新宿区――中央公園。
 醍醐を除いた真神組の四人に如月を加えた計五名が合流し、そのまま目的地の龍山邸へと向かう。
「おーいっ、早く来ねぇと置いてくぞっ!」
「こらっ、京一っ! 一人で先に行くなよっ!」
 先頭が京一、それに続く小蒔。その後ろに龍麻と葵。如月はしんがりだ。
 どんどん進んでいく京一と小蒔だが、龍麻は公園に入ってから妙な《氣》を感じ取っていたため、急ぎつつも慎重に進んでいた。葵と如月は、そんな龍麻の様子に気付いたのか、彼に合わせている。
「龍麻くん――」
 葵が、隣を歩く龍麻に話しかける。
「どうかした?」
「もし……もし、今の状態が続くとしたら……東京はどうなってしまうのかしら」
 不安を感じさせない、いつも通りの龍麻の声。が、葵の声は不安、戸惑いに満ちていた。
「私達の《力》だけで、この街を護る事ができるのかしら? 近頃……何だか恐いの……。どんどん、仲間が斃れていって、私達だけになって……それでも、闘わなければならないとしたら……私達は、護る事ができるの? 大切な人を……」
「どうかな。先の事は分からないけど」
 この先何が起こるか分からない。仲間が斃れることだって、あり得る。
「でも……僕達がそれを望んでいる限りは、大丈夫だよ。僕達は一人じゃない。みんながいてくれるなら、大丈夫」
「そうね……みんな一緒なら大丈夫よね」
「確かに、鬼道衆の手からこの街を、人を護れる保証はない……」
 話を聞いていたのか、京一が立ち止まる。
「だが――それでも、俺達はやらなければならない。俺達の《力》は、そのためにある気がするんだ――。醍醐がいれば、きっとこう言うだろうよ」
 こっちを見て、京一はニヤリと笑った。
「大丈夫さ。俺達がいるんだからよっ。鬼道衆なんて、軽くひねってやるぜっ。なぁ、ひーちゃん」
 場の重くなりかけた雰囲気を、一気に崩してしまった京一に、龍麻は笑みで答える。
「そのためにも、雄矢を連れ戻さないとね」
「うん。醍醐クンも、きっとボク達が来るの待ってるよ」
「そうね……早く、龍山先生のところへ行きましょう」
「だが――」
 今まで黙っていた如月が、周囲を窺いながら半蔵を抜き放つ。
「どうやら、早くってワケには行かねぇみたいだぜ……出て来いよ……。いるのは分かってんだぜ」
 京一も水龍刀の鯉口を切る。龍麻も既に鷲ノ巣甲を装備していた。
 先程から出ていた、僅かに陰の《氣》を含んだ霧のようなもの。これが気配を隠していたのだろうか。気付いた時には既に囲まれていた。
「……」
 霧の向こうから、一人の男が姿を見せた。二メートルを超す大柄の男。茶色がかった忍装束からのぞく丸太のように太い腕。そして鬼面。
「鬼道五人衆が一人――我が名は岩角――」
「岩角?」
 地水火風空の五色に応じた五体の鬼。岩ということは地か、と京一は納得した。
「この先……通さない」
 訛りのある声で、岩角はそう言った。
「おで……命令された。九角様に命令された……お前達を殺せと……」
「てめぇ……」
 邪魔をするな、と言いかけた京一だったが、その前に葵が岩角に話しかける。僅かな怒りを声に乗せて。
「佐久間くんを……彼をそそのかしたのは、あなた達ね」
「……違う……」
 一瞬何を訊かれたのか分からなかったのか、岩角は首を傾げたが、すぐにそれを否定した。
「それは、炎角がやった事……だども、炎角は、あいづの望みを叶えただげ……」
「望み、だって?」
「あいづは、強くなりだいと望んでいだ……だがら、変生えてやっだ……」
 可笑しそうに岩角は笑う。
 確かに佐久間に非がないとは言わない。変生してしまうのは、本人にその原因があるからだ。しかし、それを利用する鬼道衆のやり方は許せるものではない。
