4月11日。土曜日。
「ええと……ここを右へ」
地図を見ながら葵は呟いた。その後ろには京一、醍醐、小蒔の姿がある。
「しかし、いきなり招待とはな。緋勇は何を考えているんだ?」
醍醐の問いは、皆に共通したものだった。
『みんな、明日は予定がある?』
昨日、中央公園での花見の後、マリアとアン子が別れてから、唐突に龍麻はそう尋ねてきた。理由を聞いても話したいことがある、とだけ。それ以上は語らなかった。
「ま、いいんじゃねぇの? 考えてみれば誰もアイツのことよく知らねーし、いいチャンスだろ」
気楽に京一が言う。今日は手ぶらだ。昨日の一件で彼の愛用の木刀はその役目を終えたのだから仕方ない。
「でも何だろうね、話って」
「さあ、な。でも緋勇の家か。興味はあるな」
「そうそう、それにあいつの家族にもな」
醍醐、京一の二人にしてみれば、龍麻に武道を仕込んだ人物に興味がある。普段おちゃらけていても、京一だって武道家なのだ。確か養父に教わった、と例のFAXには記されていたが。
「でもよ、どんなとこに住んでるんだろうな?」
「うーん、高級マンション! なんかそーゆーの似合いそうだけど……この辺にそんなのないよね……」
「案外、安アパートかもしれんぞ? 苦学生、って感じで」
「実は大豪邸。いいとこのボンボンとかな」
龍麻の家を想像しつつ三人が騒いでいる。
「ねぇ、葵はどう思う?」
小蒔は話を親友に振った。先導しているため、葵は話に加わっていない。
「え、何が?」
「だから、緋勇クンの家! どんなだと思う?」
「どう思う、って言われても……もう見えてるわよ」
葵の言葉に三人は辺りを見る。しかし、道の左側は用水で、右側には壁しか見えない。
「あの、葵? 壁と用水しか見えないケド?」
「だから、この壁の向こうよ。もう入口も見えるわ」
そう言い、葵が指す先に、門が見える。
マンション、ではなかった。安アパート、でもない。大豪邸、とも違う。
「道場、だな……」
門の正面で醍醐が独り言ちた。確かに道場だ。門の右側の柱にはかつて看板が掛かっていたのだろう、縦長に変色した部分がある。そこに小さく、新しい表札が寂しくぽつん、と掛かっていた。「緋勇」とある。
「ここでいいんだろ、美里?」
「ええ、地図の通りならここに間違いないわ」
「とにかく入ってみようよ」
小蒔が先頭になり、門をくぐる。今日の小蒔は弓を持っていない。こちらは壊れたわけではない。別に京一のように毎日持ち歩いているわけではないのだ。
「うわ……広い庭……」
門から玄関まではまっすぐ石畳が延びている。玄関に向かって左側が道場らしい。そちらには道場用の入口もあった。庭には藁のようなモノを巻いた数本の丸太が立っている。
「ここ……何の道場なんだ……?」
丸太の横にある石灯籠を見て京一が疑問を口にする。かなり大きいそれは真ん中辺りで二つに割れ、その背を低くしている。石灯籠の上半分が鋭利な斬り口を見せ、その下に転がっていた。
反対側、右側の庭には桜の木がある。物干しには洗濯物が掛かり、縁側には洗濯物を収めていたらしい籠が置いてあった。
「ごめんくださーい」
呼び鈴がないので、小蒔は家に向かって呼びかけた。少しして家の中から返事があり、玄関が開く。
「いらっしゃい」
家の住人が姿を現した。ジーンズに草色のセーター、そしてエプロンを着けた龍麻がそこにいる。
「……ひ、緋勇……何だよ、そのカッコ!」
「片付け中だったから。どうしかした……?」
思わず叫ぶ京一に、きょとん、として聞き返す龍麻。その顔立ちもあって、エプロンが似合いすぎだ。
「とにかく上へどうぞ」
「あ、ああ……」
「お邪魔します……」
戸惑う醍醐達を促し、部屋――応接間に案内する。位置的には道場の隣のようだ。畳敷きの広い部屋。十二畳間といったところか。大型のテレビと机がある以外は何も無い。
