等々力地内の公園。
「いい加減に諦めなっ! あの女は自分の意志で俺を選んだ!」
「何が自分の意志だっ! 脅迫まがいの事をしておいてよくもっ! 大方、身近な人間を傷つけるとでも言ったんだろう!?」
「よく分かったな! 来なければ仲間を殺す、そう言ったらすんなり降りやがったぜ!」
 二つの影が交錯する。同時に龍麻と九角の右肩が裂け、朱が舞った。九角はともかく、白の長袖シャツを着ている龍麻は、ダメージはともかくとして傷が目立つ。
「何でお前達は葵さんを必要とするっ!?」
 炎《氣》を手に宿し、間合いを取ったまま龍麻は訊ねる。
「何故、葵さんだけに干渉した!?」
「薄々気付いてるんじゃねぇのか? あの女が何者なのか……俺達が何を求めているのかをよ」
 刀を構えたまま、九角も動きを止めた。
「お前達の狙いは東京の壊滅と菩薩眼の――まさか!?」
「その通りよ。あの女は菩薩眼だ」
 鬼道衆の目的だった菩薩眼が、まさか仲間の中にいるなどとは夢にも思わなかった。
「それじゃあ、今まで見せた夢は……」
「認識することが《力》を引き出す。例え無意識でもな。覚醒の手助けをしてやったわけだ」
「急に葵さんの《力》が増したのはそのせいか」
「当たり、だっ!」
 不意打ちの形で鬼道閃を放つ九角。
「緋勇、面白い話を聞かせてやる! てめぇは菩薩眼の持つ真の意味を知っているかっ!?」
「真の意味!?」
 巫炎でそれを相殺し、龍麻は間合いを詰めずに発剄を続けて撃った。それらをあるいは避け、あるいは刀で受け止める九角。
「菩薩とは、仏教の開祖である仏陀釈尊の滅後、広く衆生を救済するために遣わされた仏神の事……菩薩眼とは、その菩薩の御心と霊験を有する者の証――菩薩眼を持つ者は、大地が変革を求め乱れる時代の変わり目に顕現し、その時代の棟梁と成るべき者の傍らにて、衆生に救済を与える」
 間合いを詰めてきた九角が刃を振るう。すくい上げるような一撃を、身を反らせてやり過ごし、龍星脚を放つ龍麻。《氣》を込めた一撃が九角の右腕に炸裂した。無理な体勢からだったので若干威力は落ちているが、九角は童子切安綱を取り落とす。
「そのため……江戸の昔から、菩薩眼を巡って幾多の悲劇が繰り返されてきた。菩薩眼の歴史は戦乱の歴史。江戸時代、我が祖先もそのために徳川幕府と闘い、そして滅んだ」
「九角家が、謀反を企てたと聞いたけど?」
 龍麻の言葉に、九角は皮肉めいた笑みを浮かべた。腕を押さえながらも、戦意を喪失することなく続ける。
「それは勝者の歴史だ。真実の歴史じゃねぇ……幕府と闘ったのは事実だが――」
 取り落とした安綱に目を向ける九角。何を考えているのかは明白で、それを阻止しようと龍麻は動いた。全身に《氣》を行き渡らせ、身体機能を増幅させる。
「八雲っ!」
 神速の連撃が、吸い込まれるように九角の急所に叩き込まれた。《氣》による防御があってもそれを完全に防ぐ事などできはしない。だが、その連続攻撃は途中で止まる。
「な……っ」
 蹴りの体勢のまま動きを止めている龍麻。その左大腿は、九角が制服の裏に隠し持っていた小太刀に貫かれていた。
 口の端から血を流しながらも、九角は裏をかけた事に満足したのか笑っている。そして、彼は告げた。
「我が祖先が幕府と敵対した理由は……実の娘である菩薩眼の女を護るためだ……」


「落雷閃っ!」
 雷の如き勢いで突き降ろされた雨紋の槍が岩角の強靱な肉体を貫き――
「「華厳踵っ!」」
 紫暮×2の、相手を一刀両断するのではと思われる程の踵落としが両肩口に叩き込まれ――
「はあぁっ! 破岩掌っ!」
 その名の通り岩をも砕く《氣》の一撃が、掌打とともに解放される。それでも岩角はまだ生きていた。
「しっかし、堅いなンてもンじゃねぇな、こいつ」
 槍を引き抜き、間合いを取って呆れる雨紋。
 あれから後を追い、斜面の下でのたうち、怒り狂っている岩角に、醍醐達は容赦なく攻撃を仕掛けた。相手の攻撃も単調で、単に突進を繰り返すのみ。時々腕や足も出るが、そんなものをまともに食らう醍醐達ではなかった。
