PACK ON No.9
 

 

 


l     目 次

1.     会長に就任して 三宅 康之 会長

2.     前口上

3.     リレー

4.     知っていれば役立つ! 細胞所見ワンポイント講座1

5.     コンピュータ・ワンダーランド

6.     世界初のCT漫画 !(4コママンガ)

7.     大講釈

l          不朽の名作アルバム 『ナウ・アンド・ゼン』

l          珠玉の名作アルバム 『ア・ソング・フォー・ユー』

l          カレン・カーペンター、その光と影

l          偉大なり、リチャード・カーペンター

l          カーペンターズにまつわる 余 談 雑 談 1

l          カーペンターズにまつわる 余 談 雑 談 2

8.     まとめさせていただきます(平成12年度細胞検査士ワークショップ

l      テーマ:泌尿器の細胞診

l      受講者の声

9.     ウンチク三昧

l      ミ ロ の ビ ー ナ ス と ア ミ ロ イ ド

10.            ここ4,5年の新会員自己紹介

11.            ちょっと読んでみませんか?

12.             Creutzfeld-Jakob病の病理解剖ならびに標本作製マニュアル(川崎医科大学附属病院)

13.            wai wai LAND 大河子育てマンガ!!

14.            編集後記

 

岡山細胞検査士会会長に就任して

 今回、岡山細胞検査士会会長に任命されましたことを大変光栄に思います。私のような者に務まるかどうか不安ではありますが、会員のためにがんばるつもりです。

 平成七年に岡山細胞検査士会が発足して以来、我が会は全国的に見ても非常に順調に発展を遂げていると思われます。これも充実した役員と勉強心、研究心に優れた会員に恵まれているからだと思います。現在まで行ってきたワークショップや講演会はそのまま引き継ぎたいと思います。また、私の任期中に、できれば隣県の細胞検査士の方との交流ができたらと思っています。いずれにせよ一人の力ではどうにもなりません。先ほども述べましたように、岡山県には多くの優れた役員がおりますので、その人たちに大いにがんばってもらおうと思っています。

 私事ながら、本年度から身辺が急にあわただしくなり、細胞診断学協会理事、細胞学会検査士委員会幹事、細胞検査士会学術委員と共に、精度保証の委員長を引き受けることになりました。一度にこんなに色々な役が回ってくることもあるのだなぁと自分としても不思議な思いです。年齢的にも今しかできないと思われますので、全国でもがんばってみます。地方の声があまり中央に届いていなかった感もありますので、皆さんから意見など頂戴しましたら是非発言してこようと思っています。どうぞ是非やってほしい事業などありましたらお知らせください。出来ることから一つでも実行していきたいと思います。皆さんの意見をお待ちしています。また皆さんのご協力もよろしくお願いします。

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前口上

先日、わが人生四〇年にして初めて「骨折」を経験した。夜、用事でほんの近所に向かう道すがら、足首を捻ったのだ。慣れた道と油断して懐中電灯も持たずに出たのがよくなかった。しかも妻の厚底サンダルをはいていた(「バカ!」:妻・談)。最近、厚底のブーツやサンダルで足を骨折する人が多いと聞くが、そういう意味では私も流行の先端に立ったと言えるであろう(わしゃコギャルかい!)▼道路の窪みに足を取られて、思いっきり外側に捻った足首。中学時代に同じ箇所を捻挫したときにはグジャッ(いててて…)という感じだったが、今回はボグッ(うぉ〜いででで)と音がした(と思う、たぶん)。明るい所で見ると、左足の小指とくるぶしの中間あたりがみるみるうちに腫れる腫れる。これぞまさしく生体反応。「ああ、私は生きている」を実感できる瞬間であった。ま、やな実感の仕方ではあるが。▼翌日、病院で「車イス」を初体験し、続いて「ギプス」も初体験(妙な液に浸した包帯をぐるぐる巻き付け、しばらく待つと固まってギプスができあがるとは知らなかった)。そういえば二、三年前、生まれて初めて「蕁麻疹」になった時には、「点滴」を初体験したのだった。最近なにかと初体験が多いが、どれもあまりうれしくない初体験ばかりである。▼骨折の“先輩”である倉敷中央病院の則松氏(春の総会での痛々しい姿は皆さんの記憶に新しいところであろう)に、ケガをされたときのことをお聞きしたところ、「普段、道路を横断する時には絶対に無理をしないことにしている自分が、そのときに限って急に走らなければならない気になった。ほろ酔いでもあり、脳の思考回路が周囲に向かず、急いで渡るという一つの行動のみに走らせたのでは」とのこと。私が骨折したときも確かほろ酔いであった気がする。先輩の言葉に真摯な気持ちで耳を傾けていれば、と思うが後の祭りだ。則松氏いわく「いっそベロベロに酔ってたほうがケガをしなかったかも」。なるほど。よし、これからはそれでいこう(ぜんぜん懲りてない)。▼「悠々として急げ」。開口健氏のエッセイで目にしたこの言葉は、私の座右の銘の一つだ。おそらく則松氏の教訓もこのあたりに帰結していくのであろう。「悠々として」を忘れたとき、そこには落とし穴が待っている。▼今回のケガで得したこと(というのも変だが)は、靴下の洗濯がいつもの半分ですんだことと、献血に行って「骨を折ってるうえに血までいただいて…」と恐縮されジュースを1個余分にもらったことくらいで、痛いし痒いし煩わしいし、総体的にあまりいいことはなかった。あたりまえか。「真っ暗な夜道を厚底サンダルで歩いて骨折ったすっとこどっこい(妻・談)」が言ってもはなはだ説得力に欠けるが、とりあえず皆さんもケガには気をつけましょう。

