荒川区――織部神社。
「ここですわ」
 小さな、と雛乃は言ったが、そうでもない。そこそこ広い敷地だ。
「あ……」
 雛乃の案内で敷地に足を踏み入れるが、そこで龍麻が止まった。
「どうかなさいましたか?」
 答えず、龍麻は目を閉じて軽く腕を広げる。
「あの、緋勇様は一体?」
「気にしないで雛乃さん。多分、ここが気に入ったんだと思うわ」
 怪訝な表情の雛乃に葵が説明する。説明としては不十分ではあるが。
 龍麻の、寺社仏閣が好きな理由の一つがこれだった。清らかな《氣》に満ちた空間――常に《氣》を張り巡らせている龍麻にとって、リラックスできる場所なのだ。特にここの《氣》は他の神社に比べてもかなり大きなものだった。
 纏っていた《氣》が次第に小さくなっていく。一般人レベル――通常の状態まで《氣》が小さくなったところで龍麻は目を開いた。少し離れた所で皆がこちらを見ている。
「あ、ごめん」
 自分を待ってくれているのに気付き、龍麻はそちらへ合流する。そこへ
「あっ! あのブン屋……性懲りもなく来やがってっ!」
 何かに気付いたらしい雪乃が怒りを隠そうともせず歩いていく。そちらを見ると、見覚えのあるスーツ姿の女性がいた。
「天野さん?」
「なんだよ、あんたらの知り合いか?」
 問う雪乃に頷く葵。
「ルポライターの天野さん。私達に力を貸してくれている人なの」
「なんだよ、エリちゃんがどうかしたのかよ?」
「あの女、最近うちの神社の周りをよくうろうろしてるんだ。この間も、うちの事を根掘り葉掘り聞いて行きやがった。一体、何を企んでるんだか」
 少なくとも、彼女の行き先には何らかの事件がついて回る。ここで事件があったとは考えにくいので、何かの調べものといったところか。
 そうこうしているうちに、天野がこちらへやって来た。
「あら、奇遇ね。元気だった?」
「ええ。天野さんもお元気そうで」
「まあね。元気そうで安心したわ。江戸川の事件以来かしら」
 ところでここで何を? と訊こうとした龍麻だったが、先に雪乃が口を開いた。
「ちょっとあんたっ! 一体何が目的か知らねぇけどなぁ、今度うちの神社の周りを彷徨いてたら、承知しねぇぜ」
 雛乃と小蒔が雪乃を咎めるが、言われた天野は気にした様子はない。
「織部さんのお嬢さん達ね。こうして話をするのは初めてね。こんにちわ、天野絵莉よ。よろしくね」
「何で、オレがよろしくされなきゃなんねぇんで――」
「これはこれは初めまして。織部が妹、雛乃と申します。今後とも、よろしくお願い致します」
 雪乃と雛乃、性格が正反対だと言う通り、応対も正反対だった。
「雛っ! 何、挨拶してんだよっ!? こいつは探偵だぞっ! きっとこの神社を潰すつもりだっ!」
 雪乃の発言に、龍麻達は揃って溜息をついた。探偵と言っておきながら、神社を潰すなどと……一度、探偵とはどういうものか、雪乃に聞いてみたい気もする。
「うーん、ルポライターなんだけどなぁ……」
 天野は苦笑していたが、雪乃にとっては天野は敵と認識されているようだ。
「とにかく、二度と来るなっ!」
「雪乃さん、その辺で勘弁してくれないかな」
 あんまりなので、龍麻が割って入った。
「彼女――天野さんは、僕達の協力者なんだ。知り合いが悪く言われるのは気分のいいものじゃない」
「でもよ……」
「少なくとも、この神社に害を与えるような人じゃない。それだけは信じてくれないかな」
「そうですわ、姉様。よく、お祖父様がおっしゃっているではありませんか。人を疑わば、信を得る事あたわず、って」
「分かった、分かったよっ。オレが悪かったよ……」
 龍麻と、そして雛乃の言葉に雪乃は舌打ちしてそっぽを向いてしまった。
「で、天野さんはどうしてここへ?」
「ちょっと調べもの。例の件で、ね」
 例の件――それだけ言えば分かる。ここ最近の事件に絡んでいる鬼道衆の事だ。が、なぜ鬼道衆絡みの件で織部神社に来たのかは、疑問が残る。
「近いうちにまた会うでしょうから、その時に詳しい事を話すわ。今日はこれからまだ行く所があるし、そちらも用があるのでしょう?」
 そう言うと、天野は去って行く。
「さあ、それでは皆様。どうぞお上がりになって下さい」
 雛乃は玄関を開けた。


