目の前で吹き飛ぶ比良坂の姿。それに過去の光景が――今日見た悪夢が重なる。
「うわああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
龍麻の咆哮が地下室に響いた。未だ拘束されたままの身体に力が入る。
「無駄だと言っただろう? そう簡単にその拘束は――」
勝ち誇ったように言う死蝋だが、その言葉が最後まで発せられることはなかった。目の前で、龍麻の左腕が拘束具を引き千切ったのだ。
比良坂を吹き飛ばした腐童が龍麻に迫る。その腕が振り下ろされるよりも早く――
「どけえぇぇぇっ!」
解放された左拳が腐童を殴り飛ばした。腐童はそのまま死蝋の側まで転がってくる。
「ほう……」
龍麻が拘束から解放された事などどうでもいい。龍麻の見せたその《力》に、ただ感心する死蝋。一度は殺そうとしたにもかかわらず、だ。
一方、龍麻は自由になった左手を使うのももどかしいのか、強引に拘束具を引き千切ると、転がるように手術台から降りる。
「お、おいひーちゃん! 大丈夫かよ!?」
「僕は大丈夫……それより比良坂さんが……!」
問う京一にそれだけ言うと、龍麻は比良坂の方へ向かう。
(あの様子じゃ戦闘なんて無理だな。身体の方もおかしいみたいだ)
「美里、高見沢! ひーちゃんは頼んだ!」
回復役二人を残し、京一達は腐童、そして死蝋が部屋から出した死人の群と対峙する。
「比良坂さん!」
ようやく辿り着いた龍麻が比良坂を抱き起こした。
「しっかり!」
「ひゆ……龍麻さん……」
既に葵と高見沢が術を使っている。
「わたしと兄は、12年前……飛行機事故で両親を失いました……」
「今は何も喋らないで! 大人しくしているんだ!」
「それからわたしたちはそれぞれ別の親戚に預けられて……」
咳き込む比良坂。口の端から流れる赤い血。決して少ない量ではない。
「喋るんじゃない! 話は後で聞いてあげるから!」
内臓ををやられているのだろうか。それに加えて龍麻の手に付いた血。頭部の出血がひどい。
「龍麻さん……人は何のために生きているんでしょう……?」
顔色は次第に悪くなっていく。葵と高見沢が必死に《力》を使うが回復が追いついていない。
「わたしは……兄を救いたかった……。兄のために何かをしてあげたかった……でも兄は道を間違えて……私の知ってる兄は、いなくなってしまいました……」
ゆっくりと――比良坂が手を持ち上げる。その手を握ってやる龍麻。
「龍麻さんに会って……品川に付き合ってもらった時……わたし、龍麻さんに昔の兄を重ねてました……。優しかったあの頃の兄を……」
「もういい。もういいから!」
握る手に力が入る。
「そうだ……今度、どこか行きませんか……?」
「分かった、約束する。今度は僕が行き先を決めるよ……だから……!」
そう言うと、比良坂は嬉しそうに笑う。本当ならそんな余裕もないはずなのに、どうやら痛みを感じていないらしい。
「えへへ……楽しみだなぁ……」
それが――比良坂の最後の言葉だった。力を失った手が龍麻から離れる。
「比良坂さん?」
返事はない。龍麻はすがるように葵と高見沢を見た。葵の顔は蒼白で、何も答えようとはしない。高見沢は黙って首を横に振った。
確認するまでもない。比良坂の《氣》は完全に消えていた。わずかに残った体温も次第に失われていく。
「……まただ! また僕は目の前にいる人を救えなかった……!」
龍麻は自分の拳を床に叩き付ける。《氣》による防護もない拳はすぐに破れた。
「龍麻くん!」
「肝心な時に限って……! 《力》なんて何の役にも立たない……!」
葵の制止を振り切り、出血も気にせず二度、三度と拳を振るう。かける言葉が見つからない二人。
「……さない……」
龍麻が漏らしたその声に、葵と高見沢が震えた。今までに聞いた事のない低い声。
「……せない……」
今までに聞いた事のない冷たい声。それを聞いただけで、息苦しくなる程の強烈な重圧に襲われる。
(許さない……比良坂さんを殺したあの木偶人形を、それを創ったあの男を、自分の邪魔をする全てを……)
ゆっくりと、俯いたまま龍麻が立ち上がる。
(許せない……《力》を持ちながら、人ひとり救えない自分が……!)
