第11回心の健康会議

メインテーマ 臨床心理士と社会的要請

開会挨拶: 木田 宏 会頭

臨床心理士資格協会が発足して、12年になる。7800人に資格を与え、7200人の有資格者がいる。(更新しなかった人が減っている。)しっかりした人に資格を与えたいと考えている。

社会の変化が速く心身共に適応できず、ギャップを持つ人がでてきている。親が子を殺したり、教育現場の人が困ることが起こっている。環境公害のように、心身への環境汚染が起きている。

新しい勉強(社会の変化に対応した)を続けることが大切である。

基調講演:「臨床心理士への社会的要請をめぐって」 河合 隼雄 日本臨床心理士会長

臨床心理士へ社会からの色々な要請がきているが、具体的に述べていきたい。

京都の小学生殺人事件で、警察現場検証で目撃した小学生に対し、警官が色々尋ねなければならないが、京都の臨床心理士会に対応が求められ、2次被害が防ぐことが出来た。

心の状態が社会の変化についていけず、プラスの反面としてのマイナス面が出てきており、それに対応することが臨床心理士に求められている。

臨床心理士を養成する大学院では、研究のみならず高度専門性を持った人の養成を心掛けている。

大学院1年生との話で感激したことがある。初めてクライエントに会う院生がそわそわして恋人を待つ以上の気持ちでいる。クライエントは自分よりかなり年輩の人や年下の中学生もいてどうなるかと思うが、話がすすんでいる。

「どうしてちゃんとクライエントはきてくれるのか。話を聴いてくれるだけでくるのはなぜか。」と院生に尋ねられた。それは、本当に話を聞いて貰うという機会は人生の中で少ないからではないかと考える。100%ちゃんと聞くことが出来るというのはすごいことで、普通は適当に切り上げたりしている。カウンセラーもスーパーバィザーに真剣に聞いて貰うことが大切である。

若い女性の大学院生に、人生経験豊富な社長が相談したりする。その女性院生が真剣に聞いていると、話の矛盾に気づいたりして、気持ちの整理ができてきたりする。クライエントは、若い女性カウンセラーに「○○先生」とは言っているが、別に何を教えているわけでもない。それほど、まっすぐに話を聞くことが、日常生活の中で行われていない。

今時の心理学科の大学生は、自分自身の疑問のために心理学を学んで、大学院になって人のために心理学を学ぼうと言う気持ちになると言う話を聞いて、昔の人と逆になったと思った。

昔は、困った人たちの役に立ちたいと思い、心理学を学び、自分のことも知らなくてはという順番であった。私も高校の教師をしながら、生徒のために心理学を学ぼうという気持ちになった。

どちらにせよ、中核に自分は何者かというアイデンティティの問題がある。

「いったい自分は何者か?」というアィデンティティは、社会の変化でも変わってくる。

江戸時代は、百姓をしていて、死んだらご先祖様になると考えて生きてる人はアイデンティティなど考えなくてもよかった。自分らしく生きるということに目覚めた人は、家出をしたり、恋愛しても身分差のために心中をしたりする人もいたろう。

話は変わって、ガーガリン宇宙飛行士と対談したときのことだが、宇宙から地球を見ると神を感じる人が多いということだが、その人は神や宗教に目覚めることはなく、言われたことをきちんとやって帰ってきた。

よく宇宙船で笑い話をしていたが、初めて宇宙にいったソ連のガーガリンは、帰ってきてからフルシチョフに会って、宇宙には神がいたかと聞かれ、確かに神を感じましたと答えると、フルチョフは私も神はいると思うが、絶対に神がいたとは言わないようにと口止めされた。ガーガリンは、ローマ法王とも面会したが、その時に宇宙に神がいたかと同じように聞かれた、ガーガリンは神はいませんでしたと答えるとローマ法王は私も実はそうじゃないかと思っていたんだが、このことは内緒にしてほしいと言った。

