∬ 時 の 狭 間 1 ∬




「……サリィ・ポォ、ヒイロの様子は?」

 静かな医務室に控えめなノットが響き、静かに開かれたドアの隙間から姿を見せたのは、この学園に転入して間もないデュオ・マックスウェルだった。

「彼なら一番奥のベッドで眠っているわ。まだ、意識が朦朧としている上に、落馬の際に頭部と右肩を強く打っているから、暫くの間は絶対安静が必要よ。それと、学園内では、一応サリィ先生って呼びなさい」

 この学園の医務教員であるサリィ・ポォは、度の入っていない眼鏡を外し、物静かに訪れたデュオを招き入れた。

「元軍人の親を持つ学生が多いっていっても、こんな医務室に盗聴器なんて代物は無いから、別にかまわないだろ?」
「盗聴器は無くても、教員や生徒の出入りは激しいわよ。特に、あなた達は外務次官のSP等で顔が知れ渡っているのだから。気を付けないとガラの悪い生徒達に絡まれるかもよ」
「ガラの悪い生徒になら、転入早々ヒイロと一緒に絡まれたぜ。まっ、そん時は、担任の新任教員に助けられたけど」

 さり気なく流した忠告に対して、実にあっさりとしたデュオの言葉に、サリィは苦笑するしかなかった。
 静まり返った医務室の中を見渡せば、何処の学校にもある"平和的なイメージ"の部屋。『自分達は、足を踏み入れてはならない』と、錯覚する程の安心感があった。しかし、自分達はそんな感情を此処に求めてはならない。
 学園内も医務室も自分にとっての、安息の地にする事の出来ない存在。それは、自分だけでなく、一枚のカーテンを隔てた向こうのベッドで眠っている、ヒイロ・ユイにも言える事だった。
 でも、今は違う。
 ガンダム・パイロットから地球圏統一国家の情報部・プリベンターに所属して以来、自分の心は安心出来る場所を見つけた。
 しかし、ヒイロは違っていたのだ。
 未だに、居るべき居場所を見つけても、安心出来る場所を見いだす事が出来ないでいる。
 一流のエージェントとして育て上げられたヒイロの感情は、一人の人間としては未発達で、普通の生活に感情が適応しきれないでいた。その為か、ヒイロは反動とも思えるような作用で、時折突発的に熱を出した。
 サリィ達も口煩く、ヒイロに精神面のカンセリングを進めていた。  そして、今回は学園に潜伏してでの任務遂行の為、サリィがヒイロの精神面のサポート役で、この学園の臨時の医務局員として配属された。
 その矢先に、ヒイロが馬術の授業中に落馬したのである。

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