「そんな……あなた達は何を望んでいるの――? 何で罪のない人達を巻き込んで……!」
 珍しく、葵が感情を露わにする。真神の聖女と呼ばれていても同じ人間だ。笑いもすれば、怒りもする。この場合は、佐久間が変えられた事もそうだろうが、仲間である醍醐と小蒔を傷つけられた事に対する怒りだ。
「おでたちは、捜しでいるんだ。ある女を――」
「……?」
 岩角の言葉に、小蒔と如月が眉をひそめる。この二人は天野の話を聞いていないのだから当然だが、龍麻達にはそれが何を指すのか分かった。
 菩薩眼の女――
「下がってろ、小蒔」
 京一が水龍刀を抜いた。
「そんな事より、お前と美里は、先にジジイのとこへ行けっ。このデカブツは、俺とひーちゃん、それに如月で片付ける」
「君たちは醍醐君の保護を」
「ここは僕達に任せて、早く」
 戦闘態勢に入る龍麻達に、小蒔はこくこくと頷いた。
「うっ、うん。わかった! それじゃ――」
 動こうとした小蒔だったが、すぐ目の前に人影が現れていた。忍装束に鬼面――鬼道衆の下忍。
「――!?」
「小蒔っ!」
 ドンッ! 
 その時、銃声が鳴り響き、今にも小蒔に襲いかかろうとしていた下忍の身体があらぬ方へ吹き飛ばされた。
「HAHAHAっ! コマーキ、大丈夫デースか?」
「アランクン!?」
 いつの間に来ていたのか、そこには霊銃を構えたアランが立っていた。
「アランくん……どうしてここに?」
「HAHAHA、アオーイのピンチにはいつでも駆けつけマース」
 問う葵に近付くと、そう言って笑う。ナンパモードに突入かと思われたが、ふと真顔に戻ると、龍麻と如月の方を見た。
「と、言いたいところデースが、アミーゴと、ヒスーイがこっちにいるような気がしたからデース。でも、グッドタイミングネっ! ……ところで、醍醐はどうしたデースか?」
(彼も、醍醐君の異変をどこかで感じたのだろうか? )
 アランに目をやり、それでも周囲から注意を逸らすことなく如月は考える。
「その話は後で。とにかくアラン、これから突破口を開く。手伝ってくれる?」
「もちろんデース。ボクのガンさばーき、とくと拝むーとイイネっ!」
 言うが早いか、アランは霊銃――ジェーンに軽く口づけるとトリガーを引いた。
 《氣》の塊が次々と撃ち出され、その先にいた下忍を屠っていく。
「小蒔、先に行って――」
「葵!? でっ、でもっ」
 戸惑う小蒔をよそに、葵は《力》を解放し、龍麻達の援護を始めた。この場に残るつもりらしい。
「私達も、すぐに追いかけるから。醍醐くんの事、頼んだわよ」
「……わっ、分かったっ。醍醐クンを連れて、戻ってくるから……それまで頑張って――」
 小蒔が駆けていく。それを阻もうと下忍が動くが、それぞれを龍麻と京一が打ち斃した。
「てめーらの相手は俺達だ。いくぜっ!」
 京一が真っ先に斬り込んでいく。
(頑張って、小蒔……)
 小蒔が去った方を一度見て、葵は再び意識を戦場に戻した。



 龍山邸。
「おじいちゃん――!」
 到着するなり、小蒔は勝手に家に上がり込んだ。そのまま居間へと向かい、勢いよく障子を開ける。
「おお、嬢ちゃん」
 家主の龍山がそれを出迎える。小蒔の態度にも特に触れず、穏やかな笑みを浮かべている。
「おじいちゃん……ハァ、ハァ……急にゴメンなさい……」
「ふぉふぉふぉ。どうしたんじゃ、そんなに息を切らせて」
「醍醐クン……ここに来ませんでしたか?」
 呼吸を整えながら、問う。その真剣な表情に、龍山の笑みが深くなる。
「雄矢も幸せな奴よ。こんなかわいい嬢ちゃんに、ここまで心配してもらって」
「おじいちゃんっ!」
 真っ赤になって声を上げる小蒔に、ふぉふぉふぉと龍山は笑う。しかし次には笑みも消え、少々深刻な表情になって視線を小蒔から外した。
「雄矢なら――ほれ」
