真神学園旧校舎。
現在封鎖され、立ち入り禁止。老朽化等がその理由だが、その真の理由を知るものは少ない。
そんな旧校舎へ、頻繁に立ち入る者達がいる。
真神学園3−Cの生徒五人、3−Bの生徒一人。そして、何故か他校の生徒達。
が、その事実を知る者も、ごく一部の例外を除いて存在しない。
その旧校舎内――
「やれやれ……一体、何がどうなっているんだ?」
釈然としないものを感じつつも、頻繁に立ち入る者の一人、醍醐雄矢は旧校舎地下を下っていた。
入口からこちら、魔物の影はない。その代わり、その亡骸は道中に転がっている。つまり、先にここを下りた者がいて、それが魔物を駆逐したということだ。その人物は、今自分の前を歩いている。
しばらく下って、先行者はようやく立ち止まった。
「龍麻。こんな所で、一体何の用だ?」
ここへ呼ばれた理由を、醍醐はまだ聞いていない。訊ねるが龍麻は何も答えなかった。その代わりに、彼は腰の後ろにぶら下げていた物を取り出す。
鷲ノ巣甲――今現在、龍麻が使用している手甲だ。それを装備し、龍麻は初めて醍醐の方を見た。そして告げる。
「さて、始めようか」
「何……?」
思わず醍醐は訊き返す。しかし、次の瞬間には龍麻がこちらへ飛び込んできた。
間合いに入るや否や、龍麻は掌打を放つ。反射的に身を反らせた事が幸いし、先制の一撃は鼻先を掠めただけで済んだが、龍麻の攻撃はそれで終わらなかった。次々と繰り出される掌打を、必死に醍醐は捌く。それでも速さは龍麻に分がある。幾度かの攻防の後、フェイントを交えた一撃が醍醐の左脇腹を捉えた。
「ぐっ……!」
ただの掌打といっても衝撃はある。腹を押さえ、醍醐は再び龍麻に問う。
「これは何の冗談だ……?」
「……本気で僕と戦り合ってもらう」
言うなり龍麻は間合いを詰めた。
(速いっ……!)
先程とは桁違いの速さに反応できない。《氣》を乗せた龍麻の蹴りが、再び醍醐の脇腹に炸裂した。その強烈な一撃に、醍醐は壁際まで吹き飛ばされる。咄嗟に《氣》で防御はしたものの、ダメージは先程の「ただの掌打」よりはるかに大きい。
身を起こす醍醐に向かい、龍麻は発剄を放った。それを食らって再び醍醐は壁に叩きつけられる。そこへ再び龍麻の発剄。
「ぐおぉぉっっ!」
さすがに今度は自らも《氣》を練り、発剄を撃ち返す醍醐。互いの《氣》がぶつかり、打ち消し合って霧散した。
(一応、手加減はされているのか……)
単純な力ならともかく、《氣》などの《力》は、龍麻の方がはるかに上だ。同じように発剄を放っても、まともにぶつかれば醍醐の《氣》は吹き飛ばされてしまう。しかし、今回はそれがなかった。つまり、龍麻が力を抑えている、ということだ。とは言え、何度も食らっては無事では済まない。
龍麻の意図が読めぬまま、醍醐は次の攻撃に備えて身構えた。
9月5日。夕方。
久し振りに醍醐が部活に顔を出し、練習を終えて帰宅しようとしていた時、ふと目に留まるものがあった。
龍麻と葵の二人だ。この二人だけの組み合わせは、実は意外と珍しい。大概、京一、小蒔、醍醐の誰かが一緒にいるからだ。
