気が付くと龍麻は見覚えのある場所にいた。昨日泊まった拳武館の道場だ。
 頭が重い。先程見た夢のせいだろうか。自分に語りかける男の声――とても優しく、懐かしい声だった。
(あれはいったい……それにどうして僕はここに――)
「目が覚めたかね」
 自分が目を覚ましたことに気付いたのか、鳴瀧が奥から現れた。
「ずいぶんと手酷くやられたものだな。あれほど……今回の件に関わるなと忠告したはずだが」
 どうやら自分をここへ運んだのは鳴瀧らしい――正確には彼の部下だろうが。
「君達にどうにかできる問題ではないのだ」
「……焚実は……? それに……さとみは……?」
 青葉はともかく、比嘉は自分の近くにいたはずだが姿が見えない。
「彼の姿はなかった。恐らく莎草を追ったのだろう。そのさとみとかいう少女のことは知らないが、明日香学園の女生徒が一人攫われたという情報がある」
 あれから気を失っていたのだろう。途中から記憶が途切れている。ナイフで斬られた後の事が何も思い出せない。
「それよりも君は少し休んだ方がいい。全身に複数の打撲と裂傷、それに背中の傷……一応手当はしたが、激しく動ける状態ではない」
「聞けません!」
「気持ちは分かるが、今の君ではどうしようもない。それは十分身に染みたはずだ」
 鳴瀧の言うことは正しい。手当を受けたとはいえ、身体は本調子ではない。例え万全であったとしてもあの莎草の《力》に抗う術はないのだ。それでも――
「普通の人間相手にそれだけの傷を負う君が《人ならざる力》を持った魔人に勝てるわけがない」
「魔人……普通でない人間のことをそう呼ぶなら僕もその魔人ですよ」
「……」
「小学生の頃から人には見えないものが見えた……人には感じられないものが感じられたんです。幽霊、人や物から発せられるエネルギーのようなもの、人以外のモノ、自分に向けられた悪意や敵意……確かに視る、感じるだけの《力》です。直接相手に作用するものではない」
 立ち上がって龍麻は出口に向かう。
「でも、莎草の《力》を見切ることはできるかも知れない」
「……それとて確実ではない。行けば確実に命を落とすぞ。自分を犠牲にしてまで他人を救おうなどと――」
「他人じゃありません……大切な……友人です……」
「そのために自分が死んで何になる。君は生きなければならない。両親の分まで」
「……行きます」
「行かせはしない」
 鳴瀧の合図で道場の出口に黒服の男達が現れた。
「全員私の部下だ。腕の立つ武道家ばかり……君に勝ち目はない」
 四人の黒服達が龍麻を取り囲む。命令があればすぐに行動できるよう拳を構えた。同時に彼らから闘気が発せられる。普通の人間ならそれだけで身動きできなくなるくらいの強烈な闘気だ。それでも龍麻は足を止めない。
「龍麻君――」
「どけぇっ! !」
 瞬間、龍麻の闘気、いや、殺気が一気に膨れ上がった。
「邪魔をするなら……押し通ります……」
(馬鹿な……ここまでの殺気を発するとは……この前会った時とは全然――!)
