美里葵は真神学園にいた。
旧校舎での一件の後、皆でラーメン屋に向かったのだが、荷物を教室に置き忘れていることに気付いたのは家に着いた後だった。京一辺りならばそのままにしておくだろうが、今日の復習、明日の予習ができないのは不都合がある。明日に延ばしてもいいが、やはり当日中にやってこそだ。
そういうわけで再び学校へ戻ったのだが。荷物を回収して校舎を出た直後。視界の隅に人影が入った。
「緋勇くん……?」
同じクラスの緋勇龍麻だった。制服ではなかったが、間違いない。
「どうしてこんな時間に……それにあっちは……」
龍麻の向かう先には心当たりがあった。
真神学園旧校舎――
今日起きた出来事が頭をよぎる。あんな事があった後だというのに、一体何の用があるというのだろう?
気になったので龍麻を尾けることにした。荷物を下駄箱に置いて後を追う。向かう先は旧校舎と見て間違いないだろう。それならば無理に距離を詰めることもない。
(私……何でこんな事してるのかしら……)
いくら気になるからといって、なぜここまでするのだろう? と、歩きながら考える。
転校初日にクラス委員長として、学園に不慣れな転校生を気に掛ける、周囲はそう思っただろうし、自分もそうだったはずだ。しかし龍麻と言葉を交わしてから――不思議な懐かしさと暖かさを感じてからはそうではない。気が付くと龍麻を目で追っていることが多くなった。
「それって一目惚れ、ってヤツじゃない?」
小蒔辺りならそう言うだろうが、そういうわけではない……と思う。自分でもよく分からない。こんな気持ちは初めてなのだ。
そんなことを考えているうちに旧校舎へと辿り着く。しかしそこに龍麻の姿はない。よく見ると入口の扉が開いていた。
旧校舎の扉は鍵が掛かっているのが常だ。それを開けるには勿論鍵が必要なのだが、今日、アン子と来た時には鍵を使っても開かなかった。だから自分達は抜け道の方を使ったというのに。
それに、自分達が外で目を覚ました時には、扉は壊れていた――龍麻達が扉を破壊して旧校舎に侵入した事は後で聞いた。なのに、今は扉が元どおりになっている。
気にはなったが目的を思い出し、入口に立った。今日、アン子と入った時に感じた、得体の知れない重圧感が薄らいでいる。その代わりに、絡みつくような不快な空気が前にも増して感じられた。
意を決して葵は旧校舎に足を踏み入れた。
光1つない廊下をゆっくりと奥へ進む。龍麻の姿は見つからない。先程の教室――蝙蝠と戦った部屋にもいない。だが、気になることが1つ。斃したはずの大きな蝙蝠の死骸がなかった。ひょっとしたら龍麻はそれを片付けに来たのかもしれないが、時間的に無理がある。違うなら違うで、死体の行方が気にはなるが。
ならば龍麻はどこにいるのか。途中にあった上への階段は、机などが積まれているせいで使用不可能だ。となると、もっと奥へ進んだことになる。
ふと、ラーメン屋での醍醐の言葉が浮かんできた。1階の奥に、地下へ降りる梯子があるとかないとか……
ようやく闇に慣れた目で、足元に注意しながら、進む。一歩踏み出すごとに軋みをあげる床。それは意外と大きく聞こえ、ここにいるのが自分独りなのだと嫌でも認識させる。孤独に耐えながら更に奥へと進む。やがて、その地下への入口らしいものを見つけた。しかし、
「……どうやって降りるのかしら……?」
床にぽっかりと空いた正方形の入口。梯子らしき痕跡はあるが、そのものはどこにもない。龍麻がここへ入っていったのは間違いなさそうだ。床に積もった埃に、最近のものらしい足跡が残っている。龍麻のものだろう。どうやら彼は飛び降りたらしいが。
近くの教室に入り、黒板にあるチョーク入れを調べてみる。中には湿気たチョークが数本残っていた。それを手にとって地下への入り口へ戻ると、下へ放ってみる。2秒も経たないうちに軽い音が返ってきた。それ程深くはないようだ。せいぜい、2、3メートルといったところか。
再度教室へ入り、机を引っぱり出した。それを入口から穴の底へ、脚を下にして落とす。盛大な音が響き渡るが、倒れた様子はない。