自身が生み出す二つの負の感情。膨れ上がる《氣》。それらが自分を呑み込んでいくのにそう時間は掛からなかった。
「至上のロア、ダンバーラ〜。あの人、ロアのオウンガンなのね〜」
奥の祭壇にある蛇の像を認め、裏密は独り言ちる。
「何だよそりゃ!?」
「ロアは精霊〜。オウンガンは神官の事〜。つまり〜、この敵はブゥードゥー教で言うところのゾンビってこと〜」
(もっとも〜あのゾンビ全てが罪人であるはずはないんだけどね〜。あの男〜神官としては邪道ね〜)
「ゾンビだぁ!? 道理で嫌な臭いがするワケだぜ!」
毒づきながらも死人に刃を振るう京一。
「ちょっと、醍醐クンと紫暮クン邪魔だよ! これじゃ射れない!」
「今ここをどけたらお前が危険だ桜井! こっちは押し止めるので精一杯なんだ!」
「「そういうことだ! 向こうへ回れ!」」
小蒔の抗議にそう叫びつつ応戦する醍醐と、二人の紫暮。
死人達と交戦に入った京一達は、苦戦を強いられていた。指揮官の不在が原因だ。
今までの戦闘指揮は全て龍麻が執っていた。つまり、自分の判断で戦闘をしていない。指示通りに動き、敵を斃す。それがうまくいっていただけに、いざ指揮がないとうまく動けない。
指揮官が有能であるが故にできた弱点。それでも何とか戦っていたのだが――
「京一くん、逃げてぇっ!」
悲鳴にも似た葵の声に、京一は思わず振り向いていた。
右手に白銀の光を宿し、こちらに跳び込んで来る龍麻が見える。葵達との距離はかなりあったはずだが、その間合いを一跳躍で詰めていた。その場をよける京一。龍麻の右手が京一の交戦していた死人の頭部に触れる。
瞬時に凍り付く死人の頭部。このまま放っておいても全身は凍結する。しかし龍麻は《氣》を宿したままで力任せにその腕を振り下ろす。凍った頭部が砕け、胸部が凍り、更にその胸部を砕きながら龍麻の手が床まで届く。断面を凍結させ、二つになった死人が崩れ落ちた。
(すげぇなひーちゃんの奴。ここまでやるかよ)
思わず感心する京一。もしも比良坂の死亡をこの時知っていたなら、違う感想が出たかも知れない。
膝を着いて着地した時には、左手に《氣》が宿っていた。それを龍麻は右方向、自分に背を向けている死人に放った。発剄の直撃に死人が吹き飛ぶ。そして――
「ぐはっ……!?」
その死人の向こう側にいた紫暮をも巻き込んだ。壁に叩き付けられ、膝を着く紫暮。その壁に走る無数の亀裂。二重存在を維持できなくなったのか、もう一人の紫暮の姿が消えた。
そこになだれ込む数体の死人。気付いた醍醐がフォローに回る。
「おい、ひーちゃん! 今のは――!」
一部始終を見ていた京一が龍麻に叫ぶ。が、それを無視して龍麻は身を翻す。その場で半回転。今度は右手に収束した炎《氣》を反対方向に放つ。
そちらにいるのは一体の死人、そして交戦中の雨紋と藤咲。
「雨紋、藤咲! 避けろっ!」
「な!?」
「ちょっとっ!?」
こちらに迫る火線に気付き、慌てて回避行動に移る二人。巫炎の一撃は死人の上半身を一瞬にして灰に変えた。残った下半身だけがその場に倒れる。
「熱っ!」
壁にぶつかり広がる炎。熱気が二人を襲う。反射的に《氣》で防御していた二人だったが、壁近くにいた雨紋の左袖が発火した。防御がほとんど役に立たない。
