5月20日、放課後。
「あーあー。こんなに暗くなっちまって……やっぱ、部活なんてやるもんじゃねぇなぁ」
日が落ちる時間が遅くなったというものの、既に暗くなった道を歩きながらぼやく京一に、醍醐は呆れた。
「お前なぁ、それが仮にも部長の言う事か? どうせ月に一度くらいしか顔も出してないんだろう?」
「構やしねぇよ。実務は全部、有能な副部長がやってるさ。ったく、あいつらもお前もこんな時間までよくやるよ。どいつもこいつも青春の無駄遣いだぜ」
その言葉に、はははと声を出して笑う醍醐。
「お前とは青春の対象が違うからな」
「京一も少しは雄矢を見習って部活に精を出すのもいいんじゃない?」
「龍麻までそんなこと言うかよ? 大体、お前は無所属の帰宅部だろうが」
「今更、部活ってのもね」
転校してからこちら、またその前から龍麻は部活を一切やっていない。向こうにいた時はそんな環境ではなかったし、こちらでも特にやりたいことはなかった。勧誘は確かに腐るほどあったが、そんなゆとりは龍麻にはない。特に、事件が多発する最近は。
「自宅で自己鍛錬してる方が有意義かな」
「まあ、あの道場ならそれも可能だな。それより部活と言えば今は空手部の連中が張り切っているぞ。もうすぐ全国大会出場を懸けた地区大会があるからな。今年こそ目黒の鎧扇寺学園に勝って、優勝できるといいんだが」
さすが運動部の部長だけあって同校の部関係にも詳しい――この際京一は除外することにする。
「うちの空手部って強いの?」
「ああ、ここ数年は常に決勝まで勝ち進んでる」
「じゃあ、そのがい……なんとかってとこは強いのかよ?」
「うちと優勝争いをしている高校だ。一昨年は真神、去年は鎧扇寺が優勝している。空手部の部長も、今年は相当気合いが入っているだろう」
その答えに、なるほどねぇ、と半ば呆れたような表情をする京一。
「俺に言わせりゃ、お前らみんな不毛な高校生活送ってるぜ。何が悲しくて汗臭い男に囲まれた青春送んなきゃなんねぇんだよ?」
「かと言って、京一が女の子に囲まれた高校生活を送っているようには見えないけどね」
「な……龍麻!」
「ははは。まぁ、人それぞれと――」
醍醐の言葉は途中でかき消された。
「うわあああぁぁぁぁっ!」
どこからともなく聞こえてくる悲鳴――それを聞いて三人の表情が変わる。雑談をしていた高校生のものではなく、武道家としての顔に。
ほぼ同時に三人は声のした方へと駆けだしていた。
走ることしばし、三人は声の現場へたどり着く。
「あそこに人が倒れてるぜ、ってウチの生徒じゃねぇか」
最初にそれを見つけたのは京一だった。薄暗い街灯の下、一人の男子生徒が倒れている。制服でそれが真神のものだと分かった。
「こいつは確か、空手部の二年生だ……おい、どうした!? しっかりしろ!」
倒れた生徒を抱き起こし、醍醐が声をかける。
「う……腕……俺の腕が……」
男子生徒の何とか聞き取れる程度の声に、彼の腕に目をやって――
「!? これは……龍麻、京一! この腕を見ろ!」
珍しく慌てた様子の醍醐に、龍麻と京一は顔を見合わせた。言われるままに生徒の腕を見て
「なっ、なんだこりゃー!?」
「腕が石になってる……」
生徒の右腕、そしてその制服の一部は本来ある色を失い、無機質な冷たい物質に変化していた。
こういう異常な事態の時は確認に限る。龍麻は石化している腕を視た。
「龍麻、何か分かるか?」
「何らかの《力》が働いている。それくらいしか分からない」
醍醐の問いにそう答える龍麻。石と化した生徒の右腕には赤い《氣》がまとわりついていた。明らかに《力》を持った者の仕業だ。
「とにかく、病院へ運ぼう。このままにするわけにもいかないだろう」
「病院って……もしかして……」
ややかすれた声の京一。提案した醍醐の表情も暗い。いや、蒼い。
「他にあるか! 桜ヶ丘だ!」
「う……し、仕方ねぇ」
心底行きたくなさそうな二人であったが、ここで自分の都合を持ち出すわけにもいかない。
三人は桜ヶ丘へと急いだ。
「クックック、変わってねえなぁ……」
