キリ番12000HITゲッター、皐月さんからのリクエスト。


 8月1日。岡山県岡山市。
「ただいま〜」
 数ヶ月ぶりに龍麻は実家の門をくぐった。玄関を開け、声をかける。しかし、返事はない。
「……おかしいな」
 龍麻は視線を下に落とした。玄関には靴がある。その数二足。義姉二人のものだ。義父母はともかく、義姉達は外出しているわけではない。不思議に思いながら、龍麻は気配を探る。
 すぐ近くに二つの気配。玄関を上がったすぐ隣の部屋に義姉達の《氣》が感じ取れる。
 軽く息をついて、龍麻は部屋に声を放った。
「香澄姉、沙雪姉。そんな所に隠れて何するつもり?」
 動揺が伝わってくる。しらばっくれても無駄だと気付いたのか、部屋から義姉二人が姿を見せる。香澄の手にはピコピコハンマーが、沙雪の手にはハリセンが握られていた。
「……奇襲するつもりだったの?」
「え、いや、その……ま、済んだ事は気にするな!」
「そ、そうそう。大した事じゃないでしょ?」
 誤魔化し笑いをしながら得物を放り投げる二人に、龍麻は大げさに溜息をついて見せた。
 相変わらず、と言えばそれまでだが、帰ってきた場所が変わっていないのは悪くない。
「僕が帰ってくるまで、ずっとそこにいたわけ?」
「まさか。新幹線の時間が分かってりゃ、駅から家までの時間くらい計算できるだろ」
 何時の新幹線に乗るかは連絡してあった。馬鹿にしてるだろう、と睨みつけてくる沙雪に、龍麻は呆れを含んだ視線を返す。
「僕が東京へ出発する日、指定席を無駄にしたのは誰だっけ?」
 前もって買っておいた新幹線の切符。家から駅までの移動時間が予想以上にかかり、結局乗り遅れてしまったのはそう昔の事ではない。時間には余裕がある、と色々と引き止めたのは誰だったか……
「……よくも覚えてるな、そんなコト」
「半年も経ってない事を、忘れる方が無理だよ」
 頬に一筋の汗を浮かべる沙雪に、龍麻は肩をすくめて見せた。
「ま、それはともかく、だ」
 咳払いなどして、沙雪が龍麻を見る。香澄の方もその隣に並んだ。
「「おかえりなさい、たっちゃん」」
「ただいま」
 満面の笑みでもって迎えてくれた義姉二人に、龍麻も笑顔で答えた。

「そういえば、義父さんと義母さんは?」
 荷物を受け取る香澄に尋ねる龍麻。
「父さんも母さんも旅行中。明日の晩には帰ってくるはずよ」
「そっか。タイミングが悪かったかな?」
「まあ、仕方がないわよ。荷物は使っていた部屋に置いておくわね。それと、今晩何が食べたい?」
「うーん。久し振りに僕が作るよ」
 龍麻がそう言うと同時に、顔に何かが迫ってきた。咄嗟の事で慌てて躱そうとするが、それは鼻先で止まる。香澄の人差し指だった。
「駄目よ。せっかくたっちゃんが帰って来たのに、お姉さんに料理の腕を振るわせてくれないの?」
「ってことは、どうせ何作るかも決めてあるんでしょ?」
「あら、分かった?」
「そこまで言えば、予想はつくよ。それじゃあ任せる。ん?」
 下駄箱の上にある物を見つけ、龍麻は踵を返すと外へ向かう。
「あら、どこ行くの?」
「どこにも行かないよ。ちょっと気になる事が――あ、あった」
 玄関の横に二台のバイク。どちらもレプリカ、ツアラータイプ。排気量はどちらも同じ、400ccクラスのようだが、メーカーは違う。
「買ったんだね」
「ええ。せっかく免許をみんなで取りに行ったのに、それだけじゃ勿体ないじゃない」
 高校二年の冬休みに入って、龍麻は義姉二人と一緒に教習所に通った。東京に行った時に、あった方が便利ではないかとの考えからだったのだが、はっきり言って公共交通網がしっかりしている東京では、あっても意味がなかった。第一、真神はバイク登校が禁止だったりする。
 義姉達は大学への通学に使っているのだろう。
「教習以来か……久々に乗ってみようかな。貸してもらえる?」
「それは構わないけど。あ、キーは下駄箱の上ね」
「ありがとう。それじゃ」
 キーを手に取り、フルフェイスのヘルメットを被ると、手前にあったバイクにキーを挿す。セルを回すとエンジンはすぐに掛かった。感覚を確かめるように軽くアクセルを噴かし、そのまま龍麻はバイクを駆って家を出て行った。
「たっちゃん、姉ちゃんどこへ――あれ?」
 バイクの音に気付いたのか、奥から沙雪が戻ってくる。姉の姿を認めて首を傾げる沙雪。
「今の、姉ちゃんのバイクの音だったよな?」
「ええ。たっちゃんが貸してくれって言うから」
「ん? たっちゃん、どこ行ったんだ? 比嘉んトコか?」
「いいえ。それならそう言って出て行くはずだし。何も言わなかったのよ。まあ、晩御飯までには帰ってくるでしょ。さて、沙雪ちゃんも手伝ってね」
「おう」
 家に残った義姉二人は夕食の準備をするべく台所へと向かった。