 この規模の神社には珍しくない、社務所と自宅が一体になった造りの家だった。
「それにしても、古い建物だなぁ。こりゃあ、でかい地震でも起きた日にゃ、ひとたまりもねぇんじゃねぇか?」
 中に入るなり京一がそんな事を言う。
「うるせぇなっ。うちは由緒正しい神社なんだよっ。なんてったって、建てられたのが江戸時代だからな。ほとんど改装されてねぇんだぜ」
 率直な感想を述べただけで、けなしたつもりではないのだろうが、京一の言葉を雪乃はそう受け取ったようだった。語気を強めて反論するが
「ふうん。じゃ、関東大震災にも耐えたんだな。すげぇな」
 京一の、感心したような一言で自分が勘違いしていた事に気付く。とは言え、素直に謝る雪乃ではないが。京一の方も気にしてはいまい。
「姉様、皆様を奥の間に案内しておいて下さい。わたくしは、お茶の準備をして参りますわ」
 雛乃は奥に消え、雪乃の案内で奥の間に向かう。
「雪乃さんは、この神社を大切に思ってるのね」
「ああ……まあな。自分が生まれて、育った所だからさ」
 葵の一言に雪乃は笑いながら答えた。
「確かに多少はボロいけどよ……」
「そんな事ないわ……四百年近い、長い長い年月を経てきた立派な社殿だわ。なんだかとても落ち着く……」
「そこまで言ってもらうと、何だか照れるぜ。あっ、適当に座ってくれ」
 奥の間に通され、雪乃が座布団を並べて促す。そのまま龍麻達は腰を下ろした。
「まあ、古いモノにはそれなりの歴史が刻まれるっていうしな」
「ただ、歴史が――刻が流れたからといって、その物に価値が生まれるというわけではありません」
 雪乃の言葉を継ぎ、雛乃が茶の載った盆を持ってやって来た。先程の制服ではなく、いつの間にやら巫女装束に着替えている。
 茶を勧めて自分も座ると、雛乃は話を続けた。
「時間の流れよりも大切なもの……例えば、そこにまつわる人の想いや言い伝え――そして、そのものが持つ意味など……それを経て、初めて価値が生まれるのです。そして、それは、時として、わたくし達人間の為すべき道を指し示すのです……」
 出された茶をすすりながら、確かにその通りだと思いつつも、龍麻には雛乃の言葉に別の意味が込められているような気がした。まさかと思い、尋ねようとした矢先に、同じようにそれに思い当たったらしい葵が口を開いた。
「雛乃さん……もしかして、私達の《力》の事を――」
「ゴメン、みんな……実は、前に電話で相談したコトがあったんだ」
 頷く雛乃に、きまり悪そうに小蒔が告白した。龍麻、京一は例外として、葵、醍醐、小蒔の三人は覚醒時に悩んだはずだ。事実、葵は龍麻に、醍醐は京一に悩みを相談した事がある。が、小蒔が本来頼るであろう葵が、同じ悩む側だったため、雛乃に打ち明けたのだろう。もちろん、それを咎める者はいない。
「これから、わたくしがお話ししようとする事は、あくまで、この神社に伝わる言い伝えです……。それをどう思われるかは、皆様にお任せします。ただ――今、この東京に起こりつつある異変を解く鍵になれば……と」
 そう前置きして、雛乃は話し始める。それは、この織部神社の成り立ちだった。
 昔、この地方にあった、人々から慕われていた侍が、一人の女性を助けた時から変わってしまったこと。その女性が高貴な家柄の者だったこと。身分違いの恋に全てを呪ったその侍が、その土地に祭られていた龍神の力を呼び起こし、都に災害を起こしたこと。姫を取り戻すべく都が軍勢を繰り出したこと。大地の裂け目から現れた鬼達と、自ら鬼に変わった侍が軍勢とぶつかり、結果鬼達は討ち取られたこと。
 その後屋敷は焼かれ、その場所に社が建った――それが、この織部神社だという。
 これだけ聞けば、悲恋の昔話で片が付く。が、話の中に気になる言葉が出てきていた。
龍神と、鬼だ。それに、この話がどこから出てきたのかも気になる。昔から伝えられているからと言って、それが正しいものだとどうして言い切れるだろう。
「ところで皆様――《龍脈》というのをご存じですか?」
「聞いた事ないなぁ」
 雛乃の問いに、少し考えてから、小蒔が答える。他の者も答えない。ただ雛乃は、龍麻の表情が動いたのを見逃さなかった。龍麻の方を向き、別の問いを投げかけてくる。
