7月17日。新宿区、緋勇家。
「それにしても、すごい量だな、これは」
 目の前にある数々の品物に、如月翡翠は呆れていた。
 刀、弓、手甲、槍などの武器類。呪符、仮面などの装飾品。それに薬や、一見用途のよく分からない道具類が所狭しと並んでいる。
「一体どこで手に入れたんだ?」
真神うちの旧校舎」
「旧校舎?……なぜそんな所に?」
「さあ?確かに出所は怪しいけど、法に触れるような手段で入手したわけじゃないから」
 龍麻達が今までに旧校舎で手に入れた武器、道具などは、全て龍麻の家の道場に保管されていた。入り始めた頃はよかったのだが、今では道場の一角を完全に占領している。処分に困っていたところで、先日如月が仲間になり、不要なモノは買い取ってもらおうということになったのだ。
「で、これを全部?」
「いや、余分な武器だけを。道具の類は……とりあえず保留で。符や玉なんかは残しておくよ」
「見積もりはともかく、代金はすぐというわけにはいかないが、構わないか?」
「うん。別に急ぎじゃないし。どうせみんなのお金になるんだし。で、全部見るのにどれくらいかかる?」
「そうだな……十分もあれば」
 さっそく如月は古そうな算盤を取り出して、弾き始める。こうなったらしばらくは話しかけない方がよいだろう。
「それじゃ、如月。後はよろしく。終わった頃には食事もできてるから」
 そう言って道場を出ようとした龍麻だったが、算盤を弾く音がぴた、と止まったのに気付き、その場に留まる。振り向くと、如月が怪訝な表情でこちらを見ていた。
「誰が作るんだ?」
「僕」
 どうも知り合う人間のことごとくが、自分が料理をする事に違和感を感じるらしい。このやりとり自体、龍麻にはすでに慣れっこだ。
「これでもみんなには好評なんだよ」
「そうか……いや、すまない。意外だったからつい」
「別にいいよ。直に京一達も来るから」
 家主が出ていった道場で一人佇む如月。
「考えてみれば、僕も同じようなものだったな」
 行方不明の祖父の店を預かって以来、自分も一人暮らしである。もちろん食事も自分で作っている。といっても焼き魚や煮物といったものが中心で、あまりレパートリーは多くない。気分が乗らない時など保存・携帯用の丸薬で済ませることもある。
「ふむ……今度、何か良さそうな料理を聞いてみるか」
 再び如月は算盤を弾き始めた。



 やがて京一達も集まり、夕食となった。今日のメンツは真神組の四人である。
「これはまた」
 テーブルに並ぶ料理を見て感嘆の息を洩らす如月。
 今日のメインは鳥の唐揚げだった。テーブルの中央の大皿に、レタス、トマトとともに簡単に盛りつけられている。ご飯とみそ汁はお約束である。
「「いっただっきま〜す!」」
 食事開始と同時に京一と小蒔が勢いよく食べ始める。これもいつものパタンだ。さながら川に落ちた動物に群がる肉食魚……。
(すさまじいな……)
「あ、如月。はい、これ」
 呆れたように二人の食べっぷりを眺めていた如月に、龍麻は小皿を渡した。
「これは?」
「ああ、二人がこうだからさ。確保しないとなくなるよ」
「なくなる、ってこの量が?」
「うん。そりゃあもう――」
「「おかわり!」」
 言いかけたところで京一と小蒔が同時に茶碗を差し出す。ね、と肩をすくめて見せて、龍麻は二人のご飯をよそう。なるほど、と納得し、如月は自分の皿に唐揚げを数個移した。ちなみに葵と醍醐は慣れたもので、自分の分はすでにキープしている。
「驚いただろう?」
 苦笑する醍醐に、頷くしかない如月。それを見て龍麻と葵が笑う。その話の元凶は、休むことなく口と箸を動かしていた。
「しかし緋勇君、君はいつから一人暮らしを?」
「この4月から」
「それにしては料理がうまいな。随分手慣れた印象を受けるが」