アイデンティティもこのように揺らいでいる。はたして私は何者、何者なのかに答えるのが臨床心理士の仕事である。

エリクソンを研究している鑪さんによると、アィデンティティとは、生涯にわたって続く無意識的に成長するプロセス(過程)である。プロセスを生きることである。

臨床心理士の資格は、医者や電気技師が知識を持っているのとは違い、わからないということを自覚を持って取り組むものであり、知識があるからというだけの資格ではない。

虐待する親の親権は、法律のプロの弁護士の方が良く知っている。誰と協力して行うのがよいか、他職種の人と協力することが大事。

新聞の連載記事で、中坊弁護士が離婚調停する話があるが、離婚成立寸前に2人だけで話したいといって戻ってくると、やり直しますと答えた。客観的に見て夫が悪く別れた方がよい夫婦でもその人にとってかけがえのない人であることがある。弁護士はエリートが多いが、自分(中坊弁護士)は苦労しているので人の気持ちが分かると思っていたが、案外わかっていないものだと思ったらしい。

「〜できます」と言えることは、「〜できません」と言えることである。

臨床心理士は、学校の先生と同じではない。独自性がなければ存在価値がない。

自閉症児をいじめる3人組がいるということで、臨床心理士が相談を受けた。3人に話を聞いてみると、3人はその子を気にして元気づけようと干渉していたのだが、自閉症児はそのことをいじめと感じていた。そこで、自閉症児への接し方が間違っている、自閉症児が喜ぶ接し方で接するように話した。担任の先生もその3人への見方が変わった。このように、自閉症児の知識だけでなく、クライエントに話してみようと思わせる姿勢が大事である。話して新しい事実を得ることもある。

学級崩壊の調査をしている愛教大の生島教授の研究紀要で、いいところは、悪い人捜しの解決法ではなく、騒いでいる子供はどうしたいのかに焦点を当てて記述している点である。

根本(アイデンティティ)を考えながら、目先の現状に対処していくことが大事である。これをあっちに持っていっておさめるという操作ではない。

子供を虐待する親の気持ちをちゃんと聞くには、親と子という根本を理解している必要がある。そのためには、物語や昔話を読むことが役立つ。白雪姫やシンデレラも実母の話をグリムが継母に変えたものであり、実母のままで読むとわかってくる。

母の子供への気持ちは、自分の命と引き替えにしてもよいという自己犠牲の気持ちと殺してしまいたいという殺意の間を揺れ動いている。子供が成長して行くには、いずれ母子の関係を切っていくことも必要になってくる。

今の時代は、女性カウンセラーは虐待する母の気持ちを明らかにしてもらいたい。昔は母は黙って死んでいった。女性が自分らしく生きることの陰の部分、社会文化の陰の部分を理解していく必要がある。

ただ、ふんふんと聞いているだけなら、相づちを打つフンフンロボットでも間に合うが、生きた人間が聞くことに意味がある。

物語や映画を楽しみ、芸術・宗教を理解し、社会・文化をしることで、根本の個人に会うことができるようになってくる。

時々、ピタと聞けた深い面接ができることがある。複雑な言葉のやりとりということではなく、本質的なものである。指揮者のアルブレヒトが深い音が出せた時があるというが、深い音とはなにかというと、その音にその人のトータルパーソナリティがかかっていると感じられる時だという。

面接しても本当に聞けた時とうわの空とまではいかなくても、そこまでは行かないとき、がある。

世の中自動化が進み、行動するのに人間関係が不要になってきている。自動販売機など。

人間関係に傷ついた人をサイコセラピーでどうしたらよいか。

ラクビーの平尾さんと対談したとき、良いプレイヤーはボールを貰ったとき、いかに周囲が見えているか状況が見えていることが大切だという。単なるタックルでは駄目。

同じように、全体状況を判断して行動することが臨床心理士に期待されている。誰にボールをパスすれば一番良いか?それは、自分がやったら良いときに人に任すことではない。

臨床心理士の中でもスクールカウンセラー等細分化してくるのではないか。

シンポジウム「臨床心理士は社会の期待にどう応えるか」

大塚協会理事:今日は、1116人の臨床心理士と100人の一般の人の参加がある。しっかり最後まで勉強していってほしい。

被害者支援の立場から

 蔭山 英順(名古屋大学教授)