駆け寄った藤咲が火を叩き消す。服と髪が焦げる臭いが鼻を突く。見ると、腕の方はかなりの火傷を負っていた。
「大丈夫かい!?」
「大丈夫なもンかよ! どうしたンだ龍麻サンはよ!?」
「って、雨紋! あんたその槍……」
言われて気付く。槍の穂先部分が焼け落ちていた。これではただの棒だ。藤咲も自分の鞭に目をやる。あの時、死人に絡みついていたそれは、既に鞭としての機能を失っていた。
(何だよこりゃ……シャレになってねぇ)
下手をすれば自分がこうなっていたかと思うと、雨紋の背中を冷たいものが伝う。
「雨紋、藤咲! 一旦退け! 武器がそれじゃ、どうしようもねぇだろ!」
京一の言葉に素直に従う二人。
その時には龍麻は別の死人に向かっていた。醍醐と交戦していた死人が蹴りを食らって吹き飛んでいる。起き上がる死人。龍麻の接近に気付いたのか腕を振り上げる。
「醍醐! 紫暮を連れて退がれ!」
嫌な予感がよぎる。京一の声に気付いた醍醐は後ろへ跳び退き、未だに立ち上がれない紫暮に肩を貸す。
「大丈夫か紫暮!?」
「な、何とか生きてはいる……」
苦痛に顔を歪めて紫暮が答える。が、戦闘は無理だ。
龍麻はというと振り上げられた腕を掴んでへし折り、もう一方の手で死人の顎を捉えていた。そのまま突進し、醍醐が立っていた場所を通り過ぎ、壁に叩き付ける。ぐしゃりという嫌な音と共に、死人の頭が潰れた。
ふと、背後で何かが倒れる音。振り向いてみると、高見沢だった。耐えきれずに意識を失ったらしい。が、彼女は幸運だったと言える。これ以上、見なくても済むのだから。
再び龍麻に視線を向ける京一。龍麻は先程の死人の胸元を掴み、片腕で軽々と持ち上げているところだった。その手には炎《氣》が宿っている。床に叩き付けると同時に巻き上がる炎。醍醐がまだあの場に留まっていれば、炎に飲まれていただろう。
続けて放たれた《氣》が螺旋を描き、正面にいた三体ほどをまとめて粉砕する。
そこでようやく龍麻の動きが一旦止まった。
「おい、美里! どうしたんだひーちゃんは!?」
後方にいた葵に向かって叫ぶ。
「ありゃ普通じゃねぇ! 何があったんだよ!?」
「……比良坂さんが……死んだわ」
その言葉に耳を疑う京一。京一だけではない。その場にいる全員が同じ思いだった。
「ごめんなさい……私の《力》が足りなかったから……」
「そ、そんな! 葵のせいじゃないよ!」
涙声で答える葵に駆け寄り、慰める小蒔。
比良坂の死、それは確かに悲しい出来事だが、今の京一にはそれ以上に気になる事があった。
「ちょっと待てよ! それじゃ、今のひーちゃんは……」
龍麻は後方にいた。つまり、比良坂の死を看取った事になる。かなりのショックだったはずだ。その龍麻が、そんな状態で戦闘できるとは思えない。が、事実龍麻は戦闘に参加し、自分達が手こずっていた死人を瞬時に七体も屠っている。
それに、龍麻の技だ。今までにない威力、圧倒的な《力》ではあるが、その戦い方はどうだろう。目標のみに集中し、周囲の状況など把握しているようには見えない。現に紫暮は死人もろとも発剄の直撃を受けて戦闘不能。雨紋も巫炎の影響で大火傷、藤咲と共に武器を失っている。
「まさか……」