 キープしたのとは別に、大皿から唐揚げを取って口にする如月。濃いめ、やや辛口だが、食が進む味付けだ。仲間から好評だと言われるだけあって確かに美味い。
「ひーちゃんのは、お義姉さん仕込みなんだよ」
「そうそう。料理とか家事全般は二人から教わったんだと」
 食事開始後、初めて京一と小蒔が会話に参加する。と言ってもすぐに食事に戻ってしまうところが二人らしい。
「確か従姉、だったか?」
「そうだよ」
 みそ汁をすすって龍麻。
「働かざる者食うべからずだ、って色々教わったよ。もっとも本当の目的はそれじゃなかったんだけどね」
 叔父の兵麻に引き取られた直後は口を利こうともしなかった龍麻。親友を亡くし、友人を失い、育ての親にも見放された龍麻が立ち直れたのは、叔父達はもちろんだが義姉二人のそういった働きかけがあってこそだった。
 その時の事を思い出したのか龍麻は苦笑する。その苦笑の中に如月は懐古以外の何かを感じたが、触れない事にした。
「で、如月。さっきのだけど、どれくらいになった?」
「ああ、見積もりか?」
 訊ねられ、如月はズボンのポケットを探る。
「ひーちゃん、見積もりって……何か買うのか?」
「旧校舎の戦利品だよ。買い取ってもらおうと思ってね」
 今日、如月が来る事は、皆にも話しておいた。が、その理由までは伝えていない。例外は、港区で如月と話しているのを聞いている葵だけだ。
「へぇ……今までの金だって、随分貯まってるんだろ? ここらで一つ、盛大に宴会でもしねぇか?」
「まあ、それも一つの考えではあるけど。今の状況が落ち着いたら、だね」
「って事は、祝勝会か。いいねぇ」
 確かに、旧校舎基金も既に数百万円という、一介の高校生が手にするには大きすぎる額になっている。京一らしい提案だが、宴会とまではいかなくとも、仲間全員を集めて親睦会のようなものをやってみようかと、龍麻も考えていた。しかし現在の状況――鬼道衆との対立がある以上、今それをする余裕はない。
 そんなやりとりをしているうちに、如月はメモを取り出していた。皆が注目する中
「今回の買い取り額は……締めて四百二十六万八千円」
 あっさりと金額を口にする如月。それを聞いて龍麻達五人の目は点になった。
「よ……よんひゃくまん……」
 嘘だろ?と言わんばかりの京一。今まで旧校舎で貯めた金が、一気に倍以上になったのだ。疑う気持ちも分からなくはない。
「如月、買い取りを頼んだ僕が言うのも何だけど……それで元が取れるの?」
「すぐに売れる、というわけにはいかないがね。《力》云々は別として、骨董的価値の高い物はある。完売すれば、十分元は取れるさ。で、代金はどうする?振り込むか?」
「……振り込むって言ってもね。現金で頼めるかな? うちの金庫に入れるから」
「分かった。用意できたら連絡しよう」
 四百万を現金でくれと言う龍麻も龍麻だが、それを簡単に呑む如月も如月である。
「おいおい……」
「何だか……すごい事になったわね」
「実際にお金を積まれてもさ、実感沸かないと思う、ボク……」
「どんどん現実から、というか普通からかけ離れていくな……」
 《力》を得て以来、非日常の世界へ足を踏み入れた魔人達だが、ここに至って金銭感覚まで日常から遠ざかりつつあった。



「ねぇねぇ葵、トランプやろーよ」
 食事も終わり、小蒔がトランプを取り出してテーブルにばらまく。京一は新聞のテレビ欄とにらめっこ。家主の龍麻は後片付けだと言って食器類をまとめて台所だ。
「如月、将棋は指せるか?」
「? ああ」
「相手を頼む」
 言いつつ醍醐が将棋盤を持ってくる。
(勝手知ったる何とやら、か)
 普通、いくら友人の家とはいえ、いくらかの遠慮というものはあるものだ。それを自分の家であるかのように振る舞っている京一達。現に、小蒔が出したトランプは電話台の下の引き出しに入れてあった物だし、将棋盤も醍醐が隣部屋から持ってきた物だ。
