12月23日――桜ヶ丘中央病院。
清潔なシーツを敷いたベッドの上で、本を読む少年が一人。ここへ担ぎ込まれた時には意識不明で生死の境を彷徨っていたというのに、今では少し顔色が悪い程度にしか見えない。本当なら身を起こす事も困難であるはずなのに、少年は何を苦にするわけでもなく古い装丁の本をめくっている。
そちらの様子を、こっそりと窺いながら、思う。なんてでたらめなのだろう、と。
とは言え、そんな事を言える立場ではなかった。自分という存在も、何も知らない一般の人々から見れば十分に、でたらめという言葉で分類されるものには違いない。
ただ、自分は人にあらざる者で、向こうは特異な《力》を持っているとは言え人間だ。人外よりも不可思議な人間、というのはどうだろう。
(それとも流石は、というべきなのでしょうか)
彼の血統を考えれば、彼の存在の特殊性を考えれば、あり得ない事ではないのかも知れない。そういえばあの時の『彼』も――そこで思考を中断した。主の言葉が脳裏をよぎったからだ。
らしくない、と軽く頭を振る。いつから自分はこうも余計なことを考えるようになったのか。主の命に従い、星視を護る。それが自分の存在理由であり、全てであったはずだ。それが今更、過去を思い返したりするなどと――
「……ぇ……」
やはり、自分はおかしいのだろう。よくよく考えてみれば、式神としても自分は少々変わった立場にいる。いくら星視の護衛があるとは言え、こうも長い間現界していたことはなかった。式神は使役される存在。その用が無くなれば元の世界に戻るのが常だ。であるのに、今の主に召喚されてからは、戦闘で傷つかない限りこの世界から消えることはない。そのため、護衛以外の事柄にも自然と触れる機会が多い。
「……ね……う……?」
余計なことを頭に置いておくのは好ましくない。目的があって召喚されたのならば、考えるのはそのことだけでいい。他のことに気を取られてそちらが疎かになるようでは問題だ。
一度、主に相談してみるべきだろうか。それがいいかも知れない、そう思ったところで。
「ねえ、芙蓉ってば!」
ベッドの上の少年、緋勇龍麻の大声によって、芙蓉は現実へと引き戻された。
「あのさ、どうかしたの?」
訝しげな目を龍麻はこちらへと向けてきた。いえ、と芙蓉は首を横に振る。まさか先ほどの悩みを打ち明ける訳にはいかず、言葉を濁す。そして話題を変えた。
「それより、何か用があったのでは御座いませんか?」
「ん、特に用というわけじゃないんだけど……さっきから芙蓉がこっちをちらちら見てるから、何かあったのかな、と思って」
そんなことを言ってくる。気付かれているとは思わなかった。龍麻はそんなそぶりを見せずに本を読んでいたというのに。
「申し訳御座いません」
無礼をしたと思い、芙蓉は言葉と共に頭を下げた。すると龍麻は慌てて手を振った。
「いや、別に責めてるわけじゃないよ。ちょっと気になっただけだから」
そう言われては曖昧に頷くことしかできない。ただ、今度はこちらの方が気になった。
「あの、龍麻様。よろしいでしょうか」
「ん、何?」
「何故、わたくしの動きに気付いたのですか? 龍麻様は先程まで読書の最中で、そちらに集中していたように見受けられましたが」
そう問うと、龍麻は何故か苦笑いをした。本を閉じると、別に本を読んでいた訳じゃないんだ、と言う。
「もう繰り返し読んだ本だからね。隅々まで、とはいかないけど、内容はほぼ把握してる。今更熱中する程のものじゃないんだ」
「では?」
「僕が読書してたのはね、ただ単にすることがなかったから。だって、せっかく見舞いに来てくれたのに、芙蓉はただ椅子に座ってじっとしてるから。どう話しかけていいか分からなくてさ。芙蓉は晴明の秘書とか秋月さんの世話、護衛とか色々とやるべき事があるから、そっちの考え事をしているのなら邪魔しちゃ悪いと思って」