信じたくはないが、今の状況を説明できる言葉が一つだけあった。
「あれ、ホントに龍麻サンなのかよ?」
雨紋が龍麻に視線を向けたまま尋ねる。
「ああ、そうだ。紛れもなく龍麻だ」
それに答える醍醐の声も震えている。京一と同じ結論に至ったらしく、顔色は悪い。
「でもよ、あれは……今の龍麻サンの《氣》は唐栖の奴と同じ……」
言いたい事は分かる。龍麻の《氣》は今までのものとは全く違う。
禍々しいとしか形容できない、血のように紅い、意識しなくても視える程の強大な陰の《氣》。それが今の龍麻が纏っているものだった。
「何よ、これ……」
恐怖。今の藤咲にはそれ以外の感情が出てこなかった。かつて自分が同じ性質の《氣》を持っていた事もそうだが、目の前の龍麻が恐くてたまらない。足が震えているのがわかる。立っているのがやっとだ。
「大丈夫かよ?」
自分の肩に誰かが手を置いた。身を竦ませてそちらを見ると京一が側にいる。
「そう言いたいけど、もう駄目かも……」
「無理はすんなよ。気絶できるならその方がいい」
言って苦笑する京一。確かにそれができれば一番なのだが、そうもいかない。
「あれ、何なの? どうして龍麻くんが陰の《氣》を放ってるわけ? あんなにいい人がどうしてよ!?」
「自分の負の感情と《氣》に飲まれちまったんだ。今のひーちゃんはみんなが知ってるひーちゃんじゃねぇ。自分を見失って、《暴走》してる」
「己を制御できず〜その《力》をただ破壊と殺戮に用いる〜。まさに狂戦士ね〜」
裏密の一言。それに反応する真神組四人。
「京一……あれが《暴走》した龍麻だと言ったな? 以前転校してきた時にも《暴走》したと言っていたが、あそこまでのものだったのか!?」
「んなワケねぇだろ……! こんな状態のひーちゃんを、俺一人でどうこうできるかよっ……!」
(今のひーちゃんを止めるなんて……俺だけじゃ無理だ。止めてやるって約束したのに俺は何もできねぇのか!)
苛立ちが高まる。自分の《力》が弱いとは思っていない。事実、仲間内では京一の実力は龍麻に次ぐ。が、そんな京一を無力だと思わせる程、今の龍麻の《力》は桁が違った。
その龍麻が動いた。
目の前にいる死人に向かって跳躍。《氣》を乗せた蹴りで一体を蹴り飛ばす。直撃を受けた頭がボールのように飛んでいった。残った身体に蹴り――龍星脚を放つ龍麻。蹴り上げられた死人は天井に叩き付けられ、そのまま落下した。とどめとばかりに踵でもって死人の胸部を踏み砕く。
圧倒的な《力》で眼前の死人を殲滅する龍麻。いつの間にか、残った敵は死蝋、腐童、そして死人一体のみ。死蝋は怯む様子もなくその戦闘を見ていた。龍麻の戦いを観察していたようで、時折、何やら呟いている。
最後の死人が龍麻に向かった。今までのとは違い、意外と素早い。が、無造作に掌打を繰り出す龍麻。死人の攻撃が届くより早く、龍麻の一撃があっさりと死人の身体に潜り込み――
ボン!
その身体が爆ぜた。バラバラになった身体が飛び散り、壁、天井に張り付き、落ちる。その光景に、小蒔が崩れる。二人目の失神者が出た。
(円空破だろうな、今の。体内で《氣》を放ちやがった)
前進する龍麻。その行く手を腐童が阻む。
(まずい……このままだとあいつ……!)