 龍山の視線を追うと、そこに醍醐が座っていた。虚ろな目を漂わせたまま、こちらには気付いていないのか何の反応もない。
「醍醐クン……よかった……」
 緊張の糸が切れたのか、小蒔はその場に座り込んだ。目尻から涙が溢れてくる。
「庭で倒れておるのを見つけたんじゃ。じゃが、それからずっと、意識が戻らぬ……」
「え……?」
 その言葉に龍山の方を向き、小蒔は次の言葉を待つ。苦い表情のまま、龍山は続けた。
「身体に異常はない。意識だけが戻らぬのよ」
「そんな……なんとかならないの?」
「残念じゃが、わしらには、どうすることもできん。こればかりは、本人が強き意志を持ち、立ち向かう意志を取り戻さねばな」
 そこまで言って、龍山は外に生まれた気配に意識を向けた。全てを呑み込み、焼き尽くす業火のように強烈な殺意。
「嬢ちゃん――雄矢と奥に下がっておれ」
「くくくっ……老いぼれが……勘の鋭い奴よ」
「誰っ!?」
 気配を読むのが苦手な小蒔だが、突如湧き出た声で、さすがに敵の存在に気付いた。
「久し振りだな……」
 真紅の忍装束に鬼面の男。現れたその男は小蒔を見てそう言った。が、小蒔にはその男に覚えがない。鬼面の男も何やら思いだしたのか、くくくと笑う。
「そういやぁ、おめぇはあの時意識を失っていたな。じゃあ、俺様の事も知らねぇか。あらためて名乗らせてもらうぜ。鬼道五人衆が一人、我が名は炎角」
 自分が意識を失ったのは品川の一件だけ。面識はないが、それならば目の前にいるこの男は敵だ。
「嬢ちゃん――雄矢を連れて逃げるのじゃ。こやつはわしが食い止める」
 炎角と小蒔、二人の間に立つようにして龍山が言う。しかし、そんなことができるわけがない。
「ダメだよ。おじいちゃんを置いてなんて、行けないよっ。それにボク、みんなと約束したんだ」
 この騒ぎにも眉一つ動かさない醍醐を見ながら、小蒔ははっきりと言った。
「醍醐クンを連れて来る――って」
「ははははっ――威勢がいいな、娘。良かろう、俺様が相手をしてやるぜ」
 高笑いを上げ、炎角は右手に生まれた《力》を叩きつけた。炎が渦巻き、壁に大穴が空く。
「せっかくだから、おめぇに合わせてやる。外に出な」
「全く……人の家を勝手に壊すでないわ」
 外に出て行く炎角に愚痴をこぼしながらも、龍山は懐から札を取り出し小蒔に差し出した。
「嬢ちゃん……。これを使いなさい。ちょっとした御守りじゃ」
「ありがとっ」
 札――火伏符を受け取り、ポケットにしまうと、小蒔は醍醐の側に座った。
「醍醐クン……みんな、君のことを待ってるよ。だから、ボクは、絶対キミをみんなの所に連れて帰る。ボクが、必ずキミを護る。だから、帰ろう……みんなのトコロへ」
 それから腰にぶら下げてあった御守りを醍醐の手に握らせる。練習試合の時に醍醐から借りた、そしてあの日、体育館裏に残されていた御守り。
「これ、ボクにはもう必要ないから返すね。醍醐クンが自分に打ち克てるように。その代わり……ボクに少しだけ勇気をちょうだい――」
 小蒔の顔が、醍醐に近付き――二人の唇が重なる。時間にすれば数秒にも満たなかったが、小蒔はそのまま立ち上がると、弓を手に、炎角が空けた穴から外に飛び出した。
「勝負だ炎角っ!」
「ああ、いいぜ。おい――」
 炎角の声に応じ、十人近い下忍達が姿を現す。
「遊んでやりな。ただし、殺すな」
「なっ――! 話が違うぞっ! お前の相手はボクがするって――」
「ああ、確かに言った。だが、俺様一人で、とは一言も言ってねぇぜ。だから、俺様も遠慮なく攻撃させてもらう」
 くくくと笑いながら炎角。いくら何でも、この数相手では小蒔が圧倒的に不利だ。ただでさえ、自分は遠距離戦が主体だというのに、一度間合いに入られたら為す術がない。
(それでも……やるしかないっ!)