入口の縁に手を着いて、ゆっくりと体を沈めていく。しかし、完全にぶら下がった状態になっても足が机に届かなかった。
(思ったよりも深かった? どうしよう、このままじゃ……)
次第に腕が痺れてくる。ぶら下がり続けるのも限界だ。覚悟を決めて、葵は手を離した。ほんの一瞬の落下感の後、足に机の感触。バランスを崩しそうになるが、何とか無事に着地する。
「……降りたのはいいけど……」
入口を見上げて、自分の軽率な行動を少し後悔する。正直、机の上でジャンプしても、床へは手が届きそうにない。果たして戻れるのだろうかと不安になったが、じっとしているわけにもいかないので、とりあえず先に進むことにした。
目は先程よりも慣れてきた。というか、上にいた時よりも若干明るく感じる。不思議なのはどこにも光源らしきものがないことだ。だというのに、目は確かに、ゴツゴツとした岩肌を認識していた。それでも暗いことに変わりはないのだが、一本道のおかげで迷うことだけはなさそうだ。
緩やかな傾斜――更に地下へ降りていく構造らしい――を進むこと数分、先が明るくなった。
「すごい……新宿の、それも学校の地下に……」
地下洞窟――眼前に広がる光景に驚愕した。ただ、普通でないことだけは分かる。所々で光る「何か」。これが光源になっているようだが、正体は分からない。それに奇妙な水溜まり。色も変だし、毒々しい。下手に触らない方が良さそうだ。
ここにも龍麻はいなかった。しかし、ここを通ったことは間違いない。蝙蝠、そして見たことのない、犬や狐に似た獣の死体が転がっていたからだ。
(これだけの数を……緋勇くんが一人で……?)
以前、佐久間達を倒した時も信じられなかったが、人は見かけによらない。
しばらく、その場に立ちつくしていたが、ここに来た目的を思い出す。
「緋勇くんを捜さないと」
奥へと進む通路を見つけ、再び歩き出す。幾つかの広間を通過し、ようやく葵は龍麻を見つけた。
「美里さん!?」
柱に寄り掛かって休憩していた龍麻は、生徒会長の姿を認め、それは錯覚だと思った。しかし気配もあるし、《氣》も感じるからには本人に間違いないようだ。
「ど、どうしてここに!?」
「え……あの……学校に忘れ物を取りに来たら……緋勇くんが……」
しどろもどろに答える葵。どうやら旧校舎に向かうのを目撃されていたらしい。
「全然気付かなかったよ。でも、よくここまで無事に来れたね?」
周囲に転がっている獣の死体に目をやり、感心して言った。一応、向かってきたものは全て斃してきたが、どこかに潜んでいた可能性はあるのだ。今日、大きな蝙蝠に襲われたというのに、ひょっとしたらと考えなかったのだろうか?
「こんな化物がいるのに、何でここまで降りてきたの?」
「それは……その……あんなことがあったばかりなのに、旧校舎に入るなんて……緋勇くんが心配だったから……」
頬をやや朱に染め、少し俯いて葵は答えた。その仕草に一瞬、心臓が跳ね上がる。
「と、とにかく」
動揺を悟られないように葵から視線を外した。向こうも俯いたままなので、その心配はないだろうが、気分の問題だ。
「今からでも地上に戻……るのは1人じゃ酷か……仕方ない、あと1階下に降りたら戻るつもりだったから、それまで一緒にいよう」
「ごめんなさい、迷惑を掛けちゃったみたいで……」
「いや、いいよ。今日は無理するつもりは無かったから」
「……でも、どうして緋勇くんはここへ?」
疑問に思うのも無理はない。ここが危険だ、ということは葵には教えてある。常識では説明できない何かがここにはあるのだ、と。しかし、それを言った本人が独りでここへ来ているのだから、当然の疑問だろう。
「修行、かな」
「修行……?」
うん、と頷くと龍麻は《氣》を右手に収束した。
「自分を保つために、僕はここのような空気に慣れないといけない。少なくとも、《暴走》するのだけは避けたいんだ」
葵にもこの《氣》が見えているはずだ。右手に集まった《氣》は白い輝きに変化する。同時に周囲の空気も変わった。気温が少し下がったようだ。