が、ふと気付く。葵は今日は生徒会があったはずだ。それはいいが、龍麻が学校にいるのは疑問が残る。
ここに京一か小蒔がいれば、恐らく二人はからかいのネタになるのだろうが、醍醐にそういう気は毛頭ない。普通に近付いていくが、そこで二人の会話が耳に届いた。
「……でも、大丈夫なの? 無理にする事もないんじゃないかしら?」
「二度とないと言い切れるなら、それでもいい。だけど、そうなってからじゃ遅いんだ」
何やら深刻な話のようだ。二人の声に、いつもの明るさはない。
「僕と同じ思いをして欲しくない。それは分かるよね?」
「でもそれじゃ、龍麻くん一人だけが――」
言いかけて、葵が醍醐に気付いてそちらを見た。つられるように、龍麻もそちらを向く。
どうかしたのか、と醍醐が声をかける前に、龍麻から話しかけてくる。
「あ、雄矢。今帰り?」
「ん、ああ。ところで、二人でどうしたんだ?」
多少気まずいものがあったが、先の話が気になり、そう訊ねると
「ちょっと、これからの事をね」
言葉を濁すわけでもなく、そう答えた。
「鬼道五人衆も残り一人。後はその親玉一人だけ。だからと言って、気を緩める事はできない。これから先、彼らがどう行動するか全く分からないしね。だから、今のうちに何ができるか、話してたんだ」
「そうか。お前には苦労をかけるな」
仲間内で、一番役割が多いのは龍麻だ。戦闘及びその指揮、平時の仲間のまとめ役、金品の管理。正直、今龍麻がいなくなったら醍醐達は闘えなくなる。
多くの厄介事を、龍麻は文句一つ言うことなく引き受けてくれている。いくら感謝しても、足りないくらいだ。
「まあ、方針は大体まとまったし。また今度言うよ。それより……雄矢、これから暇?」
「ん? ああ、もう帰ろうかと思っていたところだ」
「そう。それじゃ、ちょっと付き合ってくれないかな?」
そう言った龍麻の声と表情は、いつも通りで――この後に起こる出来事を一切感じさせる事はなかった。
再び旧校舎。
二人の戦いはまだ続いていた。いや、戦いと言えるかどうか。
醍醐は一方的に龍麻の攻撃を受けていた。もちろん、醍醐も反撃はしている。しかし龍麻はそのことごとくを避け、あるいは無効化して容赦なく醍醐に攻撃を浴びせていた。
「があっ!」
一体、何度目だろうか。直撃を食らって身体が宙を舞う。始めの頃は受け身を取っていたが、今ではその余裕もない。醍醐は無様に転がっていた。ひんやりとした地面の感触が手に、頬に伝わってくる。とは言え、身体の感覚の大部分は、今までの攻撃による苦痛に占められている。
「いつになったら、本気を出すの?」
一応は攻撃の手をゆるめ――《氣》の方は戦闘態勢だが――龍麻は醍醐を見下ろす。
「以前戦った時には、雄矢は僕に勝てなかった。あの時は《力》による能力差があったけど、今は違う。同じように《力》を持ち、それを使う者同士の戦いだよ」
「む……無茶を言うな……」
ゆっくりと、醍醐が身を起こす。
「《力》の熟練度はお前の方が上だろう……それに、俺は全力を出している……実力的にも、お前の方が俺に勝って――」
「嘘だね」
ドン!