「いっくぞーっ!」
 先制の一射を放つ小蒔。狙い通り、矢は下忍の額に突き立った。それが合図となり、下忍達が小蒔に向かって一斉に動く。そこへ
「おりゃあぁぁっ!」
 突如現れた人影が、横手から一人の下忍を斬り伏せた。
「ゆ……雪乃!?」
 人影の正体は親友の織部雪乃だった。ということは
「小蒔様!」
「雛乃まで! 一体どうして!?」
 やはり双子の妹である雛乃もいる。
「使いを頼まれて龍山先生を訪ねてきたのですが」
「そしたら嫌な空気が漂ってるじゃねぇか。来てみたら案の定、だ」
 雪乃が正面に立ち、雛乃は小蒔の隣に並ぶ。
「で、あいつらは一体何もんだ?」
「鬼道衆っていう、悪い奴だよ。最近、東京でひどいことばっかりしてるんだ」
 迫る下忍を一人で足止めしながら問う雪乃に小蒔がそう答える。まあ、間違ってはいない。かなりくだけた表現だが。
「ってことは、全員叩っ斬ればいいんだよな」
 薙刀を構え、雪乃が突っ込んでいった。正面の下忍と斬り結ぶ間に、他の下忍が雪乃に迫るが、そこを狙って小蒔と雛乃が矢を放つ。
 その陣形の効果は絶大だった。ある者は雪乃の薙刀で斬り斃され、ある者はその身に矢を受けて地に伏す。
「ほう……なかなかやるじゃねぇか。だが――」
 後方に居座っていた炎角が動いた。
「おめぇらが、俺様に勝てるかっ!」
 こちらに向けて突き出された両手に炎が生まれる。それは小さな火の玉となり、次第に膨れ上がっていった。かなりの距離があるが、その熱はこちらまで届く程高い。
「へっ! 勝手に吠えてなっ!」
「あ、姉様っ!?」
「無茶だよ雪乃っ!」
 下忍を全て斃し終えて、雪乃が炎角に向かって走る。雛乃と小蒔の制止の声も届かない。炎角の鳩尾に狙いを定めて、雪乃は《氣》を込めた薙刀を突き出した。
 しかし、その刃が炎角に届く事はなかった。
「な……っ!?」
「くくく、何を驚いている?」
「ど、どうして炎で薙刀が止められるんだよ……?」
 炎角の生み出した火球が、薙刀を受け止めている。余裕の炎角とは対照的に、雪乃は動揺を隠せないでいた。確かに固形ではない炎が物である薙刀を止めるなど、考えもしなかっただろう。
「簡単な事だ。おめぇの薙刀に《氣》が込められてるように、俺様の炎も《氣》により生まれたもの。《氣》の攻撃を《氣》で阻めるのと同じ道理だ。まあ、だからといって――」
 単純に、《氣》が消えれば薙刀が通ると思ったのだろうか、雪乃は薙刀に込めていた《氣》を消す。そんなことをすればどうなるか――
「《氣》を消したら、俺様の炎に薙刀が耐えられるわけがねぇけどな」
 穂先は解け落ち、薙刀はただの棒となる。慌ててその場を離れる雪乃。
「逃がすかっ! 燃え尽きろっ!」
 炎角は追撃の火球を放った。その火球めがけて雛乃が矢を放つ。これにはもちろん《氣》が込められていたが、《力》の差か、矢は瞬時に燃え尽きる。
 炸裂した火球が炎を撒き散らした。生きた竹とはいえ、その熱量には勝てず、竹林に幾つもの火の手が上がった。
「雪乃っ、雛乃っ!」
 龍山にもらった火伏符のおかげで、ほとんどダメージのない小蒔。だが、織部姉妹はまともにその攻撃を受けていた。見た目は火傷等もない。意識もあるようだが起き上がる事はできないようだ。
「どうした娘。威勢がいいのは最初だけか?」
「くっ……!」
 弓を構えぬまま、小蒔はその場から離れた。雪乃達がいる場所に留まっていたら、巻き込んでしまう。炎角の方は、倒れている人間に興味はないのか、小蒔の方に向き直った。
(どうしよう……今のボクの力じゃ、アイツに勝てない?)
