9月1日。3−C教室。
始業式。夏休みも終わり、久しぶりに登校した同級生との顔合わせ。その程度の意味合いしかない一日。宿題を提出したら、後は帰るだけだ。
どこへ行ったとか、何をしたとか、今日はこれからどうするか、といった会話がそこら中でされている。そんな生徒達を、マリアの手を叩く音が抑えた。
「それでは今日はこれで終わりです。夏休み気分を切り替えて、明日からはしっかりと勉強してください」
二学期が始まる。高校生でいられるのも、順調ならあと半年と少し。これから先、進路によっては忙しくなる。避けては通れない道だ。
「――それから、佐久間クンを見かけた人は先生に連絡してください」
それを最後にお決まりの挨拶を終え、マリアは教室を出ていった。大人しかった生徒達は再び騒ぎ始める。そんな中、帰る準備を始めていた龍麻の所に、京一達がやって来た。
「佐久間がいなくなって、もう一週間らしいね。一体、どうしちゃったんだろ?」
心配、というよりは不思議そうな小蒔。佐久間が学校を休む事自体は珍しくないのだが、家にも帰らないとなれば話は別だ。だからこそ学校にも連絡があり、マリアも皆にあんな事を言ったのだろう。
「さぁな。俺は、野郎のコトは興味ないね」
どうでもいいさ、と京一が肩をすくめて見せる。一方、醍醐は佐久間が心配なようだ。今回に限らず、常に佐久間を気に懸けていた醍醐にしてみれば当然の反応だ。
「このままだと、警察に捜索願いを出す事になるらしい」
「妙な事件に巻き込まれてなければいいんだけどね」
龍麻自身は佐久間に対して敵意を持っていない。転校初日に喧嘩を売られはしたが、《暴走》して傷つけてしまったし、再戦を申し込まれた時に余計なプレッシャーを与えてしまったこともある。そういった経緯もあって、どちらかというと彼を心配している部類に入る。とは言え、好感が持てるわけでも決してない。正直、人に迷惑をかけずに大人しくしていてくれればそれでよかったりする。
そこで一旦会話が途切れるが、突然小蒔が時計を見て声を上げた。
「あっ、もうこんな時間だ!」
「「「ん?」」」
「葵。ハイッ、これ学校への地図ね」
「ありがとう。じゃあ、後から行くわね」
状況が分からない男性陣とは違い、どうやら葵には話が通っているらしく、小蒔から地図と言われた紙を受け取っている。
「なんだよ。今日、なんかあんのかよ?」
「小蒔。みんなに話してなかったの?」
京一の問いに、葵は少し驚いたようだった。当の小蒔はそうだっけ? と首を傾げてみせる。が、その事実に気付いたようできまり悪げに笑った。
「今日はね、弓道部の練習試合があるんだ」
「練習試合ぃ?」
「うん。ウチの部と仲のいい、ゆきみヶ原高校でやるん――」
「ゆきみヶ原だとおっ!?」
小蒔の言葉は京一の声にかき消された。突然の大声に、何事かと小蒔は目をしばたたかせる。
「ゆきみヶ原っていやぁ、荒川区にあるお嬢様学校じゃねぇか! 都内でもオネーちゃんレベルが高いって噂の!」
何を知っているのかと思えば、京一はどうでもいいような事を説明した。力いっぱい。また始まった、と顔を見合わせ、肩をすくめる龍麻と醍醐。
「ふーん。そーなんだ」
「そうなんだ、ってお前なぁ――」
「だって、ボクには興味のない話だし」
確かにないだろう。いや、あったらコワい。なおも騒ぐ京一は無視して、それよりもと小蒔は龍麻の方を向いた。
「ボクの高校最後の試合、観に来てくれる?」
「もちろん。応援するから頑張ってね」
微笑む龍麻に、小蒔は照れながら頷いた。
「そんなに期待されると緊張するなぁ。でも、がんばるからね。あ、そうだ――」
言いつつ小蒔は真神新聞を取り出した。昨日アン子にもらったのだという。受け取り、目を通してみると「空手部、地区大会優勝」とある。鎧扇寺とのいざこざがあったものの、どうやら団体戦では真神に軍配が上がったようだ。