「美里さんにはまだ話してなかったけど、僕には《暴走》すると敵味方関係なく攻撃する危険がある。負の感情、そして相手の《氣》に影響を受けてね。このままだと美里さんや京一達にも危害を加えてしまうかもしれない。京一はそのたびに止めてやる、って言ってくれたけど……」
正面の岩に掌打を放った――岩に触れた瞬間、《氣》が弾ける。それは白い蓮の花のように広がると、岩を白銀に染めた。
「いつまでも、京一に頼るわけにはいかないし、自分の面倒が自分で見られないなんて、悔しいから」
岩を蹴ってみる。別段、変化はない。今ので強度が変わったわけではないが、これが有機物ならば、凍結し、場合によっては砕けるかもしれない。
「そのための、旧校舎……? でも……ここに来なければその……『呑まれる』こともないんじゃないかしら?」
葵の質問はもっともだ。だがそれは、学校以外で何の厄介事にも巻き込まれないならばの話だ。外で何かあってからでは遅い。第一、自分は今後、その厄介ごとに首を突っ込んでいかなくてはならないのだ。
「それについては……また話すよ。皆がいる時に。さて、と。いつまでもここにいるわけにもいかないし、行こうか」
一度、大きく伸びをして、龍麻は荷物を拾い上げた。
「緋勇くん……それ、どうしたの?」
葵の視線が荷物に向けられる。旧校舎に入る時の自分を見ているのなら、手ぶらだったのを覚えているのだろう。
「拾った。っていうか……こいつらが持ってたんだ」
質問にそう答え、自分が斃した獣に目を向ける。正確には、それを持っていた獣ではないが。獣の何割かが、斃した後で物に変わってしまったのだ。持っていた、と言う表現が的確かどうかは分からないが、ゲーム風に言えばその表現がもっとも妥当だろう。
「どこに持ってたのかが不思議だけど、使えそうなモノみたいだから」
あらためてよく見ると、色々な物がある。木刀に弓、足甲、手甲、何やら水のような物が入った瓶に、袋に入った丸薬、何故か週刊誌まであった。しかも最近の物だ。
「せっかくだから、持って帰ろうと思ってね」
「私が持っておきましょうか? 緋勇くんは戦わないといけないんでしょう?」
「……それじゃ、お願いしようかな。そんなに重くはないから」
少し考えてから、確かにその方がいいかと考えて、無造作に荷物を葵に手渡す。それを受け取る葵であったが、
「きゃっ……!?」
小さく悲鳴を上げた。それに気付いて素早く自分の手で荷を支える。
「あれ、重かった?」
自分ではそう重いとは感じなかったのだが、考えるまでもなく、自分と葵とでは能力が違う。単純な筋力も然りだ。
「あれのせいかな。ちょっと待ってて」
荷物の中から、足甲と手甲を取り出す。それだけで、随分と軽くなったはずだ。
「やっぱり……金物は単品でも重いからね。後は大丈夫かな?」
「ええ、もう大丈夫」
「そう、それじゃ、行こう。僕の後ろについて」
言われるままに葵は後ろについた。それを確認して、歩を進める。
「でも、やっぱり緋勇くんって男の子なのね」
不意に葵が口を開いた。
「え?」
「だって、あれだけの物を軽々と持って。外見は細く見えるのに……」
「まあ、確かに細いかな。でも、骨と皮ってわけじゃないしね。武道なんてやってるとそれなりの筋肉は付いてくるから」
昔から力は強くなかった。別にスポーツをしていたわけでもない。それでも叔父に合気を習い、鳴瀧に古武術を習ってからは人並み以上の筋力が身に付いているが、見た目は筋肉質というわけではない。
しかし……「やっぱり」などと言ったあたり、彼女の目から見ても自分は女性っぽく見えるのだろうか……問い質す勇気はないが。
「継続は力なり、ってね……さて、次の階に到着」
先から漏れる光が大きくなっている。次の広間だろう。しかし、
「緋勇くん、何だか暑くない?」
「そうだね。さっきまでのひんやりした感じとは違うかな」
急に気温が上がったようだ。地下特有の冷たい空気はどこかへと失せ、広間へ向かうに従って息苦しさを感じる程に暑くなる。その理由はすぐに分かった。
「「溶岩……!?」」
自分と葵の声が重なる。正直、自分の目を疑った。東京の地下に溶岩――それもこんなにも地表に近いであろう所に。