元が死体の腐童はともかく、それを操っている死蝋は《力》を持つとはいえ人間なのだ。しかし、今の龍麻にはそんな分別はないだろう。
そんな事を京一が考えている間に、腐童の攻撃を龍星脚で迎撃するのが見えた。その一撃に千切れ飛ぶ右腕。そして次の瞬間、腐童の肩が、腕が、脚が削り取られ、身体に無数の穴が空く。
全てが一瞬の出来事。龍麻の攻撃が何であったのか、理解できた者はいなかった。分かったのは龍麻の体が霞み、残像が見えた事くらいだ。
全ての障害を取り除き、龍麻は元凶である死蝋に近付いていく。
「素晴らしい……素晴らしい《力》だ!」
身の危険を認識できず、ただ龍麻の《力》に賞賛を送る死蝋。完全に常軌を逸している。
「龍麻ぁぁっ!」
刃を返し、《氣》を込め、京一が叫んだ。
「もうやめろ! これ以上は駄目だ!」
転校初日の時のように、何かきっかけがあれば元に戻るのではないか。期待を込めて呼びかける。
「もう戦う必要はねぇ! もうお前を狙う奴は、敵はいねぇんだ! 目を覚ませ!」
龍麻が立ち止まった。その反応に、期待が膨らむ。
ゆっくりと、戦闘に介入してから初めて、龍麻が京一達の方を見る。
そして京一は知った。自分の行動が無駄に終わった事を。
先程まで死人達に向けられていた《氣》が自分達に向けられる。《氣》に当てられた葵達女性陣がその場にへたり込むのが気配で分かった。
(……な、なんて目してんだよ……)
怒りと憎悪を宿した目が京一を射抜く。身体が動かない。汗が滝のように流れ落ちる。これ程の恐怖を感じた事は今までにない。
一歩――龍麻がこちらに足を進める。思わず後ずさる京一達男性陣。
「へへ……迂闊だったかな……」
震えた声で京一が呟く。自分の行動が、龍麻の標的を自分達に変えてしまった。
「い、いくら何でも……あの龍麻サンがオレ様達を攻撃するってのかよ……?」
「認めたくないのは分かる。だがな、お前の左腕の火傷は何だ……? 今の龍麻には自分以外の全てが敵だ……」
雨紋に答える醍醐。その醍醐も龍麻からは目を離せない。目を離す、隙をつくったら最後だと、頭の中で警鐘がこれでもかと鳴り響いている。
(もっとも……今の龍麻に抗う術など、誰も持っていないがな。隙があっても無くても、末路は同じだ)
素手による攻撃であれ、《氣》を使った技であれ、それに耐える自信は醍醐にはない。
また一歩、龍麻が足を出す。そこそこ距離が離れているが、その気になれば、一瞬で間を詰めるだろう。龍麻の行動を黙って見ているしかない京一達。
しかし、一人が動いた。
「どうした緋勇龍麻! 君の《力》はそんなものではないだろう!」
正気を失った死蝋影司だ。自分から火に油を注いでいる。
「さあ、見せてくれ、もっと見せてくれ! 君の《力》を!」
《氣》が高まる。掲げた右手に《氣》を集め、それを龍麻に放とうとする死蝋。
その《氣》に反応したのか、龍麻は身を翻すと一気に間合いを詰め、自分の右手を引き――
「もうやめてぇぇぇぇっ!」
葵の叫びも空しく。
龍麻の手刀は死蝋の左胸を貫いた。
力を失った死蝋の身体を無造作に放り捨て、龍麻は再び京一達に向き直る。
返り血により紅に染まった龍麻。頭から浴びた血が顔を伝い、落ちる。まるで龍麻自身が流した涙であるかのように。
「……美里、藤咲、裏密……お前らは逃げろ……」
覚悟を決めて、京一は振り向く事なく後ろの三人にそう言った。
「ち、ちょっと……何言ってるのさ!? 今の龍麻くんには何を言っても無駄なんでしょ!?」
「ああ。でもよ、俺は約束したんだよ。《暴走》した時には止めてやる、ってな」
「なら、俺も手伝うか」
「オレ様だけのけ者にしたりはしないよな?」
醍醐と雨紋も京一に倣う。
「それなら俺も……」
どうやら動けるくらいには回復した紫暮が立ち上がる。が、醍醐がそれを制止する。