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リレ−他個紹介 PART9 県北飛び火シリーズ・第2弾

勝山病院・検査室 楢本五月さん

 県北細胞診勉強会のお嬢様を紹介します。勝山病院の楢本五月ちゃんです。

 勉強会に皆勤賞の彼女は、久々に出席した人に「こんばんは、どうしてたんですか、

元気ですか」って笑顔で声かけできる人です。砂糖のように甘かったり、七味とうがらしのようにピリ辛だったり、漬物石のようにどっしりしていたりといろいろな面を持っていて、探求心、好奇心、努力と天性のやさしさとをバランスよく使いこなして、テニス・バレー・英会話・俳句等などを楽しんでいるようです。そしていつのまにか、パソコンを買いこんでインターネットを始めて、今やデジカメを使い、細胞像を指導医の元ヘ送信し(県北初!)、指導医をうならせたのでした。

 仕事は何でもこなせるスペシャリストで、毎日おやつする暇もなく動き回り、その上、また何か目標を見つけたらしく、ひそかに勉強を始めたみたいです。さて今度は何に挑戦するのでしょうか。こんな五月ちゃんに刺激され続けているのが私です。

 大阪成人病センター・細胞診スクリーナー養成セミナー(三週間コース)に参加したとき、午後一〇時過ぎて南雲先生から「明日に差し支えるからもう帰りなさい」って言われるまで、毎日細胞とにらめっこの頑張りやさん。初日から昼食時には皆さんにお茶を入れてあげる気配り、なかなかできることではありません。

 方向オンチの私を気にして、初めての東京の地下鉄用に、色分け・コメント付きの拡大コピーの地図を作ってくれたおかげで、目的地に迷わず行けたことがありました。ありがとう。

 少し肩に力が入り過ぎるのが気になりますが、これも彼女の良いところかもしれません(あっそうそう、肩もみは天才的で、毎日お母さんの肩をもんでいるらしい)。

 スクリーナーになったら、二人でカクテル飲みに行こうねっていう約束、まだ果たせていなかったね。近いうちに、色々と色のついた話をしながら、おいしいカクテルを飲みに行きましょう。

by 水島敏枝)

本人のコメント

 水島さん、JAROに訴えられますよ。私は純日本人でして、よその国の言葉はわかりませんし、季語の要るような上等な俳句などたしなみません。それを言うなら、季語のいらない庶民の娯楽、川柳をチョコッとかじった程度です(こちらもじつは、ただの標語でした)。それから、母の肩もみは後ろめたいことのあるときに限ります。今では、父に肩をもませる孝行娘に変身しています。大阪でのことは、一切記憶にございません(年取ったってこと??)。一〇時まで顕微鏡見てたのは(今だから明かそう)、水島さんが頑張っているから帰れなかったというのが事実です。

 あまりにもすごい人の紹介でビックリしてます。本当の私は、自分には砂糖のように甘く、他人にはサンショは小粒でピリリと辛いってとこです。わがまま気ままな女王様をどうぞこれからもよろしくお願いします。色つきお水飲みに行って、私自身が色づく方法、ご教授下さいませませ。

 

金田病院・中央検査部 内籐絹代さん

 内籐さんといえば、おかっぱ頭にタイトスカート。これが定番。そのまたタイトスカートというのが、オリジナルの手作り。噂によれば、お母様手作りとか…。それって本当は、ご自分の手作りだったりして…。またまた彼女は、華道は師匠の腕をお持ちで、またまた草木染めは、町の文化祭に出展されるほどの腕前なのです。

 そして、県北あげての一大イベント「夏の県北セミナー」では、最終チェック係です。手作り朝ごはんのお味噌汁のだしは、彼女の指定銘柄のいりこです。それも何種類かミックスするのです。毎朝、味の違う味噌汁を食べている私には、「すっごーい」の世界です。それもそのはず、彼女は、お料理も何やらライセンスをひそかに持っているとかいないとか。