「あれも、普通の溶岩じゃないんだろうけど……美里さんは後ろへ……」
複数の気配を感じ、足甲と手甲を通路へ放り出して、龍麻は《氣》を練る。疑問は後回しだ。優先すべきは考えることではない。
奥の方から獣達がその姿を現したのだから。
「破あぁっ!」
ほぼ一直線に並んで襲ってきた獣達に発剄を放つ。直撃を受けた獣は吹き飛び、そうでないものも体勢を崩し、あるいは他の獣にぶつかって動きを止める。その場を動き、掌に《氣》を込め、無防備状態になっている別の獣に、続けて掌打を叩き込む。あっという間に4匹の獣を打ち斃すことに成功した。
「キイィィッ!」
耳障りな鳴き声をあげて大蝙蝠が迫ってくる。しかし、真正面から向かってくるそれに怯むことなく、今までの修練によって確立された動作を再現した。《氣》を脚に込め、まっすぐに振り上げる。昇龍を思わせる蹴撃は大蝙蝠を容易く撃墜した。絶命した大蝙蝠はそのまま溶岩に落下し、嫌な音を立てて燃え尽きる。
肉眼で周囲を確認すると同時に、気配も探る。気配とともに殺気を感じ、龍麻は後ろに跳び退いた――今までいた場所に、光が走り、弾ける。雷撃にも似たそれに冷や汗をかきつつ、お返しとばかりにそれをした獣に肉薄する。
「ふっ!」
先程、岩を相手に試した技――雪蓮掌を放つ。掌打を叩き込むと同時に、冷気に変換された《氣》が獣に絡みついた。氷漬け、とまではいかないが、冷凍庫の食材のような状態になった獣はそのまま倒れる。《氣》は感じられない。確実に凍死していた。
実戦投入初の技ではあるが、全く使用には問題ない。《氣》がみなぎるのが自分でも分かった。確実に自分の《力》は強くなっている。それも急速にだ。鳴瀧の道場での修行でも、陽の技は龍星脚までしか習得できなかったというのに、これは異常とも言える成長速度だった。
(試してみるか)
陽の技の基礎に関しては鳴瀧から習った。それに文献で、どのような技があったのかも知っている。先の雪蓮掌も、そのような伝聞からの再現だ。
再び《氣》を練り上げる。発剄を放つ時以上の《氣》を収束し、凝縮させて近付いてくる獣達に放った。《氣》の塊が獣達の中心で水面の波紋のように弾ける。《氣》の波が接触――爆発に巻き込まれたように獣達が吹き飛んだ。
「成功……確か、円空破だったかな」
見ながら呟く。初めてにしては上出来だ。しかし――
「緋勇くん!」
葵の悲鳴にも似た声と、背後に生じる殺気。慌ててその場を離れようとしたが、一瞬遅い。右肩に激痛が走った。
「くっ……!」
「緋勇くん! 大丈夫!?」
間合いを取ったところで葵が駆け寄ってくる。こちらの返事を待つことなく、葵は手を傷口にかざすと《力》を使ってくれた。温かな光に包まれ、痛みが次第に引いていく。傷口に感じるむず痒さも、それ程待つ間もなく消えた。痛みはもう感じられない。
「大丈夫……平気だよ」
自分に斬りつけた敵――大鎌を持った死神のような魔物からは目を離さずに、そう答える。
「これ、高かったのにな……」
右肩の裂けた革ジャンに未練を残しつつ《氣》を練るが、魔物の方が早かった。大鎌を振りかざし、接近してくる。
「危ないっ!」
傍にいた葵を突き飛ばし、自分は反対に跳び退く。魔物の大鎌は標的を斬り裂くことなく地面に突き刺さった。自分の肩を裂いたそれは足元の岩盤を容易く貫いている。まともに食らえば人間の身体など簡単に両断されてしまうだろう。
そうなる前に反撃に移ろうとしたが、葵の様子がおかしいのに気付き、動きを止める。
「美里さん!?」
葵の身体から立ちのぼる蒼い光――《氣》が高まっていた。それに呼応するかのように自身の《氣》も膨れ上がった。
(《氣》の共鳴!? まさか、こんな事が……!?)
自分の《氣》が葵へ、葵の《氣》が自分へ流れ込む。かつて経験した事のある感覚だった。しかし今回はその先へと進んでいる。その《氣》の流れに巻き込まれた魔物が、苦悶しているのだ。どうやらダメージになっているらしいが自分達にかかる負担も大きい。
《氣》は更に高まっていくようだ。収まる様子はない。
(お互いの《氣》が増幅し合ってる……このままじゃ、自滅だ……!)