「ただいま」
「おう、帰ったな」
 小一時間ほどして帰って来た龍麻を、何故か沙雪が出迎える。
「あれ、沙雪姉どうして玄関なんかにいるの?」
「たっちゃんの出迎えに決まってるだろ」
 何言ってんだとの沙雪に龍麻が目を細める。何を企んでいるのかという疑いの目だ。
「出迎え、って……どうかした?」
「久々に手合わせくらいしてくれたっていいだろ?」
「手合わせって言ったって」
 確かに沙雪にしろ、そして香澄にしろ、義父兵麻に合気の手ほどきを受けている。そっちではかなりの腕を持っているのだが。
「今更、合気の手合わせって言ってもね」
「んにゃ、そっちじゃねぇよ。ま、いいからいいから」
 そう言うと沙雪は外に出て行った。庭の方へと歩いていく。そちらには道場があるのだ。
「やれやれ、相変わらず強引と言うか」
 思えば龍麻が合気を始めたのも、義姉が半ば無理矢理自分に仕込み始めたからだ。その後、指導者が義父に変わりはしたが、義姉――特に沙雪とはよく組み手をしたものだった。
 緋勇家の道場は、東京の龍麻の家とは違って家屋からは入れない。龍麻も外から道場へと向かう。一礼して中へ入ると、沙雪がこちらを向いて立っていた。
「ここも変わらないね」
「そりゃそうだ。さて、始めようぜ」
「始めるって……うわっ!?」
 言うが早いか沙雪が接近して攻撃を仕掛けてくる。咄嗟にそれを捌く龍麻。横に跳んで一旦間合いを取ろうとするが、沙雪は追撃してくる。しかし――
(掌打……?)
 元々、沙雪は兵麻から合気を習っていただけで、その他は単に殴る蹴るだけだった。とは言えそれだけでも並の男共を叩きのめすには十分だったのだが、今沙雪が見せている攻撃は、昔のそれではない。しかも体さばきといい、どこかで見た覚えがある。
「せあっ!」
 顎めがけて蹴り上げられる沙雪の足を、上体を逸らしてやり過ごす。
(龍星脚……!)
 《氣》こそ込められていないが、その軌跡は自分が使う龍星脚のそれだった。
「はあっ!」
「くっ!」
 ガッ!
 伸びきった沙雪の足が勢いよく振り下ろされる。両腕を交差させ、龍麻はそれを受けきった。
「……合気の手合わせじゃないって、こういう意味?」
「そう言う事だ。でも、まだまだオレじゃたっちゃんには及ばねぇな」
「それはいいんだけどさ、沙雪姉」
「ん?」
「その格好で足を振り上げる龍星脚と踵落としはちょっと……」
 溜息をついて、指摘する。ちなみに今の沙雪の服装は、上のTシャツはともかく下は短めのスカート――つまりは見えてしまうわけだが
「いやん、エッチ」
「僕に平気で下着姿やバスタオル一枚の姿を見せる沙雪姉のセリフじゃないね」
 からかうような笑みを浮かべる沙雪とは対照的に、龍麻の表情は冷めたものだった。女性陣の水着姿を見た時の反応や、葵との事でからかわれる度に赤面するのが嘘のようだ。
「東京に出て汚れちゃったんだなぁ。姉ちゃんは悲しいぞ」
「何を言うかな……第一、身内のそういう姿見て欲情するのは問題あると思うけど」
「直接の血は繋がってないぞ?」
「義姉以上の認識はできないね。そもそも沙雪姉はもう少し恥じらいってものを……」
 ようやく足を降ろし、沙雪は数歩下がる。
「わかったわかった。ちぇっ……つまんねーの」
「何を期待してるんだか……まあ、それはそれとして。何故に龍星脚を?」
 気になるのはそこだった。自分の技は鳴瀧に教えてもらった。その鳴瀧も今は海外にいるはずだ。もちろん自分も教えていない。では沙雪は誰から教わったのだろう?
「ん? ああ、お父さんに教えてもらった。見様見真似で何とかなるやつはな。《氣》が使えなくても型はどうとでもなるから」
「ってことは、龍星脚と……八雲?」
「龍星脚だけ。お父さんも正式に習ったわけじゃないらしい。八雲ってのはできないみたいだな。あと属性変換も無理だって話だけど、オレには何の事だかさっぱりだ」
「だろうね」
 義姉に八雲まで使われては自分の立場がない。八雲を修得したのはつい最近。港区の事件の前だ。もっとも、あれを人間の筋力・瞬発力で再現できるとは思えないが。
「で、まだやるの?」
「当然だろ。メシまでじっくりと付き合ってもらうぜ」
 無駄と思いつつ訊いてみる。予想通り、沙雪はそう言うと再び龍麻に跳びかかるのだった。