 先の雛乃のように、矢を放っても炎角には届かない。《氣》を込めた攻撃でも、自分の力では相殺されてしまう。
「まあ、いつまでも遊んでるわけにはいかねぇか」
 次の手を考えている間に、先に炎角が動いた。こちらにまっすぐ向かってくる。間合いを取ろうと退く小蒔だが、炎角の方が早い。
 巻き起こった炎が小蒔を襲う。やはりダメージはないが、それは身体に限った話だった。
「弦が……!」
 先の攻撃で、弓の弦が焼き切れている。これで小蒔に攻撃の手段はなくなった。
 炎が効かないと知ってか、炎角は足下に落ちていた刀を拾い上げる。
「残念だったな、娘。だが、これで終わりだ。すぐに他の仲間も送ってやるから安心しな」
 ゆっくりと――刀を持ち上げる炎角。小蒔には、それに抗う術はない。
(醍醐クン、ごめん……ボク、キミを護れなかった……)
 覚悟を決め、ぎゅっと目を閉じる小蒔。しかし――
「ば……馬鹿な……」
 刃ではなく、炎角の驚愕の声が耳に届く。恐る恐る目を開けると、炎角はこちらを見ていなかった。
「桜井……心配かけたな」
 続いて聞こえる優しい声。もう何年も聞いていなかったような懐かしい声が響く。
「醍醐……クン……?」
 炎角の正面に見える人影。それは紛れもなく醍醐雄矢だった。迷える虎が、目を覚ましたのだ。
「後は俺に任せてくれ。……炎角、だったな」
 小蒔にそう言って、醍醐は炎角に向き直る。いままで抑圧されていた反動か、醍醐の《氣》は今までにない程強大なものだった。
「貴様らが這い出てきた地の底へ、俺がもう一度送り返してやる。覚悟しろっ!」
「くっ、死に損ないがっ! 正気に戻った以上、ここで始末してくれるっ! 食らえっ!」
「効くかっ!」
 刀を投げ捨て、炎角が火球を放った。気合いの声と共に、醍醐も発剄を放つ。炎と《氣》がぶつかり合い、火球が消し飛んだ。そのまま一気に醍醐は間合いを詰める。接近戦を不利と見たのか、距離をとる炎角だったが、醍醐ばかりに気を取られ、彼女達の存在を忘れていたのが仇になった。
 気が付くと、織部姉妹が立ち上がり、《氣》を解放している。
「な……おめぇらっ……!?」
「「草薙龍殺陣っ!」」
 強烈な光が炎角を呑み込む。苦痛にのたうつ炎角だが、そこへ醍醐の追撃が来た。
「たっ……たかが人間があぁぁぁぁっ……!」
「沈め……円空破っ!」
 ありったけの《氣》を込めた渾身の一撃が、炎角の身体を捉える。立ち並ぶ竹を何本も巻き添えにして薙ぎ倒し、炎角はその身に宿る《力》を失い、真紅の宝珠と化した。



 中央公園。
「ハアッ……ハアッ……岩角とかいったか――」
 奥に控えている岩角に水龍刀を突きつけ、京一が笑う。
「こんな雑魚じゃ……俺達は斃せねぇぜっ」
「ながなが……やる。水角と風角を、斃じただげの事はある……。だども、息が上がっでる」
 岩角の指摘の通り、京一も、そして他の仲間達も疲労の色は隠せない。下忍とはいえ、かなりの数を相手にし、斃している。それでも向こうの戦力はまだ十分残っている。
「けっ、うるせぇ」
「こっちの心配より……自分達の心配をするんだね」