「畳の匂いだ。最近入れ替えたんだね」
「うん、引っ越してきた時に全部替えた。かなり古かったからね」
鼻をひくひくさせている小蒔にそう答え、龍麻は座布団を用意する。
「お茶の用意をするから、くつろいでて」
「……って緋勇、家族はどうしたんだ? 仕事か?」
「え……? ああ、言ってなかったっけ。僕は一人で上京したんだ。家族は岡山だよ」
「「「「ひ、一人!?」」」」
驚く京一達を残し、龍麻は奥へ消える。
「こんな広い家に一人だなんて……寂しくないのかしら?」
「どうかな。だが、それにも理由があるのだろう」
わざわざ親元を離れてまで一人で東京に来た理由。本人から直接聞くまで何ともいえないが、それが《力》に関わりのある事だということには四人とも薄々気付いていた。
「さて、と。それじゃ……」
不意に京一が立ち上がり、近くの板戸に手を掛ける。
「おい、京一。お前何を……」
「この先、道場だろ? 外から見た感じだと」
咎める醍醐だが、京一は板戸を開けた。
その先にあったのは紛れもなく道場だった。板張りの床と壁、奥には何やら書いた掛け軸と、神棚。その手前に刀が数振り。
「ほう、いい道場だな」
「確かに……おっ、刀がある!」
醍醐と京一はそのまま奥へ入っていく。もう葵達の位置からは二人は見えない。
「京一はともかく、醍醐クンまで」
「仕方ないわよ小蒔。二人とも武の道を歩む人だもの」
「そーゆーことなら……えへへ……」
悪戯を思いついた子供のように、小蒔が笑う。
「えいっ!」
そのまま道場の入口とは別のふすまを開けた。突然の親友の暴挙に思わず葵が声を上げる。
「ちょっと小蒔!?」
「だって興味あるじゃない。こんな大きな家で一人暮らしでしょ?」
「そんなに面白い物は無いよ」
用意を済ませた龍麻が戻っていた。片手にポット、もう片方にはお盆。盆には急須と湯飲みが五つ、煎餅の入った器がある。
「桜井さん、そっちはただの空き部屋」
「し……失礼しました……」
「まあ、見られて困る物はないからね。よければ案内するけど?」
手際よくお茶を注ぎ、葵と小蒔に渡す。京一と醍醐はまだ道場だ。
「でも緋勇くん、何でこんな所に? 一人暮らしならもう少し小さな所でも良かったんじゃないかしら?」
お茶をすすって、もっともな意見を葵が口にする。確かにそうだがこれには理由があるのだ。
「ここは僕の義父さんの知り合いが所有してた道場でね。それを、こっちに出てくる時に譲り受けたんだ」
「ってことは……ここ緋勇クンの持ち家!?」
「まあ、そういうことになるかな」
ここの前所有者は鳴瀧冬吾という。つまり、拳武館の道場の一つだったのである。
生活の場と修練の場の両方が確保できるので、これは龍麻にとって好都合だった。それに、ここなら少々厄介事が起きてもそう人目にはつかない。
それ以外にも、義父達の負担が少なくてすむ、というのもあったが。二人の義姉は私立の大学生だ。一応こちらでの生活費は鳴瀧が負担する事になっていたが、それ以外の家賃や学費などは親の負担だ。となれば、出費は少ない方がいい。
「どわあぁぁっ!?」
突然道場から京一の絶叫が聞こえてきた。慌ててこちらへ近付く足音。そして
「緋勇! お前、村正をあんな紛らわしいトコに置いとくんじゃねぇ!」
「……勝手に抜刀しといて第一声がそれ?」
どうやら安置していた村正を抜いたらしい。
「抜き身のままじゃまずいからね。以前、僕が折った刀の鞘がちょうど使えたからそれに収めといたんだ」
事も無げにそう言い、龍麻はお茶を一口すすった。それから京一達の分も入れる。
「……あーびっくりした……」
「触る前に気付かなかった? 昨日よりは妖気が増えてたでしょ?」
「以前と比べると微々たるモンだからな。余程注意してねぇと気付かねぇよ」
不満げに言って、煎餅をかじる京一。
「とりあえず全員揃ったことだし、緋勇、話を聞かせてくれ」