「ごちそうさま」
「おそまつさまでした。どうだった?」
 箸を置き、手を合わせる龍麻に香澄が尋ねる。ちょうど食事を終えたところだ。これから飲みに突入する。
「おいしかったよ。久し振りに義姉さんの料理が食べられて、嬉しかった」
「そう。腕を振るった甲斐があったわ」
(人数分の食事だったらね……)
 最後のは声に出さず、胸に留めておく。香澄が腕を振るった結果、姉弟三人で片付けるにはちと苦しい量が出来上がっていた。結局全部平らげたのだが、お陰で少し苦しい。
「でも、向こうではちゃんと食べてるの? 外食ばかりで栄養偏ってない?」
「うん、その辺は大丈夫。家で作ってるから」
「実は美里さんや桜井さんに作ってもらってる、っていうのは……」
「ないない」
「もう、つまらないわね」
 先程の沙雪といい、今の香澄といい、義弟で遊ぶ癖は健在のようだ。
「そう言えば、美里さん達――仲間の人達とは仲良くやってる?」
「うん。今では僕を含めて十一人になったんだけど。写真があるから見る?」
 席を立ち、龍麻は写真を持って戻って来る。その時には沙雪も酒の準備をして座っていた。龍麻は写真を机の上に並べる。
「で、誰が誰だって?」
「こっちのは、この間会ったわね。美里さんと桜井さん。それと蓬莱寺君に醍醐君」
「ああ、覚えてる。ってことは、こっちのはそれ以降に仲間になった連中か?」
「えっと……雷人はあの時点で仲間になっていたんだけど、あの時は都合が悪くて来れなかったんだ。えっと……まず雨紋雷人。槍と雷撃を使うバンドマン」
 金髪を逆立てた少年が写った写真を指して、龍麻。
「で、こっちが高見沢舞子。葵さんと同じ癒しの《力》を持つ。あと、霊媒体質」
「へぇ。たっちゃんと同じか」
「彼女の方が、そっちの《力》は数段強いけどね。で、こっちが藤咲亜里沙。鞭を使う……まあ、女王様かな。で、これが裏密ミサ。うちの生徒でオカルト研部長。知識はすごいし、黒魔術に長けてる」
 と、今までに仲間になった者達の写真を見せる。
「こうして見ると、女の子が多いわね」
「そうだな。この間の美里と桜井って娘もいるし……」
 にや〜っと笑って、義姉二人は龍麻を見る。
「「で、誰が本命?」」
「……だから、違うって!」
 声を上げる龍麻の反応に、二人は笑い出した。
「ふふふ、照れない照れない」
「しっかし、看護婦に女王様だぁ? 随分とマニアックだな。たっちゃん、そーゆートコに出入りしてんのか?」
「……二人とも現役の学生だよ。全く、何を言ってるんだか」
 明らかに自分をからかっている二人に、龍麻は溜息をついた。どうもこういう攻撃は苦手だ。反撃できないから。
「で、後は誰なの?」
「ん……これが紫暮兵庫。他校の空手部部長で二重存在ドッペルゲンガー――まあ、分身を出す《力》を持つ。こっちは如月翡翠。骨董品屋の店主で、忍者の末裔」
 一通り紹介を終えて、龍麻は酒を一口含んだ。
「これが現在の仲間全員」
「結構な数になったんだな。この連中もあれか? 事件に巻き込まれた挙げ句に《力》を?」
「いや、雷人以降は全員覚醒済みだった。全員、あの後に起きた事件で知り合ったんだ」
「へぇ。いろいろあったんだなぁ。ま、特に何事もなく、バンバン事件解決してるって――」
 そこまで言いかけて、沙雪の口が止まった。