龍麻達が去った後、男の声が人気のない空間に響いた。
「そうやって、善人ぶってるところも……あの頃のままだ……」
もしも龍麻がこの場にいれば、そして周囲の気配を探っていれば――
「くくく……すぐに思い出させてやるぜ。昔のお前をな……待ってろよ」
この男の存在に気付いただろう。
「醍醐――」
そして、その男の声に込められた感情も。
翌日21日、放課後。
「ちょっとちょっと! 大事件――!」
いつもの如く、放課後になった途端に真神の新聞部長が3−C教室に飛び込んできた。
「――うるさいなぁ。入ってくるなりどうしたのさ、アン子?」
呆れて声をかける小蒔だが、当のアン子は息を切らせている。
「と・に・か・く! 大事件なのよっ!」
「何か……あったの?」
その様子に、葵が尋ねる。前回の事件の影響からは、すっかり回復している。
「何かあったの? じゃないわよ美里ちゃん! って龍麻君もいるのね。ちょうどよかったわ。それと……京一は?」
探すメンバーでどんな事があったのか何となく想像はつく。とりあえず龍麻は傍観を決め込むことにした。
アン子は未だに机に突っ伏して寝ている京一を起こしにかかっている。少しして京一が目を覚ました。
「ん? 何でアン子が俺の家に――」
パァン!
乾いた音と共にアン子の平手が京一に炸裂する。
「目は覚めた?」
「……よぉ、アン子。もう昼休みか?」
「もう放課後だってい゛う゛の゛よ゛ーっ!」
「ぐえぇぇ死ぬうぅぅ……!」
今度は首を絞めるアン子。あの細身の何処にそんな力があるのか不明だが、振り解けずにもがく京一。
「何ならこのまま永眠させてあげましょーか?」
「わ゛、わ゛がった……」
それを聞いて、ようやくアン子は京一を解放する。
「さ、それじゃ昨日見た事を、洗いざらい吐いてもらいましょーか」
やっぱり、と思いつつその先を見守る龍麻。京一は考え込んで、ああ、と明るく言った。
「バッチリ見たぜ。風でスカートのめくれたおネエちゃんのパン――」
再び教室内に響くアン子の平手の音。
「やれやれ、一体何してるんだ?」
そこへ醍醐が戻ってきた。京一の首を絞めるアン子に目をやり、やや呆れている。
「あ、醍醐クン。どこ行ってたの?」
「ん? ああ、ちょっと、な……」
「さては空手部ね?」
小蒔の問いに言葉を濁す醍醐だが、アン子はそれを見逃さなかった。醍醐は何も言わずに龍麻を見る。龍麻は一度だけ頷いて見せた。
「まあ、遠野ならそのうち気付くとは思っていたが……まさか昨日の今日で嗅ぎつけるとはな」
「おいおい、結局教えるなら俺が誤魔化した意味がねぇじゃねぇか!?」
非難の声を上げる京一だが、それを押しのけるようにしてアン子が口を開く。
「で、で? 一体、昨日何があったの?」
「まあ、落ち着け。美里に桜井、お前達にも聞いてもらいたい。いいな龍麻?」
「その方がいいだろうね」
「あのさ、ボク達には話が全然見えないんだけど。一体何が起こったって言うの?」
小蒔の質問はもっともだ。葵も龍麻達の様子に首を傾げている。それにアン子が答えた。
「概要を言うとね――真神の空手部員が昨日一晩で四人も襲われたの。そのせいで今回の大会出場が危ぶまれているわ」
「襲われた、って?」
「そんな……非道いわ。誰がそんな事を……」
「問題はそこよ。それで龍麻君達の話を聞きに来たってわけ。もちろんタダで聞こうとは思ってないわ。あたしの持っている情報と交換ってのはどう?」
珍しく一方的な物言いではない。しかも交換、ということは
「その口振りだと何か掴んでるみたいだね」
「まぁね。お互い損な話じゃないと思うけど? ま、そっちの情報があたしのに見合うモノじゃなければ差額は貸しにしといたげる。どう、龍麻君?」
「そうだね。それは王華で撮った写真の利益で十分まかなえると思うけど。じゃあ、そっちの情報がこちらに見合わなければ、その時は貸しにしとくよ」
自分がチャーハンをかき込んでいるところを撮った写真を持った女生徒を見かけたのはつい最近のことだ。また売り出したらしい。もちろん許可は出していない。