 呼吸を整えつつ、龍麻が京一の横に並ぶ。
「もうすぐ雄矢と小蒔さんが戻ってくる」
「ぐへぐへぐへ。それはどうがな。おではここにいる。でも、向こうにも炎角がいる」
 品川に現れた鬼道衆の一人。
「あの女一人で、炎角に勝てるわげがない。お前だぢを斃じだら、それで終わりだ」
「……龍麻、ここは僕が突破口を開く。その間に、誰かが醍醐君達の援護に向かおう」
 余裕の態度で笑っている岩角を見ながら、如月が龍麻に提案した。
「突破口って……どうするつもり?」
「玄武の《力》を解放する……」
「……危険は?」
 今回の醍醐の身に起きた異変が、四神の《力》の覚醒によるものだということは聞いている。不安になって訊ねる龍麻だが、如月は不敵に笑った。
「何度か経験がある。今更、我を失う事はない」
「それしかない、か……いや……突破口は必要ないよ」
 こちらに近付いてくる《氣》を感じ取り、龍麻は言った。
 以前とは違う質の《氣》――醍醐だろう――が一つ、それに小蒔の《氣》、後はよく似た感じの二つの《氣》。計四名が近付いてくる。
「みんな、お待たせっ!」
 間もなく、小蒔達が姿を見せた。連れて来ると言った醍醐もいる。そして、織部姉妹も。
「OH! コマーキに醍醐! 無事だったデースネ!」
 二人の姿を認めて、アランが喜びの声を上げた。その思いは、龍麻達全員に共通したものだ。
「さて……人数は揃ったけど……戦えるのは二人、いや一人か」
 弓が壊れている小蒔、薙刀のない雪乃、そしてダメージが残っている雛乃。戦力としては期待できない。となると、個人の戦闘力が上がるに越した事はない。
「翡翠、頼めるかな」
「ああ。それに、二人にも知っておいてもらった方がいいだろうね。任せてくれ」
「葵さん、織部さん達の治療を。京一は僕と一緒に前線に。アランと雄矢は……翡翠をよく見ておいて」
 葵が後方へ退き、如月が前に進み出る。
「おい、ひーちゃん。如月の奴、何するつもりだ?」
「見てれば分かるよ」
 問う京一には答えず、龍麻は如月を見守る。如月を見ろと言われた醍醐とアランも、意味が分からぬまま、不思議そうな顔をしていた。
「玄武変っ! おおおぉぉぉぉっ!」
 意識を集中し、如月は《力》を解放した。如月の姿が変わっていく。
 肌の色が変色し、皮膚の質感も人間のそれからゴツゴツしたものに変わっている。背中、肩が少し盛り上がり、腕には硬質の何か――甲羅のようなものが浮き出ていた。服で見えないが、体中がそうなっているのだろう。身体の周囲を水が取り巻き、まるで蛇のようにのたうっている。
「こ……これは……!」
 姿こそ違うが、その現象は、醍醐が体験したものだった。それを如月が――目の前で行っている。しかも、彼の目に宿る光は正気を保ったままだ。
(如月は……自分の意志で《力》を制御できるのか!?)
「ジーザス……」
 アランはアランで、目の前の出来事が信じられなかった。姿が変わっていくにつれて《氣》が増大していく如月。それに伴い、自分の中の「何か」がざわめく。
(ヒスーイの《力》……それが何故ボクの《氣》と呼応してるんだ? あの《力》は一体……?)