言葉を遮るかように、至近距離からの円空破――醍醐は壁際まで転がっていく。
「実力差はともかくとして、雄矢は本気を出していない」
「な、何を言って……」
「君には《力》がある。他の皆とは少し違う、君だけの持つ《力》が。そう……鬼道衆までもが欲した《力》が。何故それを使わないの?」
「ま……まさか龍麻、お前――」
醍醐には、龍麻が何を言いたいのか分からなかった。攻撃は手加減し、自分を試すような、追い詰めるような戦い方を、何故する必要があるのか。
しかし、ようやく醍醐は龍麻の意図するところを察した。
「四神が一、白虎の《力》だよ。それを使わずして全力だなんて……」
龍麻の手に《氣》が収束していく。今度は先程の比ではなかった。紛れもなく、全力の一撃。
「それで渡り合おうだなんて、僕を甘く見てない?」
「くっ!」
何の躊躇もなく、龍麻は再び円空破を放った。紙一重で醍醐はそれを避ける。放たれた《氣》が弾け、壁を大きく穿つ。直撃していたら、間違いなく意識は落ちていただろう。
「できるはずが、ないだろう……」
苦しげに醍醐の口から声が漏れる。
白虎の《力》――それは醍醐にとって、忌まわしい《力》だ。人の姿を失い、獣と化し、人を殺めた《力》。
「俺は……その《力》で、佐久間を殺したんだ……」
「らしいね」
「ならば、何故こんな事をするっ!? 無理矢理《力》を使わせるような事をっ!?」
「だから、だよ」
叫ぶ醍醐に、龍麻は即答した。そのまま《氣》を静めていく。
「別に今後、白虎の《力》を使えって言ってるんじゃない。ただ、自分の意志で《力》を制御できるようになっていてもらいたい」
小蒔から話を聞いた時、龍麻は醍醐の変化が自分の《暴走》と似ていると感じた。ただ、後から分かったように、それは彼自身の意志で制御できる《力》だ。自分のように、発動したら最後、悲劇しか生まないものとは違う。
「だから、雄矢にはやってもらう。それが、雄矢がこれから生きていく上での絶対条件」
有事の際に、《力》に呑まれるとどうなるか――それは自分が《暴走》した時と同じ事態を引き起こしかねない。
「……駄目だ、やはりできない……」
しかし醍醐にはまだ躊躇があった。簡単に割り切れるものではないのだ。
「あの時、俺の意識はなかった。だが、何をしたのかは体が覚えている。あの時の感覚は全て……佐久間を手に掛け、引き裂いた感触もだ……! 俺は二度とあんな思いはしたくない……」
「そうだろうね」
苦悩に満ちた醍醐の声とは対照的に、龍麻は淡々と言葉を紡ぐ。
「肉を裂き、骨を砕き、内臓器官を破壊する感触……確かに思い出したくもない」
その一言に、醍醐の頭に違和感が生じる。龍麻は誰のことを言っている?
「雄矢は佐久間を殺した。僕だって、鬼に堕ちた人間を殺してる。でも、それはどちらも人間ではなくなった存在で、そうする以外に彼らを救う方法はなかった。仕方ないことだよ」
「仕方ない、だと!? 人を殺しておいて、仕方ないで済ますのか!?」
感情の赴くままに醍醐は叫ぶ。その一方で、龍麻にこれ以上言わせては駄目だと、頭のどこかから警告が発せられている。
「そうでしょ? 港区でも僕達は人であったものを殺してるじゃないか。何を今更恐れる必要があるの? それに――雄矢はまだマシだよ」
「な、何がマシだと言うんだ……?」
「少なくとも、人間は殺していない。それに、仲間を殺そうともしていない」
もしも醍醐に、通常状態の《氣》から感情を読み取ることができたのなら、龍麻の心境がすぐに理解できただろう。が、醍醐にはそれができず、また、龍麻の先の一言は衝撃的だった。
「まさか……」
「覚えてるよ、全部」
何も覚えていない――そう醍醐は聞かされていた。醍醐だけではない。品川の件に関わった者は全員だ。だが本人はそれをあっさりと否定した。