「美里さん! 自分の《氣》を制御して! 無駄な放出を抑えるんだ!」
「そ、そんなこと……!」
こちらの言葉に戸惑う葵。覚醒したばかりで自分の《力》の事など何1つ知らないのだから当然の反応だが、状況はそれを許さない。
「自分の《氣》の流れを感じるんだ! それを一点に収束させて! 大丈夫、美里さんならできる!」
(……《氣》の流れ……?)
目を閉じ、葵は意識を集中した。肌で感じる《氣》――これが自分が放出しているものだろうか。外から流れ込む暖かく心地よい《氣》は龍麻のものだ。それが自分の体内を巡り、大きくなって再び放出されている。
体内の《氣》の流れをイメージし、更にそれを治癒の時の要領で、自分の両手に向けてみる。《氣》の流れが変わったのが自分でも分かった。
「これを……私が……?」
具体的ではないアドバイスで、それでも葵は自分の《氣》を制御しているようだった。戸惑う葵を見ながら、適応の早さに内心舌を巻く。が、そうのんびりとしていられる状況でもない。
「それでいい。後は、僕の合図でそれを放って。できるね?」
「……はい……!」
確信しつつも一応葵に問いかけると、力強い返事が返ってきた。
「今だっ!」
叫ぶと同時に《氣》を放った。声に応じて葵も《氣》を放つ。解放された2つの《氣》が絡み合い膨れ上がった。魔物を中心とした蒼い渦巻は黄金色に染まり、収束――破裂。間欠泉のように光が天井へと噴き上がった。魔物の姿が一瞬で、悲鳴と共に金の柱に飲まれ、消滅する。
やがて、柱は溶け、散り、辺りに静寂が戻った。
「「た、助かった……」」
しばらく様子を見るが、辺りに他の気配はない。気が抜け、その場に膝を着いた。かなり消耗したようで、力が入らない。葵も同様なのか、ぺたんと地面に腰を下ろしている。
「美里さん、大丈夫?」
「ええ……何とか……でも、今のは一体……?」
乱れた呼吸を整えながら、それでも葵は訊いてくる。
「多分、僕と美里さんの《氣》が共鳴・増幅されたんだと思う。似たようなことは以前にもあったんだけど、今回みたいなケース初めてだから、はっきりとは言えないけど……美里さん?」
答えたものの、返事はない。様子がおかしいのに気付き、声をかけるがやはり返事はない。見ると、座り込んだまま葵は気を失っていた。あれだけの《氣》を一度に放出しては無理もないが……
「どうしようかな……」
気付くまでここにいるわけにもいかない。いつ他の獣や魔物が出てくるか分からないのだ。
革ジャンを脱ぐと袖を縛って袋のようにし、週刊誌を底に入れて首部分から物が落ちないようにすると、そこへなるべくバランスよく戦利品を放り込んだ。手甲は自分ではめ、足甲も身につける。木刀と弓をベルトに差し、葵を背負って、革ジャンを手に取った。
「軽いな、やっぱり。さすが女の子」
聞かれていたら怒られそうなことを思わず呟いて、歩き出す。そのまま出口に向かおうとしたが、少し歩いてその足を止めた。
「あー……」
ほのかに甘い匂いが鼻をくすぐった。
首を振り、雑念を振り払う。そして歩きだす。少し歩いて、止まった。
「うー……」
首筋がムズムズする。背負った葵の顔は肩の辺りにある。彼女の吐息がまともに当たるのだ。それだけ近い位置に葵の顔がある。
首を振り、雑念を振り払う。そしてまた歩きだす。少し歩いて、また止まった。
「……だめだ、クラクラする……」
どうしても意識してしまう。今の自分はTシャツ1枚という薄着。葵を背負っているわけだから、当然身体は密着している。葵の体温、そして2つの柔らかな「何か」の感触が嫌でも背中に伝わってくる――いや、別に嫌ではないが何というか――
顔が熱くなるのが自分でも分かった。きっと、顔は真っ赤だろう。
(京一なら平気なんだろうな。いや、むしろ喜ぶかも)
などと考えつつ、一度葵を下ろす。今度は荷物の方を背負い、葵を抱き上げた。これなら余計なことを考えずに済みそうだ。人目があれば、こっちの方が恥ずかしいのだが、幸いここには他に誰もいない。
「お疲れさま、美里さん。それと……心配してくれてありがとう」
葵にそう言って、今度こそ龍麻はもと来た道を歩いていった。