湯飲みを置いて醍醐が口を開いた。そこで龍麻は提案する。
「それなんだけど、質問に答えるって方法をとろうかな、と。何から話していいか、正直分からないから。でも話の前に、もう一度謝っておくね」
龍麻は皆に向かって頭を下げた。
「謝るって……何を?」
「みんなを覚醒させてしまった事だよ。強い《氣》が《力》を誘発する可能性があると分かってたのに旧校舎へ入れてしまった事を……」
「だから、あれはお前のせいじゃないって。それともまた頬をつねられたいか?」
「そうは言っても、これで君達は非日常の世界に身を置くことになったんだ。それを思うと……」
「気にしないで緋勇くん」
そう言ったのは葵だった。
「私達が旧校舎に入ったのはそれぞれの意志よ。それに私達は覚醒したけど、時間的に私と同じくらいあそこにいたアン子ちゃんは何ともないわ」
「それは……」
「選ばれた、って言ったら傲慢だけど、私達が覚醒したのには何か理由があると思うの。だから緋勇くんが責任を感じることはないわ」
確かに《氣》の影響を受ける人間はいる。だが、全ての人間がそうなるわけではない。もしそうなら真神の生徒のほとんどがその恩恵を受けることになる。実際、力を求める者や強い欲望を持つ者に《力》が宿ることが多いようだ。
そう考えれば、武の求道者である醍醐や京一が《力》に目醒めるのも分からない話ではない。小蒔にしてもそうだ。だが、葵が覚醒した理由となると想像できない。力を望んでいるわけではないだろうし、強い欲望を内包しているとも考えにくい。
「……そうだね。ありがとう、美里さん」
今考えて答えの出るものでもないようだ。龍麻は話を元に戻すことにした。
「まずは俺からだ」
最初に手を挙げたのは京一だった。
「多分、全員に共通した質問だと思うが……お前が真神へ来た目的は何だ?」
「師匠に言われたから、っていうのが正直な理由かな。別に東京ならどこでもいいはずなんだけど、真神を――魔人学園を指定したのは師匠なんだ」
「そんじゃ……何で東京へ来たんだ?」
「それが僕の《宿星》だから、らしい」
聞き慣れない言葉に皆が首を傾げる。
「まあ、当面の目的は事件を追う事かな。ここ最近――去年くらいから猟奇的な事件が東京で多発しているのは皆の方が知ってるよね?」
「ええ、おかしな事件が多いのは確かね」
そうなの? とばかりに意外そうな顔をする小蒔と京一。まあ、この中で新聞やニュースに目を向けていそうなのは葵と醍醐くらいだが。
「その事件に《力》の保持者が関わっている可能性が高い。僕の通っていた高校に来た東京からの転校生も《力》を持っていた。その《力》で事件を起こし、女生徒が一人大怪我をしてる」
「で、その転校生は……?」
京一の問いに龍麻は表情を曇らせる。そして一言。
「僕が……殺した……」
お茶を飲んでいた小蒔が咳き込み、京一が煎餅を喉に詰まらせた。葵と醍醐も信じられない、といった表情をしている。
「彼の《氣》に飲まれて《暴走》し、僕は彼を殺したらしい。記憶がないからどうやったのかは分からないけど……あの状況で彼を止めることができたのは僕だけだから」
鬼に堕ちた莎草を殺したのは確かに龍麻だ。後から焚実に聞いた話でも、自分が斃したのは間違いない。死体は残っていないが、堕ちた人間が死ぬと、人に戻ることもなく消滅する、と後で鳴瀧から聞いた。
「その件はある人が処理をして、行方不明ということで落ち着いた。素行に問題があったから、気にする人もいなかったし。《氣》を操れるようになったのはこの時からかな」
「それじゃあさ、幽霊とかが視えるようになったのはもっと前?」
「馬鹿、小蒔!」
口に出した後で、後悔する小蒔だがもう遅い。龍麻の過去に関しては、どんな些細な事であろうとこちらからは触れまい、と皆で決めていたにもかかわらずの発言だ。だが、龍麻はすんなりと回答した。別に無理をしている様子はない。吹っ切れたのだろうか。
