん。それじゃ……」
 挨拶を交わし、龍麻達はその場を離れる。ただ、龍麻達は気付かなかった。紅井達三人が、自分達に好奇の目を向けていたことに。



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