10月16日。放課後――真神学園オカルト研究会部室。
 裏密ミサは1人の客を迎えていた。同じ学校の生徒であり、友人であり、仲間であり、指揮官である緋勇龍麻だ。
 龍麻が霊研に顔を出すのは、決して珍しいことではない。ここの部長である自分を除き、仲間の中では一番頻繁に出入りしている。
「で〜、今日は何の用〜? 術のレクチャー? それとも、書物の貸し出しかしら〜?」
 対面に座っている龍麻にいつものように問いかける。龍麻がここへ来る理由はそのくらいだ。少なくとも、自身について占いをしてくれと頼みに来たことは、残念ながら1度もない。
「実は、裏密さんに訊きたいことがあって来たんだ」
「訊きたいこと〜?」
 にや〜、っと笑って裏密は人形を抱きしめる。
「ミサちゃんの〜、スリーサイズは秘密なの〜。うふふふふ〜」
「いや、そういうコトじゃなくてね……」
 ボケてみると、龍麻はがっくりと肩を落としたが、気を取り直すように頭を振って、続ける。
「裏密さんの使える術について、訊きたくてね」
「術〜? どんな〜?」
「過去視。使えるかな?」
 過去視ポストコグ――その名のとおり、過去にあった出来事を視る術。龍麻は過去を視たいというのだ。
 過去視の術自体は、一応使える。ただ、過去になる程、曖昧なビジョンになってしまう。また、視る者に関わりない事柄も同様だ。今の自分が使える過去視では、それが限界。今まで力を入れてきた分野ではないので仕方ない。
「使えないことはないけど〜。あんまり昔のことは、無理よ〜」
「できる範囲でいい。頼みたいんだけど」
「いつのどこを見るの〜?」
 準備を始めながら訊ねると龍麻は言った。
「今年の9月16日。等々力不動境内」
 思わず手を止めてしまう。その日、そこで何があったのかは知っている。だからこそ、驚いた。何が知りたいのかも、見当が付いた。だがあえて、聞き返す。
「今〜、何て言ったの〜?」
「9月16日。等々力不動境内。変生した九角と戦っている場面を見たいんだ」
 龍麻はより具体的に条件を示した。
「どうして、そんな昔の話を〜?」
「ミサちゃんは見てたんだよね。いや、あの場にいた全員が、見てたはずなんだ。僕が九角を斃したところを。でも、僕自身はそれを覚えていない」
 龍麻の言葉は、自分の予想を裏付けるものだった。
 
 四神方陣発動後、龍麻は九角に一撃入れて、更に必殺の一撃を見舞おうとした。《氣》を高め、秘拳・鳳凰以上の威力を求め、そして声を聞いた。
 だが、そこで自分の記憶は途切れる。声を聞き、そして九角の最後の言葉を聞くまで――肝心の、九角を斃した瞬間が綺麗さっぱりと記憶にないのだ。あるのはただ、今までに感じたことのない《氣》のようなものだけ。そしてそれは、帯脇の件で桜ヶ丘に出向いた時にはっきりと認識できた。
「僕は知りたいんだ。自分が一体何なのか」
 自分の《力》が、魔人達の中でも異質なものだと感じ始めたのは、等々力以降だ。制御が困難になるほど膨れ上がった《力》。身体能力や回復力も、以前に比べて増した。桜ヶ丘では憑依してきた大蛇をも滅ぼした。
「だから、見せて欲しい。あの時何が起こったのか……いや、僕が何をしたのかを」
 異常なまでの《力》が自分に宿っている理由。それを知り、今後の制御に活かしたいというのが龍麻の考えだった。
 