「でも小蒔さんも大変だね。この時期に練習試合だなんて」
「うん、まぁね。でも、こっちも大切だから」
「何だよ、まだ何かあんのか?」
二人の会話に京一が眉をひそめる。何言ってるのと龍麻が説明した。
「就職試験だよ。次の日曜、警察官の試験だって以前言ってたじゃないか」
そう、小蒔は警察官の試験に願書を提出していたのだ。誰も予想してなかっただけに、初めて聞いた時には皆びっくりしていた。
「……ああ、あれか。しっかし、小蒔が婦警にねぇ」
「京一、今は婦警って言わずに女警って言うんだよ。『婦人』警官じゃ適切でないからって」
「ふぅん」
龍麻が訂正するが、京一は気のない返事を返す。
「一昔前ならともかく、今は警官といっても公務員人気は高いらしいからな。競争率はかなり高くなるんじゃないか?」
「らしいね。十倍、二十倍は当たり前だって」
「もう、醍醐クンもひーちゃんも、プレッシャーかけないでよぉ」
むくれてみせる小蒔だが、目は笑っている。わざわざ言わずとも、本人だって納得しての受験のはずだ。
「すまんすまん。ところで……今日は遠野の姿を見てないな」
言われてみればそうだ。一日一回はどこかで顔を見せるはずだが、今日に限って見ていない。新学期早々何かを追いかけているとは考えにくいのだが
「あら、醍醐くん、知らなかったの? アン子ちゃん、今日は風邪でお休みなのよ」
葵がその問いに答えてくれた。男子三人が顔を見合わせ
「へーっ。珍しい事もあったもんだ。一番そういうのには縁がねぇと思ってたけどよ」
「はははっ、まったくだ」
「夏場の風邪は厄介だからね……でも意外だね、確かに。あの遠野さんが」
練習試合とはいえ、イベント好きなアン子にしてみれば、こういったチャンスを逃すのはさぞ悔しいだろうな、とふと龍麻は思う。
「それじゃ、ボクもう行くね。他の部員も待ってるし」
「おう、また後で――って、小蒔。お前、そんな御守りなんて前から付けてたか?」
教室を出ようとした小蒔を京一が呼び止める。言葉の通り、小蒔の腰のところに赤い御守りがぶら下げてあった。確かに見慣れない物だ。
「あ、これ? へへっ、醍醐クンに借りたんだ」
「醍醐に? へぇー。なるほどねぇ」
嬉しそうに御守りに手をやる小蒔に、京一はにやにやしながら醍醐に視線を向けた。
「なっ、何だその目は? そっ、それはだなぁ、由緒正しい御守りでだな――俺はそれを持っていた時、試合に負けた事がないという――」
何やら慌てる醍醐を見ながら京一が笑いを堪えている。見ている分には面白いが当事者はたまったものではないだろう。何だかいつぞやの自分を見ているようで、龍麻は苦笑するしかなかった。
「と、とにかく、役に立つかは分からんが、桜井が勝てるようにと思っただけだ」
「今日はボクにとって三年間の締めくくりだからね。雛乃との三年越しの勝負にも今日でケリがつくしね」
「雛乃?」
聞き慣れない名前に首を傾げる京一。ただ、龍麻はどこかでその名を聞いた事があるような気がした。
「ゆきみヶ原の弓道部の部長で、ボクのライバルなんだ。実家は神社なんだけど、たまに遊びに行ったりするんだよ」
「神社の娘か……へへへ、きっと名前の通り、和風美人ってカンジなんだろうなぁ」
相変わらずの京一だが、想像に任せるよ、と小蒔は教室を出て行こうとして足を止める。醍醐の方を振り返り
「醍醐クン、御守りありがと」
満面の笑みを浮かべてそのまま出て行った。
「小蒔ったら、あんなにはしゃいじゃって。雛乃さんって人との勝負がよっぽど楽しみなのね」
「ライバルとの対決か。確かに楽しみだろうね」
小蒔を見送る葵と龍麻をよそに、京一はそれにしてもと醍醐の横へ移動し、脇を小突く。
「しっかし、御守りとはな……もうちょっと、マシなモンは思いつかなかったのかよ、醍醐? 女にプレゼントすんのに、御守りはねぇだろ?」