 一人が囮になっている間に、他の者が攻撃を仕掛ける。そっちに意識が行ったところで囮役も攻撃に参加。そんなことをかれこれ五分は繰り返している。
「いい加減、片をつけねばな。皆の戦況も気になる」
「でもどうすンだよ、醍醐サン?」
「醍醐、白虎変で一気にたたみかけるのはどうだ?」
「いや……如月が玄武変を使わないのが気になってな」
 紫暮の提案に、醍醐は言葉を濁す。一人で敵を引きつけているはずの如月が、玄武の《力》を借りていないのが引っ掛かるのだ。《力》の出し惜しみをするような人間ではない。何か考えあってのことだろう。そう思うと白虎変を使うのが躊躇われるのだが……
(だが、如月は俺に使うなとは言っていない……なら、俺は俺の判断で動くか)
「一気に行くぞ。牽制を頼む!」
 意を決し、学生服を脱ぎ捨てた醍醐の《氣》が膨れ上がる。その姿が変わっていくのを見て、紫暮二人と雨紋がようやく身を起こした岩角に再び攻撃を仕掛ける。
「おおぉぉぉっ!」
 紫暮が弾幕を張るように発剄を連打した。怯む岩角の横側に回り込み、雨紋は槍――ゲイボルクを構える。穂先に集った雷《氣》が次第に膨らみ、球体を成した。
「雷光ブラスターッ!」
 放たれた雷球が、岩角を直撃した。悲鳴を上げながらも未だ倒れぬ岩角。まだ倒れないのかと毒づく雨紋に、岩角の拳が繰り出された。
「ぐわぁっ!」
 どうせ当たりはしないと油断していた所へこの一撃だ。槍の柄で受け止めたものの、そのまま近くの木に叩きつけられる。
 更に追い討ちをかけようと動き始める岩角。そこに一つの影が飛び込んでいった。白虎変を果たした醍醐だ。
「猛虎連爪っ!」
 並の人間をはるかに凌駕する筋力に、やはり尋常ではない《氣》を宿した連撃が、容赦なく岩角を襲う。
「ギュオオオォォォッ!」
 散々に打ちのめされ、遂に岩角は断末魔の悲鳴と共に消滅した。
「大丈夫か、雨紋!?」
「あ、ああ。何とか、な……」
 駆け寄ってきた紫暮の肩を借り、雨紋が起き上がる。
「ちょいと息が詰まったが……少し休めば大丈夫だ……」
 白虎変から元に戻った醍醐もやって来た。
「骨が何本かやられてるんじゃないのか?」
「かもしれねぇな。でも、ノンビリしてるわけには、いかねぇだろ? 京一サン達はまだ戦ってるンだしよ」
「そうだな。とりあえず、境内まで戻ろう」
「うむ」
「了解、っておい紫暮サン!? いくら何でも一人で歩けるって!」
 いきなり担ぎ上げられた雨紋が何やら文句を言っているが、取り合う紫暮ではない。ダメージがあるのなら、無理をさせない方がよいのだ。
 わめく金髪の槍使いを担いだまま、紫暮其の弐は醍醐と紫暮其の壱を追った。


 等々力不動前路上。
「いい加減に降りてきやがれっ!」
 上空から風刃を放ってくる風角に、雪乃の苛立ちは高まるばかりだった。
 何しろ、自分の攻撃が届かないのである。一方的に攻撃されれば、そりゃあ腹も立つだろう。
 小蒔と雛乃が矢を放っているのだが、それも巧みに避けられてしまう。渋谷の鴉のように、簡単に当たってはくれない。さすがは鬼道五人衆である。
「小蒔様、あと何本残っていますか?」
「一本だけ。雛乃は?」
 矢筒から最後の一矢を引き抜き、訊き返す小蒔に、雛乃の表情が曇った。
「わたくしは、先程ので最後です」
 絶望的な状況だった。対空攻撃手段を持っている二人の攻撃が、そろそろ打ち止めになるのだ。
「ククク……そろそろ矢も尽きるか」
「せこい戦い方しやがって!」
「悔しければ飛んでみるがいい」
 吼える雪乃を嘲笑う風角。雪乃の額に青筋が浮かぶ。
「さて、そろそろこちらも終わりにするか。雑魚に構っている暇はないのでな」
 ぴきっ
「こちらが片付いたら蓬莱寺を始末してくれる。奴には借りがある」
 変生前に自分のとどめを刺したのが京一だったからだろう。その時の事を思い出したのか風角の放つ《氣》が先程よりも膨れ上がる。しかし
「蓬莱寺、だとぉ……?」