 その時、鳴瀧は視た。龍麻の身体から発せられる蒼い《氣》を。鳴瀧とて陰の技の体得者だ。《氣》を視ることくらいできる。その鳴瀧から見ても、龍麻の《氣》はすさまじいものだった。部下達には見えていないようだが。
(緋勇の血筋……いや、弦麻と迦代さんの血を確実に受け継いでいる。これなら……)
 鳴瀧は賭けてみることにした。
「明日香学園の近くの廃屋へ行きたまえ」
 その言葉に龍麻の《氣》が一気に収まる。と同時に、緊張の糸が切れたのか男達がその場に膝をついた。額に汗を浮かべた彼らの顔色は悪い。
「今まで教えなかったが……君の父、弦麻は《人ならざる者》と闘って命を落とした。人を越えた《力》を持つ魔人と闘って……」
 少なくともこれ以上邪魔はされないと判断したのか、龍麻は黙って鳴瀧の話を聞く。
「この世界を形造る森羅万象には陽と陰がある。人の心も同様だ。陰に魅入られた者は外道に堕ちると言われている。人ならざる――異形の存在へ。その法は《外法》と呼ばれ、人の世に今もなお密やかに受け継がれている……」
「外法……」
「今回のような事件、東京周辺で起こっている事件にも外法が絡んでいると、私はそう睨んでいる」
「それを止めるために《力》がある、と?」
 その問いに、鳴瀧は首を横に振る。
「《力》そのものに善悪はない。莎草の《力》とて正しい使い方があったかも知れない。しかし彼は陰に魅入られている。このままでは堕ちるかも知れない」
「……そろそろ行きます。急がないと」
「龍麻君……真の《力》とは心の強さから生まれるものだということを忘れないことだ。友を思うその心を忘れなければ、それは必ず君の《力》になる。生きて帰って来い……必ず」
 一礼して、龍麻は道場を出て行った。それを見送り、鳴瀧は道場に残った部下達に視線を移す。本人が立ち去ったというのにまだ動けないでいる。
(……拳武館の暗殺組ともあろうものが殺気に圧されてしまうとは……緋勇龍麻、大した子だ)
「弦麻……お前の願いは叶えられなかったが……あの子ならきっと大丈夫だ。……さて」
 そう呟くと鳴瀧は携帯電話のメモリーを呼び出した。



 廃屋の事は以前から知っていた。不良達がたむろする場所としても知られていたし、龍麻自身何度か呼び出されてそこで一戦交えたこともある。しかし、さすがに夜の廃屋は不気味だ。この時間にこういう場所に来ると、「あの時」の事が嫌でも脳裏に浮かぶ。
 頭を振ってその考えを追いやり、これからのことを考える。
(正面からいくか……それとも裏から……)
「おい、緋勇」
 思案している所へ声をかけてきたのは比嘉だった。
「よくここが分かったな?」
「コネがあってね。それより身体は大丈夫?」
「ああ、まあな。しかし緋勇ってすごいんだな」
「……何が?」
 意味が分からず問い返す。すると比嘉は不思議そうに
「公園にいた莎草の取り巻きだよ。一人でやったんだろ?」
「取り巻き……?」
「おいおい、全員病院送りにしといてとぼけるのか?」
 どうやら斬られた後、自分が全員倒したらしい。あの時の事が全く思い出せないのは何故だろうか。
「まあ、いいや。それよりさとみは中だ。行こう」
「……って、焚実も行くの?」
「当然だろ?」
 今更何を、といった表情で比嘉は龍麻を見た。
「じゃなきゃここまで来ないよ」
 引き返せ、と言う前に比嘉は建物へ入っていく。
「暗いな……それにこの匂い……油か?」
「ここは工場跡だからね。潤滑油とかが入った缶なんかも残ってるから」
 周囲を見回す比嘉を追って龍麻も建物内に入った。
「詳しいな」
「来たことあるからね。もっとも呼び出されただけだけど」
 周囲を探りつつ龍麻が答えた。確かに気配を感じる。
(全部で六人……)
 内一人は青葉だろう。となると莎草以外にまだ四人いる計算になる。問題は莎草以外の四人だ。彼らが莎草を恐れて従っているのなら、莎草さえ何とかできれば叩く必要はないのだが、自分に何らかの恨みを持っているのならば――
「さとみ――!」
 比嘉の声が龍麻の思考を中断させた。
 見ると確かにそこには青葉がいた。意識はない。まだ気絶しているのだろうが――
「なんだ、これ……何も見えないのに……」
 異様な光景だった。何かに吊り下げられているような――いや、確かに吊されている。足の甲は床に着いているのに膝だけは浮いている。
(これが莎草の《力》……?)