「ばっ、馬鹿野郎。俺は別にそんなつもりじゃ……」
言いつつそっぽを向く醍醐。その顔は赤いが、更にそこへ追撃がかかった。
「醍醐くん、小蒔、喜んでたわよ。醍醐くんに借りたんだって、私に見せに来たし」
もちろん京一のように何かを含んだ言い方ではなかったが、葵の言葉に益々赤みが増していく。
「と、とにかく、深い意味はないんだからな!」
そのまま醍醐は逃げるように教室を出て行ってしまった。
「おい、醍醐! ……行っちまったぜ。全く世話が焼ける野郎だな。醍醐! お前、会場の場所知ってんのかよ!?」
「うふふっ。京一くん、口ではああ言っても醍醐くんと小蒔のこと、本当は凄く心配してるのよ」
何やら嬉しそうに葵が笑っている。そうだね、と龍麻も自然に笑みをこぼした。醍醐を追いかけていった京一が忘れていった荷物を持ちながら、席から立ち上がる。
「ねぇ、龍麻くん。龍麻くんはどう思う?」
笑みをたたえたままで葵が訊いてきた。
「私は、醍醐くんと小蒔って、お似合いだと思うんだけど」
「僕もそう思うよ。ただ、どっちも相手の気持ちに気付いてないんだよね」
醍醐が小蒔に好意を持っているのは、誰から見ても明らかで、気付いていないのは好意を向けられている本人だけだ。が、小蒔が醍醐に好意を持っていることには、恐らく京一でも気付いていないだろう。例外は親友の葵と、指揮官の龍麻くらいのはずだ。
「そうね……あの二人、うまくいくといいんだけれど。ほら、小蒔って人のことには鋭いのに、自分のこととなると、結構鈍いところがあるから」
「言えてる」
笑う二人だが、人のことを言えた義理ではない。藤咲辺りがいれば、そうツッコミを入れるに違いない。
「さて、そろそろ行こうか」
ようやく二人も教室を後にした。
ゆきみヶ原高校。
九月になっても未だに蝉が鳴いている。そろそろ気温も下がる時期のはずだが、まだ暑い。
「ここがゆきみヶ原高校か。で、美里。弓道場はどこだ?」
「ちょっと待って――ええと……」
もらった地図を広げる葵だったが、返事はない。不審に思った京一が地図を覗き込み、呆れたように声を出した。
「なんだよ、書いてねぇじゃねーかよ。まったく、そそっかしい奴だぜ」
地図は真神からゆきみヶ原までの道筋しか記載されていなかった。小蒔らしいというか何というか。
「ここでこうしていても埒があかねぇし……どうするよ、ひーちゃん?」
「僕達は部外者だしね。勝手に入るのもどうかと思うし。とりあえず誰かが出てくるのを待って場所を――」
「コラッ、そこのっ! 人のガッコの前でなに騒いでやがんだよっ!?」
言い終わるよりも早く、威勢のいい、というか喧嘩腰な声が飛び込んできた。そちらに目をやると水色のセーラー服を着た、ポニーテールの少女がこちらを睨んでいた。手には長い棒状のものを持っている。雷人みたいだなと思いながら、龍麻は棒の先に視線を移す。直線ではなく、曲線の輪郭。少なくとも槍ではない。それでも彼女の物腰はどこか武に通じるものを感じさせる。
「見慣れねぇ制服だな。どこのモンだ!?」
「なんだ、てめぇ」
「こっちが先に聞いてんだっ。返答次第じゃ、痛い目見るぜっ」
男勝りな態度を崩さない少女に、京一は呆れつつ醍醐を見る。
(おい……なんだか凄ぇ女が出てきたぜ)
(う……うむ)
(こいつに比べりゃ、小蒔の方がまだ、カワイイもんだぜ)
かなりの小声だったが、それでも少女には聞こえたようだった。
「小蒔……? お前ら、小蒔の知り合いか?」
そんな事を訊いてくる。どうやら小蒔の知り合いのようだが、少なくとも雛乃という少女ではなさそうだ。
「うん、クラスメイトなんだ。君は……ってあれ、君ってどこかで……」
どこかで見覚えがある。が、龍麻が思い出す前に、少女は一瞬眉をひそめ
「あーっ! あの時のねーちゃん!?」
龍麻を指さして大声を上げた。
(なあ、ひーちゃん。知ってんのか?)