それを指摘すると一瞬アン子の表情が引きつった。京一がこちらに親指を立てて見せる。よくやったぜ龍麻、ということらしい。
「あはは……ま、まあこれあげるからそれはそれ、とゆーことで」
誤魔化すかのようにアン子は龍麻の手に真神新聞を押しつけた。
「さ、とにかく話を――」
「この場合、そっちが先に話すのが筋だろ? 情報が欲しいのはそっちなんだからよ?」
京一が、話を促すアン子を止める。不満げな顔をするアン子だが、どうやらあきらめたようだ。
「分かったわよ。えっと、あたしの仕入れた情報によると、空手部員が襲われたのはいずれも昨日の夜。西新宿四丁目の路地で二人、花園神社と中央公園で一人ずつ。現場には激しく争った形跡もなく――犯人の目撃情報も無し。負傷した三人は巡回中の警察官によってすぐに病院へ収容。現在、重傷で面会謝絶」
「重傷で面会謝絶?」
不思議そうな小蒔の言葉には答えず、アン子は収容先の病院名を出した。龍麻達には馴染みの深くなった病院――桜ヶ丘中央病院。
「あの、私がお世話になった?」
「それにアン子、人数が合わないよ? 襲われたのは四人なのに収容されたのは三人って」
「ここから先は三人組の口から話してもらいましょうか」
三人の視線が龍麻達に注がれる。
「よくそこまで調べられたものだな」
「まったくだ。こいつがブン屋じゃなくて探偵にでもなった日にゃ、おちおち浮気もできねぇぜ。なぁ、龍麻?」
感心する醍醐。相変わらず馬鹿なことを言う京一。その言葉に龍麻は溜息をついた。
「……浮気をするのがそもそもの間違いだよ」
「ところがそうはいかねぇんだよ。断っても女の方から寄ってくる……モテる男は辛いって事よ」
確かに、下級生の人気は高いようだが、その割には浮いた話一つ聞かないのは何故だろう? などと考える龍麻。とりあえず、京一の発言は無視することにした。
「ま、これは放っておくとして。何が聞きたいのかな?」
「ズバリ、桜ヶ丘に運んだ理由よ。京一と醍醐君がいながら、何故わざわざあそこに行ったのか」
普通の怪我なら他の病院で十分だろう。そもそも桜ヶ丘は産婦人科だ。特に京一と醍醐は桜ヶ丘の院長が苦手でもある。用もないのに行くとは考えにくい。ならば理由は一つ。
「確かに空手部員の一人を中央公園から桜ヶ丘に運んだのは俺達だ。ここから先は龍麻、お前に任せる。こういうのはお前の領分だろう」
「分かった。とりあえず順を追って説明すると犯人についての手掛かりは今の所無し。襲われた部員にも特に外傷はなかったんだけど……ここからが桜ヶ丘に運んだ理由」
言葉を切り、皆の顔を見る。アン子は興味津々、葵と小蒔は真剣な表情だ。京一と醍醐はその時の事を思い出したのだろう、やや暗い表情。結論だけを、龍麻は述べた。
「部員の右腕が石になっていた」
「石? 石って……どういうことよ?」
「どうもこうも何もねぇよ。見たまんまさ。そいつの腕が石になっちまってたんだよ」
とりあえず理由については納得したようだ。少し考え込んで京一に尋ねる。
「で、院長先生は何て?」
「原子や細胞の組み替えがどうとか言ってたぜ。詳しいことはよく分かんねぇけど、徐々に石化が進んでいくらしい。心臓が石になり、動きを止めた時、そいつの命は終わる」
「今は点滴と抗生物質で何とか石化の進行を抑えてくれているが、それでも完全に止める事はできないらしい」
「何か、助ける方法はないの?」
京一と醍醐の言葉に、葵は龍麻を見た。転校以来、多くの事件に関わり、そしてそれを解決してきた男子生徒。覚醒した自分達を気に懸け、導いてくれた仲間を。
「助ける方法は葵さんの時と同じ。手遅れになる前に犯人を捜し出す」
「うむ。そうなると、犯人だが――遠野、そっちでは何か分からんか?」
「大会を控えた有力選手ばかりが狙われたって事は……ウチの空手部を潰したい奴らの仕業と考えるのが自然ね」
「それくらいだろうな」
もっとも、その口調からすると醍醐はそう思っていないらしい。それは龍麻も、口にしてはいないがおそらく京一も同意見だろう。
「そこでこれが役に立つはずよ」
アン子が一枚の写真を取り出し、机の上に置いた。