「くくく……わざわざ死にに来たか……? バカなやつらだ……」
「莎草……お前さとみに何をした……!?」
 莎草が姿を現した。取り巻きも一緒だ。
(以前、敵対した奴はいない……なら敵は莎草だけだ)
「莎草っ!」
「目障りなんだよ……比嘉」
「――!」
 莎草の体から光が発せられた。赤い、まとわりつくような光。《力》を持つ者が放つ光だ。隣にいる比嘉の動揺が伝わってくる。
「どうした、比嘉。こないのか……? くくく……」
「か……身体が……動かな……それに……何だ、その光……」
 どうやら《力》を使っているらしい。そのせいで比嘉は動けないようだが、その正体は視えない。
「緋勇とかいったか……動かない方がいいぜ」
 比嘉から龍麻へ視線を移し、莎草は言った。
「いくら足掻いたところでお前らは――平凡なヒトであるお前らが俺に勝つことはできない」
「何だ……と……?」
 苦しそうな声で比嘉が莎草を目だけで追う。
「俺は手に入れたのさ。人から空に向かって伸びた糸のようなものを視る《力》、それを操る《力》を。人を思いのままに操る神の《力》をな!」
「ば……ばかな……そんな妄想……」
「ふん、お前らのような凡人には理解できないかも知れないな。だが、現にお前は自分の意志で動くことができまい?」
 比嘉が――動いた。自分の手で首を絞める。
「う……腕が勝手に……」
「お前が自分で自分を殺すんだ……俺に楯突いた事を死んで後悔するがいい」
「ぐ……お……!」
 比嘉の顔色が変わっていく。このままでは本当に自分で自分を絞め殺すことになる。
「やめろ、莎草!」
 龍麻は叫んだ。
「《力》を悪用するのはやめるんだ! このままだとお前は……堕ちてしまう!」
「……訳の分からないことを……」
 ガッ! 
 龍麻の拳が炸裂した――龍麻の顔に。もちろんそこに龍麻の意志があるはずはない。いつの間にやら龍麻も莎草の《力》に捕らわれていた。
「そんなに死にたいのならお前から殺してやる」
 自分の手が首に掛かる。自分の意志に反してその手は首を絞めつけた。何とか抵抗しようとするが、やはり自分の思い通りには動かない。
(やっぱり……僕には何もできないのか……? 誰も護れず……このまま……)
『龍麻よ――強く生きろ』
(……!?)
 薄れてゆく意識の中、それは確かに聞こえた。以前夢の中で聞いた懐かしい声。
『誰よりも強く――誰よりも優しく――』
「友の……ために……たたか……う……」
「……? まだ生きてたのか」
 龍麻の口から漏れた声に莎草は振り向いた。
「まも……る……べき……ものの……」
「誰も俺を止める事などできない。無駄な抵抗はやめてさっさと死ね」
「僕……は……」
「な……!?」
 ――目醒めよ
「なんだ、この光は……!?」
 龍麻の体から光が放たれている。莎草のものとは違う蒼い光。
 ――目醒めよ
「くっ……! お前は既に俺の操り人形だ! 今更何が……!」
 そこまで言って莎草は言葉を失う。
「ばかな……お前の糸が……どこに消えた!?」
 先程まで見えた龍麻の体から伸びた糸――自分が先程まで操っていた糸が今は全く視えない。
「ひ、緋勇……お前……」
『正しいところもあるんだよ。視えるっていうのは本当だから』
『僕も普通じゃないから』
 比嘉の頭にかつて龍麻が言ったことが浮かんだ。
「お前も……莎草と同じ……なのか……?」
 蒼い光を纏った龍麻を見て思わず呟く――誰の耳にも届かない小さな呟き。
「莎草……もう、やめるんだ……それ以上《力》を悪用したら……」
「俺は《力》を手に入れたんだ! お前なんかに……お前なんかに負けるはずがない!」
 莎草は自分の取り巻き達の方を向く。
「お前ら何してる! 早く緋勇を――!」
「ば、化物だ……!」
「に……逃げろ! 殺されるぞ……!」
 今まで黙って莎草に従っていた男達だったが、恐怖に耐えきれず、我先にと裏口へと逃げ出した。当然と言えば当然の行動なのだが、それが莎草に攻撃目標を変更させる。
「お前ら……逃がすかっ!」
「やめろ、莎草っ!」
 莎草の手に《糸》が生まれた。恐らく比嘉には視えていないだろう。逃げていく男達にも。
 《糸》が放たれ、男達の頭上――天井の鉄骨に絡みつく。次の瞬間、その鉄骨が斬り裂かれ、男達に降り注いだ。
「うわああぁぁっ!」
「伏せてっ!」
 ゴカッ! 