 これってめちゃくちゃ、スーパーウーマン。おっと、「仕事は」と言いますと、こちらもバッチシ決めてくださいます。細胞診は当然ながら、血液検査を担当されているので、他施設でありながら、何度か血液細胞も鏡検していただきました。これって、いよいよ非の打ち所もないってことですか。

 そんな彼女の、「ウッソー」と思うような意外な一面を聞いてしまいました。呑み会で夜遅くにご帰還したところ、家の鍵はすべてかけられ、締めだし状態。困った彼女は、唯一鍵の掛かってないトイレの窓から、無事楽しい我が家へ戻られたそうです。その時、トレードマークのタイトスカートが障害になったことは言うまでもありません。この障害をどのように乗り越えたかは、紙面の都合で省かせていただきます。

by 楢本五月)

本人のコメント

 前半の過分な紹介といい、後半のドジな私といい、大きな穴があったら入りたい。ちなみに、トイレの窓は狭くて、狭くて。洗面所の窓からあたりを見まわして帰還しました(嫁だもの、お義母様を起こすわけにはいきませんから)。

 

落合病院・臨床検査科 大倉寿子さん

 大倉さんは、御見かけのどおり、おっとり落ちついていて、「良妻賢母」の言葉がぴったりの方です。三人のお嬢さんのお母様で、検査室でも今年の新人を見るとついつい我が子のように思え、お世話せずにはいられません。

 さて県北の病院では、大方のところで「専門でそれだけしている」という人は少なく、皆何かを兼務しなくてはなりません。大倉さんも、細胞診はもちろんのことですが、以前は脳波も測定され、「最近は何でもするのよ。血液でも、生化学でも。」とおっしゃっていました。

 趣味は、小原流の華道をもう随分長くされています。どこかの華展でお名前をみうけられたかもしれませんね。いつもにっこりしていて穏やかだから、「慌てたり、失敗したりしたの見たことないよね」って、勉強会の仲間に言ったら、ご本人が「あるわよ。靴にまつわるエトセトラ…。1回や2回じゃないもの!」と笑っておられました。詳しくは次回またチャンスがあったらお話しましょう。抱腹絶倒かも。

by 内藤絹代)

本人のコメント

 ご好意あふれる文面をいただき、嬉しいな??

 でもネ、靴の件以外は、全部内藤さんにぴったりのことばかりと思います。お気に入りの靴をなくした(忘れた)場所には何回も行きました。見つかるものなら、今すぐにでも捜しに行きたいと思います。

 

金田病院・中央検査部 水島敏枝さん

 金田病院の水島敏枝様をご紹介させていただきます。

 久方ぶりにお会いして、「みずしまさん、お元気でしたか?」と声をかければ、あの独特のイントネーションでもって「はーい、元気でーす!!」と返ってきます。そんなときいつも、万智ちゃんの“「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ”を思い出します。万智ちゃんと同じようにほのぼのと私の心を包んでくれる方です。そして、仕事と家事をみごとに両立させていられるお姿には、感心させられることばかりです。

 仕事といえば、生理検査をこなし、その上に細胞診もやられているのです。もちろんお勉強会は両分野に出席されているという向上心いっぱいの方です。昨年の広島での教育セミナーでは、急に自宅を空けることができなくなり、二日間もご自宅から通勤され、しかも宿泊組より早く着席しておられて、ただただ敬服するばかりの私でした。

 この意欲あふれる行動はお仕事のみならず、「美星町にまで星を見に行く」ということにもつながるのでしょうね。天体宇宙にも造脂が深く、夜空を見上げながら子供たちに星座のお話しができるなんて、ロマンチックでなごやかな風景を感じます。彼女のほんのほんの一部のご紹介にすぎませんが、人間味あふれるすばらしい女性です。私は大好きです。

by 大倉寿子)

本人のコメント

大倉さん、体中がくすぐったくなって恥ずかしくて人前に出られないじゃないですか。でもよく書いて下さって嬉しいです。ありがとうございました。仕事と家庭の両立は大倉さんがお手本で、いつもくじけそうになると相談させていただいて、乗りきってきました。今後ともよろしくお願いいたします。

 

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知っていれば役立つ! 細胞所見ワンポイント講座1

小細胞癌を中心とした小型円形腫瘍細胞の鑑別法

 神経細胞の、内分泌細胞としての機能が明らかにされたことにより、神経内分泌の概念が確立され、内分泌細胞と神経細胞に共通したマーカーを発現する細胞群に対して「diffuseepithelial endocrine system」または「diffuse neuroendocrine

 system (DNES)」という概念が提唱された1)DNESの細胞には、下垂体、副甲状腺、副腎髄質、交感神経節、膵島のように、臓器ないし集塊を形成するものと、気道系、消化器系、胆道系、尿道粘膜、皮膚、子宮頸部、前立腺などの上皮細胞に介在して散在性あるいは孤立性に分布する一連の細胞があり、このような細胞に対する免疫組織細胞学的マーカーには、神経内分泌系マーカーとしてchromograninA、NSE (neuron-specific enolase)Leu7 (CD57)、また非ホルモンマーカーとして synaptophy-sinが知られている2,3)