 何故か雪乃の《氣》が高まっていった。肩が震えているのが分かる。
「姉様……まだ気にしていらしたのですね」
「根に持つなぁ、雪乃」
 つい先日の話である。龍麻の道場で模擬戦闘をやったのだ。合気での勝負は龍麻に完敗。その後薙刀を使っても龍麻には勝てず、更に見学していた京一に喧嘩を売り、一太刀で薙刀を弾き飛ばされ、全く相手にされなかったのである。龍麻はともかく、京一はあの性格だ。雪乃の中では京一は斃す――じゃなくて倒すべき敵――でもない、目標となった。
 問題は、京一が全く雪乃を相手にしてない事である。そして何より京一と比較されるのを嫌っている。無論、風角がそんな事を知っているわけはないが。
「てめぇ、生きて帰れると思うなよ。その身体、三枚に下ろしてやる……」
 下手をすれば《陰氣》になりそうな雪乃の《氣》と、その殺気に一瞬風角が怯む。それを小蒔は見逃さなかった。
「火龍っ! いっけーっ!」
 回避に移る風角だが時既に遅く、小蒔の弓から放たれた炎の龍が風角の右足を捉える。致命傷には程遠いが、それでもダメージにはなったのか、よろけながら風角が降下してくる。
 雪乃は一気に風角めがけて突撃した。溜まりに溜まった怒りを風角にぶつけるために。
 しかしそれは風角の誘いだったのだ。雪乃を飛び越え、風角は小蒔と雛乃に迫った。
「しまったっ!」
「もらったぞ、小娘共っ!」
 小蒔と雛乃の二人は慌てた様子もなく、弓を構え、弦を引き絞る。
「馬鹿めっ! 矢の尽きた今、何ができると――!?」
 後少しで間合いに入るその時、風角は自分の目を疑った。
 確かに矢は全て射尽くしている。しかし、小蒔と雛乃の弓には、確かに矢があった。《氣》によって形成された矢が。
 実はこの二人、密かに訓練を続けていた。矢が尽きてしまうと戦えなくなる、それをどうにかしたかったのだ。同じ射撃系の武器を使うアランが、霊銃から《氣》の弾を撃つのを見て、弓でもできないだろうかと試した結果、うまくいったわけだ。消耗が大きいが、それは今後の課題である。
「五月雨!」
「疾風っ!」
 雛乃の放った無数の《氣》の矢が、小蒔の放った目にも止まらぬ光条が、それぞれ風角を射抜いた。
「ぐあぁぁぁっ!」
 撃ち落とされて転げ回る風角だったが、もう一人の相手が薙刀片手に自分を見下ろしている事に気付く。その顔に、凶悪な笑みを浮かべて。
 宣言通り、風角はその場で三枚に――否、細切れにされた。


 等々力不動境内。
『ハードレイン!』
 上空に向かって撃ち出された《氣》弾が、雨の如く降り注ぐ。水角が放った水の槍は尽く撃ち抜かれた。
「お、おのれぇぇぇっ!」
『炎よっ!』
 続いてマリィが炎を放った。しかしそれは水角の水に阻まれる。
 先程から、ずっとこの調子である。マリィの炎は水角に対して有効であるはずなのだが、決定打に欠けるのだ。マリィの攻撃は阻まれ、水角の攻撃をアランが阻む。いい加減、この状況を何とかしたいのだが……
『マリィ、何とかならないか?』
『無理……。今の私じゃ、相殺されるんだもの』
『かと言って、攻守交代ってわけにもいかないか……』
『方陣技だっけ? あれを使えれば何とかなるのに……』
「もぉ〜! 二人だけでお話ししてずるい〜!」
 英語でやり取りする二人に、高見沢が口を挟んだ。
 はっきり言って、今の高見沢にはすることがない。回復の必要が今のところないのだ。一度二人を応援してからは、手持ちぶさたで戦況を見ている。
「Sorry、舞子。デモ、このままじゃいけないネ。舞子、何か良い案はありまセンカ?」
「えーっとねぇ……」
 アランの言葉に、ポケットを漁る高見沢。やがて、一本の瓶を取り出した。
「ソレナニ?」
「こうするのよ〜。え〜いっ!」
 瓶を手に振りかぶり、高見沢はソフトボールで鍛えたアンダースローをもって、それを水角に投げつけた。
「馬鹿にするのかえっ!?」
 何の警戒心もなく、水角はそれを爪で叩き落とす。その瞬間――
 ドガアァァァッ!