そう言われて、気付いた。
今日、ここへやって来たのは龍麻の見舞いのためだ。毎日入れ替わりでやって来る仲間達も、今の時間帯はまだ学校であるから龍麻は一人である。秋月の使いで見舞いの品を持ってきたまではよかったが、その後は手持ちぶさたになって病室の椅子に座って何とはなしに過ごしていたのだった。すぐに帰ればよかったのだろうが、何故かその気になれず、そのまま時間だけが過ぎてしまった、というわけだ。
考えてみれば間抜けな話である。見舞いに来て品物を届けただけでは宅配便と変わらないではないか。
しかし、とも思う。今の言を解釈するならば、龍麻は話し相手が欲しいのだろう。だがそれは、自分にはとても荷が重いことだ。芙蓉にとって俗世のことはほとんど無意味なことであり、世間話一つにしても話題がないのである。
さて、どうしたものか――少なくとも自分から振れるような話題などない。話し相手になれ、と言われてもどこまでついて行けるかも分からない。本当に、どうしたものかと考え続け――はっと我に返った。
こっそりと龍麻の様子を窺うと、彼の目はこちらを捉えていた。これでは先程の焼き直しだ。
「あー、無理はしなくていいよ。なんだか強要してるみたいだ」
「いえ、そうはまいりません」
苦笑しながら龍麻はそう言うが、芙蓉ははいそうですかと頷けなかった。
「わたくしとて、話し相手くらいできます。ですが……正直に申し上げますと、わたくしから何か話を、というのが困難なのも事実」
「うーん……そうだねぇ」
龍麻はベッドの上で腕を組み、少し考えるそぶりを見せた後で顔を上げた。
「芙蓉の性質上、こちらから話題を振るというか、質問するというか……そういう方がいいのかな?」
「御意。わたくしに分かる範囲であれば」
そう答えると、龍麻は中空に視線をやる。何やら呟きながら目を左右に動かし――
「それじゃあ、質問」
再びこちらへ目を向けて、龍麻は口を開いた。
「芙蓉は、僕に似た誰かを知ってるの?」
凍り付いた、という表現がある。今の芙蓉の状態を言い表すなら、これが最も適当だろう。表情は固まったまま、その身体は微動だにしない。目がいつもよりやや大きめに開かれている以外は、普段通りであるのはずなのだが、それでもその雰囲気はいつもと違う。
訊かない方がよかったかな、と思いながらも龍麻は芙蓉の反応を待った。
龍麻が芙蓉と初めて出会った時、彼女は間違いなく、自分を見て驚いていた。後で聞いた話によると、芙蓉がそうやって感情を動かすことは滅多にないと言う。だと言うのに、芙蓉は長い付き合いをしているはずの御門達すら驚かせるような反応を何度も見せた。
それが自分に関係しているのではという推察はすぐに立った。人を見て驚く、という反応が出る状況というのは限られる。つまりは、いるはずのない人間がいた時だ。
あの時の自分に芙蓉は反応した。自分という人間がいるのが前もってわかっていたはずなのに、だ。龍麻は芙蓉に会ったことがない。だとするなら、自分にそっくりな誰か、ということになるだろうか。
「申し訳御座いません」
芙蓉はこちらへ頭を下げた。龍麻はその行為に戸惑う。まさか質問に対して詫びの言葉が出るとは思ってもいなかったのだ。
「確かに……龍麻様の仰る通り、わたくしは龍麻様に似た者を存じております。既にこの世にはおらぬ者なれど、龍麻様を見ていると、時折それを思い出すのです。しかし、それは礼を欠いた行為。既になき者を今ある者から見出すなど……」
俯いたまま、僅かに見える芙蓉の顔は、いつも通りの無表情だ。感情を感じさせない、面のような貌。
芙蓉が何故自分を見て驚いたのか、その理由については納得した。ただ、芙蓉は何か勘違いしているようだ。