薄暗い道路らしき場所の写真。特に目立つ物はない。
「昨日の夜に撮った犯行現場の写真なんだけど、ここに何か写ってるでしょ? そしてこれが――」
最初の写真の一点を指し、今度は別の写真を取り出す。アンテナの向きが悪いテレビ画面のような、ノイズが入りまくった写真だ。そこに写っている金色の一つのボタン。学生服のもののようだ。
「電脳研究会に持っていって、あそこのコンピューターで拡大処理してもらった物よ」
「よく電研が協力してくれたね?文化系の中でも閉鎖的な部なのに」
「あそこの部長の秘密の写真を持ってるからね」
小蒔の疑問にあっさりと答えるアン子。手口としてはかなりえげつない。が、今は非常事態だ。会った事もない電脳研部長に同情しつつ、龍麻は再び写真に目をやる。
学生服のボタンという物には特徴がある。校章が入っていたり、名前が入っていたり。今回もその例に漏れなかった。
「何か文字が書いてあるけど……よろい……おうぎ……」
「鎧扇寺」
アン子のその言葉に男子三人が顔を見合わせる。病院に運ぶ途中で情報を得ようとしたのだが、その時に被害者の口から出たのがその名だった。
「目黒区鎧扇寺学園、か」
「醍醐……こいつは調べてみる必要がありそうだな」
「そうだな。これから行ってみるか。今の所、手掛かりはこれだけだ。京一は行く気になっているようだが、龍麻。お前も来てくれるか?」
「分かった。僕達三人なら少々の事があっても対処できるでしょ」
話をまとめ、早速教室を出ようとする龍麻達を葵が呼び止めた。
「あの……私も一緒に行っていいかしら?」
意外な言葉に戸惑う龍麻達。
「この前はみんなが私のために行ってくれたんだもの。今度は私の番だわ」
「醍醐クン、ボクも行くよ」
結局いつものパタンだ。が、今までと違ったのは――
「今日の所は様子を見るだけだぞ?」
二人の同行を醍醐が認めた事だろう。以前龍麻が釘を刺したのが効いたのか、二人を護る者ではなく共に戦う者として認識したのか、理由は分からないが、いい傾向だと龍麻は思った。
「さて、あたしは桜ヶ丘へ行って石の腕をこの目で見てこなくちゃ。それじゃ」
そう言って教室を出ていくアン子だったが、再び顔だけをひょっこり出して、醍醐を見る。
「そうそう、言い忘れるトコだったけど、佐久間が退院したそうよ」
佐久間――転校初日に自分に因縁をつけてきた不良を龍麻は思い出す。確かどこかの高校の生徒と喧嘩をして入院していたはずだ。自分と京一、それと醍醐に恨みを持っているのは、何度かの接触でよく分かっている。
醍醐を見ると退院したことを心底喜んでいたが、アン子の「醍醐君を恨んでるみたいよ」との一言に表情を曇らせた。そのアン子はそれだけ言うと今度こそ教室から姿を消す。
「よし……俺達も行こう」
表情を変えぬまま、醍醐は皆を促した。
二階廊下。
「あ……ミサちゃんだ。おーい、ミサちゃーん!」
裏密の姿を認めた小蒔が手を振って声をかける。
京一と醍醐の顔が蒼ざめるのを龍麻は見逃さなかったが、いい加減慣れればいいのに、と考えていたりする。
そうこうするうちに魔界の愛の伝道師は龍麻達の前に現れた。
「呼んだ〜?」
「呼んだのは小蒔さんだけど、ちょうど良かったかな。聞きたい事があるんだけどいい?」
「我が傍らに在りし知恵の支配者が汝のあらゆる求めに応じよう〜」
龍麻の問いに相変わらずの物言いだが、どうやらOKらしい。
「人を石に変えるのは可能か否か?」
「い〜し〜? 例えば〜ギリシャ神話のメデューサみたいに〜?」
「そうね。近いものだとは思うけど……」
葵の言葉に少し考える裏密。そして結論を出した。
「恐らくは〜邪眼の一種だと思うけど〜」
「イビル……アイ……?」
その答えに怪訝な表情をする葵。他の者――龍麻以外も同じような反応だ。裏密が邪眼についての講義をしている間に龍麻は自分の頭の中で考えを巡らせる。
(邪眼で石化するとしたら、一瞬で全身が石になるんじゃなかったっけ? でも被害者には意識もあるし、進行していると言っても部分的なものだし。違うのかな?)