 瓶は爆発し、炎が水角を呑み込んだ。
「ぎゃあぁぁぁっ!?」
「……舞子オネェチャン……アレナニ……?」
「えっとねぇ、病院にあったニトロ。院長先生には内緒ね〜」
 目を点にするマリィに、物騒なことを事も無げに言う高見沢。アランですら頭を抱えていたが、現状に気付き、マリィを呼んだ。
『マリィ、あれをやるぞ!』
『……えっ? あ、う……うんっ!』
 二人の《氣》が高まり、一つになる。憎々しげに水角が高見沢を睨んでいたが、それに気付いた時にはアラン達は準備を終えていた。
『『アッシュストームっ!』』
 方陣技が炸裂し、水角は一瞬にして無に帰った。

「せりゃぁぁっ!」
 京一が振り下ろした刀から、一直線に衝撃波が地面を走る。
「無駄だっ!」
 雷角の方も、雷《氣》で形成された刃を生み出し、それを放った。
 ぶつかり合った互いの《氣》が相殺しあう。しかし、雷の刃はそのまま京一に向かってきた。
「ちぃっ! また駄目かっ!」
 《氣》を込めた刀でそれを叩き落とし、京一は舌打ちする。一撃の威力は雷角の方が上であった。それ故に自分の地摺り青眼は打ち消されてしまったのだ。
「このままじゃ、埒があかねぇな。近付かなきゃ無理か」
 剣掌・発剄にせよ、剣掌・旋にせよ、そしていまの地摺り青眼にせよ。相手の攻撃に打ち消されてしまい、有効な攻撃ではない。
 何気に自分の左肩に目をやる。攻撃を避け損なった時にできた傷だが、出血は今のところそれ程でもない。まだ止まってはいないのだが。
(さっさと片付けねぇと、まずいかな)
「それじゃ、あたし達が援護するわね。引っかき回すから、その隙に接近してとどめ。頼むわよ」
 そんな京一の胸中を察したのか、藤咲が歩み出る。こちらは傷こそないものの、疲労の色は濃い。ただでさえ《陰氣》が充満している空間での戦闘は、余計な労力を使うのだ。旧校舎程度なら今の京一達には問題ないが、ここはその比ではない。
「うふふ〜任せて〜。まばゆい光の粉よ〜」
 裏密が放り投げたよく分からない粉が、不思議な光を発しながら雷角を包む。それに怯んだところで、京一と藤咲は同時に飛び出した。真正面から迫る二人に、攻撃の体勢をとる雷角。正に雷撃を放とうとしたその瞬間、京一と藤咲はそれぞれ逆方向に跳んだ。目標が定まらず、迷っている隙に
「奥義、円空旋っ!」
 水龍刀から無数の《氣》の刃が生じ、一斉に雷角を襲う。反射的に雷刃で迎撃したものの全てを相殺する事はできず、いくつかが雷角を斬り裂く。
「これがよけられるっ!?」
 京一を相手にしたため無防備になっている半身に、藤咲は連撃を浴びせた。生きているかのようにのたうつ鞭が、雷角を容赦なく打ち据える。
「よしっ、もらったっ!」
 刀の間合いに入り、渾身の一撃を放とうとする京一。しかし京一は忘れていた。雷角の攻撃手段は雷撃だけではなかったのだ。
「があぁぁぁっ!」
 京一の間合い――刀の届く範囲は、雷角の腕の届く範囲でもあった。変生し、鬼と化した雷角の鋭い爪が振り下ろされ、京一の背を抉る。
「……痛ぇんだよっ!」
 背を赤に染めつつも、京一は斬撃を見舞った。足首を両断し、バランスを崩した雷角が倒れ込んでくる。
「でりゃあぁぁぁっ!」
 続けて突き上げた刀が雷角の顎を捉え、《氣》を込めた切っ先が、雷角の頭部を貫いた。


「徳川は、九角家の長女である菩薩眼の娘を手中に収めるため、九角の人間を皆殺しにし、屋敷を焼き討ちしたという……そして徳川は――」