頭に手をやり、入院してから少し伸びた髪をかき回しながら龍麻は言った。
「ねえ、芙蓉。別に謝ってもらう必要はないんだよ。芙蓉は何も悪いことなんてしてないんだから」
怪訝な表情で芙蓉は頭を上げる。
「そりゃあ、芙蓉が僕をその人として見てるのなら話は別だけど、ただ単に、僕を見ることでその人を思い出してるだけでしょ? だったら、全然問題ないと思うけど」
「そういう――ものですか?」
「僕達だって、知り合いに似た人を見れば驚くだろうし、その時には知人を思い浮かべるだろうしね。芙蓉のはそれと同じでしょ? それとも、僕をその人と思って接してきたとでも?」
「い、いいえっ! そのような、ことは――」
少し意地悪げに言ってやると、芙蓉は信じられない程に慌ててそれを否定した。そしてその自分の態度に自分で驚いたのか、言葉が尻すぼみになる。これはこれで、貴重な姿なのかも知れないが、ちと悪戯が過ぎたようだ。
「まあ、それはそれとして。その人って、どんな人だったのか聞いていいかな?」
龍麻は話題を切り替えた。いや、むしろこっちが本題だ。やはり興味があるのである。ところがそこでまた、芙蓉の表情が変わった。嫌がっている、わけではなさそうだが、どこか困ったような、躊躇っているような面持ちだ。
「あの……何か不都合がある?」
「いえ……わたくしは一向に構わないのですが……」
訊ねるとそう言い淀む。その言い方ではまるで、こちらの方に問題があるようだ。こちらに気を遣っているとでもいうか。しかしここで諦めるのも惜しい。だから龍麻は促した。
「芙蓉、僕は構わないから。だから、教えてくれないかな」
「龍麻様がそう、仰るのでしたら」
諦めたような顔つきで、芙蓉はため息をついたように見えたが、すぐにいつもの生真面目な表情で、こちらを見る。
「では、どこからお話ししましょうか?」
「まずは、そうだね。僕とどのくらい似てたのかってことから。そんなにそっくり?」
「はい。顔は瓜二つに御座います。背丈は龍麻様の方がやや上かと」
「なるほど。初見で驚いたのもそのせいだったんだ。それじゃあ、外側じゃなくて内側は? どんな性格だった?」
そこで、芙蓉が止まった。こちらに向いていた視線は、宙を彷徨っている。先程と同じ、どこか躊躇っているようだ。急かさずに龍麻は言葉を待つ。
ややして、芙蓉の口が動いた。
「村雨に、アラン様と蓬莱寺様を足したような、と申せばいいのでしょうか」
ゴン
思わずのけぞり、ベッドの端に頭を打ち付けてしまう。それなりに勢いがついていたため、かなり痛かった。
「口調は龍麻様とさほど変わら――龍麻様、御無事ですか?」
「だ、大丈夫……」
力なく笑いながら、こちらを気遣う芙蓉に応え、龍麻は気を取り直す。正直ダメージが大きかったが、それでもここで負ける訳にはいかない――何に負けるのかは謎だが。
「そ、それで……つまり、賭け事や女性に目がない、ってことでいいのかな?」
「賭け事は存じませんが、わたくしが初めてその者を見た時は、茶屋の娘を口説いておりました」
「そ、そう……」
「わたくしと出会った時には、やはり馴れ馴れしくつきまとってきましたが」
開き直ったのか、芙蓉の口調は容赦ない。淡々と事実を述べているだけなのだろうが、逆にそれが痛い。
「ま、まあ、容姿が似てるってだけだし……別に僕とは何の関係もない人だしね……」
再度気を取り直そうと大きく深呼吸。芙蓉の態度から頭の片隅に生じた、推察というか半ば確信めいたものを打ち消そうと、龍麻は自分に言い聞かせる。しかし式神の姫の口からは無情な言葉の刃が放たれた。
「いえ……恐らく、無関係では御座いません。その者は龍斗――緋勇の龍斗と名乗りましたから」