 私は、被害者サポートセンターあいちの所長もしている。そのセンターは、40人の登録ボランティアでなりたっており、平日の10:00〜16:00で電話相談等している。夜間・休日まではボランティアの数が足りない。

 自然災害、人的災害があるがそのうち、人的災害の犯罪被害者についてここでは取り上げる。

 支援には、心理的支援だけでなく、社会支援(経済・生活支援)が必要である。

 ある日突然犯罪被害にあうと、急性外傷のみならず、生活支援が必要となる。遺族は生活苦、経済苦に陥ることもある。警察からの事情聴収、葬儀手配など生活者としてあやうくなる。どちらかといえば、サイコロジカル・ソーシャル・ワークの仕事が多い。

 刑事訴訟するには、性被害でも申告する必要があり、それは社会に公表するという不安を伴うので心のケアが必要である。被害直後の危機管理としてそれはマスコミ報道からの危機もある。地域支援センターが全国18ヶ所あり、40時間のトレーニングを受けたボランティアが、電話相談を受けている。匿名でも相談を受け付けている。

犯罪被害者給付金がでるようになり、警察からの連絡で動けるようになった。

事情聴収を受けると言うことは、犯人逮捕の協力で必要なことだが、辛い被害状況を警察、検察、裁判で何回も話さなくてはならない。そのことは、2次被害とも言える。

そのため、女性の警察官が取り調べ風の部屋でなく、リラックスできる部屋で被害者担当を決めてやるようにしている。

被害者の捜査を知る権利もできてきた。

公判の傍聴も加害者への恨み、被害感情が出てくるので、付添人のサポートを付けることが大切である。

また、犯人が釈放後、再被害に遭うのではという不安へのサポートも必要である。

過去の苦悩で苦しんでいる人のサポート、電話相談に加え、夜間のメール相談、医者や臨床心理士との面接相談も行っているところもある。

殺人遺族の被害者自助グループを紹介する等も出発への援助として大切。臨床心理士は、そのグループへの援助も行う。

心のケアはまだ断片的だが、少年法も被害者への重視と共に、加害者の社会復帰、和解(修復技法)を考えていく必要がある。

高齢者支援の立場から

黒川 由紀子(慶成会老年学研究所長)

アフリカのチェルブイリに行った時、40才の寿命であり、日本は高齢まで生きられる幸せがあることに気づいた。高齢すなわち問題と考えることは間違い。

2001年高齢者支援の臨床心理士会が開かれた。臨床心理士の高齢者への取り組みは出遅れている。

臨床心理士は、高齢者の職場として病院やディサービスで働いているが、システムの中に位置づけられていない。

高齢者支援とは、生活・身体の支援に加えて心のケアと考えられる。

痴呆症の心理療法では、臨床心理士が役立っている。

老年期に心理しかできないことは何か?専門用語が他の職種に伝わっていないこともある。

徘徊している痴呆症の徘徊の要因は何か、神経生理学だけでなく、その人が元看護婦さんである過去が分かると、徘徊していることへの新しい見方ができたりする。

痴呆のロールシャッハでは、失ったものだけでなく、残されたものへの関心も大切である。

元パイロットのロールシャッハでは、5図版で空を飛ぶ飛行機という反応が出て感動した。

老人の知恵、誇りも忘れてはならない。

80代後半の女性が、幸せな結婚と思っていたら、夫から第二婦人と思っていたと言われ、鬱になった。相談しているうちに、女は色々なことに目をつむって生きてきたりするから、ずるい。夫は自分に正直に生きたのかもと応えた。