 1992年、Wittchowらは、肺原発性小細胞癌のギムザ染色標本を検討し、「89%の症例で細胞質内に好塩基性細胞質封入体が認められ、これには診断的有用性がある」と述べた4)。我々のパパニコロウ染色標本における検討結果では、同様のものと思われるライトグリーン好性で1〜4μm大の細胞質封入体(図)が、肺原発性小細胞癌35例中31(88.6)に認められている。また、肺以外にも膀胱、前立腺、子宮頸部、子宮体部原発の小細胞癌の全症例で、肺原発の小細胞癌で認められたものと同様の細胞質封入体が認められ、90%以上の症例で synaptophysinchromograninAが共に陽性を呈した。

 小細胞癌細胞にみられる細胞質封入体の存在は、小型の非角化型扁平上皮癌、未分化癌、メルケル細胞癌、胎児性横紋筋肉腫、非ホジキンリンパ腫など小型細胞からなる腫瘍と小細胞癌を鑑別するうえで、細胞診断学的に重要な鍵となる所見である。

(川崎医科大学附属病院・畠 榮)

1)DeLellis,R.,Tischler,A.:The dispersed neuroendocrine cell system.Functional Endocrine Pathology(Kovacs K.,Asa,S.,S.L.eds.),Boston,Blasckweii,1991,493-508

2)佐野壽昭,長村義之:disperwed neuroendocrine systemの腫瘍の統一的分類.病理と臨床1999,17:1238-1241

3)安田政実,長村義之:神経内分泌系の概念と機能形態学的アプローチ.病理と臨床1999,17:1232-1236

4)Wittchow,R.,Laszewski,M.et al.:Paranuclear blue inclusions in metastatic undifferentiated small cell carcinoma in the bone marrow. Mod.Pathol.1992,5.555-558

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コンピュータ・ワンダーランド

 新世紀(注:エヴァンゲリオンとは無関係)を迎え、ひょっとしたらこれがノストラダムスの大予言かと思っていたミューズ(注:洗剤ではない)も無事落下し、地震騒ぎも「あー、そういえば…」と思っている今日この頃、いかがお過ごしでしょう。自称パソコンオタクKです。

 前回、CPU安売り合戦の話をしましたが、今はちょっと落ち着いてきたところです。ところで先日、検査室のパソコンを自作したのですが、拍子抜けするほど簡単にできてしまい、調子に乗って今度は個人用に、コーセーノーパソコンを自作してやろうと密かに企んでいます。今現在の最速クロックCPUは IntelPentium41.7GHzですが、それはチョ〜ット値段の割に性能が高くない(?)のでPentium 1GHzを二個乗せて(Dual CPUと言う)2GHz(?)のパソコンを作ろうと考えています。実際にはCPUが二個でも1.5GHz程度の性能しか出ませんが、そこはそれ愛嬌ということで…。

 とはいっても、Dual CPUの利点として、片方がヒジョーに重たい処理をしていてももう片方がそれを補ってくれるので、インターネットのブラウザを一〇個以上立ち上げて画像編集、スライド作成、ワープロ入力、データベース操作、プログラミングをしながら音楽を聴いたり、コーラを飲んだり(関係ない!)しているヘビーユーザーにとっては効果がありそうです。しかし、調べれば調べるほど「次世代標準規格はこれだー!」や「新製品が出るぞー情報」、「もうチョットで定価改正するぞー情報」などが出てきて、購入時期がどんどん遅れています。さすがの嫁さんも「いつになったら買うの??」と、心配を通り越してチョット怒っている様子。そろそろ買わなきゃ後が怖い。

 インターネットの話が出ましたが、みなさんは自宅でインターネットやe-mailを使っていますか。我が家では、INSテレホーダイで午後十一時から午前八時まで使い放題ですが、どうも夜更かしをする癖がついて健康によくありません。こんなときは、あらかじめURL(ホームページのアドレス)を入れておくだけで勝手にHな画像必要な情報を集めてきてくれる自動巡回ソフトが便利です。先だって、昼間に子供にもインターネットをさせてやりたい!、これからはインターネットができなきゃ!というのを口実に、ケーブルテレビのインターネットに申し込みをしました。ケーブルテレビは回線が最低でもISDNの二倍、最高で4 6Mbps と高速で、家庭内LAN(家庭内乱ではない)に接続すればいつでも、どの部屋でもインターネットが利用できます。ふつうはほかの接続方法(xDSLOCN 、フレッツ・ISDNなど)よりも値段が割高になるのですが、運のいいことに我が鴨方町では安く利用することができます(遠くても住んでてよかった)。今年の夏には、スーパーコンピュータと使い放題のインターネットという夢のような環境ができている予定です(おっと、よだれが…)。その話はまた次回に報告しましょう(ただし、成功していたら)。