やっぱり、と龍麻は天井を仰ぐ。予想できたことではあったのだが。それでもこうして言葉に出されると、何とも複雑な気分である。
「龍斗も無手の技を、それも《力》を用いた武術を用いておりました。それは龍麻様の使う技にとてもよく似ております」
「《力》が前提の武術なんて、はっきり言って廃れるだけだと思うんだけどね……よく今まで残ってきたなぁ……」
「無手に限らず、武器の扱いにも長けておりました。どこに隠し持っていたのかと思う程、多種多様な武器――ほとんどが暗器でしたが、扱っておりました」
「暗器、って……芙蓉。君がその龍斗に会ったのって、いつ頃の話?」
「そうですね……この国に異人が多く訪れるようになるほんの少し前、でしょうか。幕府は、まだ存在していたはずで御座います」
推察するに、幕末の頃であろう。そこで、かつて実家から送ってきた古い書物を思い出した。先程まで、龍麻が目を通していた本。如月の鑑定が確かなら、あれが幕末から明治にかけての物だったはずだ。それには名が記してあった。あの時はよく読めなかったが、確か姓は緋勇と読めたはずだ。
持ったままだった本の裏表紙をめくってみる。そこに記された、ミミズののたくったような文字をじっくり見てみた。確証はないが、緋勇龍斗と、そう書いてあるように見えた。
「それで、芙蓉はどういう状況で龍斗と知り合ったの? 確か芙蓉は、以前は安倍の家にいたんだよね?」
「はい。当時のわたくしは安倍家の式神として、任があれば召喚されておりました。龍斗と出会ったのは、その任の途中で御座います」
当時の自分はそう長い間現界していた訳ではない。用があれば呼び出され、用が済めば異界に還る。その繰り返しだった。別に芙蓉に限ったことではない。式神というのはそういうものだ。
「その任って言うのは?」
「あやかしの退治に御座います。当時は今に比べ、怪異はまだまだ人の世にあふれておりましたので」
「ふむ……それで知り合った、ってことは、龍斗ってそういうのを生業にしてたんだ?」
「さぁ……どうなのでしょう」
芙蓉は思う。確かに怪異に対処する術を龍斗は持っていた。ひょっとしたらそれが本業だったのかも知れない。ただ、あの時の龍斗は行商人風の姿であったし、他にも何か厄介事を抱えている様子であった。持っていた武器だけを見てもカタギではない。
芙蓉が知っていることは、当時、緋勇の名が割と有名なものだったということだけだ。それも、陽の当たらない世界で。
「ただ、その戦闘力は目を見張るものがありました。私見では、今の龍麻様をも超えていたように思えます」
「へぇ。まあ、僕の技は正式に、それも使い手に教わったものじゃないからね。基本と、後は文献による再現のみ。当時と今じゃ、戦闘に関する考え方も違うだろうし、僕とじゃ比べものにならないだろうね。それで? 出会ってからしばらく一緒に旅したわけ?」
「はい。一緒というか、つきまとわれたというか……とにかく、目的地までは一緒でした。そこで――」
言葉を切る。当時のことが、鮮明に脳裏に浮かんだ。
そこで、芙蓉は龍斗と別れたのだ。正確には、別れざるを得なかった、であるが。
なんやかやと付きまとってきた龍斗も結局は同じ目的で旅をしていたらしく、自分に協力してくれた形となった。しかし任を果たすことはできたものの、芙蓉は戦いで傷つき、現界できなくなってしまったのである。
「わたくしは龍斗に助けられたのです。あの時、龍斗がいなければ、わたくしは戦に敗れていたでしょう。主の命を果たすことができたのは龍斗のお陰。それにわたくしが式神であるにもかかわらず、正体を知っても普通の人と同じように接したり……その辺りは龍麻様と同じに御座います」
「そう、かな?」
「はい……龍麻様はあの者に、よく似てらっしゃいます。もちろん、性格はまるで正反対で御座いますが、その根本にあるものは同じなので御座いましょう」