「緋勇様は、《風水》というのをご存じですか?」
「中国古来から伝わる地相占術で、陰陽五行によって地相、方位を占い、吉凶を観るものだったと思うけど。最近だったか、少し前だったか、ブームになってた。香港辺りじゃ、今も盛んらしいね」
「それならば、龍脈についても、龍脈の持つ意味もご存じですよね?」
「大地を巡る《氣》の流れ。それを制した者は、森羅万象を司る絶大な《力》を得る。去年からにかけて、《力》を持った者達が異常発生しているのもそれが影響しているらしいけど」
「じゃあ、ボク達の《力》も!?」
 驚く小蒔に龍麻は頷いて見せた。そういえば、以前説明した時には龍脈という言葉を使わなかったのをふと思い出す。
「それで、気になってたんだけど、さっきの話の龍神っていうのは――」
「はい。龍脈を指すものだとも言われております」
 龍脈によって得た《力》で騒ぎを起こす――まるで今の東京と同じだ。昔にも今と同じような事が起こったというのだろうか。
「緋勇様は、今の状況をどこまで?」
「龍脈の活性化、乱れに伴って混乱が生じている。その程度の把握しかできてないのが正直なところかな」
「龍脈の活性化は乱世の始まり――そしてそれを治める者の出現も意味しております。いずれにせよ、この東京の歩む道は二つしかありません」
 言葉を切り、一呼吸置いて尋ねる。
「陰と陽が、互いに共存を目指す陰の未来か――闇を払い、全てを浄化する陽の未来か――。緋勇様なら……どちらを選ばれますか?」
「一方的な繁栄っていうのは、歪みが生じるから……。陰も陽も、表裏一体。どちらも共に歩んでいけるのなら、僕は陰の未来の方を望む」
 そう答えた龍麻に、雛乃は優しい笑みを浮かべた。
「そうですね……そうなれば、みんなが幸せになれるのかもしれません」
 みんなの幸せ。別にそこまで深く考えて今まで闘ってきたわけではない。それでも、自分達の《力》でそれが叶うのなら――
「……もしも、この東京が戦果に包まれれば、きっとたくさんの人が不幸になる。私達の《力》で、その未来が変えられるのなら……私は、変えてみたい」
「人を不幸にしないための《力》……か」
「俺も、この東京が薄汚ねぇ連中に土足で踏み荒らされるのは、気に食わねぇけどな」
「今まで通り、やれる事をやっていくだけだね」
 葵、醍醐、京一、小蒔が顔を見合わせ、互いに頷く。そこへ
「決めたぜ、雛っ!」
 突然そう叫んで、今まで黙っていた雪乃が立ち上がった。何事かと皆の視線が集中する中
「オレは、こいつらについて行く!」
「姉様……?」
「オレは……緋勇、お前が気に入ったんだ。オレも連れてきな。こんな木刀野郎より、オレの薙刀の方が、よっぽど役に立つぜ?」
 雪乃は笑って龍麻を見た。引き合いに出された京一が怒るかと思ったが、相手にしていないのか無反応だ。
「京一との比較はともかく、仲間が増えるのは大歓迎だよ」
「よし、決まりだな! こうなったら、オレも思う存分、暴れるぜっ! いいよな、雛」
「ええ。わたくしも姉様も、緋勇様達と同じく《力》持つ身……わたくしも一緒に参ります」
 雪乃に続き、雛乃も同行を申し出る。それに一番驚いたのは雪乃だった。
「お、おい、雛」
「わたくしと姉様の力は二つで一つ。二人が力を併せれば、より大きな力となるはずです」
「……そうだな」
 雛乃の瞳には強い意志の光が宿っている。今までの経験からか、説得は無駄と判断したのかそれ以上雪乃は何も言わなかった。
「そういうことだから、これからよろしく頼むぜ」
「よろしくお願い致します」
 双子の巫女の言葉に、龍麻は笑顔で答えた。


 時間も遅いということで、そろそろ失礼しようと龍麻達は家を出た。夏を過ぎた事もあり、日の落ちる時間も早まっているせいか、外は薄暗い。
「あー疲れた……なんか、学校の授業より頭を使った感じだぜ」
「よく言う。授業で頭を使う事など、ありもしないくせに」
 軽口を叩き合う京一と醍醐だったが
「――ん? 雛乃ちゃん、あの建物は?」
 京一が指した先には、ぽつんと小さなお堂のようなものが建っていた。
「あそこには大切な御預かり物が安置してあるのです。曾御爺様が乃木様から御預かりした大切な物だそうです」