「視える、感じるって《力》は物心ついたときからあったよ。みんなも旧校舎で声を聞いたでしょ? あれを僕が初めて聞いたのが小学校六年生の時。二回目が高校二年の二学期。攻撃的な《力》を自分の意志で使えるようになったのはこの時。そして一昨日の旧校舎。今度は何ができるようになったのかは分からないけどね」
「覚醒については分かった。つまり、緋勇はそれらの猟奇事件を追って、その《力》の持ち主を倒すのを目的にしてるということか?」
「その《力》を悪用してたらね」
醍醐の問いにそう答え、お茶を一口。
「とりあえず、目的はそんなところかな」
「あ、それじゃ次はボクね。ボク達の《力》って一体何なの?」
「この《力》が何なのかは僕にも分からない。ただ、こうした《力》を持った人が増えてるのは大地の《氣》の乱れが原因らしい」
気脈、龍脈という言葉を使ってもいいのだが、単語の意味を説明していくと話が横にそれそうなので簡単な言葉を選ぶ。
「人に《氣》の流れがあるようにこの大地――地球にも同じものがあるんだ。原因は定かでないけどその乱れが人間に作用して《力》を目醒めさせてる」
「それが……その《氣》の乱れている場所が旧校舎なの?」
そう問いかけてきたのは葵だ。旧校舎を指摘したということは彼女にも《氣》の流れは視える、もしくは感じられるのだろう。
「いや、あそこは《氣》の吹き溜まりみたいなものらしい。って最近知ったんだけど」
「いつ知ったんだ? あれからまだ二日だぜ?」
「これは言えないけど……協力者がいてね。その人に教えてもらった」
さすがに犬神のことは誰にも言えない。そう言うと、京一は面白くなさそうに煎餅に手を伸ばした。
「まあ、こんなところかな。他には?」
「俺からの質問だ。昨日の件だが――」
醍醐が龍麻を、そして葵を見て問う。
「二人のあの《力》は何だ?あの光の柱のような……コウリュウだか菩薩だか言っていたが」
「え……その……」
「黄龍菩薩陣、って叫んだ覚えはあるけど……」
慌てる葵とは対照的に龍麻は平静だった。
「まあ《力》っていうか《氣》の共鳴現象かな。方陣技、って言うらしいけど」
「それも協力者とやらの知識か?」
「そうだよ。複数の《力》の持ち主の合体技みたいなものだね」
犬神から聞いた事を思い出しながら説明する。
「ただ《力》を持ってれば誰とでもできるって訳じゃなくて、術者の特性とか相性みたいなものが合わないと駄目みたいだけど」
「それって緋勇クンと葵の相性がいいってコトだよねぇ?」
「なーるほど」
小蒔と京一が意味ありげに笑う。やれやれ、と醍醐が溜息をついた。
「お前達、いい加減に二人をからかうのはやめろ。今は大事な話をしてるんだ」
「あの……相性ってのは《力》のって意味だから」
そう言う龍麻だがやや顔が赤い。葵も同様である。
「それについては分かった。しかし……いきなりあんな事ができた訳ではないな?」
するどい。やや険しい表情で醍醐が言う。こうなっては観念するしかなかった。
「う……それは……一度、旧校舎で……」
「……いつだ?」
「みんなが覚醒した日の……晩……」
「つまり……二人だけで旧校舎に入ったんだな……?」
「あらまあ、お聞きになりましたか小蒔さん」
「ええ、確かに聞きましたよ京一さん。二人きりで旧校舎ですって」
井戸端会議の主婦のように京一と小蒔がひそひそ言い合うのが聞こえる。
「ち……違うよ……! 旧校舎に入ったのは僕だけで……美里さんは僕を追って……」
「「ほほぅ……」」
「しかし、その時には方陣技と言ったか、その使い方は知らなかったのだろう?」
龍麻達をはやし立てる京一と小蒔を無視して醍醐が問う。
「あれは偶然だよ。意識して出したわけじゃないんだ。美里さんの《氣》が膨れ上がると同時に僕のも……で、気付いたらそれで敵を倒していた、と」