 小太刀を持つ左手が動いた。大腿骨とほぼ平行だった刀身が向きを変え、刃が骨を擦る。
「その謂われが真であることを示すかのように、長き繁栄と発展を遂げたっ!」
「う……ぐわあぁぁぁっ!」
 傷を掻き回され、苦痛に顔を歪める龍麻。このまま骨を断たれたら戦闘継続は不可能。勝負がついてしまう。
「こ、このおぉぉぉっ!」
 右手を掲げて《氣》を練り、龍麻はそれを振り下ろした。叩きつけられた《氣》が弾け、九角の左肩を砕く。さすがに小太刀から手を離す九角。
「りゃあぁぁぁっ!」
 刺さった小太刀をそのままに、龍麻は《氣》を練り、攻撃の体勢に入る。軸足となった左足から血が吹き出るが、お構いなしに龍星脚を放った。だらりと下がった九角の左腕――その肘を逆関節から蹴り抜く。鈍い音と共に腕が曲がり、九角が吹き飛んだ。
「はあ……はあ……その話が真実だとして……」
 小太刀を引き抜き、刃をへし折って投げ捨てると、龍麻は先程取り落とした安綱を使って体を起こす九角に向き直る。
「お前の目的は、その復讐……?」
「そうよ……それ以外に何がある!?」
 九角は刀を持った右手で口元の血を拭う。左腕は完全に使い物にならないが、先程の八雲のダメージを感じさせない。
「それはお前の本心ではないんじゃない?」
「……何が言いたい?」
「何代も前の、自分の与り知らぬ因縁に縛られる……それが本当の望み?」
 九角の表情が動く。ほんの一瞬ではあったがそれは――
「この戦い、お前の負けだよ九角……五人衆のうち、四つの《氣》が消えた。後一つも時間の問題だ。葵さんを解放して、降伏するんだ……もうお前に勝ち目は……」
「そう思うか?」
 刀を構えて九角は笑う。戦意は全く失っていない。
「てめぇを殺せば、俺の勝ちだ……」
「九角っ!」
「てめぇにとって、俺は憎むべき敵だろう? 情けをかける余裕なんて、ねぇだろうがっ!」
 放たれた鬼道閃をぎこちなく避ける龍麻。足をやられた事で敏捷性が格段に落ちている。
「俺は俺の目的を果たす! そのために俺は鬼道という陰の呪法を蘇らせ、鬼道衆を復活させたっ! 菩薩眼を――九角に連なる者を捜したっ!」
「なっ!?」
 続く連続突きが龍麻の身体を掠めていく。今の足で直撃を受けずに済んだのは運がいいとしか言いようがない。間合いを取ろうと、大きく龍麻は後ろに跳んだ。追撃はない。九角はその場に留まっている。
「九角が祖かどうかは知らねぇが、菩薩眼はその血脈にしか顕れねぇ。美里葵が菩薩眼ってことは、俺とはどこかで血縁にあるってことだ」
「お前、それをまさか――!」
「ああ、教えたぜ。今までさんざん事件を起こしてきた鬼道衆の頭目、それと同じ血が流れてるんだからな。さぞショックだったろうよ。あの女の顔といったら……くくくっ」
 それを告げた時の事を思い出したのか、声を出して九角が笑った。
「さて……言いたい事は大体終わった。そろそろケリをつけようじゃねぇか」
 赤く輝く安綱を手に、九角は《氣》を解放する。
「どうしても……やるつもり……?」
「やる気がないならここで俺に殺されろ。その後で、てめぇの仲間は皆殺しだ。群れれば厄介だが、各個に潰していく分には俺の敵じゃねぇ。それが嫌なら――ここで俺を斃してみやがれっ!」
 《氣》に混じる九角の感情が伝わってくる。決着をつけると言った彼の言葉に偽りはない。全てを終わらせる――いや、結果如何で全てが決まってしまう。
 九角が間合いを詰めた。同時に龍麻も飛び出す。