 駆けつけた龍麻が降ってきた鉄骨を蹴り飛ばす。重い音を立てて鉄骨は軌道を変え、コンクリの床へ落下した。
「大丈夫!?」
「……緋勇……お前……」
 男達には傷一つない。もちろん龍麻も無傷だ。
「今のうちに逃げて。急いで!」
「な、なんで俺達を……」
 一人が不思議そうに問う。先程まで敵対していたのに何故ここまでするのか。
「さあ……でも、君達は何も悪くない。だから――!?」
 突然、自分の左腕が引っ張られる。視ると《糸》が絡みついていた。その《糸》の出所は莎草の左手だ。
「余計なコトするんじゃねぇ!」
「やめるんだ莎草!」
「うるせぇ! お前の指図なんか受けるかっ!」
 今度は右手から《糸》が放たれる。それは龍麻ではなく、先程の鉄骨へ絡みついた。
「死ねよっ!」
 莎草が糸を手繰ると同時に鉄骨が龍麻を襲う。
「はあぁぁっ!」
 しかし、龍麻の放った蹴りが鉄骨をあっさりと弾き飛ばした。
(何だ……? 今の……蹴り……)
 龍麻は自分にそう問いかける。
 確かに鉄骨を避けようとはした。だが蹴り飛ばすなどという荒技をする気など毛頭なかった。しかも鉄骨は蹴った部分が変形している。にもかかわらず、自分の足は何ともないのだ。更に言えば、あのような蹴りを習った覚えもない。男子達を助けた時もそうだった。
(何だか変だ……まるで「あの時」みたいだ……)
 覚えのある感覚がよみがえる。一度目は「あの事件」の時、二度目は今日の公園――自分の感覚が鋭くなる。その分相手から受ける感情、《氣》がより強く感じられる。
「ばかな……俺は《力》を……神の《力》を……負けるはずがねぇ……負ける――」
 莎草の体が一瞬、震えた。
「な……なんだ……?」
「莎草……?」
「が……あ……頭が……痛ぇ……」
「莎草! 大丈――」
 駆け寄ろうとする龍麻だったが、無意識のうちに足を止める。
「頭が……あた……がああぁぁぁ!」
 莎草が――変わった。
 体の色が肌色から青へ、細身だった体が筋肉の鎧を纏い、顔は醜く変形し、額からは一本の角が生えた。
「お……鬼……?」
 冗談きついぜ、いくらここが岡山だからって。
 莎草の変わり果てた姿を見て、そんなことを比嘉は考えていた。が、そんな場合ではないことに気付く。
「……緋勇! 早く逃げろ……!」
 龍麻は莎草の前で立ちすくんでいる。様子がおかしい。
「堕ちた……のか……」
 龍麻の声が聞こえた。その場を動こうとはしない。
「緋勇!」
 龍麻がゆっくりと動き出す。そして――

 龍麻の蹴りを食らい、鬼となった莎草が吹き飛ばされた。
 龍麻が問答無用で莎草に攻撃を仕掛けた、それは分かる。しかし、先程まで莎草を必死に説得しようとしていた龍麻の行動とは思えない。本人の意思じゃないような、そんな気がする。
「ガアアァァ!」
 立ち上がった莎草が龍麻に向かって腕を振るった。距離が離れているというのに龍麻はその場から大きく飛び退く。先程まで龍麻にいた場所にあったドラム缶が斬り裂かれたのはその直後だった。
 一気に龍麻は間合いを詰め、莎草に連続で打撃を叩き込む。拳ではなく、手の掌での攻撃だ。確実にダメージにはなっているらしく、その猛攻に莎草が怯む。
 その間も龍麻は一言も発さない。気合いの声すらなく、ただ黙々と莎草に技を叩き込んでいる。
(やっぱりなんかおかしい……絶対さっきの……さっきまでの緋勇じゃない……)
 そうするうちに、再び龍麻の蹴りが炸裂し、莎草が吹き飛んだ。莎草はそのまま動かない。
「お……おい、緋勇……」
 声に反応して龍麻が比嘉の方を向く。いつもの表情はそこにはない。そこにあったのは獣の目だった。莎草の《力》によって操られていた時とは別の恐怖がそこにある。
 比嘉は動けなかった。龍麻から目を逸らすことができない。目を逸らしてはいけない、そう本能が訴えている。が、その状態も長くは続かなかった。
「た……くみ……?」
 龍麻の口から言葉が漏れ、険しい表情が次第に穏やかになっていく。正気に戻ったようだ。
「緋勇なんだな!? いつもの緋勇だよな!?」
「焚実……僕は……」