「僕が一言でも、自分で覚えていないと言った? あれは、皆に余計な気遣いをさせないようにって、葵さんが気を回してくれただけだよ」
少なくとも、声からは龍麻に変化は感じられない。地下に光源はあるが、空間全てを照らす程強い光ではない。龍麻の表情も見ることはできない。
「でも、雄矢には同じ境遇の者同士、別に隠す事でもない。だから話した」
再び龍麻は《氣》を高めていった。溢れ出る蒼い光が龍麻の身体を包んでいく。
「色々あったけど、みんなのお陰で僕は今こうして生きている。僕にとって《暴走》は忌むべき《力》だけど、僕はもう逃げない。そう約束したから。雄矢はどうする? 自分と向き合うのか、それとも目を背けるのか」
龍麻は乗り切ったのかも知れない。だが自分には、あれだけの事をしてしまった《力》を御する自信はない。沈黙の後、醍醐はようやく言葉を吐き出した。
「……俺は、お前のように強くはない……」
「分かった……」
そう呟いた龍麻の声には深い悲しみがあった。そのまま軽く左腕を広げる。
「それじゃ、ここでお別れだ」
「……?」
「今この場で……雄矢、君を殺す」
集った《氣》が質を変える。それは猛々しい炎となって左手に宿った。
「な……何を……!?」
「理由は二つ」
戸惑う醍醐を無視して、龍麻は続ける。
「その一。迷いのある今の雄矢じゃ戦力にならない。大切なものを護るための闘いで《力》の出し惜しみをする仲間は不要だから。それに先の件のように、そこを鬼道衆に付け込まれて、今度こそ敵の駒になる可能性もある。白虎の《力》が敵に渡るのは避けたい」
「……」
「その二。その《力》を使わないままでいたとしても、不慮の事態で発動しない保証はない。例えば目の前で仲間が殺された時、雄矢はその《力》を暴走させない自信はある? これについては僕も同様だけど、そうすまいとする意志がある分、雄矢よりはマシでね」
もう片方、右手にも炎《氣》が生じた。その熱量によって、冷涼とした地下の気温がゆっくりと上がってゆく。
「いつ敵に回るか分からない、獅子身中の虫を置いておくわけにはいかないんだ。それに、そうなった雄矢をみんなに見せたくないし、みんなの前で殺したくもない。ここで死んで行方不明って筋書きが、みんなにとっては一番動揺が少ないと思うよ。僕が言うのも何だけど」
「た、龍麻……お前、本気で……?」
「さようなら、雄矢。凶津が向こうで待ってるよ」
両手を引き、腰を低く構える。次の瞬間、炎《氣》が二条の帯となって醍醐に襲いかかった。
「う、うおぉぉぉぉっっ!」
迫り来る炎を、両の手に収束させた《氣》で迎え撃つ醍醐。《氣》がぶつかり合い、派手な音を立てて弾ける。
「……龍麻……今、何て言った?」
手に負った若干の火傷を気にも留めず、醍醐は龍麻を正面から見据える。炎の消えた今となってはその顔は見えない。ただ、巫炎を放つ瞬間の龍麻の表情は――
「凶津が向こうで待ってる、そう言った。彼はもうこの世にいないから。あの事件の後、風角に殺されたんだ」
先の表情が嘘のように、落ち着いた声が返ってくる。
「凶津は死んだ後、あの場所に縛られていた。殺された怨みからじゃない。ある人の事を死んだ後も案じていたから」
「……」
「その彼から伝言がある。『死ぬな』と『逃げるな』の二つ。今の雄矢には意味のない言葉だね。でも、一応伝えたよ」
言い終え、次の攻撃に移ろうと《氣》を練る龍麻だが、醍醐の様子がおかしいのに気付く。先日、京一に諭された時のように笑っている。
「くくく……つくづく救いようがないな、俺は。京一に説教され、凶津には死んだ後まで心配をかけて、挙げ句に龍麻には悪役を演じさせている……」
「……演じてるつもりはないよ。仲間の事を考えたら、これが一番被害の少ない方法なんだ」