「よくやるのか?」
「うむ、ここに来るとな。京一では相手にならないから龍麻、紫暮が主な相手だ」
 駒を並べながら質問に答える醍醐の後ろで、京一がむくれている。
「うっせーぞ、醍醐。俺が勝った事だってあるだろうが」
「飛車と角を抜いてやったからな。それで勝ったからといって自慢になるか」
「勝ちは勝ちだろうが」
「そう言うセリフはハンデ無しで勝ってから言え」
 それ以上は反論できないのか、京一は今に見てろよ、と言い捨ててテレビのリモコンを取るべく移動し――
「ありゃ?」
 奇妙な声を上げた。皆の視線が集まる中、ビデオデッキの辺りをごそごそと漁る京一。やがて何やら手に持ってこちらを向いた。
「なあ、これってよ」
「「「あ」」」
 如月以外の三人がその正体に気付く。見覚えのある物だった。
「何だい、それは?」
「あ、如月は知らなかったな。以前ここにひーちゃんの義姉さん達が来た時に持ってたんだ」
 答えて京一はそれをテーブルの上に置いた。
 茶色の装丁のアルバム。先に京一が言った通り、義姉の香澄が持ってきた物である。あの時、龍麻はこれを見せるのを嫌がっていたが――
「京一、それどこにあったのさ?」
「ビデオデッキの下に敷いてあった。さて……この中身が気にならないヤツなんていないよな?」
 小蒔に答え、意地悪い笑みを浮かべて皆に視線を巡らせる京一。小蒔は興味津々といった表情で。醍醐は少し迷っているような顔だが止めようとはしない。葵も同様だ。唯一事情がよく飲み込めていないのは如月だが、龍麻がこれを見せたがらなかった事など知らないので何も言わない。
「それじゃ、開くぞ」
 誰かが息を呑むのが聞こえた。ゆっくりと京一が表紙を開く。
 最初のページにあったのは大きめのサイズの集合写真だった。道着を着た男性とエプロン姿の女性が両脇に立ち、その間に二人の少女。その二人が香澄と沙雪である事に気付く如月以外の四人。そしてその二人の間に立つ一人の少年。
「これがひーちゃんのお義父さんとお義母さんで、この二人がお義姉さん達。で、これが……ひーちゃんだよね?」
 小蒔が少年を指す。断定はできなかった。容姿は似ているが、愛想のあの字もない。目も焦点が合っていないような、どこか虚ろな表情だ。今の龍麻からは想像もつかない。
「これだと……小学校か中学校の頃だな」
 見た目からそれを指摘する如月。それを裏付けるように写真の右下に付箋が貼ってあった。「1993年3月:龍麻強奪記念」と豪快な字で書いてあり、「龍麻強奪」の部分が繊細な赤字で「たっちゃん来訪」に訂正されている。前者を書いたのが義父で、後者は女性陣の誰かだろう。
「緋勇君の家族が義理だというのは以前聞いたが、この付箋を見る限りではそれ以前は別の場所にいたという事か?」
「《力》の覚醒に絡んだ事件のせいで、それまでの育ての親に嫌われて迫害受けたんだと。だから、この写真に写ってる人達は二度目……いや、実の両親を含めると三度目の家族ってことだな」
 そのくらいでいいだろ、と京一はページをめくった。
 次のページに写っている龍麻も一枚目と大差ない表情だ。緋勇家に来た当時は、かなり不安だったのだろう。そして更に次のページ。
「ようやく明るくなってきたな」
 醍醐の言う通り、次の写真の龍麻は明るい、というか普通だった。道場らしき場所で、沙雪と組み手をしている道着姿の龍麻。洗濯物の入ったかごを抱えて義母――真由華と香澄の手伝いをしている龍麻。エプロンを着けて料理を手伝う龍麻。姉弟三人が川の字になって寝ている写真など、緋勇家での日常を撮った物だ。
「この頃から家事やってたんだ。カワイイね、ひーちゃん」
「ええ。こんな事言ったら駄目なんでしょうけど、女の子みたいね」
 クスクスと笑う女性陣。しかし、ここまで見て葵が疑問を口にした。
「でも、どうして龍麻くんはこれを見られるのを嫌がったのかしら?」