 先程までの表情がまるで嘘のようだ。すっかり元の龍麻に戻っている。しかし
「お前……泣いてるのか……?」
「焚実……ごめん……」
 問いには答えず、それだけ言うと龍麻は駆け出した。
「お、おい緋勇!?」
 慌てて呼び止めるがそのまま龍麻は廃屋を出て行ってしまう。
「……一体、どうしたんだ……?」
「う……うん……」
「――さとみ!」
 その声で、ここに来た目的を思い出す。比嘉は青葉に駆け寄った。
「比嘉くん……?」
 どうやら完全に莎草の《力》からは解放されたようだ。
「怪我はないか!?」
「うん……大丈夫……」
 比嘉の手を借りて立ち上がる。
「比嘉くんが……助けてくれたのね」
「え……? いや……助けたのは緋勇だ。お前も、俺も、そしてあいつらも――」
 奥で座り込んだままの男達に視線を向け、比嘉は言った。
「みんな緋勇が助けてくれたんだ」
「でも……緋勇くんは?」
 周囲を見回して青葉が問う。
「それに……彼らも、って……何があったの?」
「俺にも……何がなんだかさっぱりだ」
「莎草君は……?」
 その言葉に、比嘉は先程莎草が倒れたところへ目を向けるが、莎草の姿はどこにも見えない。ただ、莎草の着ていた衣服の切れ端だけが残っている。
「とりあえず……病院へ行こう。お前を看てもらわないとな。話は……それからだ」
 それだけ言って比嘉は奥にいる男達にも声をかけた。
 一体何が起こってどうなったのか、それは分からない。
 だが、今回の一件が解決した、それだけは確かなようだった。



 龍麻の足は、自然と拳武館に向かっていた。その途中で鳴瀧に遭遇する。促されるままに龍麻は車に乗り込み
「すまなかったな」
 走り出すと同時に鳴瀧が発したのはその一言だった。
「道場で君の《氣》を見た時には、まさか君が《氣》の修練を積んでいないとは思わなかったんだ」
「……」
「あの後兵麻に電話をしたら、君は《氣》の扱いを知らないと言われてね。慌てて君を追いかけ――どうしたのかね?」
 様子のおかしい龍麻に問いかけると、俯いたままで龍麻が
「鳴瀧さん……《氣》の修練を積めば……もう自分を見失わずにすみますか?」
「どういうことかね?」
「公園での一件、彼らを倒した記憶がなかったんです。それに莎草の時も……相手の《氣》や負の感情を感じているうちにだんだん感覚が鋭くなっていって……気が付けば相手は倒れていました」
 その時の事を思い出したのか、肩が、声が震えている。
「自分の意志で自分を制御できないんです。相手の《氣》に……感情に呑まれて、それを排除するために叩き潰す……必要以上に相手を傷つけてしまって……このままだといつか……自分の大切な人も自分の手で……!」
 鳴瀧は黙って龍麻の話を聞いていた。そして、訊ねる。
「龍麻君……君は強くなりたいかね?」
「はい……」
「では、大切なものを護り抜く自信はあるかね?」
「……正直分かりません。でも、そのためにも僕は強くなりたい」
「君の《力》はまだ未熟だ」
 龍麻の肩に手を置いて鳴瀧は言った。
「君に古武道を教えよう。私と弦麻が体得した古武道……弦麻が修めたものと同じ、この古武道の表の――陽の技を」
「陽の技……父さんと同じ」
「そうだ。これから三ヶ月間、みっちりしごくことになるが……」
「三ヶ月、ですか?」
 期間を限定するかのような鳴瀧の言葉に問い返す。
「……新宿へ行くんだ」
「新宿……って東京の?」
「そうだ。新宿の真神学園へ――」
「マガミ……学園」
「君の《力》を必要とする者たちのため、君はそこへ行かなければならない。それが君の《宿星》だ」
 《宿星》と言われてもピンとこない。それが何を意味するかは分からないが、自分の為すべき事は決まった。まずは強くなることだ。
「よろしくお願いします」
 龍麻は深々と頭を下げた。



 三ヶ月後、龍麻は東京へと旅立った。新宿真神学園へ。
 これから起こるであろう出会いと、闘いの日々――それを知るのは、もう少し先だ。



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