異変を感じたのは門をくぐってまもなくだった。

(なんか・・・頭の中が騒がしくないか?)

最初は周囲のザワメキだと思っていたのだが、
どうもおかしい。
頭の中に直接声が響いてきているのだ。
しかも、全て願い事だ。

「今年の受験に受かりますように」
「今年は仕事が上手くいきますように」
「今年一年健康でありますように」

何十、何百、という声が絶え間なく響き、
それは人々が願いをかけていると思われる
本尊の方に近づくにつれ、だんだんと大きくなっている。

(やべえ、頭がガンガンする・・・)

アカラナータは額を押さえると、眉をしかめた。
頭の中はいまや大声であらゆる願いが飛び交っていて、目眩がしそうだ。
願い事、といえば聞こえは良いが、要するに人の「欲」である。
人々の「欲」の波に思考が流され、自らの黒い欲望が頭をもたげそうになる。

(これってもしかして、あの像とオレの頭がシンクロしてるのか・・・?)

背中にびっしり汗をかきながら、
本堂に祀られた木像を睨みつける。

(だとすれば、これ以上近づくのは危険だろ)

初詣なんぞという人間界の風習の為に、
黒のソーマに飲まれてしまう訳にはいかない。
そんな馬鹿馬鹿しいことになってたまるものか。

「おい」

帰るぞ、と言いかけて、アカラナータは言葉を呑んだ。

仮に、あの像への願い事が聞こえてるとすれば、だ。
このまま進んでいけば、トライローの願い事も聞こえてくることになる。

(あの女、いつも何を企んでるかわからないからな・・・)

暴走の危険性と、願い事の盗聴。
2つを天秤にかけた結果は。

「・・・この寒さ、反則だろ」

アカラナータは、後者を選択した。


本堂はもう、目の前だった。
人混みを掻き分け、木で作られた階段を登り、
賽銭箱の前へたどりつく。
自分の願い事などそっちのけで、
アカラナータは頭の中の声に意識を集中した。
頭の割れそうな程騒がしい喧騒の中から。
ただ1つの声を聞き逃さないように。

そして。

その声を聞き届けた途端、
アカラナータはふっと体から力が抜けるのを感じた。
限界が来たらしい。
まずい、と思うのと同時に、疲労しきった意識は一瞬で暗転した。


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