「お前は駄目だ、紫暮。倒れてる二人――桜井と高見沢を頼む」
「そう言う事だ。早く行けよ。いつまで保つか分からねぇからな」
龍麻の《氣》を阻むように、三人は自分の《氣》を解放した。
「雨紋、槍がなくても大丈夫か?」
「へっ、心配無用だ。《力》はそれでも使えるしな」
「醍醐、お前も無理することねぇんだぞ?」
「馬鹿を言うな。お前一人に全て任せる程、おれは薄情じゃないぞ」
「……お前らホントに馬鹿だな……」
二人の決意は固い。諦めて、京一は龍麻に意識を戻した。
こちらへ向かって来ていた龍麻が、立ち止まっている。龍麻の放つ《氣》は相変わらずだが、その目は自分達に向いていない。
「どうしたんだ? 正気に戻った、ってわけじゃないみたいだが」
醍醐がそういったと同時に、龍麻の左手に炎《氣》が宿る。それを壁に向けて放つ龍麻。壁際にあった水槽や実験器具が炎に包まれ燃えていく。
その炎の中から声が聞こえた。
「ちっ、役に立たねえ奴だったな。せっかくいろいろ手を貸してやったってのによ」
「誰だっ、出て来い!」
「鬼道五人衆が一人――我が名は炎角」
そう名乗り、男が姿を現す。時代劇にでも出てきそうな格好――真紅の忍装束を身につけた鬼面の男。
「鬼道……まさか貴様ら鬼道衆か!?」
醍醐の言葉にそちらを見る炎角。
「そうか、風角が言っていた小僧ってのはお前達か……くくく、面白え。こいつも縁ってやつか」
「貴様ら一体……まさか龍麻を攫ったのも貴様らの仕業か!?」
「龍麻……? ああ、その小僧か。攫ったのはそこで朽ち果ててる男だ。そんな風に仕向けたつもりもねぇな」
自分に向けて《氣》を放つ龍麻を見て、面白そうに笑う。
「しかし、面白えモンが見れたぜ。緋勇龍麻とか言ったか、その小僧」
続けて龍麻は巫炎を放った。しかし炎角はそれを避けもしない。炎に包まれながらも笑っている。
「くくく、このまま完全に陰に堕ちれば、さぞ立派な鬼になるだろうな。まあ、それまで生きていられたらの話だが」
その言葉が終わると同時に――龍麻の《氣》が急速に消えていった。
「てめぇっ! ひーちゃんに何しやがった!?」
「何をした? 俺は何もしちゃいねぇよ。今までのツケが回ってきただけだ」
龍麻がその場に膝を着く。陰の《氣》は消え失せ、苦痛に顔を歪めている。先程まで息一つ切らせていなかったのに、呼吸が酷く乱れていた。更に、返り血を洗い流すのではと思えるほどの汗が全身から噴き出している。
「ひーちゃん!」
「今日の縁が真なら、また再び相まみえる事もあるだろう。それまでせいぜい長生きするんだな」
地下室内に炎が走った。炎の海と化した地下室に哄笑を残し、炎角の姿が消えていく。
「ま、待てっ!」
「京一! それより龍麻だ!」
「お、おう! 美里、お前らは先に外へ出ろ! このままじゃ丸焼けになるぞ!」
「で、でも……」
「ひーちゃんは俺達が連れ出す! だから急げ!」
それだけ言うと、京一達は龍麻に駆け寄った。
「おいひーちゃん! しっかりしろ!」
龍麻を抱き起こす京一。返事はない。龍麻自身の《氣》もかなり弱まっていた。
「すげえ熱だ。こりゃやべぇ……」
「桜ヶ丘だな」
「雨紋、上に行って救急車……いや、タクシー呼べ」
「救急車の方がいいンじゃねぇか?」
「119番したら警察にも連絡がいくだろうが。ここだって、直に消防が来る。警察もな。今回の件をどうやって説明するんだよ?」
「わ、分かった」
慌てて雨紋が地下室を出て行った。
「よし、俺達も出るぞ」
龍麻を背負った醍醐がそれに続く。京一も後を追いかけるが、入口で止まる。
「すまねぇ、紗夜ちゃん。連れて行く余裕はねぇんだ……」
炎に飲まれ、姿の見えない比良坂にそう言い残し、今度こそ京一は地下室を後にした。