口ではどう言おうとも、困っている者を見過ごせない。人を助けることで自分が傷つく事もいとわない。芙蓉が見た、そして後で聞いた龍麻の姿というのは、面白いくらいに過去の知人と重なった。
あの時、身を挺して自分を護ってくれた龍斗。本人は常に自分以外のものを気遣い。そして、消える間際には――
「あ――」
思わず言葉が漏れた。あの時の、最後のやり取りを思い出したのだ。
「芙蓉? どうかした?」
「いえ……ただ、約束を思い出しただけに御座います。約束、と言えるのかは分かりませぬが」
「へぇ。どんなものだったのか、教えてもらってもいいかな?」
「と、申しましても……もしも再会できたならば、というもので御座いましたから」
既に故人となった者である。それがどんな約束であれ、再会できたらという条件がある以上、果たされることはない。ただ――
「しかし、龍麻様さえよろしければ……」
「へ?」
龍麻は間抜けな声を出した。
「龍麻様さえよろしければ、それも果たすことができましょう。勿論、龍斗の代わりに、という意味ではなく、龍麻様であるからこそ、わたくしもこうやって申し出る気になったのですが」
「な、内容によるけど……どういったものなわけ?」
恐る恐る、龍麻が訊ねる。別に大したことではないのだが、何やら警戒しているようだ。それが何故かおかしくて、自然と口元が綻ぶ。そんな自分に気付き、自分にもそんな感情があったかと驚いた。
だが、今はとりあえず問いに答える時だ。
「簡単に申し上げれば、わたくしを使役する、ということで御座います」
「使役、って……それって、要は僕が芙蓉を指揮する、って意味で取ってもいいのかな?」
芙蓉は恭しく頭を下げた。厳密にはもっと深いのだが、それは言わずともよいだろう。
「それって、今と変わらないけど……」
現時点では、御門以下、皇神組は全員龍麻の指揮下に入っている。勿論、柳生を斃すまで、ではあろうが、体制上は、既に龍麻は芙蓉を使う立場だ。
「まあ、芙蓉がそう言うんだったら、別に構わないよ。僕は芙蓉を使役する。もちろん、大切な仲間として、だけど」
何故かほっと息を吐いて、龍麻はこちらに手を差し出してくる。
「はい。これからも、よろしくお願いいたします」
その手を、芙蓉はしっかりと握り返した。
「よし、決めた」
傷だらけの男は、そう言った。血に染まった着物は男の怪我を物語っていたが、それは冗談だとばかりに平然と。
「もし今度また、会えることがあれば――」
男の口から出た言葉に、女は目を丸くする。先程まで苦しげだった顔は、驚きに染め変えられた。
「何を無茶なことを……そのようなこと、できるはずが……」
「普通はな。それに、いくら同じようなことをしているからと言って、再会できるとは限らん。だが、そういう縁があるのなら、それもいいかと思ったんだ。今はできなくても、そのうち実現させてやるさ。嫌か?」
「まったく、お前は……よくそんなことを思いつきましたね……」
女は呆れた声を出す。男は返事を待っている。その顔は先程のものではなく、女と初めて会った時のものに戻っていた。
「そういうわけなのですが……どうでしょう? 命に縛られているからとかそういう理由ではなく、あなたの意志をもって、答えて頂けますか?」
女は無言。その姿は次第に輪郭を崩し、色を失いつつあった。
「何故、そのようなことを考えたのです?」
「そうしたかったからです」
問いに男は即答した。何とも単純な、そして実質曖昧な答えである。男は微笑をたたえたままで、女の答えを待っている。そこでまたしばしの時間が流れ
「もし再会できれば……そして、その時にお前にそれが可能なら、考えてやらなくもありません」
消える間際、確かに女は、それを受け入れた。