仮に相手の《力》が視線で石にするものなら、かなり厄介だ。現時点では対抗策がないのだから。
「緋勇く〜んも、邪眼が欲しいでしょ〜?」
突然の呼びかけに龍麻の意識はこちらへ戻る。
「そうだね、効果にもよるけど。記憶操作ができるなら欲しいかも」
「うふふ〜そうよね〜」
龍麻の意外な発言に皆が耳を疑うが
「そうすれば目撃者を気にすることなく動けるし」
次の言葉で納得した。いかにも龍麻らしい理由だ。
「しっかし龍麻、お前にそういう趣味があったとはな……」
「京一も欲しくない? 一目で相手を魅了できればナンパやり放題だけど」
「う……お……俺には似合わないだろ」
何故か狼狽える京一。一瞬心惹かれるものがあったに違いない。
「でも緋勇く〜ん達といると、本当にあたし好みな事ばかり起こるわ〜。これからは、あたしも緋勇く〜ん達について行こ〜かな〜」
「「何いっ!?」」
露骨に動揺する京一と醍醐だが、龍麻は確認の意味で裏密に尋ねる。
「結構危ないけど、自分の身は守れる?」
「心配要らないわ〜」
「それじゃあ、今後ともよろしく」
そう言って龍麻は裏密と携帯電話の番号の交換を始めた。
「龍麻、お前……とんでもねぇ事してくれたな。裏密なんかと一緒に行動したら、遭わなくてもいい事故に遭うぞ」
「彼女の知識は今後役立つことが多いと思うよ。それに、皆の時とは違って彼女は自分の《力》を使えるみたいだし」
「いいじゃない、別に。だってミサちゃん頼りになるもんねー」
「そうね。ミサちゃんが一緒なら心強いわ」
賛成三対反対二。いつの世も最後に勝つのは数の暴力である。
「そういうことで決定。それじゃあ、裏密さん。有事の際は協力してね」
「楽しみにしてるからね〜。嘘ついたら呪っちゃうぞ〜」
何故か京一と醍醐の方を見てそう言う裏密。二人はそのまま後ずさる。
「あ〜そうだ〜。これ『月刊黒ミサ通信』の通販で買ったんだけど〜御護りになるかも知れないから緋勇く〜んにあげる〜」
裏密はどこからともなく一つの仮面を取り出し、龍麻に渡した。その龍麻の表情が変化する。
緑色の石――翡翠を幾つも貼り付けた仮面。
「これ、本物?」
「オリジナルじゃないけど〜効果は同じ〜」
「龍麻クン、知ってるの?」
「パレンケの仮面っていうんだ。メキシコはパレンケ――マヤ文明の『碑銘の神殿』から発見された物で、パカル王の副葬品として棺に納められていた物だよ。この遺跡の発見によって、今までエジプトのピラミッドとは違って墓ではないと思われていたマヤ文明のピラミッドが――」
小蒔の問いに突然説明モードに入る龍麻。
結局、目黒に向かったのはその五分後だった。
ようやく龍麻達は目的地に到着した。
目黒区鎧扇寺学園。正門――というかどう見ても寺の門にしか見えない――の前で五人は今後の方針を話し合う。
「とりあえず、そこら辺のヤツを捕まえて話を聞いてみるか?」
「まだここの生徒が犯人だと決まったわけではないからな。とりあえず空手部に行ってみるか。何か情報が掴めるかもしれん」
「それなら、私達が聞いてきましょうか?」
「そうだな……龍麻、どう思う?」
葵の提案に、醍醐が話をこちらに振ってくる。
「そうだね、ここは葵さん達に任せよう。ただでさえ、喧嘩っ早い人間がいるし」
「分かったわ。それじゃ、小蒔」
「うん、行ってくるね」
女性陣が校門の所にいる生徒の方へ行くのを見ながら、龍麻は京一と醍醐に尋ねる。