「敵……あの蝙蝠か?」
「いや、あそこには他にもたくさんの魔物がいるから」
「……自分を鍛えるためにあそこへ入ったんだな?」
「そういうこと。……他には何かある?」
とりあえず、質問は打ち止めのようだ。と、なると次は――
「みんな、こっちへ」
応接間を出て、龍麻は玄関から入って右側の部屋へ移った。
そちらの部屋も応接間と同じくらいの部屋だ。ただ、こちらの方が物は多い。
机とテレビは変わらないが、こちらにはビデオデッキもある。電話もこの部屋だしコンポまで置いてあった。一人暮らしにしては贅沢な感じだ。
「へぇ、緋勇が普段いるのはこっちの部屋ってわけだ」
「あっちはお客様用だから。次からはこっちへ通すよ。友達として、ね」
そう言って更に一つ奥の部屋へ入り、何やらごそごそやっている。
「なあ、緋勇。お前、これからおかしな事件に首を突っ込むって言ってたよな」
「うん。そのつもりだけど……」
「俺も手伝うぜ」
「え……?」
「背中を護る奴がいた方がいいだろ?」
京一の言葉に龍麻の動きが止まるのが見えなくても分かった。
「……回復役もいた方が便利だと思うわ。緋勇くん、無茶するから」
「後方からの支援も必要だよね」
「その護衛もな」
葵、小蒔、醍醐までもがそんなことを言う。
「みんな……でも、それは……」
「別にお前のためってわけじゃねぇよ。《力》を悪用する連中を野放しにしてたら危険だってのは俺でも分かる」
「こういうことに役立てるための《力》だと思うの。それとも……私達じゃ足手まといかしら……?」
彼らは彼らなりに闘う理由を見つけたようだ。こうなってしまうと下手に断れない。たとえ断っても独自に動く可能性がある。それならば、目に届く場所にいてもらう方がいい。
「……本当にいいの……?」
姿を見せて龍麻が問う。しかし四人の決意は変わらないようだった。
「……分かった……みんなの《力》は僕が預かる」
「決まりだな。とりあえず、緋勇にリーダーやってもらうからな。よろしく頼むぜ」
「うん。……それじゃあ、リーダーからみんなにプレゼント」
再び部屋に入り、龍麻は何やら持ってきた。
「あ、それは一昨日の……」
葵には見覚えのある物だった。旧校舎で龍麻が拾ってきた戦利品だ。
「旧校舎で入手したんだ。戦闘に耐えうる物だから使って」
「木刀があるじゃねぇか。しかも……かなりいいものだな」
「弓まで……。ホントに使っていいの?」
「まあ、僕には必要ない物だし。醍醐君もこれ使う? 蹴り技主体みたいだから役に立つと思うよ」
鋼で作られた足甲を受け取り、それを眺める醍醐だが、お気に召さないようだ。
「ちと重いな。……大したことはないだろうが、ただでさえ動きが遅い俺にはそれが致命傷になるかもしれん。気持ちだけ受け取っておく」
「それなら仕方ないね。さて、と」
龍麻は立ち上がるとまた別の部屋に入った。そして、昨日着ていた革ジャンを持って出てくる。
「それじゃ、行こうか」
「行くって……どこへだ?」
「旧校舎」
その言葉に龍麻以外の四人が言葉を疑う。だが龍麻はあっさりと言ってのけた。
「力を貸してくれるのは有難いけど、その実力を把握しておきたいんだ。特に醍醐君と桜井さんはまだ《力》の使い方を知らないし」
「むう……確かに……」
「それはそうだけど……」
京一は《氣》自体は前から使えていたし、葵も自分の《力》をどういうわけか使いこなしている。この中で自分の意志で《力》を使えないのはこの二人だ。
「これから特訓ね。相手は旧校舎の魔物。手加減抜きでやってもらうから」
「覚悟決めろよ、お前ら」
「頑張りましょうね」
容赦ない龍麻に、言葉を濁す醍醐と小蒔。京一と葵は《力》を使える余裕からか二人に激励を送る。
後に仲間内から真神組と呼ばれることになる五人の門出だった。