(芝プールでね。女の子に間違えられた)
「……あの時、俺と醍醐を怪しい奴呼ばわりした女!」
苦笑しながら答える龍麻に、京一も思い出したようだ。少女はあははと笑いながら龍麻に謝る。
「あの時は済まなかったな。てっきり……」
「気にしてない、と言えば嘘になるけど……まあ過ぎた事だし。で、君もここの生徒?」
「ん、ああ。そうだけど」
そう言う少女に京一が疑わしげな目を向けた。
「ここって、お嬢様校じゃねぇのか?」
「悪かったな、お嬢様じゃなくて! それよりも、用がないならさっさと帰れ!」
怒るということは気にしているのだろうか。京一の余計な一言で不機嫌になってしまった。売り言葉に買い言葉、京一が少女に険悪な表情を向ける。
「用があるから来たんだろうが!」
「こら、止さないか京一!」
一触即発状態の京一を何とか醍醐が押し止めている。
「あの、私達、今日は小蒔の最後の試合を応援に来たんです」
葵が進み出て少女に話しかけた。これ以上京一に話をさせるのは得策ではないので、龍麻は醍醐と一緒に京一の抑えに回る。
「ゆきみヶ原の方にご迷惑はおかけしませんから、弓道場の場所を教えて頂けませんか?」
「あんた、もしかして美里葵か?」
ふっと真顔に戻り、まじまじと葵の顔を見て問う。何故自分を知ってるのか――そう思いながらもええ、と答えると、あんたの事は小蒔から聞いてるよ、と無遠慮に葵を見た。
「あ、あの……?」
「小蒔が惚れるのも、無理ねぇなぁ。噂通りの美人だぜ。っとと、わりぃわりぃ」
戸惑う葵をよそにそんな事を口にする。
「弓道場なら、そこを左に行った建物の裏にあるぜ。もう始まってるだろうから急いだ方がいいぜ」
「どうも、ありがとう」
建物を指しながら説明する少女に、頭を下げる葵。そのまま少女は行ってしまった。
「まったく、類は友を呼ぶとは、まさにこのことだぜ」
「ははは。まあ、とにかく急ごう。始まっているらしい。桜井の出番が終わっていては意味がないからな」
「そうだね」
未だにふて腐れている京一をなだめ、龍麻達は弓道場に向かった。
先の少女の言う通り、弓道場は見つかった。そして、試合も始まっていた。意外と見学者も多い。
「小蒔はどこかしら?」
「向こうを見てみろ、美里。桜井が出てきたぞ。……いよいよだな」
最初に小蒔を見つけたのは醍醐だった。そちらを見ると道着姿の小蒔が弓を携え、道場内に入ってくる。
「どうやら、ギリギリ間に合ったか」
やれやれ、と京一が汗を拭っている。
考えてみれば、小蒔が正装しているのを見たのは初めてだ。制服姿で弓を射るところしか見た事のない龍麻には、新鮮に思えた。
「隣にいるのが、小蒔の言ってた雛乃さんかしら?」
ゆきみヶ原の生徒が同じく道着姿で弓を携えている。長い黒髪をした清楚な感じの美人だ。
「ん? あの顔、どこかで見たことねぇか?」
「うむ……言われてみれば」
京一と醍醐がそんな事を話している。龍麻には見覚えのある顔だった。芝プールで直接会っている。
(……あの時の娘だ。ってことは、さっきの娘は彼女の姉さんだから……)
「構え――」
そんな事を考えているうちに審判の声が道場に響いた。心地よい緊張感が伝わってくる。本人はそれどころではないだろうが。