 ついでに、インターネットでの買い物についても触れておきましょう。当初は、軍事や学術利用を前提に開発されたインターネットも、今ではテレビやラジオと同じ一般的な情報手段のひとつになってきました。ネット上では、格安チケットの販売やネットオークション、ネット通販などがとても盛んです。実は私の愛車や、腕時計型コンピュータはネット通販で格安の値段で買いました。ネットでの買い物は、支払いや商品自体に不安があって、小市民の私にとっては「キヨミズの舞台」的な買い物でした。しかし、相手が通販を長年やっている実績があったり、名の通った会社なら恐れるに足りません(今だから言える)。もっとネットを利用して、安くてよい品を手に入れようではありませんか(ただし変なビデオはやめておいた方が…、ネッ、××君)。おっと、まじめな話をしていたらQ&Aコーナーを忘れるところだった。

 

◎今世紀もやります、(ひょっとしたら)人気の、Q&Aコーナー

Q1:粗大ゴミが有料化しましたが、どうやったらパソコンを安く処分できますか。とくにディスプレイはテレビ扱いでしょ。心配で心配で夜も寝られません。

A1:ください、私に。ただし、Windows95 以上の動作品で、CRTは17インチ以上で、

液晶なら小さくても良くて、ハードディスクは大きい方が、でも静かに越したことはなくて、グラフィックボードは…誰か止めて。

Q2:どうやったら「プログラム」をうまく書けるようになりますか。上手に書けなくて困っています。どうか助けてください。

A2:「プログラム」と紙に一〇〇回くらい書いて練習しましょう。

Q3:最近ディスプレイがどんどん薄型になってきていますが、ああいうものは薄ければ薄いほどいいんでしょうか。あまり薄いと頼りないような気もするのですが。

A3:「薄くても夜は安心」とCMで言っていましたから、たぶん大丈夫でしょう。

 

今回も、環境問題に関わるような難解な質問でしたね。Q1さん、夜寝られないときには、仕事中に顕微鏡を見るふりをして寝るという裏技がありますヨ(伊藤家の食卓では未発表)。Q2さん、「プログラム」うまく書けるようになりましたか。どうしてもダメだったら「日ペンの美子ちゃん」におすがりしてみては?。

いやぁ、人助けをした後は気持ちがいいですね。それではまた、お会いしましょう。

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世界初のCT漫画

 

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大講釈 第3回 超個人的カーペンターズ論

 最近、『癒し系』という言葉を耳にする機会が多い。癒し系はあらゆるジャンルに及んでいるが、音楽においても、癒し系と呼ばれる一群がここ何年かで確立されてきた。そんな時流を反映するように、カーペンターズが再び脚光を浴びている。なるほど、『イエスタデイ・ワンス・モア』なんかを聴いていると、鏡検の疲れも少しは癒されるような気がしないではない。

 二、三年前に比べるとかなり落ち着いてはきたものの、依然としてカーペンターズ人気は根強いようだ。『トップ・オブ・ザ・ワールド』、『青春の輝き』などは、今でもしょっちゅうラジオでオン・エアーされているし、洋楽カラオケ・ランキングでも上位をキープしているらしい。

 人知れず(と言いながら堂々と書いているが…)カーペンターズ通を自負している私としては、カーペンターズの輪が世代を越えて広がることにうれしさを感じつつ、その反面、なんとなく引っ掛かるところを感じてもいる。どうも世間一般のカーペンターズに対する認識が正しい方向に向いていないのではないか。「ま、あんまりこだわってもしょうがないんじゃないの、ポピュラー・ミュージックなんてそんなもんだよ」というご意見もあろう。でも…、でもホントのところをちゃんと知っといてほしいなぁと、自称カーペンターズ通は思うわけである。ということで、余計なお世話ながら、ここに大講釈をたれる運びとあいなった。

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不朽の名作アルバム 『ナウ・アンド・ゼン』

 『ナウ・アンド・ゼン』は、カーペンターズ五作目のオリジナル・アルバムである。私にとってこれほど繰り返し聴いたアルバムはほかにない。おかげで、歌はもちろんだが、ボブ・メッセンジャーのフルートからトニー・ペルーソのリード・ギターのフレーズまで、ぜ〜んぶひっくるめてまる憶えしてしまった。いわゆる『門前の小僧』状態である。目を閉じると、一曲目の『シング』のイントロから、最後の『イエスタデイワンス・モア・リプライス』のフェイド・アウトまで、頭の中で再現できるので、もはやオーディオにCDを乗せる必要もなくなった。