「どう思う?」
「ここの生徒が犯人かどうか、か? 勘だけど多分違うと思うぜ」
「そうだな。あまりにも不自然だ。龍麻もそう思うか?」
「うん。まず第一に、遠野さんの言う通りなら、うちの生徒は大した抵抗をしていない事になる。それなのに何故鎧扇寺のボタンが落ちるのか?」
「うむ。落ちた、じゃなくて落としていった、か?」
醍醐に無言で頷き、龍麻は続ける。
「第二に《力》を持っている事を除いても、反撃を許さないというのは相手が手練であるということ。そんな相手がわざわざ闇討ちするメリットは?」
「正面切って倒せる相手を不意打ちする理由は確かにないな。しかも証拠を残して」
「って事は……そう思わせたかった、だな。今、真神の生徒に何かあれば、鎧扇寺が優勝するのは間違いねぇ。つまりは、一番疑いがかかりやすい」
「そうなると、何故こんな事をするのかが分からないけどね。結局は――」
戻ってくる葵達に視線を移し、龍麻は一言。
「空手部に行ってみないと何も進展しないって事だけど」
「お待たせっ。空手部は体育館脇の道場にあるんだってさ」
「何か言われなかったか?」
報告する小蒔に醍醐が尋ねる。それに葵が答えた。
「特に何も。でも私達が真神の生徒だと知って、余りいい顔はしていなかったわ」
「ねぇ、龍麻クン。ホントにここの人がやったんだと思う?」
「男子三人の見解では、違うという結論だけどね。情報が少ないから断言はできないよ」
言いつつ龍麻は門へと歩き始めた。
鎧扇寺の空手部道場は、それは立派なものだった。
「全国優勝する高校ともなると、さすがに設備が違うな」
「空手部だけでこの道場かよ……真神なんか剣道、空手、柔道で汚ねぇ道場を共同で使ってんだぜ。意味もなくムカついてきた」
部活にほとんど出てないのにその言い方はないんじゃ、と内心つっこむ龍麻。
「京一、目的を忘れるなよ。とにかく話を聞かないことには始まらないからな。誰かいるか?」
道場の入口から中へ声をかける醍醐。待つこと数秒――返事はない。
「誰もいないのかな?」
首を傾げる小蒔だが、龍麻は確かに中にある人の気配を感じた。京一と醍醐に目をやるとこちらに頷いて見せる。二人も気付いているようだ。この辺りはさすがに武道家、といったところだ。
「いないのなら勝手に入らせてもらうぞ」
そう宣言して醍醐は入口を開けた。そのまま五人は中に入る。
道場の中は、静かだった。本来ならば、稽古に励む部員の姿があって当然なのだが。
(奥に人の気配。様子見ってとこかな)
(だろうな。まあ、あの距離じゃ不意打ちもないだろうさ)
奥にある扉――おそらく更衣室か何かだろう――を見つつ小声で話す龍麻と京一。
醍醐は奥に座っているただ一人の男子生徒の方へ歩いていく。
「――空手部の人間と見受けるが」
「……そろそろ来る頃だと思っていた。魔人学園の者だな?」
道着姿の大柄な男が、目を閉じたままゆっくりと口を開く。
醍醐と同じくらいの体格だが、顔には大きな傷がある。更にただ座っているだけに見えるが隙がない。かなりの手練であることが龍麻達には分かった。
代表で醍醐が名乗り、皆を紹介する。
「真神学園の醍醐という。こっちは緋勇に蓬莱寺、美里に桜井だ」
「醍醐雄矢か。一度会いたいと思っていた」
「そいつは光栄だな。しかし、待っていたということはこちらの用件は分かっているようだな。二、三聞きたい事がある」