 乃木? と首を傾げたのは京一だけだった。乃木希典、明治時代の軍人の名前だ。明治天皇が崩御した時に、後を追って自刃したとか聞いた事がある。
「乃木様は、曾御爺様と懇意にされていたらしく、露西亜に遠征される前に、曾御爺様を訪ねられたそうです。その時に、こんな事を話していらっしゃったといいます。『もうすぐ《塔》が完成する。その塔が地上に姿を見せた時、我が帝の国は、変わるであろう――』と」
「《塔》?」
 明治時代の建造物で、塔と呼べるような物に心当たりのない醍醐が首を傾げた。
「当時、乃木様と、同じく海軍大将の東郷様が中心となって、何かの研究を極秘裡に進めていらっしゃったと……御預かり物というのもその塔に関係する物だとか」
 軍人が極秘裡に研究していた塔――普通に考えれば軍事絡みだろうが、それをなぜ神社に? それが重要な物ならば、軍の施設なりで厳重に保管されるはずだが。
(いや……もしそれが超常的なものなら、あり得ない話じゃない)
 神社に保管、という時点でどうも呪術的な意味合いがあるように思えてならない。少なくとも、今よりは信仰が厚く、迷信が幅をきかせていた時代だ。そういったものが政治や軍事に反映されていてもおかしくはない。信じがたい事に変わりはないが。
「雛乃さん。乃木大将の品が、ここに保管されているって事は、ひょっとして東郷大将も何かを?」
「はい。東郷大将の品は、護国の象徴である新宿靖国神社に預けられたとか」
 やっぱり何かが引っ掛かる。何故かと問われても答えられないが、漠然とした不安のようなものが心のどこかに留まっている。ただ、その品に触れてはならない、と何かが訴えていた。
「けど、乃木だ東郷だって言われても、誰だか分かんねぇよな」
 そんな龍麻の心中など知る由もなく、京一が伸びをしながら一言。
「京一ぃ、……キミ、一応日本史の勉強してるんだろっ!?」
「俺の日本史は俺が産まれた時から始まってんだよ」
 胸を張って答える京一に小蒔は頭を抱えた。京一はこういう奴だ、と今更ながら再認識したのだろう。
「こんな奴、ほっといて帰ろ……それじゃ、またね。雪乃、雛乃」
「小蒔様――わたくしから、御祝いがありますの。受け取って下さいますか?」
 言いつつ歩み出た雛乃は、手に持っていた弓を小蒔に手渡した。
「わたくしと小蒔様の三年間の友情に――今日が最後の試合でしたから」
「これ……雛乃が大事にしてたヤツじゃないか。いいの?」
「ええ。是非、もらって下さい」
「ありがと……大事に使うよ」
 渡された弓を大切そうに抱える小蒔に、雛乃も嬉しそうに微笑んだ。



 翌日9月2日。西新宿の外れ。
「おい、まだ着かねぇのかよっ!?」
「もう少しだ」
 苛立たしげに叫ぶ京一に、醍醐は振り向きもせず言った。
 放課後、醍醐の案内で龍麻達は新井龍山という老人の家へ向かっていた。
 醍醐にとっては師匠のような人らしく、また、易の世界では結構な有名人で、普段は白蛾翁とも呼ばれているとか。昨日、醍醐が皆に会わせたい人がいると言うのでやって来たのだが――
「何が……歩いていける、ハアハア、距離だ……よ!」
「軟弱者が……桜井も美里も、弱音一つ吐いていないというのに情けない」
 さっきから文句を言っているのは京一だけだ。皆より息が上がっているのは余計な事を話すからなのだが気付いていないようだ。
「仕方ないよ、京一。徒歩で向かう以外に手はないじゃないか」
「文句ばっかり言うなら、途中から帰ればよかったんだよ」
 龍麻が諭し、小蒔がけなす。反論できず、京一は言葉を詰まらせた。そんなやりとりを見て葵が笑っている。
「それにしても、見事な竹林ね。東京にまだ、こんな場所があるなんて、知らなかったわ……」
 青々とした竹が視界いっぱいに広がっている。きっと長い年月を経てここまで大きくなったのだろう。そう思っていると醍醐が、この竹林は江戸時代からここにあるらしい、と説明してくれた。
「――竹なんてどうでもいいんだよ。見渡す限りの竹、竹、竹……パンダでも飼ってんのか? そのジジイは」
「あのねぇ……くだらないこと言ってると、置いてくぞっ」
 相も変わらずやる気のない京一に、小蒔の檄が飛ぶ。言い返すのも面倒なのか、京一は手を振ってそれに答える。