臨床心理士は、システムの中での位置づけはないが、老いや死の意味を高齢者と一緒に考えていくことは出来る。高齢者問題は、他の領域と関わっている。

スクールカウンセラーの立場から

鵜養 啓子(昭和女子大学助教授)

スクールカウンセラー活用調査の頃から関わってきた。

私立の学校や自治体の教育相談室にスクールカウンセラーの前身が以前からあった。

平成7年に県に一校の指定校配置であったのが、阪神大震災や事件がおこり、県に3校に増えた。

学校教育をスクールカウンセラーが黒子としてどこまで援助できるか?

不登校の生徒が多いと先生の顔が曇る。先生の仲間になって支えてほしい。子供たちの話し相手や保護者支援、教員への研修などの役割もある。

管理職、先生、保健室の先生、子供たちのニーズが違うことに対応すること。

試行段階での失敗は多大な影響を及ぼすので必ず成功させるとの決意で臨んだ。

スクールカウンセラーワーキンググループでの情報交換では、相談室がある人、職員室にデスクがある人も様々で、学校のどこに所属するかも様々である。

活動の内容は、グループ面接(4割)、行事参加(5割)、教師の情報交換(8割)教員援助などである。あまりできなかったことは、事例検討とのこと。

ユーザー(先生方)の暖かい評価があった。スクールカウンセラーに求められるものは、臨床心理士の専門性があり、かつ学校現場をしっていること。

学校というのは役所のなんでもやる課みたいなもので、子供の色々な状況に対応して、ソーシャルワーク的、生活指導的な要素もある。

なんでもやるから、専門性は何かと疑問になることもある。

学校システムを感覚の全てを使って理解することが大切。

外部と内部の境界というスタンスを大切にすること。協力しながらまきこまれないことが大事である。

全体の状況を把握し、心理の視点を持ち続け、スタンバイしていること。外部から援助を得たり、先生が頑張りすぎて傷ついているのを助けたりする。

スクールカウンセラーは、県の外部非常勤としての身分であり、そのアイデンティティを持って専門性を分かりやすく伝えていくことである。

子育て支援の立場から

滝口 俊子(京都文教大学教授)

「赤ちゃんのためにすぐ使う本」に臨床心理士の活動が紹介されると多数の反響があった。

例えば、1才9ヶ月のアトピーの子を持つ父の暴力、2人目の育児について、etc.

去年、ホームページ「E-mama」を開き、そこで心の相談室コーナーを作ったところ多くの素朴な質問がきた。

しつけのとき、叩いていいのはどんなとき、不登校、赤ちゃんのトイレットトレーニング、ミルクの飲ませ方、保育園の輪に入っていけない子、夜泣き、育児ストレス、夫への不満、

しつけが虐待になっているのでは等である。身近に相談する相手がいないため、ありふれたことが深刻な悩みになってしまう。それは「情報過多の孤立した子育て」という言葉があてはまる。病状や症状を持つ子供だけでなく、普通の子を持つ親への支援も必要になってきた。

最近、子育て支援専門委員会(馬場委員長)を開いたが、臨床心理士300名限定のところ、700名の申し込みがあった。厚生労働省や文部省の子育て活動に連携し、役所やマスコミへ啓発活動を行い、成果をあげられるかといったところである。

世の養成に応えられるように、第2回委員会も予定している。

並行親面接とプレイセラピー(遊戯療法)の専門性を基にして活動をしていく。

子育ての難しさに色々な職種が取り組んでいる。そこへどうやって臨床心理士が連携していけるかが大事である。

臨床心理士の子育て支援とは、個別性の尊重と、クライエントとカウンセラーの関係性の尊重が特色である。

H.I.V支援の立場から

兒玉 憲一(広島大学教授)

