「破っ!」
 紫暮兵庫が放った発剄を、緋勇龍麻は《氣》を込めた右手で無造作に払いのけた。戸惑う紫暮に容赦なく、龍麻も発剄を放つ。咄嗟の事に反応できず、紫暮はまともにそれを食らった。
「ぐおっ!」
 その強烈な一撃に息が詰まる。咳き込みながらも追撃を警戒するが、既に龍麻の姿は視界にはない。だが気配は自分のすぐ側にあった。背後だ。
 確認もせずに後ろ蹴りを放つ。幸運にもその蹴りは龍麻を捉えた。
「くっ……!」
 意表を突くことはできたらしい。龍麻の動揺が伝わってくる。
 体勢を立て直し、紫暮は龍麻に向き直った。
 目の前にいる男――緋勇龍麻。先日、とある事件をきっかけに知り合い、それ以来仲間として共に戦っている男。
(器が違うな)
 呼吸を整えつつ龍麻を見る。龍麻の方も疲れているようだが、自分ほど呼吸は荒くない。
 今回の戦いは二度目だ。前回は《力》なしでの戦闘。今回は《力》を使った全力での戦闘。事件後、何度か旧校舎という場所にも潜っているし、自宅でも《氣》の修練は欠かしていない。あの頃と比べると二重存在の具現時間も延びたし、《氣》を攻撃に活用できるようになっている。それでも《力》の熟練度という点で紫暮は龍麻に劣っている。その差が今回の戦いでは嫌でも認識させられる。
「どうしたの、もう限界?」
 からかう、といった口調ではない。あまり無理をさせたくないのだろう、心配げに訊ねる龍麻。
「急激な《氣》の消耗は体に負担をかけるよ。無理のないところで……」
「心配無用! まだ大丈夫だ」
「分かった」
 答えると同時に龍麻は間を詰めた。
(やってみるか。これくらいしないとこいつの裏をかくのは無理だ)
「ぬうぅぅぅっ!」
 龍麻が間合いに入ると同時に紫暮は二重存在を発動させた。同時に攻撃――片方は正面から龍麻に蹴りを放つ。もう一人はそのまま後ろに下がり《氣》を練る。
 二重存在を盾にして死角からの発剄。それが紫暮の立てた策だった。アイデアは悪くない。発剄自体はその気になれば物を通してその先の目標に当てることができる。
「もらったぞ!」
 これならいける、そう思った紫暮。だが。
「ぐおっ!?」
 自分が発剄を放つよりも早く、目の前にいるもう一人の自分が《氣》の奔流と共にこちらへ向かってくる。避ける術はなく、二重存在と《氣》の直撃を受けて紫暮は吹き飛んだ。二重存在が消え、一人に戻る。
「発想は悪くない。でも《氣》を練るのが遅いよ」
 無傷の龍麻がそう解説する。
「死角を作るつもりだったんだろうけど、それで目標の動きを見失ってちゃ駄目だね。僕が《氣》を練り終えてるのに気付かなかったでしょ? だから対応の切り替えができなかった」
「むぅ……駄目か」
「いい線いってるんだけどね」
 近付いて手を差し伸べてくる龍麻。助けを借りて紫暮は立ち上がる。
「単に、打撃に《氣》を乗せるのならうまくいくんだがなあ」
「空手ってのは本来殴る蹴るだからね。慌てることはないよ。一朝一夕でうまくいくものでもないし。発剄は先送りにして、蓄剄を意識してみたら? 《氣》を練る速さが上がれば、今のもうまくいくと思うよ」
「そうだな。焦っても始まらないからな」
「おおい、龍麻サン。姐サン達が来たぜ」
 気が付くと、雨紋が入口から顔を覗かせていた。
「三人とも?」
「ああ、どうする? こっちへ通せばいいのかい?」
「うん、頼むよ」
 その言葉に雨紋の姿は消える。やがて
「お邪魔するよ」
「ひーちゃん元気ぃ?」
「うふふふふ〜」
 案内された藤咲、高見沢、裏密の三人が姿を見せた。



 今現在――6月6日、緋勇家の道場。
「へぇ、龍麻くんの家ってこうなってたんだ。まさか道場とはねぇ」
 物珍しそうに周囲を見る藤咲。まあ、こういった場所に縁があるように見えないのは確かだ。
「で、これからどうするって?」
「まあ、物品整理かな。あれの片付け」
 道場の一角を指す龍麻。そこには無数の武器、道具が山と積まれている。
「例の旧校舎での戦利品なんだけど、みんなに配分しようと思って。使える物もいっぱいあるはずだから」
「まあ、槍なンかもあるしな。これから先、戦力増強は必須ってわけだ」
「ふーん。あ、鞭もあるのね」
 自らの得意な武器を見つけ、雨紋と藤咲は早速手に取っている。
「しかし緋勇。あそこは何なんだ?」
 もっともな疑問を口にしたのは紫暮だ。
「あの旧校舎という場所。あれ程の魔物が出てきて、なおかつそれが武器に化けるなどと……」
「それは不明。でも、化けてるわけじゃないよ。まあ、持ってるって言い方でも不思議な事に変わりはないんだけど」
「で、オレ様達は何をすればいいンだよ?」
「とりあえず、武器や道具の類を舞子とミサちゃんに鑑定してもらう」
 雨紋にそう答えて、二人を見る龍麻。
「うふふふふ〜」
 嬉しそうに裏密が笑っている。どうやら品物の数々に喜んでいるようだ。
「全部見ていいの〜?」
「うん、頼むよ。舞子は薬の類を任せていいかな?」
「分かった〜!」
「紫暮と雷人は、調べ終わった物をこっちへ分類して。亜里沙は番号の入った付箋を付けて、そっちの紙にチェック。OK?」
「「了(〜)解(〜)」」
 全員が声を揃えて答えた。非戦闘時でも、龍麻の指揮能力は健在らしい。