「たっちゃん?」
「……ん、何?」
 訊き返してくる龍麻はいつも通りだ。そう、「今」は。
「ん……いや、何でもねぇ。まあ飲めよ」
 雰囲気を変えるべく酒を勧める沙雪だったが、その前に龍麻が立ち上がった。
「風呂入ってくる。話は後でね」
「何だよ、まだ構わねぇだろ?」
「昼間、誰かさんの組み手に付き合わされたからね。今頃になって身体がベタついてきた」
 笑いながらそう言って、部屋から出て行こうとする龍麻。その背に沙雪が声をかける。
「たっちゃん、背中流してやろうか?」
「……謹んで辞退させて頂きます。因幡の白兎にはなりたくないし」
 ニヤリと笑ってみせる義姉にきっぱりと断って龍麻は姿を消した。
「なあ、姉ちゃん。さっきのって……」
 龍麻が出て行った方を見ながら自分の酒を一口して、沙雪は姉に尋ねる。頷く香澄。
「何かあったのね、東京で」
 龍麻が一瞬だけ見せた悲しげな表情。どんな些細な変化であろうと、それが龍麻に関する事であるならば、それを見逃す二人ではない。もちろんそれは緋勇姉妹に限った事ではなく、仮にこの場に義父母がいても同じだっただろう。それぐらい、龍麻の事には敏感な家族である。
「だろうな。なあ、姉ちゃん。それをたっちゃんに訊くのは――」
「不許可。話す気があるなら話してるわ」
 駄目元で訊いてみるが、予想通りの答えを香澄は返した。
「こういう時、歯痒いわよね」
 空になった猪口を弄びながらそう呟く香澄の声は悔しそうだった。
 かつて、東京の龍麻の家で葵達に会った時、香澄はこう言った。「私達ではたっちゃんの力にはなれない」と。《力》を持つ者と持たざる者。その決定的な差。龍麻の敵を排除する事も龍麻を護る事もできない。
((《力》があれば……か……))
 二人して、そんな事を考える。
「やめましょう」
 深刻な雰囲気の中、先に声を発したのは香澄だった。
「せっかくたっちゃんが帰って来てるんだもの。私達が雰囲気重くしてどうするの? せめて、こっちにいる間だけでもくつろいでもらわなくちゃ」
 努めて明るく言う香澄に、沙雪も頷くと
「そうだよな。オレ達が元気づけてやらなきゃな。少しでもヤなこと忘れられるようにさ」
 お銚子を手に取り、姉の猪口に注ぐ。
「ま、せいぜい数日だけどさ」
「たっちゃんにはゆっくり骨休めしてもらいましょう」
 互いに猪口を掲げ、二人は同時にそれを飲み干した。



 龍麻は知らない。この義姉二人が後の自分に大きく関わってくる事を。
 緋勇姉妹は知らない。自分達の存在が、後に龍麻の闘いに関わる事を。
 今は、まだ――



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