「分かったわ〜」
 しばらく間をおいて、裏密は答える。自分としては、この件に関して龍麻に余計な知識を与えない方がいいと思っていた。鬼道衆との闘いが終わった時点で、龍麻に今以上の《力》は不要だと思っていたからだ。だが事態は動き始めた。外法を施された九角の復活。今なお乱れが収まらない龍脈。まだ、何も終わってはいなかったのだから。
「それじゃ〜、いくよ〜」
 水晶玉に手をかざし、意識を集中する。蒼い光が、薄暗い部室内に広がっていった。
 
 
 全て――といってもそう長い時間ではないが――を見終えた龍麻は顎に手をやり、もはや何も映っていない水晶玉に視線を向けたまま、何やら考え込んでいる。
「もう一度見る〜?」
「いや、いい。ありがとう、ミサちゃん」
 四度目の確認をすると、龍麻は首を振った。結局、同じ場面を3回見せたわけだが、視ただけで分かることは多くない。いや、ほとんど何も分からないだろう。龍麻が正体不明の《氣》を纏っていたこと、その《氣》を用いた一撃で九角を滅ぼしたこと、その2点くらいのものだ。
「で、ミサちゃん。あの金色の《氣》は、何?」
 その問いに、裏密は首を左右に振る。
「見てのとおり、《陰氣》でも陽の《氣》でもないわ〜」
「僕は、どっちでもあるように感じたんだけど……」
「あたし〜も、初めて見たものだから〜、何とも言えないわ〜。でも〜、ひーちゃんがそう感じたのなら〜、そうなのかも〜」
 当たり障りのない答えを返す。だが、
「ねぇ、ミサちゃん……」
 龍麻の声が、やや低いものに変化した。
「僕には何も教える気はない、そういうこと……?」
 こちらを見る冷たい視線。知らず顔が引きつるのを感じた。
(……やっぱり、ばれるわよね〜……)
 過去を見せはしたが、肝心な情報を今与える気は最初からなかったのだ。それを見破られたのである。
 何と答えたものか。どう言えば納得してくれるだろうか。とりあえずは言い訳を考える。
 
 黙ったままの裏密に、内心溜息をついた。裏密は、自分の《力》について何か知っている。それは確信できた。ただ、それを言わない理由が分からない。自分がそれを知ることで、何か不都合があるというのだろうか。
 仕方なく、話題を変えることにする。
「じゃあ、もう1つ質問。《器》って言葉に、心当たりは?」
 自分に憑依した大蛇が残した言葉を訊ねる。
「言葉の意味そのままなら〜、人物や才能の大きさ〜、器量とかだけど〜。オカルトこっち系では〜、霊や超常の存在を降ろすための、人とか物を指すこともあるわね〜」
この質問には即答する裏密。
(大蛇は僕を《器》だと言った。霊を受け入れやすい体質……いや、違う。それなら、大蛇を消し飛ばしたりはしないはずだ。超常の存在……あの、よく分からない《氣》と何か関係があるのかな……)
 結局、望む答えは出そうになかった。これ以上ここにいても、裏密は核心について何も答えはしないだろう。
「色々とありがとう、ミサちゃん」
 それだけ言って席を立つ。そのまま出口へ向かいドアに手を掛けたところで背後からの声。
「今は、まだ語るべき時ではないの〜。そして〜、それはあたし〜の役目じゃないのよ〜」
 いずれ、知る時が来る。裏密はそう言ったのだ。
「うん。分かった」
 分からないままという不安は残るが、とりあえず、割り切ることにする。龍麻はそのまま霊研を出た。
「さて、と……」
 収穫はほとんどなし。怪我も完治していない状態では、旧校舎へ降りている京一達と合流というわけにもいかない。行ったところで追い返されるだけだ。
 これからどうするか考えようとしたところで、携帯が鳴る。
 発信先は、如月だった。
 
 
 