 『ナウ・アンド・ゼン』はカーペンターズのアルバムの最高峰である。とりわけ、LPレコードでいえばB面に当たるところの、『イエスタデイ・ワンス・モア』から始まる一連のオールディーズ・メドレーは、いわゆる企画ものでありながら、歴史的な名作となった。そのおかげで、たとえばこのメドレーの中の一曲、『ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド(この世の果てまで)』などは、『ナウ・アンド・ゼン』以降、カーペンターズの『ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド』として認識されるようになったほどである(ワン・コーラスしか歌われていないにもかかわらず、だ)。

 『イエスタデイ・ワンス・モア〜ワン・ファイン・デイ』メドレーを世に送り出したことによって、カーペンターズの音楽はある意味で完成したということができる。アルバムとしての、あるいは音楽的な完成度という点では、四作目の『ア・ソング・フォー・ユー』こそ最高傑作であるとの一部評論家筋の評価もある(これについては十分にうなずける面もあるが、詳しくは後で触れる)が、総合的な評価として『ナウ・アンド・ゼン』には及ばないと思う。なぜなら、『ナウ・アンド・ゼン』には、これを初めて聴いた、英語さえろくに知らない小学六年生(当時の私)をその世界へと引き込むだけの力があったからである。かなり主観的な評価ではあるが、おそらくこの評価は、一般的評価と比べても、さほど大きな隔たりはないものと確信している。

 しかし、シビアな見方をするなら、カーペンターズの音楽は『ナウ・アンド・ゼン』によって完結してしまった。ご承知のとおり、カーペンターズは『ナウ・アンド・ゼン』以後にも幾枚かのオリジナル・アルバムをリリースしているが、これらはほとんど『ナウ・アンド・ゼン』の、もしくは『ナウ・アンド・ゼン』に至るまでのエネルギーから派生した余熱のようなものとの印象が私にはある。『ナウ・アンド・ゼン』の後、『ホライズン(緑の地平線)』がリリースされるまでに二年以上の月日が費やされたが、この間『ナウ・アンド・ゼン』からの呪縛を振り切ることに膨大なエネルギーが費やされたことは想像に難くない(ホライズンの妙な重さの秘密はこのへんにあるのでは?)。そして、残念ながら『ホライズン』をはじめとして『ナウ・アンド・ゼン』以降の彼らのすべてのアルバムは『ナウ・アンド・ゼン』を凌駕することができなかった。つまり『ナウ・アンド・ゼン』以降、知らず知らずのうちに我々は、カーペンターズに対して常に『イエスタデイ・ワンス・モア』のような曲を求めるようになったのであり、『ナウ・アンド・ゼン』のようなアルバムを求めるようになってしまったのだ。『ナウ・アンド・ゼン』以降の新作アルバムを聴きながらも、我々のカーペンターズに対する思いは、常に『ナウ・アンド・ゼン』へと回帰している。そしてまた、これは我々聴き手側の意識の問題であると同時に、作り手側の意識の問題でもあると思われるのである。

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珠玉の名作アルバム 『ア・ソング・フォー・ユー』

 カーペンターズ五枚目のオリジナル・アルバム『ナウ・アンド・ゼン』がまさに金字塔的作品であったことは前述のとおりである。しかしながら、それによって前作のオリジナル・アルバム『ア・ソング・フォー・ユー』の存在はいささかも色褪せるものではない。いや、むしろ『ナウ・アンド・ゼン』によってよりその輝きを増したといってもよいかもしれない。

 カーペンターズの音楽の軌跡をたどると、『ナウ・アンド・ゼン』は突出した、やや浮いている存在と言えなくもない。その一方で、『ア・ソング・フォー・ユー』は、いかにもカーペンターズらしい、落ち着いた仕上がりの作品となっている(『ア・ソング・フォー・ユー』のライナーを担当された小倉ゆう子さんも、このあたりについて、「『ナウ・アンド・ゼン』は正統派と言うよりアイデア賞、カーペンターズがカーペンターズそのものである姿は、このアルバムの方が一枚上を行く」と書いておられる)。とりわけ、カーペンターズが大ブレイクする以前からカーペンターズの音楽に親しんできたファンにとってはこれほど愛着を感じる作品はないであろうし、最高傑作であるとの評論家筋の評価も十分にうなずけるだけの作品的なクォリティーの高さを持っている。

 アルバム『ア・ソング・フォー・ユー』は、そのタイトル・チューンである同名曲(オリジナルは、レオン・ラッセル)で「一万人の観客が見守るなかで愛を演じたりもしたけれど、今はあなただけのために歌いましょう」と歌われているとおり、いわゆるコンセプト・アルバムである。全十三曲。カレン・カーペンターの歌唱、リチャード・カーペンターによるアレンジは、いずれの曲においても冴えをみせ、完成度の高い作品に仕上がっている。それでいて、ちょっとした遊び心さえ加えてみせる余裕が、アルバム全体に心地よい暖かさ、柔らかさのようなものを与えている。たとえば六曲めの『インターミッション』はわずか二十秒程の、しかも歌詞内容は「ちょっとトイレに行ってきます」というシャレのような曲ではあるが、その緻密にオーバー・ダビングされたハーモニー構成にはいささかの手抜きもなく、まじめに遊んでいる雰囲気がよく伝わってくる。