「参る……!」
 如月が動いた。身体能力も向上しているのか、その動きは速い。一気に間合いを詰めると、瞬時に下忍二体を斬り伏せた。
 如月の変化に戸惑っていた鬼道衆陣営が我に返り、再び龍麻達に襲いかかる。
「応戦!」
「お……おうっ!」
 呆然としている仲間達に檄を飛ばす龍麻。慌てて京一が手近にいた下忍に斬りかかっていく。醍醐、アランの両名も、如月を気にしつつ戦闘に突入した。
 状況が飲み込めないのは女性陣も同じで、ただただ戦況を見守る事しかできずにいる。
(覚醒した四神の《力》……ここまですごいのか。いきなりこんなのが覚醒したら、雄矢もたまったものじゃないな……)
 龍麻の《暴走》とは違い、自分の意志で「使いこなせる《力》」
(これから先、必要になるんだろうか。この《力》は……)
「お……お前だぢいぃぃぃっ!」
 考え事を続ける龍麻に岩角が迫る。形勢が逆転している以上、焦るのも無理はない。
 岩角が繰り出した蹴りを、身を低くして回避し、龍麻は一気に懐へ飛び込んだ。鳩尾への掌打に続き、触れたままの状態で発剄を放つ。
「……そう言えば、まだ借りを返してなかったっけ」
 全身を巡る《氣》の流れを制御しつつ、龍麻は先の攻撃で吹き飛んでいる岩角を一瞥した。
「が……借り……?」
「佐久間を鬼に堕として小蒔さんを傷つけたこと、佐久間を雄矢にけしかけたこと……」
「そ……それはおでじゃ……」
 龍麻の《氣》に圧され、じりじりと後ずさっていく岩角。その岩角を、巨大な水の柱が呑み込んだ。如月の《力》だろうが、それは以前見たものよりはるかに大きい。
「ぐおおぉぉっっ!?」
 水の柱ごと斬り裂くような如月の斬撃。たまらず岩角はその場に膝を着く。散った柱が雨となって降り注ぐ中、既に龍麻は技の間合いに岩角を捉えていた。
「僕の大切な仲間を、あんな手段で傷つけた報い……その身に刻めっ! 八雲っ!」
 《氣》により、一時的に腕部と脚部の筋力を増幅し、目にも止まらぬ神速の連撃を叩き込む。見た目頑丈な岩角だが、これで無事に済むはずがない。
「ぐおおぉぉぉっ!」
 為す術なく岩角は打ち斃され、後には漆黒の宝珠が残った。


 戦闘も終了し、龍麻は宝珠を回収する。如月も再び元の人の姿に戻っていた。肉体の変化による影響か、上着が多少破れてはいるが。アランは戦利品の回収を行っている。
「さて、と」
 龍麻は醍醐の方に視線を向けた。
 醍醐の正面には京一が立っている。その機嫌はすこぶる悪そうだ。他の者達も周りに集まっている。
 京一は腕を組んだまま醍醐を睨みつけた。
「今さら、どの面下げて、戻ってきたんだよ……」
「京一っ」
「いきなり姿くらましたかと思えば、今度はいきなり現れやがって」
「京一っ! そんな言い方――!」
 京一の物言いに、小蒔が食ってかかった。しかし、京一は一睨みして小蒔を黙らせる。
「いいや、今度ばかりは言わせてもらうぜ。こいつは前からてめぇ勝手なトコがあんだ。何でも、自分一人で解決できるような面しやがって……こんなヤツと、これからも一緒に闘わなきゃならねぇなんてよ」
 険悪な雰囲気が漂う中、葵が、小蒔が、龍麻の方を見る。この場をなんとか収めて欲しい、そう目が訴えているが、龍麻は介入しようとはしなかった。
「そうだな……京一の言う通りかもしれん」
 苦笑しつつ、ようやく醍醐が口を開く。
「俺がいれば、これからみんなにも迷惑がかかる」
『僕が生きていると、それだけで皆に危害が及ぶ』
 かつて、自分が吐いた言葉がそれと重なった。やはり、醍醐はこのまま自分達の元を去るつもりなのだろうか。
「全ては俺の心の弱さが、招いた事だ……すまなかった」