「泣きそうな顔で巫炎を放った男が、何を言う。お前はいつも悪役になろうとするが、そういうのが一番似合わん男だ」
ぱん、と醍醐は気合いを入れるかのように自分の頬を叩く。苦悩、戸惑いは既にない。その瞳には強い意志の光が宿っていた。
「どこまでやれるか分からん。下手をすれば、お前を傷つけるだけじゃ済まないかもしれん。それでもいいのか?」
醍醐が《氣》を放ち始める。猛々しく、迷いのない力強い《氣》が視て取れた。
「そういうセリフは、僕に一太刀でも浴びせてから言ってね。遠慮なんて要らないよ。でなきゃ、一人で相手するなんて言わない」
「分かった……」
《氣》の上昇に伴い、醍醐の姿が変わっていく。異形ではあるが、その姿は醜い鬼共とは違う。清廉な陽の《氣》を纏った神獣、白虎。龍麻にはそれが、何よりも頼もしく、神々しい存在に思えた。
「くっ……行くぞっ!」
やや苦しそうだが、その目は正気を保っている。そのまま醍醐は龍麻に跳びかかる。鋭い爪が龍麻を捉えるべく振り下ろされた。
「――甘いっ!」
自分の両腕を交差させて、醍醐の腕の部分を受け止め、そのまま流すと同時に左手で手首を掴む。右手は掌打の型を取り、突き上げるように鳩尾へ叩き込まれた。
醍醐の身体が浮き、突っ込んできた勢いそのままに投げ飛ばされ、頭から壁に激突する。
「生きてる?」
あんまり心配しているようには聞こえない口調で問いかける龍麻。当の醍醐はよろめきながらもその身を起こした。
「身体能力は全体的に向上してるはずだから、何も考えずに猪突猛進してたらそうなるよ。《力》に流されないようにしないと。ただでさえ一撃必殺タイプで、攻撃が単調なんだから」
「う……まだまだっ!」
戦意を失っていない醍醐を見て、龍麻は笑みをこぼす。それは醍醐が本当の意味で立ち直ってくれたことを喜ぶ笑みだった。
ギシギシと、埃をかぶった床が鳴る。旧校舎、地上建物内の廊下を龍麻は歩いていた。醍醐を肩に担いで。本当なら背負いたかったが、片腕が使えなくてはそれも無理だ。
「なあ、龍麻……」
醍醐の声が、背中から聞こえる。
「あ、目が覚めた?」
「ああ……まだ、ダメージが残っているがな」
「そう。で、何?」
地下での数十分に及ぶ戦闘も無事に終わったが、二人の消耗は激しかった。特に醍醐は慣れない《力》を使ったため、疲労が大きい。
「お前、言ってたな。もう逃げないって約束したと。あれはどういう意味だ?」
「……さっき戦ってた場所、どこか分かる?」
答えずに問い返す。醍醐が首を横に振るのが気配で分かった。
「あそこはね、僕が見つかった場所。僕はあの時、自分の命を絶つつもりであそこまで降りたんだ」
「命を絶つって……お前がか?」
醍醐は驚きを隠せなかった。が、自分の状況と照らし合わせてみれば、そういう考えが頭をもたげてもおかしくはない、とも感じる。逃げでしかないが、誰も傷つけずに済むという点では確実だ。
「それで、その事を葵さんに言ったんだ。そしたら何て言ったと思う?」
「馬鹿な事を言うな、か?」
「《暴走》したら、その時は真っ先に自分が殺されるからって」
「あの美里がか!?」
一見おとなしそうな葵の口からそのような過激な言葉が出ようとは。どうも今日は驚く事の連続だな、と頭の片隅でそんな事を考える醍醐。
「こんなに危険な僕を、葵さんは必要だって言ってくれた。そこにその一言だよ。引き下がれないじゃないか、そんな事言われたら」
「そうだな……」
「それで彼女と約束したんだ。もう逃げない、《暴走》にも負けない、絶対に葵さんを殺したりしない、二度と皆の前から黙って消えたりしない、って」
「そうか……」
そこで会話は途切れる。しばらくは床の軋む音だけが耳を打ったが、龍麻が醍醐に呼びかけた。
「雄矢。今後、僕は白虎の《力》を使えとは言わない」
「?」