「そうだよねぇ。別におかしい写真なんてないよ」
 言いつつ小蒔がページをめくり
「あ、カワイイ子」
 次の写真に写っていたのは一人の少女。フリルがついたピンクのドレスのようなものを着て、頭には同じくピンクの大きなリボン。簡単に化粧も施されている。この年頃の女の子がこのような格好をすれば喜びそうなものだが、写真の本人は不機嫌そうだった。
「これってひーちゃんの友達かな?」
「案外、この時の恋人だったりしてな。いやぁ、ひーちゃんも隅に置けねぇなあ」
「これを見られたくなかったのだろうか?」
 他にも写真はあり、着物姿やスカート、中には猫の着ぐるみまであった。被写体は同じ少女で、そういったものが数ページ続くが――
「おい……」
「「「「……」」」」
 次のページを見て、皆の顎がかくん、と落ちた。
 一枚の写真。風呂上がりなのだろう、腰にタオルを巻いただけの龍麻。それが必死の形相で、目に涙を浮かべて家の廊下らしき場所をこっちに向かって走っている。その少し後ろを、同じくタオルを身体に巻いた沙雪が追いかけていた。手には服らしいものを持っている。
 こうして見ると沙雪嬢、この頃の龍麻が十二、三だから十三、四のはずだが、年齢の割にスタイルは結構いい。
「こりゃ……何だ……?」
「ひーちゃんと……沙雪さんだよね……」
 その下の写真。先程の龍麻の背に、馬乗りになっている沙雪。次の写真で手に持った服を龍麻に無理矢理着せている。嬉々として。
 そしてその次。女物のワンピースを着た、仏頂面の龍麻。よくよく見ると、前のページにあった写真の少女に似てなくもない。
「ひょっとして、さっきの女の子の写真って全部……」
 口元を抑えて葵が呟く。その先の言葉は誰もが予想できた。
(沙雪さん、義弟になんて格好をさせて……いや、その前にこれを止めずに写真を撮ってたのは誰……?)
 確かにこんな写真、見られたくはあるまい。五人の間に気まずい空気が流れる。どうしよう、と互いの視線が交錯し
「……見なかった事にしよう」
 しばしの沈黙の後、重々しく如月が言った。もちろん異議を唱える者などいない。こくこくと頷き、アルバムを閉じようとして――
「お待たせ。デザートの西瓜だけどみんな食べ――」
 最悪のタイミングで龍麻が台所から戻ってきた。西瓜と包丁を載せた盆を持ったまま部屋に入り、テーブルの上にあるモノを見て硬直する。
 先程よりも長く、気まずい沈黙が流れる。
「あ、あの……ひーちゃん……?」
 恐る恐る声をかける小蒔だが、反応はない。やがて、盆の上にあった西瓜が動き――畳の上に落ちて割れた。
「お、おい……龍麻?」
 醍醐の声にも反応はない。盆から包丁が滑り落ち、畳に突き立つ。そのうち盆もその場に落とし――
 龍麻は真っ白になっていた。



 この件については、その場にいる仲間の間で箝口令が敷かれた。アルバムは……空き箱に入れた上で庭に埋められた。どんなに不名誉な写真でも、処分するのには抵抗があったようだ。



 余談。
「なあ、ひーちゃん。一つだけ教えてくれよ。あの写真、誰が撮ったんだ?」
「……香澄姉。服も全部香澄姉のお手製……」
「は……?」
「つまり、あの頃は身長とかは大差なかったから、義姉さん達が昔着てたのや、自分達が着る服を作った時に、実験台にされたんだ。香澄姉、裁縫とか得意で、自分達の服をよく作ってたから」
「マネキンかよ……【汗】」
「しかも、義父さんも義母さんも止めないんだ。『よく似合ってる』なんて……【悲】」
「そりゃ……災難だったな……【苦笑】」
「京一」
「あん?」
「誰かに……特に遠野さんにバラしたら、一生桜ヶ丘に入院だからね【殺】」
「……おう【恐】」



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