小蒔が矢をつがえる。弓道の知識など全くない龍麻だが、動きの一つ一つがとても美しく感じられた。いつもの騒がしい小蒔からは想像もできない静かな動き。
その場にいる人間全てが、呼吸まで止めたかのように静かになる。静寂に支配された空間で、聞こえるのは外にいる蝉の鳴き声のみ。
「射てっ!」
小蒔の矢はそのまま一直線に的へと放たれ――
「すごかったわね」
「あんな小さな的の真ん中に、よく当てられるもんだ」
感嘆の溜息を漏らす葵に、ああと醍醐が頷く。
試合は無事に終了した。結果は小蒔の勝ち。見事に決着をつけたというわけだ。
「それにしても、遅いな。どうしたんだ、桜井は……」
真神の弓道部員達はすでにゆきみヶ原から出て行っている。しかし、その中に小蒔の姿はなかった。
「なぁに、心配することねぇよ。ボク勝っちゃった〜。ラーメンおごって〜、とか言ってそのうち戻ってくんだろ?」
笑いながら言う京一だが
「へぇ〜、ふ〜ん。ラーメンおごってくれんだ?」
何とも言えないいいタイミングで小蒔が戻ってきた。
「覚えとくよ。京一がラーメンおごってくれるって。サンキュ」
「おめでとう、小蒔。本当に良かったわね」
祝いの言葉を投げかける葵に、小蒔は照れ笑いを浮かべる。
「ありがと。きっと醍醐クンの御守りのお陰だよ」
「いや、桜井の実力さ。日頃、怠らず精進した結果だ」
「えへへ。そう言われるとなんか照れるな。ありがとう、醍醐クン」
笑みを深める小蒔に、醍醐はやや顔を染めながらうむ、と頷いた。
「ひーちゃんもありがと」
「おめでとう、小蒔さん」
「そうだ、お祝いに、今度ひーちゃん家に食べに行った時はタダにしてもらおうかなぁ」
「小蒔……俺からラーメンだけじゃ飽きたらず……いくら何でも図々しいぞ」
京一がたしなめるが、龍麻がいいよと答えると、小蒔はにやりと笑ってVサインを出す。
元々、仲間から大金をせしめる気などない龍麻だ。せいぜい二、三百円程度の食事代くらい、構いはしない。
「みんな、今日はホントにありがとね。……っと、そろそろ雛乃もここに来るはずなんだけどなぁ」
校舎の方を向き、こちらへ来る女生徒を認めて小蒔は手を振った。
「おーい、雛乃っ! こっちこっち!」
「お待たせしました、小蒔様」
やって来たのは、先程弓道場で見た少女だ。
「もうっ、様はやめてよ」
「そうは参りません。小蒔様はわたくしの大切な人ですもの」
照れる小蒔に、雛乃はクスクス笑いながらそう言い、龍麻達に視線を移した。
「こちらが、小蒔様がいつも話してくださる御学友の皆様ですの?」
「うん。同じクラスの葵と、醍醐クン。こっちが、いちおう友達の京一」
「俺は一応かっ!?」
葵と醍醐は雛乃の口調に何やら戸惑っている。京一は扱いがぞんざいなのが不満のようだ。
「で、こっちがひーちゃん――緋勇龍麻クン」
「まあ、あの時の」
向こうはすぐに自分を思い出したようだった。深々と頭を下げて
「先日は姉様が失礼を。あらためてお詫び申し上げます」
「あれ、雛乃。ひーちゃんと知り合いなの?」
「はい。以前芝プールでお会いしたのですが、その時に姉様が緋勇様を女性と間違われて……」
「……雪乃らしいなぁ」
心底すまなそうにする雛乃に、あははと小蒔が笑う。
