|
再び、「マンジュサカ」。 パーティの盛り上がりは最高潮に達していた。 完全にステージと化したフロア中央のテーブルの上では、 相変わらずアカラナータのモノマネを続けているマリーチと トライローの愛の寸劇が繰り広げられている。 「うおーーー!トライロー好きだーー!」 「キャー!アタシもよーーー!」 ガシっと抱き合う2人に周囲からやんややんやと声が飛ぶ。 まさに興奮のるつぼと化したフロア中央部。 そこに居るクンダリーニもその例に漏れず大興奮していたのだが、 その実、理由は全くの別件だった。 というのも。 彼の右にはスーリヤ、左にはユウラが座っていた。 両手に花とはまさにこのことをいうのだろう。 もっとも、ユウラはすでにアナンタの妻だし、スーリヤは「元」とはいえ調和神だ。 この状況からなにかが発展するようなことは期待できないのだけれど、 それでもクンダリーニは浮付く気持ちを抑えきれずにいた。 特に、スーリヤ。 (クンダリーニはいまだに「ラティア」と呼んでいるが) 彼女はクンダリーニが人生初の一目ぼれをした女性だ。 たとえ彼女にその気がないとしても、 仮に他に想う人が居たとしても、そうそう割り切れるものではない。 「あ、ジョッキ空いてますよ」 「ほんとだ。どうぞ〜」 「あああああ!すみません!」 中身が半分ほどに減った大ジョッキに両側からビールを注がれて クンダリーニはあわあわと頭を下げた。 その後で恐る恐るカウンターの方を見る。 幸い、彼女の護衛であるイルヴァーナはメキラとの会話に夢中で、 気づいていないようだ。 ほっと胸をなでおろしていると、 その間に、女性達の話題は、 まだ寸劇を続けているトライローのことに移ったようだった。 「それにしても、トライローさんは凄いですね・・・」 「そうね・・・あんなに堂々とアピールできるんだもの。うらやましいわ」 「ええ・・・でも」 そこで言葉を切って、ユウラはちらりと店の隅を見やった。 そこには、アカラナータとアナンタがいるテーブルがある。 「肝心の相手が動かないんじゃ・・・」 「うーん、聞こえてないはずはないと思うんだけど」 2人は同時にクンダリーニを見た。 「「そこのところ、どう思います?」」 「・・・え?」 急に話を振られて、クンダリーニは一歩後ずさった。 「ええと・・・」 ちらり、とアカラナータの方を見る。 今は、アナンタとの会話に集中しているようだが、 なにしろ彼は凄まじい地獄耳の持ち主だ。 変なことを言って、万が一にもそれが彼の耳に入ろうものなら、 それこそ八つ裂きにされかねない。 『俺にはわからんです』 そう断ってしまうのが最善だ。 けれど、クンダリーニはその言葉をあえて飲み込んだ。 その一言で、会話が終わってしまうのが嫌だったのだ。 彼の大好きな「ラティアさん」との会話が。 「あえて無視してるんじゃないですかね。奴は天邪鬼ですから・・・」 「「と、いうと?」」 左右から同時に身を乗り出してくる2人の髪がクンダリーニの両腕に触れる。 その瞬間、クンダリーニは完全に何かがふっ切れたのを感じた。 口が勝手に動きだす。 「いや、気になってるとは思うんです。 でも、そこで腹をたてればトライローの思うツボ、というかなんというか・・・ ま、絶対に認めたくないんでしょうねぇ。 結局のところ、自分もトライローに惚れてる」 バリン。 銀色の閃光と妙な音がした。 何かに釘付けになっている左右の二人の視線を追って、 クンダリーニが自分のジョッキに視線を落とすと、 そこには銀色のフォークが深々と突き刺さっていた。 ジョッキを貫通したフォークの穴からこぼれていくビール。 3人はそれをじっと眺めた後、ぎぎぎ、と音がでそうなぎこちなさで 店の隅のテーブルを見た。 そこには、爛々と目を紅く光らせて、 両手に山ほどのフォークとナイフを握り締めた悪魔がいた。 「・・・こっちに来ますね、あれ」 「・・・どうしましょう」 左右からの声が急速に遠くなっていくのをクンダリーニは感じていた。 あの悪魔の殺気は明らかに自分に向いている。 同席のアナンタが必死になだめているようだったが、 その殺気が弱まる気配はまったく無い。 (もう、だめだ) クンダリーニがそう思ったとき。 『メリークリスマース!!!!』 そんな大声とともに、 唐突に店のドアが開いた。 |