 更に歩くこと数分――
「あそこが龍山先生の家だ」
 竹林が途切れた所で醍醐が指した先には、小さな家があった。古めかしく、質素な佇まいで、家というよりは庵に近いかも知れない。
「ボロっちい所だな……」
「だが、ああ見えても結構、中は綺麗なんだぞ。龍山先生――龍山先生っ!」
 率直な感想を述べる京一に確かにな、と笑い、建物に呼びかける醍醐。しかし返事はない。
「留守か……?」
「雄矢、来る前に連絡した?」
 尋ねる龍麻に、醍醐は首を横に振る。
「いや。外に出る事自体珍しい人だからな。お前の言う通り、前もって連絡しておけばよかったか……まあいい。中に入って待たせてもらおう」
 そう言って、醍醐は無遠慮に入り口を開けた。鍵も掛かっていないようだ。不用心だな、と思いつつ龍麻も後に続く。
 勝手に上がり込み、居間への障子を開けたところで小蒔と葵が感嘆の声を漏らした。
「わぁ、スゴイッ。囲炉裏があるよ」
「素敵なお家ね……」
 さすがに火は点いていないが、部屋の中央に囲炉裏が設けてある。それに、醍醐が言った通り、家の中は綺麗に片付いていた。
「しかしよ、醍醐――」
 探るような口調で京一がニヤリと笑う。
「お前みたいな頭の固ぇ男の師匠だって言うからには、さぞかし頑固ジジイなんだろうなぁ……」
「お前なぁ……」
「こいつの頭が固いのは、わしの所に来る前からじゃ」
 呆れる醍醐が何か言おうとしたその時、障子を開ける音と共に、別の声が奥から聞こえてきた。
 長い白髪と、同じく長い白髭を蓄えた老人が姿を見せる。
「龍山先生……いらっしゃったのなら、返事をして下さればいいものを……盗み聞きとは人が悪いですよ」
 幾分非難めいた口調の醍醐に、龍山と呼ばれた老人は何を抜かすかと顔をしかめた。
「ぱったりと顔を見せなくなったかと思えば、こんなに大勢でぞろぞろと押し掛けてきおって」
「あの、すいません……突然、お邪魔してしまって」
「ほう……あんたが美里さんだね」
 謝る葵に、龍山は相好を崩し、名を口にした。
「よう来なすった。わしが、新井龍山じゃ。白蛾翁と呼ぶ者もおるがの」
「初めまして……美里葵といいます」
「手紙に書いてあった通り、良い娘さんだ」
「何だ、先生。手紙、読んでいたんですか? 返事ぐらい下さいよ」
 好々爺のように笑う龍山に、醍醐が言うが、何故にむさ苦しい男に手紙なんぞ出さねばならぬのか、とまで言われては苦笑するしかない。再び葵に向き直る龍山だったが、何かに気付いたように眉をひそめた。
「美里さん、あんたのその瞳……」
「え……?」
「いや……何でもない」
 何か言いたげだったが、そこで言葉を打ち切ると、今度は龍麻の方を見る。
「お主が緋勇龍麻か」
「はい。……初めまして、ですよね?」
「そうじゃな……」
 初対面のはずなのだが、龍麻はこの人物を知っているような気がした。京一や葵に感じたのとは別の懐かしさ――直接どこかで会ったことがあるような。
 一方、龍山の方も、龍麻に暖かな、懐かしそうな目を向ける。
(両親の面影が強くなってきたな……まさか、わしの事を覚えてはおらぬだろうが、何かを感じ取っておるか……)
「それにしても、縁とは不思議なものじゃ……ところで織部の嬢ちゃん達にはもう会ったか?」
 思わず呟いた後、龍山は何事もなかったようにそう聞いてくる。織部姉妹には昨日会ったばかりだが、なぜ彼女達のことを知っているのだろう。一番驚いたのは小蒔だったが、龍山は自分が彼女達の名付け親だと告げた。
「わしと、あの二人の爺さんは知り合いでな。……あの神社には、熊野の神である須佐乃男命とともに、大陰陽師である、安倍晴明を祀っておる。陰陽道の基本となる、陰陽五行、八卦といったものは、風水においてもまた、祖となる」
 いつの間にやら本題に入っていたようだ。京一が、訳が分からないといった顔でこちらを見ているが、とりあえず龍麻は話に集中することにする。
「お主ら、風水というものを知っておるか?」
「ええ、一応は」
「そうか、それならば話も早い」
 龍麻が答えると、龍山はそう言って、皆に座るよう促した。



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