H.I.V感染者への支援を1989年から広島で開始し、細く長く続けている。

広島大学がブロック拠点大学で、H.I.V者のカウンセリングを毎週木曜日行っている。

派遣カウンセラーなので、病院に行ってもすぐに分かって貰えないこともある。

H.I.Vが発病し、AIDSとなった結核病棟へカウンセリングに行ったときは、マスクをして相談をしたりしたこともあった。

H.I.Vは世界で5000万人いるが、アフリカに一番患者が多い。

日本では、毎月60人以上の患者が見つかっているが、実態はおそらく5倍くらいで増えているのであろうと考えられている。

H.I.V患者も、身障手帳を受けると医療費とカウンセリング費は無料になる。

H.I.Vは、慢性治療や遺伝子治療になってきており、発病してAIDSになったり、死んだりしなくなってきている。

H.I.Vのイメージが変わり、ずいぶん治療が進んだことを患者に伝えるようにしている。

3ヶ月ごとに最新の治療状況が知らされるようになっている。

初めは、1500名の血友病患者が血液製剤のためH.I.Vになってしまい、その医者が自分が投薬したせいでH.I.V感染したことを告知することをためらっていた。そのためのカウンセラーとして要請があった。

そこで、医者が患者にH.I.Vであることを告知するためのロールプレイや告知した医者へのバックアップをした。そして、原則H.I.Vは告知となった。

1990年代は、H.I.Vを患者に告知しても治療法がなかった。多くの若い人が亡くなった。「本当のことは知りたくなかった。」という人を看取ることもあった。

臨床心理士は、患者が話す主治医や看護婦へ言えない恨みや若くして死ぬ苦しみを聞いた。中には、「私が亡くなっても、他のH.I.V患者へのカウンセリングはしてくださいね。」と遺言を残して死んでいった人もいる。

エイズ裁判は、1996年3月感染者の勝利になった。そのことは、健康を奪われ、差別を受けた人のエンパワーメントとしても意味があった。

19971998年頃から日本でも最新の薬が使えるようになった。その結果、もうすぐ死ぬと思われていた患者が数十年の寿命に変わった。そのため、すぐ死ぬと思って生きていた人が人生設計を変える必要も出てきた。

その薬は、免疫が落ちてきてから始める薬で、100%飲み忘れせずに一生涯飲み続ける必要がある。その副作用として、下痢や身体の変調、変形、等にも耐えていけなくてはならない。

服薬することは、自分のためではなく家族や周囲の人のためであることを分かって貰う必要がある。場合によっては、私(カウンセラー)のために飲んでくれと頼むこともある。服薬することは、人とのつながりを保つことでもあることを分かって貰う。

H.I.V感染者も、体外受精で感染の心配を低くして子供が作れるようになった。子供ができるとH.I.V感染者もいきがいとして生きる張りができるようだ。

この12年間を通してめまぐるしく変わる治療状況があった。

臨床心理士にしかできない事は何かということで、ユーザーであるH.I.V感染者のニーズ、医者や看護婦のニーズで第一番のものは、しっかりじっくり話を聞いてほしい、混乱する気持ちを支えてほしいということであった。他には、カウンセラーは、医者や看護婦等の職種の人のようにすぐに処置しようとせず、動かないから自分の座標軸のように感じられて良いという患者の意見もあった。

(討論)

蔭山;学校における危機介入で、学校での犯罪被害への準備や研修をどう考えるか?

鵜養;子供や家族の障害、先生の自殺や破廉恥行為などに東京の臨床心理士会がスクールカウンセラーのバックアップをしている。

東京都の教育委員会で、生徒全員を面接してハイリスクの人をピックアップしたりした。

「学校の危機介入」という翻訳本も出版されている。アメリカでは、スクールサイコロジストの要請により、民間機関が対応したりもしている。

危機介入チームが被害者支援では大切である。

黒川;臨床心理士にしかできないことで、滝口先生のいう個別性への尊重は大切だと思うが、ソーシャルワーカーの個別性の尊重とどのように違うのか?