 首を狙った斬撃を、龍麻は身を低くして避ける。そのままがら空きになった身体へ円空破を放とうとする龍麻。九角にが斬り返す前に確実に自分の技が決まる。そのはずだったが――
「ぐ……っ!」
 踏み込んだ瞬間に左足に激痛が走った。姿勢を崩した時には、九角の二度目の斬撃が迫っている。攻撃用の円空破を龍麻は迎撃に使用するが、踏ん張りの利かない状態であったため、腕ごと弾かれてしまった。そこへ三度目の斬撃。
「とくと拝みなっ! 乱れ緋牡丹っ!」
 安綱が龍麻の身体を捉え、行き過ぎる。一瞬の間を置いて――その場に血の花が咲いた。


 等々力不動境内。
 分散していた仲間達――外へ出ていた者達が戻ってくると、境内の戦闘は終了していた。
「京一!大丈夫か!?」
 背中を血に染め、座り込んでいる親友を認め、慌てて醍醐が駆け寄ってくる。一方の京一は、何でもねぇよと手を振って見せた。
「ああ、血は止まった。まだ少し痛みがあるが、大丈夫だろ」
「舞子、ホントにもう大丈夫なんだろうね?」
「もぉ、亜里沙ちゃんったら心配性なんだからぁ」
 その側で、女王様と看護婦が何やら言い合っている。それを離れた所で面白そうに見ている裏密。
 アランとマリィはそちらを見ずに、別の方を向いていたが、アランが醍醐に気付き、訊いてくる。
「醍醐。そっちは大丈夫デースカ?」
「ああ。ところで……龍麻と如月はどうした?」
 この場にいない二人の事を尋ねる醍醐。どこにいるのかは何となく分かるが、どういう状況なのかはよく分からない。
「ヒスーイは……こっちに向かってるみたいデース。炎角も一緒ネ」
「龍麻オニイチャンハ、マダコヅヌトタタカッテル……」
「……っと。そんじゃ、もう一踏ん張りするか」
 立ち上がって京一は水龍刀に《氣》を込めた。
「おい、蓬莱寺。お前は少し休んでおけ。その出血、決して少なくないだろう?」
「そうだよ京一。無茶はしない方がいいって」
「炎角の相手はオレ様達がするからよ」
 それを見て紫暮が、小蒔が、雨紋が休息を勧める。しかし京一は首を振った。
「馬鹿言うなよ。如月に頼まれてんだ、休んでなんかいられるか。そんな事より小蒔、それに雛乃ちゃんも休んでろ、顔色悪いぞ。あと雨紋、さっさと高見沢に癒してもらえ」
 外にいた仲間達を見て、そんな事を言う。確かに雨紋は負傷しているし、小蒔と雛乃も慣れない攻撃で消耗が激しい。だが口にはしていない。それを見抜いたのだ。
「紫暮だって、ドッペル出し続けで疲れてるんだろ?」
「う、うむ……それはそうだが。お前だって人の事は……」
「大丈夫さ。そこまでヤワじゃねぇ」
 渓谷の方から音が聞こえてくる。炎角の咆吼と、その足音。少しして、如月が本堂脇にある渓谷へ下りる階段から飛び出してきた。
「よう、如月。無理させたな」
 世間話でもするように京一が声をかける。
「いや、地理的条件が良かったんでね。少し疲れたがそんなに苦労はない。それより龍麻はどうした?」
「まだ九角と交戦中だ。どちらにせよ、あの二人の戦闘には俺達じゃ介入できねぇだろ?」
「まあ、そうだが。となると後は炎角を始末するだけか」
「おう。ま、後は俺に任せとけって」
「って、蓬莱寺! お前ホントに一人で相手するつもりかよ!?」
 そこで声を上げたのは雪乃だった。若干苛立ちのようなものが感じられる。どうやら風角を微塵斬りにしただけでは怒りが治まらなかったらしい。……対抗意識は高い。それを見て溜息をつく、事情を知っている小蒔、雨紋、雛乃の三人。
「何とかなるだろ。武器もこれだしな。後は如月が一発でかいのぶちかませば斃せ――」
 ゴウッ!