「お疲れさま」
 全作業を終了し、一息つく皆に龍麻は飲み物を出した。
「とりあえず、全員コーラね。要望あれば、次から受け付けるから」
 言いつつリストとペンを机に置く。それには真神組のメンバーの名前と、飲み物名が記載されている。
「ただし、ノンアルコールね。僕は別に構わないけど、カタイ人がいるから」
「醍醐か? 奴らしいな」
 笑いながらも紫暮がペンを取り、「茶」と記入した。
「で、どうかな舞子、ミサちゃん。使えそうな物ってあった?」
「薬の方はぁ、大丈夫だよ〜。傷薬から解毒や麻痺消しまであったから、回復役がいなくてもそれで対応できるしぃ〜。後は身体機能に働きかける物もあるみたい〜」
「筋力や体力の増強? 副作用とかは大丈夫かな?」
「多分大丈夫だよぉ」
 口にストローをくわえ、ぴこぴこやりながら気楽に答える高見沢に、行儀が悪いよと藤咲が注意した。
「ま、これでメンバーが揃わなくても大丈夫よね。舞子や美里さんが動けなくても多少の無理はできるわけだし」
 藤咲は未だに葵のことをさん付けで呼んでいる。前回の件をまだ気にしているのだ。葵本人はもう気にしていないのだが、意外なところで藤咲は頑固だ。
「そんな事態にならないのが一番だけどさ」
 言いつつリストに「紅茶」と記入する。続いて高見沢が「ジュース」と記した。
「そうだね。何かあった時は全員で動いた方が何かと安全だろうし。それでミサちゃん、武器や道具類の方はどうだった?」
「特別な《力》の込められた物がかなりあるわね〜。武器そのものに属性があったり、呪い封じや能力強化の《力》があったり〜。属性攻撃が可能な宝珠とかも〜」
「それも皆に配分しようか。ここで眠らせておくのも勿体ないしね」
「それじゃ、残った武器はどうする? 武器だって壊れないワケじゃないから予備があってもいいと思うケドよ、明らかに使わない物もあるだろ? 薙刀や西洋剣なンかはよ」
 そう言ったのは雨紋だ。確かに皆には得意な武器がある。それ以外の物はあっても意味がない。それに使っている物にしてもわざわざ弱い武器を使うこともないだろう。
「どこかで買い取ってくれればいいんだけどね。危険な物もあるからそう簡単にはいかないんだよ。妖刀とか。当分はここに置いておくしかないね。必要になったら僕が使ってもいいし」
「って、龍麻サン武器使うのか?」
「刀くらいならね。まあ、うちには剣士がいるからその機会もないだろうけど」
「そう言えば、今日は真神組はどうしたのさ?」
 不思議そうに藤咲が訊ねる。
「何だかいつも一緒にいるってイメージがあるんだけど」
「さあ。今日は皆用事があるみたいだよ。と言っても晩御飯までには来ると思うけど」
「?」
「あれの事か? 来た時から気になっていたが」
 紫暮が指した先には壁に掛かった小さなホワイトボードが一つ。
『今日の献立 ご飯orパン コーンスープ マカロニサラダ ハンバーグ 飲み物』
 とある。
「何アレ?」
「今日の献立」
「誰が作るの? 美里さんと小蒔かい?」
「僕」
「「「「うそ……?」」」」
 いつかの京一達のように皆が自分の耳を疑う。
「みんなそういう反応するんだね。京一達もそうだったけど。心配しなくても人間の食べ物だから。京一達は何度か食べてるから、疑うなら聞いてみてもいいよ」
「ふーん。ま、それは後のお楽しみだね。さて、それじゃ」
 藤咲は立ち上がると隣の部屋――龍麻の部屋に目をやり、ニヤリと笑う。
「第一回、龍麻くんの部屋ガサ入れ大会〜」
「お、面白そうだな」
「別に構わないよ」
 藤咲の言葉に反応し、乗り気の雨紋。が、龍麻は気にせず、以前のようにそう言ってのける。
「見られて困る物なんてないし」
「そんなこと言って、男性向けの本の一つや二つはあるんでしょ?」
「や〜ん、亜里沙ちゃんのえっちぃ〜」
 盛り上がっている女性二人だが、冷静に言葉を返す龍麻。
「残念だけど、ないよ」
「そんじゃ、パソコンの中?」
「ないって……」
「そう言うなら確認させてもらおうかしら」
「好きにして……ミサちゃん、以前ネットやってるって言ってたよね。任せるから適当に見せてあげて。ただし、メールは不可だよ」
「うふふ〜了解〜」
 何故かメガネを怪しく光らせて、答える裏密。飲み物リストに「紅茶」と記入してそのまま龍麻の部屋に入って行く。
「さて、紫暮はどうする?」
「そうだな。まだ時間もあるし、手合わせ願おうか」
「そンじゃ、オレ様もそっちに入れてもらうかな。構わないかいお二人サン?」
「うん。それじゃ僕達は道場で汗を流そうか」
 騒がしい女性達を残し、龍麻達男性陣は道場へ戻った。



 余談だが、食事も終わり、皆が帰った後でパソコンの確認をした龍麻は、お気に入りに加えられている無数のオカルトサイトとアダルトサイトに頭を抱えたという。どれが、誰の仕業かは、言うまでもない。



お品書きへ戻る  次(第七話:恋唄1)へ  TOP(黄龍戦記)へ