 どの曲にカーペンターズらしさを感じるかは人それぞれだが、個人的には、なぜか四曲目の『小さな愛の願い』に愛着を感じている。おそらく大半の方にとっては「何、それ?、そんな曲あったっけ?」という感じだと思うが、カーペンターズの音楽を『ナウ・アンド・ゼン』以前と以降に分けたとき、『ナウ・アンド・ゼン』以前のリチャードのアレンジの特徴をよく表現している一曲のように私には感じられるのである。

 ところでつい最近、あることに気付いて、私は大いに憤慨している。それは、たまたま我が家で棚に並べてあるCDを眺めていたときのことであった。私の目に『トップ・オブ・ザ・ワールド/カーペンターズ』というタイトルが飛び込んできたのだ。そんなタイトルのアルバムを買った記憶はない。不思議に思いつつ手にとってみると、それはまぎれもなく『ア・ソング・フォー・ユー』であった。「どういうこっちゃ?」と思いながら、ライナー・ノートを読み返してみると、『トップ・オブ・ザ・ワールド』は『ア・ソング・フォー・ユー』の日本でのアルバム・タイトル、と書かれているではないか。

 そりゃ確かに『ア・ソング・フォー・ユー』より『トップ・オブ・ザ・ワールド』のほうが曲としての知名度は圧倒的に高いだろうし、『トップ・オブ・ザ・ワールド』と書いてあったほうが、ちょっと買ってみようかなという人は多いのかもしれない。一枚でも多くCD(あるいはレコード)を売りたい、という制作会社サイドの気持ちもまんざら理解できなくはないし、より多くの人がこのアルバムを聴く機会を得ることは、いちカーペンターズ・ファンとして喜ばしいことではあるが、それにしても、コンセプト・アルバムである『ア・ソング・フォー・ユー』に『トップ・オブ・ザ・ワールド』と銘打って商売するのはいかがなものか。そもそも、『トップ・オブ・ザ・ワールド』は、当初シングル・カットされる予定はなく、アルバム『ア・ソング・フォー・ユー』の中の一佳曲として存在していたことを、発売元としても、よもや忘れたわけではあるまい。それをちょっと『トップ・オブ・ザ・ワールド』が売れたからってアルバム・タイトルにしてしまうとは何ごとだ!。リチャード・カーペンターも怒ってるぞ、きっと。

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カレン・カーペンター、その光と影

 一九八三年二月四日、その悲報はまるで晴天の霹靂のように、世界を駆け巡った。

 −−−カレン・カーペンター、死去。

 伝えられるところによれば、直接死因は心臓発作だったという。むろんその引き金となったのが、以前より報じられていた拒食症によるものであったことは疑う余地のないところである。かつて、「カレン・カーペンターが拒食症!」の報とともに公開された、彼女のやつれ痩せ細った姿は、衝撃的であった。衝撃度という点では、死去の報を耳にしたときよりもむしろ衝撃的であったといえるかもしれない。

 彼女が拒食症を患うに至った原因については、諸説が取り沙汰されている。しかし、ひとつだけ確かなことがあるとすれば、彼女を拒食症へと向かわせたもの−−−それは彼女が傑出したヴォーカリストであったという事実にほかならないと私は考える。

 そもそもカーペンターズは、ライナー・ノート等でも紹介されているとおり、ドラマー兼ヴォーカルのカレンとピアノ兼ヴォーカルのリチャード、これにサポート・メンバーが加わった「バンド」であった。が、いつしか、メイン・ヴォーカリストのカレンとバック・バンドの皆さん(もちろんこの中にリチャードも含まれる)という形態に姿を変えることになる。これは、リチャードがメイン・ヴォーカルをとっている曲がある時期のアルバムから姿を消してしまったことでも裏付けられるだろう。

 カーペンターズは変貌した。仕方がないといえば仕方がないことだったのかもしれない。それは、一にも二にもカレンが傑出したヴォーカリストであり、誰もが彼女の声を、歌を聴きたかったからだ。彼女がスポット・ライトの中に立つことを世間は望んだ。いや、強要したと言ってもいい。そのためにカレンは「美しく見られたい」すなわち「痩せなければならない」という気持ちを強くしていったのだろう。だが、しかし、これは彼女にとって本意だったのだろうか。