滝口;個別性の尊重とは、普遍的無意識までを含めての領域ということである。

黒川;わかりにくいので説明してほしい。

滝口;言葉でなく、体験(無意識)でわかることなので、説明は難しい。事例検討で伝えるのがよいかもしれない。

馬場司会者;私も事例検討で伝えるのが良いと思う。

兒玉;様々な要請に応えていく時期である。ゲイであることが、H.I.Vに感染して周囲に分かってしまうということで、解離症状や身体転換症状の精神症状を起こした人もいる。そのようなことは事例検討で伝えていきたい。

鵜養;学校の先生は何でも屋である。特に小学校の先生は全科目受け持っており、専門家というより、ゼネラリストと考えている。

臨床心理士もそれぞれ基盤となるものは違うが、学校への関わり方は同じで見通しを持って待てることだと思う。何が起こっているか分かるから待てるのである。

フロアからボランティアをしている人の意見

老人支援の黒川先生に対する意見だが、臨床心理士は老人支援の実態を見ていない、関わっていないのでは?肌身を通して知っている人が少ないと思う。老人支援での臨床心理士が関わるシステムがないというなら、システムを作ってみてはどうか。学生が老人施設で学んだり、老人施設と保育園との交流をする架け橋にスクールカウンセラーがなってもらいたい。

鵜養;総合学習としてボランティアで保育体験実習をした中学生の効果測定をしたところ、不登校児にボランティア体験が良い効果をもたらすことがわかった。

週8時間勤務で心理教育にスクールカウンセラーが関わる機会が持てると良い。

地域に開かれた場としての学校が意味がある。

黒川;高齢者施設のシステムを作ったらということだが、学校の生徒がいきなり老人施設にきても老人が困る。まず、ボランティアトレーニングをしてからでないといけないだろう。

高齢者によるボランティアでは、高齢者(退職教員)を学校にボランティアに行って貰ったりすることも良いかもしれない。

臨床心理士のアイデンティティも大切だが、そのことにこだわりすぎると嫌な集団になってしまわないか心配である。

蔭山;犯罪被害者の面接では、臨床心理士に対する報酬支払いはないので、ボランティアとなっており、システムとはなっていない。犯罪被害者は経済的にも苦しい状態であることが多いので、被害者から料金を取るのも酷である。

フロアより、佐賀の臨床心理士会の古賀です。

佐賀のバスジャック事件後、佐賀の教育委員会、佐賀大附属の評議員等色々な出席要請がきている。今後、組織へ参画する要請が増えると思うがいかが。

兒玉;行政からの以来でH.I.Vに取り組んでいるほか、県医師会の委員などもしている。行政へのコンサルテーションとして、行政担当者をどう活用するかも大事である。

ソーシャルワークと似ているコミュニティ心理学の範疇である。

鵜養;先生への研修や自治体の新規事業への助言をしたりしている。行政職の臨床心理士の人は、心理を業務にどのように取り入れていくか考えてほしい。

蔭山;行政へのつながりを持ち、具体化へ発言していくことも大事。代表者一人に要請が集中しがちではあるが。

馬場司会者;心理・福祉の発展のため、経済的裏付けができるように企画に加えていくことが出来ると良い。

フロアから山王教育研究所職員

鵜養先生に質問だが週8時間の枠のある非常勤の身分でスクールカウンセラーができることについて尋ねたい。

鵜養;スクールカウンセラーが、学校組織に常勤として入らず、非常勤であるメリットもある。外部と内部の境界の役割がはたせる。臨床心理士が教員採用試験の面接までするところもあるが、勤務形態によってできることは変わってくる。

馬場司会者;臨床心理士の仕事は静の仕事が基本でそれを深めていくことが本分だが、社会との要請で企画等、動の側面も要請され必要となっている。