「自分の判断で、それが必要だと思った時だけ使って。一切命令はしないから。全ては君の《力》だから、君に委ねる」
「分かった……」
まだ、制御が完全とは言い難い。それも時間の問題だろうが、現状がその時間をくれるかどうかは分からない。
(これからの課題だな。龍麻がここまでしてくれたんだ。それに応えないわけにはいかないからな)
「さて、と。外だよ」
そんな事を考えている間に入口に到着する。扉を開け、外に出た二人を待っていたのは――
「ひーちゃん! 醍醐クン!」
腰に手を当て、眉をつり上げている小蒔と、心配そうな顔をしている葵だった。
「やあ、小蒔さん」
気軽に挨拶して、龍麻は醍醐を下ろす。しかし小蒔の方は随分とご立腹のようだ。
「やあ、じゃない! どーゆーつもり!? 醍醐クンはまだ病み上がりなんだぞ!」
「いや……桜井、これは俺が頼んだんだ」
「……醍醐クンが? ホント〜?」
本当のところは違うが、このままではいつも龍麻が悪役だ。そう思って醍醐が弁護するが、小蒔は疑わしげな目を醍醐に向ける。
「う……うむ……」
「で、ホントのところはどうなの、ひーちゃん?……って、コラっ!」
たじろく醍醐から再び龍麻に視線を移すが、既にそこに龍麻の姿はない。いつの間にやら校舎の方へと移動していた。
「小蒔さん、雄矢を頼むね。それじゃ」
それだけ言うと、姿を消してしまう。
「まったくもう!」
「桜井、そのくらいにしてやれ。龍麻の方が重傷なんだ」
未だに怒りの収まらない小蒔に再度醍醐が言う。それから葵に龍麻の状況を告げる。
「平気な顔をしているが、骨が何本かやられてるはずなんだ。美里、すまないが龍麻を看てやってくれ」
「分かったわ。小蒔、後はよろしく」
葵は龍麻を追って去っていく。場に残ったのは醍醐と小蒔の二人のみ。
「何だか納得いかないケド……醍醐クン、大丈夫なの?」
頼むと言われたものの、自分には応急手当などできない。どうしたものかと思いつつ問うが、醍醐は問題ない、と言葉を返す。
「俺のは打ち身や打撲だけだからな。別段、治療は必要ない。心配かけたな、桜井」
「ホントだよ。荷物はあるのに姿が見えないし。葵に聞いたら旧校舎だって言うからさ、ひーちゃんの時のコト思い出しちゃった。まったく、ひーちゃんもそうだけど、醍醐クンも何でも一人で抱え込みすぎなんだよ」
びしっ、と指を突きつけて、小蒔。その通りなので、醍醐には返す言葉がない。
「もう少し、ボク達を頼ってくれていいんだからね。仲間なんだから」
「ああ……そうだな」
自分には頼れる仲間がいる。大丈夫、もう迷う事はない。
そのまま醍醐は立ち上がる。身体の方も痛みはあるが、動くのに支障なさそうだ。
「さて、それじゃあ、心配かけたお詫びだ。ラーメンでも食いに行かないか?」
「うんっ!」
先程の怒りはどこへやら。醍醐の提案に、打って変わって小蒔は相好を崩した。
「うまくいったの?」
龍麻の治療をしながら、葵が訊ねる。先程醍醐が言った通り、普通の医者から看れば重傷だが、その傷が次第に癒えていく。
「うん。まあ、最悪の事態だけは避けられそうだよ。文字通り、骨を折った甲斐があったっててて」
醍醐の方は、もう問題ない。平静を装って言う龍麻だが、その顔が歪んだ。葵が折れている方の腕を、力を込めて掴んだのだ。
「いつも思うんだけど、龍麻くんって人にはすごく気を配るのに、自分の事には無頓着すぎるわ。少しは自分の事も考えないと」
やや厳しい表情と口調で、たしなめる葵に龍麻は苦笑する。そう言われても仕方ない事を今までに何度もしてきたのだ。否定したくともできない。だが
「ごめん。でも、僕の大切なものを護るためには、必要な事だから」
自分の大切なもの――それを護るためならば、どんな苦痛も甘んじて受けよう。身に受ける怪我など、問題ではない。自分にとっての一番の苦痛は、仲間を失う事なのだから。