 その時京一達に向かって炎が押し寄せた。境内に侵入した炎角の放った炎だ。しかしそれが京一達に届く事はなかった。その手前で炎の壁がそびえ立ち、防いだのだ。仲間内でここまで炎を操る者はただ一人。
「サンキュー、マリィ。如月、牽制!」
「分かった! 飛水影縫っ!」
 マリィに礼を言い、京一が突っ込んだ。如月は手裏剣を取り出し、炎角の影に投げる。
 本来ならば、影を繋ぎ止める事で相手の動きを封じる術だが、さすがに炎角相手ではその効果も期待できない。それでも一瞬動きを止めるには十分だった。
 その間に京一は技の射程に炎角を捉える。
「剣聖・陽炎――!」
 水龍刀に宿った《氣》がその質を変える。凍てつく冷《氣》を纏った刃が炎角の身体に突き立った。
「細雪ぃっ!」
「ギャオォォォッ!」
 続く一閃が易々と身体を斬り裂き、同時に解放された冷《氣》が弾け、炎角は四散する。
「へへっ、どうよ?」
 舞い散る雪の中、不敵に笑い佇む京一に、皆は言葉が出なかった。


 等々力地内の公園。
「おおぉぉぉぉっ!」
「何だとっ!?」
 予想しなかった反撃に、九角は柄にもなく慌てた。
 斬った手応えは確かにあった。龍麻が出血したのもそれを証明している。必殺の一撃と言ってもいい。それを受け、龍麻はなおも生きていたのだ。技の後で油断していた所に、龍麻の技が放たれる。
「ぐおおっ!」
 螺旋を描く《氣》の奔流をまともに食らい、九角は地に伏した。
「て、てめぇ……どうして……!」
「こんな事もあろうかと、ってね……」
 荒い息をしながら、龍麻はシャツの胸元を広げて見せた。その下にあったのは――
「鎖帷子だと……!?」
 九角が刀を使うと知って、龍麻は如月にそれを手配していたのだ。相手の《力》が未知数である以上、そして刃物に対抗する手段として、備えていたのである。結果それは龍麻の命を救った。もっとも先の一撃で、その役割は終わっている。同じ技を食らうと、次はない……
「用意周到な……奴だな……」
「臆病者なんでね……さあ、どうする?」
「どうする、だと? 決まってるだろう……どちらかが死ぬまでこの戦い……いや闘いは終わらねぇ」
 構えを取る龍麻に、身を起こして九角も構える。
「お前が、正しい道を選び直せば……それで済む事なのに……」
「今更、できるわけねぇだろう?」
「できるっ! なのに、なぜそれを――!」
「もう遅いんだよっ! 引き返せねぇんだっ!」
 これ以上語る事はないとばかりに九角は刀を振り上げ、跳んだ。
「はあぁぁっ!」
「ぐうっ!」
 上段からの斬撃を、龍麻は両手で挟み止めた。俗に言う白刃取りだ。片手対両手。このまま力押しをすれば龍麻が有利だが、それは九角も分かっている。
「らあぁっ!」
 片足を上げ、先程小太刀で貫いた左足の傷を踏み抜く。さすがに効いたのか、龍麻の手が緩んだ。
「もらったあっ!」
 渾身の《氣》を込めて、九角が刀を振り下ろす。狙いは――龍麻の左肩。その行く手を龍麻の左腕が遮った。ぶつかり合う刀と手甲。互いに《氣》が込められているが、この時は九角に軍配が上がった。鷲ノ巣甲を斬り裂き、刃が龍麻の左腕に食い込む。
「まだだあぁぁっ!」
 傷が広がるのを顧みず、龍麻は左腕を捻って九角の手首を掴み、動きを封じた。
「龍星脚っ!」
 龍麻の蹴りが九角の顎に炸裂する。身体を仰け反らせる九角。だが龍麻の攻撃は終わらない。蹴り上げた足を、《氣》を込めたまま今度は勢いよく振り下ろす――円空破で砕いた左肩に。
「が……はっ!」
 あまりの苦痛に刀を落とし、よろよろと九角は後ずさる。それでもなお、その目には戦う強い意志が満ちている。その目が、龍麻の次の行動を捉えた。
「これで終わりだ九角っ!」
 広げた両手に生じる炎。急速に練り上げられる《氣》。
(巫炎とかいう技じゃねぇ……っ!)