 新宿区――緋勇家。道場。
「これが注文の品だ。確認してくれ」
 如月が龍麻の前に、紫の包みを差し出した。袱紗をほどき、桐製らしい箱を開ける。
 箱の中にあったのは、4本の金属。全長は30センチ程度、柳刃のような形状の刃と拳程の大きさの握りをした刃物。柄尻部分は輪のようになっている。忍の使う物として、割と名の知れている道具、苦無だった。本来は道具として使われることが多かったものだが、最近ではメディアの影響もあって手裏剣と混同され、武器としてのイメージの方が先に立つものだ。
「合計4本、確かに。でも、思ったよりも早かったね。普通の金属じゃないし、もう少し時間が掛かると思ってたけど」
「そういうものを専門に扱う人もいるんでね。加工自体は容易かったと言っていた」
「そう。武器の鍛造は、詳しくないから何とも言えないけど……」
 箱の中から1本を手に取る。火のように輝く金属――以前九角に破壊されたオリハルコン製の手甲を再利用して作られた苦無は、龍麻の手にしっかりと馴染む。素材の量の関係もあって、刃部分は通常よりもかなり薄い。形状は苦無だが、ほとんどナイフのようなものだ。
「ん?」
 ふと、苦無の表面に彫り物があるのに気付く。
「鳥……いや、朱雀?」
 それは四神の1つ、朱雀の絵だった。残りの苦無に目をやるが、そちらも彫り物がしてある。
「玄武、白虎、青龍……これ、四神の?」
「ああ。ちょうど4本だし、四方を守護する四神の絵を彫り込んでくれた。縁起を担いでくれたようだよ」
 
 他人事のように言ってはいるが、これを依頼したのは如月本人だ。龍麻の《宿星》を知り、その彼を護るようにとの願いを込めて。
 
「これって何か特殊な《力》が宿ってるわけ?」
「いや。特に付加はされていないはずだ。以前のように雷《氣》を帯びる特性はどうなったか分からないな」
 言われて龍麻は《氣》を込めてみる。パチッ、と音を立てて小さな光が走った。
「健在のようだね」
 満足げに頷いて、苦無を持った右手を一閃する。風を切って苦無は、道場の壁に掛かっていた的に突き立った。中心を外れはしたが。投擲武器としてのバランスは、あまりよくない。それ用に作った物ではないので仕方ない。
「うん、いい感じ。ありがとう、翡翠」
 後は慣れの問題だろう、と判断し、如月に礼を言うと、彼は懐から一束のワイヤーを取り出し、床に置く。
「苦無の端に括り付けて、流星錘みたいな使い方も可能だ。オリハルコンで製作した時点で使い捨てにする気はないのだろうから、よかったら使ってくれ」
「重ね重ね、ありがとう。で、みんなの武器は?」
「蓬莱寺君にクトネシリカという冷《氣》を宿した刀が手に入った。雨紋には毘沙門天の霊力が込められている槍。後は、コスモレンジャーといったか……彼らに使えそうな武器も手配中だ。他の人達の分はまだだが、旧校舎の発掘品で、まかなえているんじゃないか?」
「みたいだね」
 道場の一角に、2人は目をやる。相変わらず、旧校舎の戦利品(龍麻と如月は最近発掘品と呼ぶ)はここに置いてある。その中に、仲間が今までに使っていた武器が幾つかあった。新しい武器が手に入ったので、置いていった物だ。
「戦力は整った、か」
「そうだね。仲間も増えた。みんなも《力》をつけていってる。敵の正体が掴めないままなのが不安と言えば不安だけど、僕達は前に進むしかない。今は、やれることをやろう」
「龍麻は治療に専念だな」
 こちらの左腕を見て意地悪く笑う如月。しかし龍麻は首を振った。
「右手は動くようになったからね。他にもできることはあるよ。怪我をしているからって、敵が待ってくれるわけじゃない。まぁ当面は――」
 残り3本の苦無を手に取り、的を見据える。
「これを使いこなせるように訓練するよ」
 まだ見ぬ敵に向けたつもりで放った苦無は、2本が的に刺さり、1本が壁を傷つけたのだった。



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