「言いたいコトはそれだけか?」
 水龍刀を放り出し、そんな事を京一は問う。その言葉に、戸惑いつつも醍醐は頷き、やや顔を逸らした。そのため、京一が拳を握りしめているのに気付いていなかった。
 次の瞬間、鈍い音と共に京一の拳が醍醐の顔面に叩き込まれる。大柄な醍醐の身体が、その一撃で揺らいだ。
「醍醐――前にも言ったと思うが、俺達はお前の何だ?」
 動揺する女性陣をよそに、京一は膝を着いている醍醐に問いかける。
「俺達は、一緒に闘っている仲間じゃねぇのか? その仲間を信用できねぇで、これから鬼道衆のヤツらと闘っていけると思ってんのかよっ!? これから、お前の大切なものを護っていけると思ってんのかっ!」
 息つく間もなく京一が叫ぶ。諭すというよりは、今まで溜まっていたものを発散させているだけのようにも見えるが、彼の言っている事は正論だ。
 大切な仲間。だからこそ、ここにこれだけの人間が集まっている。
「俺達は、お前の力になれねぇほど無力か?」
「そんなことは……」
「じゃあ、もっと俺達を信用しろ。お前は俺の――いや、俺達のかけがえのねぇ仲間なんだからな」
 ようやく落ち着いた京一が、醍醐を小突く。そしてそのまま横を向いてしまった。照れているのだろう。そんな京一を見ながら、醍醐が笑みをこぼした。
「なんだよっ」
「くくく……俺も、京一に説教されるようじゃ、まだまだ、修行が足らんな……」
 醍醐はそんな事を言う。一瞬顔が引きつる京一だが、ふと悪戯を思いついた子供のように笑った。
「醍醐……てめぇ、俺達にこんだけ心配かけといて、タダで済むとは思ってねぇだろうな?」
 その言葉に、醍醐の顔に縦線が入った。仲間内で迷惑をかけた場合、その罰は――
「あーあ、腹減ったなぁ」
「そういえばそうだねぇ」
 京一に続いて、小蒔も腹を押さえながら醍醐に視線を送る。
 つまりこう言っているのだ。「迷惑料として晩飯を奢れ」と。
「あ、翡翠にアラン。今晩、雄矢の奢りだってさ」
「お……龍麻、お前まで……!?」
「だって、彼らは君の為に駆けつけてくれたんだよ。お礼はして当然じゃないかな。もちろん、織部さん達にもね」
 慌てる醍醐に、にっこりと微笑む龍麻。そこへ拍車を掛ける者が二人。
「OH、タダメシデースか。サンクス!」
「せっかくだから、御馳走になろうか」
「あの……よろしいのですか?」
「あんまりオレ達、役に立たなかったんだけどな」
 織部姉妹はやや遠慮気味だが、この流れを止めることはできなかった。全然オッケーと京一、小蒔が手を振っている。
「よっし、そうと決まればさっそく行こうぜ」
 さっきまでの険悪さはどこへやら。京一が歩き出し、他の者も後に続く。
「ホラホラ、行くよ醍醐クン!」
「あ、ああ……」
 復帰早々貧乏くじを引いた醍醐の背中を小蒔が押した。
「あ、そうだ――醍醐クン……」
「ん……?」
 振り向く醍醐だが、背丈の差もあり小蒔の顔は見えない。小蒔は照れたように笑いながら一言。
「おかえりなさい――」
「あ、ああ……」
 その後方にいる龍麻と葵。どんな顔をしているのかは分からないが、真っ赤なんだろうなと予想を立てながら二人を見ていた。
「うふふ、小蒔も嬉しそう」
「うん。よかったね」
 そう答える龍麻だったが、その声はあまり明るくなかった。もちろんそれに気付かない葵ではない。どうしたのと尋ねるが、龍麻は言葉を濁した。
(さて……どうするか……)
 これからの事もある。とりあえず、やるしかないかと龍麻は一つの決心をした。



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