「あ、挨拶が遅れて申し訳ございません。わたくし、織部雛乃と申します。以後、お見知りおきを」
再び頭を下げる雛乃に、反射的に四人も頭を下げた。
「それにしても、雛乃さんてさっきの人に似てるわ」
「うむ。俺もそう思っていたところだ。雰囲気は全然違うがな」
葵と醍醐が雛乃を見ながら呟く。
「あれ? もしかしてみんな、雪乃に会った?」
「うん。で、京一ともめてね」
一人、雪乃を知っている龍麻が答える。あり得そうだなぁと苦笑する小蒔だったが、事情が飲み込めない葵達三人に説明する。
「あ、雪乃はね、雛乃の双子のお姉ちゃんなんだ。まっ、性格は雛乃と正反対だけどね。長刀部の部長で、薙刀の師範代の腕を持ってるから、京一なんて、簡単にノされちゃうかもね」
「そいつは大げさだぜ、小蒔」
ちょうどその時、話題の主が姿を見せた。ゆきみヶ原へ来た時に出会った少女だ。
「遅いよ、雪乃」
「へへへっ、わりぃわりぃ」
「なんつー似てねぇ双子だ……」
まあ、双子だからとてそっくりだとは限らないのだが。思わず漏らした京一に、雪乃は鋭い視線を向けた。
「なんだ、まだいたのかよ」
「姉様っ」
相変わらずの雪乃の口調に、雛乃がたしなめるように名を呼ぶ。姉と妹という関係ではあるが、妹の方が主導権を握っているように見える。分かってるよ、と雪乃は肩をすくめて
「まっ、小蒔の友達なら、オレにも友達だ。よろしくなっ」
と笑った。口調云々はともかく、悪い人間ではない。京一とはウマが合わないようだが。
「あの、皆様。よろしければ、これからうちの神社の方へ遊びにいらっしゃいませんか?」
「おっ、おい、雛っ!」
慌てる雪乃だが、構わず雛乃は続ける。
「小さな神社なのですが、古い歴史を持っております。ぜひ、いらしてください」
「じょ、冗談じゃないぜ! こっちの葵って娘だけならともかく――こんなむさくるしい野郎共を家に上げるなんて、ごめんだねっ!」
ひどい言われ方だな、と龍麻は正直思ったが、まあ、先程の京一との経緯もある事だし仕方ないか、と勝手に納得した。
「そういう事だから、僕達は帰るよ」
突っかかろうとした京一を後ろから抑えて、事も無げに龍麻は言った。元々、小蒔の応援に来ただけだし、長居する理由はない。が――
「姉様! そういう言い方は失礼ですわ!」
先程よりきつい口調で、雛乃が雪乃を睨みつけた。その迫力に圧されてか、雪乃が後ずさる。
「あ、雛乃さん。別に構わないよ」
「ですが緋勇様。今のは姉様が――」
「まあ、言い方はともかく、初めて会った人間を家に上げるのには抵抗があるだろうから」
「いいえ、初対面だからこそ、先程のような態度は……」
龍麻の言葉に、再び雪乃に目を向ける雛乃。そのまま何も言わないが、その目は口以上にものを言っていた。
「……分かったよ、俺が悪かったって」
結局、雪乃の方から折れた。やはり妹の方が強いようだ。
「でも雛乃、ホントに行ってもいいの?」
雪乃の事もあり、躊躇いがちに言う小蒔に、優しげな顔を向けて雛乃は頷いた。
「ええ。色々お話しする事もありますし……いい機会です。ところで緋勇様」
「え?」
「蓬莱寺様の顔色が悪いようですが」
言われて龍麻は抑えている京一を見る。
龍麻の腕は、しっかりと京一の首に入っていた。