「俺に選択権はあるのか?」
そう言い、男は立ち上がった。
「俺の名は鎧扇寺学園3年、紫暮兵庫。空手部の主将をしている」
「初めまして。僕は緋勇龍麻」
「ほう……お前の噂も聞いている。良い瞳をしているな。真っ直ぐな武道家の目だ」
名乗る龍麻に、紫暮はその目を龍麻に向けた。射抜くような鋭さを持っているが敵意は感じない。そんな紫暮に醍醐が話しかける。
「紫暮とか言ったな。実は先日、真神の空手部員が襲われた。全員重傷で現在入院中だ。犯人の心当たりはないが、現場には鎧扇寺の学ランのボタンが残されていた」
「ほう……」
「襲われた部員も鎧扇寺の名を口にしていてな……疑いたくはないが、そうも言ってられん」
「なるほどな」
腕を組んで何やら考える紫暮。そして一言。
「迷惑な話だ」
「てめぇっ!」
案の定逆上した京一を醍醐が制する。それでも口を止めることはできない。
「こうしてる今でも、襲われた奴らは苦しんでるんだぞ!?」
「では逆の立場ならどう思うんだ、蓬莱寺? 被害者が俺達で、疑いを持った俺達が真神へ出向いたとして……お前はうちの生徒を気に懸けるか?」
試すような口調に、京一はそれ以上何も言えなかった。
「紫暮、単刀直入に聞くが、心当たりはないか?」
「俺が口で否定して、お前達はそれを信用できるのか? その人数で、わざわざここまで来たということは、一戦交える気があったという事だろう?」
そう言う割には紫暮の顔には笑みが浮かんでいる。この状況を楽しんでいるようだ。そしてその視線の先には龍麻がいた。
「要するに、手合わせ願う、って事だね」
「龍麻くん……!?」
上着を脱いで、龍麻が言った。驚く葵達だが、龍麻は気にしない。遅かれ早かれ、この紫暮という男がそう切り出すことは予想ができたからだ。
「話が早いな。頭で考えるだけでは、答えの出ない事もある。俺も武道家の端くれだ、拳を交えることで無実を証明して見せよう」
「まさか……あなた一人で私達全員と立ち合うつもりなのですか?」
「それでも構わないし、一人ずつでも構わん」
葵の問いにそう答え紫暮は後ろへ下がる。そこへ――
「主将!」
「俺達にも加勢させて下さい、主将!」
奥に控えていた道着姿の部員達が飛び出してきた。その数九人。どうやら紫暮は気付いていなかったらしく、驚愕の表情を見せる。
「お前達……今日はもう帰宅しろと言ったはずだろう?」
「しかし主将! いくら無実を証明するためとはいえ、主将は最後の大会を控えた身!」
「そうです! あらぬ疑いをかけられた上に、こんな私闘に付き合うなど人が好すぎます!」
部員の信望は厚いらしい。皆が紫暮を心配している。こんな人間が集うのだ。闇討ちなどという卑怯な振る舞いをする者がいるとは思えない。
(これで、鎧扇寺――少なくとも空手部犯人説は消えたな)
そんなことを考えている間に、京一は戦闘態勢を整えていた。が、
「俺達は構わねぇぜ――時間がねぇんだ。さっさと始めようぜ」
「あ、京一はおあずけね。それと葵さんと小蒔さんも」
龍麻の一言に京一がコケる。
「おい龍麻! 何だよそりゃあ!?」
「拳で語る空手部に、武器は野暮だと思わない? ここは僕と雄矢でやるよ」
「そうだな」
醍醐も戦闘態勢に入る。
「……仕方ない。お前ら! 鎧扇寺空手部の力、見せてやるぞ!」
「押忍っ!」
「行くぞっ!」
紫暮の声を合図に――戦闘は始まった。