 ここまで《氣》を高めた技を、龍麻は今回の戦闘で一度も放っていない。
 炎《氣》を宿したままで、龍麻は両手を胸の前で組む。そしてその炎を引き延ばすように再び両腕が開かれた時、その炎はある姿を変えた。
「秘拳・鳳凰――っ!」
「――っ!」
 現在龍麻に可能な最大奥義。霊獣・鳳凰の突撃を受け、九角は吹き飛んだ。技の余波で舞い上がった土煙が晴れ、向こうに倒れている九角の姿が見える。
「馬鹿……野郎……」
 その場に膝を着き、満身創痍の龍麻の口から漏れたのはその一言だった。


「しかし、本当に一人で斃すとはな」
 呆れ半分、感心半分の口調で如月が呟く。それはそうだろう。先程まで数人相手で何とか斃していた、変生後の五人衆の一体を一太刀で斃してしまったのだ。もっともこれには理由がある。
「当たり前だろ。この刀は水《氣》を宿した刀だし、さっきの技もそっち系の属性だ。相乗効果で威力は段違い、ってな。それに、如月がさんざんいびった後だったろ」
「いびったつもりはないが……」
「でなきゃ、ああも簡単に斃せるもんかよ。もう少し時間かけてりゃ、如月一人で斃せてるぜ。玄武変使えばもっと確実にな」
 いつもなら軽口を叩くであろう京一も、今回は何故か謙虚だ。
「これからどうなさるのですか?」
 五人衆は殲滅した。はっきり言ってやることがない。問う雛乃に京一達は顔を見合わせる。
「アミーゴの方もカタが付いたみたいデース。戻ってくるのを待ちまショウ」
「それも手だが、とりあえず美里さんを確保しておいた方がいいんじゃないか?」
 アラン、如月から意見が出る。
「そうだよっ! 葵を助けに来たんだからっ!」
「まあ、今更慌てる事もないと思うけど。できる事から始めればいいんじゃない?」
 小蒔、藤咲の言葉に、反対する者はいなかった。
「そうだな。とりあえず何人かここに残って、他は美里の確保だ。建物内にまだ敵が潜んでいる可能性もあるしな」
 醍醐がそう言うと、さっそく小蒔が本堂に向かう。他の者達もそれに続き――
 境内には五人が残った。四神の四人と京一だ。
「マリィ、お前美里の方へ行かなくていいのか?」
 葵がいなくなったと泣いていたのを思い出し、京一が訊ねるが、マリィは首を振った。
「葵オネェチャンハダイジョウブ。デモ、龍麻オニイチャンノホウガ少シオカシイノ」
「どうも《氣》が弱まっているようだ。さっきまでの巨大な《氣》が嘘のように感じられなくなった」
「そりゃ、戦闘態勢を解いたからじゃねぇのか?」
 マリィと醍醐の言葉に一瞬不安がよぎるが、気のせいだろうよと京一が返す。それでも四神組の表情は暗い。
 やがて数分が経過し、ようやく龍麻が境内に戻ってくる。しかし、そのあまりの姿に、その場に残っていた者達は言葉が出なかった。
 白であったはずのシャツは所々が斬り裂かれ、血にまみれている。よく見るとその下にある鎖帷子もズタズタに裂けていた。装備していた鷲ノ巣甲もその機能を失い、九角が持っていた刀を杖代わりにし、左足を引きずるように歩いている。そして未だに流れ落ち、地面を濡らす――血。
「ひ、ひーちゃん!」
「龍麻っ!」
 慌てて駆け寄る京一達を認め、龍麻は無理に笑ってみせた。
「ただいま……」
「ただいま、じゃないっ! こんなになるまで無茶を……っ!」
「アミーゴ、しっかりするネっ!」
 醍醐とアランが肩を貸し、龍麻を支える。
「みんな、大丈夫……? 京一、背中ひどい怪我じゃないか……」
「馬鹿野郎っ! 人の心配する前に、自分の心配しろっ! マリィ、高見沢を呼んで――!」
「そんな事より……葵さんはどこ……?」
 怒鳴り散らし、回復役の高見沢をマリィに呼びに行かせようとした京一だったが、龍麻がそんな事を言う。
「ああ、建物の中だろ。とにかく傷の手当てを……」
「連れて行って……お願いだから……」
「あ、あのなぁ! そんなコト言ってる場合じゃ――!」
「まて、蓬莱寺君。呼びに行くより、連れて行こう」
 切れかかる京一だったが、それを如月がなだめた。確かにその方が早いような気がする。
 他人優先の指揮官殿に思い切り呆れつつも、京一達は龍麻を本堂へと連れて行くのだった。



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