 否、と私は思う。あくまでも彼女はカーペンターズという名のバンドの中で、「バンドの一員としてのドラマー兼ヴォーカルのカレン」でいることを望んだのではあるまいか。周囲の要求と自らの希望とのはざまで生じた葛藤に苛まれながら、結果的にはスポット・ライトの中に立たざるをえなかったカレン。『芸は身を助ける』という。だが、ときには芸が身を滅ぼすこともありうるという一例を、我々はここに見ることができる。

 いずれにしても、我々は一人の偉大なヴォーカリストを失ってしまった。カレン・カーペンター、享年三十二歳。

 −−−合掌。

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偉大なり、リチャード・カーペンター

 「リチャード・カーペンターは偉大な音楽家である」という認識は、音楽マニアおよびコアなカーペンターズ・ファン以外には、残念ながらかなり薄いかほとんど持たれていないのが現状ではないかと思う。先にも述べたとおり、一般のカーペンターズ・ファンにとってリチャードの存在は、カレンというヴォーカリストの影に隠れたサポート・メンバーとしてしかとらえられていない。カーペンターズはカレンのヴォーカルでもっているグループ、とリスナーの多くは認識している。

 確かにカレンは素晴らしいヴォーカリストである。それはまぎれもない事実だ。しかし、私は声を大にして叫びたい。カーペンターズとは、あくまでもリチャードあってのカーペンターズなのであると。極端な話、カレンなくしてもカーペンターズは成立し得たかもしれないが、リチャードなくしてカーペンターズは絶対に成立し得なかったと私は思う。今回のカーペンターズ論を書くにあたって、私が最も主張したかったことはこの一点に尽きる。

 アルバムのライナー・ノートを読めば、例外なく彼の音楽的才能、すなわちコンポーザー、プロデューサー、アレンジャー、キーボード・プレーヤー、そしてヴォーカリスト(ヴォーカリストとしては、まあその、ぼちぼちかなって感じだが…)としての才能を褒めたたえる言葉が並んでいる。通常、ライナー・ノートとはお世辞的な意味合いを含む場合が多く、すべてを鵜呑みにはできないと考えてもよいが、リチャードに対する賛辞的評価はおおむね妥当である。それはライナー・ノートを読むまでもなく、音を聴けば分かる。

 前述のとおり、リチャード・カーペンターの音楽的才能は多方面にわたるが、とりわけアレンジャーとしての才能は群を抜いている。カーペンターズのデビュー・アルバムは『涙の乗車券』、もちろんタイトル・チューンは、かのビートルズの名曲『涙の乗車券』のカバーである。いきなりカバー曲をタイトル・チューンにもってくるあたりに、しかもそれがビートルズのヒット曲であるあたりに、アレンジに対するリチャードの並々ならぬ自信を垣間見ることができるだろう。

 カーペンターズといえばハーモニー、ともいわれるように、カーペンターズの楽曲におけるコーラス・アレンジはカーペンターズの売りのひとつであり、ここにもリチャードの才能がいかんなく発揮されている。カーペンターズ以外にもハーモニーを売りにしているグループは多いが、カーペンターズのハーモニーはそれ自体独自の世界を構築しており、一歩抜きん出たものがある。もちろん、兄妹デュオという基本的な声質の近さがあるが、それを差し引いても、彼らのハーモニーの水準はきわめて高い。さらに、コーラス・アレンジ自体もさることながら、カレンのリード・ヴォーカルとのブレンドの妙がよりハーモニーに輝きを与えている。これこそがコーラス・アレンジに対するリチャードの才能のとりわけ秀でている部分ではないかと私は思う。彼の完璧主義に貫かれた、多重録音によって徹底的に練り上げられたハーモニーは、今もなお輝きを失っていない。

結び・私の中のカーペンターズ

 中学時代(それはちょうど七〇年代の初期〜中期にあたるが)、私はのめり込むようにカーペンターズの音を聴いていた。今でも彼らの曲を、とりわけ『涙の乗車券』〜『ナウ・アンド・ゼン』あたりの曲を耳にすると、あのころの空気感のようなものがよみがえってくる。アルバム『ライブ・イン・ジャパン』の発売日に、レコード屋が開店するのを待ち切れず、朝から店の前で待っていたことも今では懐かしい思い出だ。

 思い返してみれば、私が今ここにあるのも、元をたどっていくと『イエスタデイ・ワンス・モア』を初めて聴いた小学六年の夏に帰結していく気がしている。

 私がこれほどまでにカーペンターズに魅かれたのはなぜだろう。

 長い間私は、その答えがカレンのヴォーカルの魅力にあると思ってきた。たしかにそれはまちがいではないと思う。カレン・カーペンターという傑出したヴォーカリストが私は好きだった。しかしそれだけだろうか。そう、彼らのハーモニー、これもそのひとつにはちがいない。そしてリチャードのアレンジによるアンサンブル。ストリングスの響き。選曲の妙。アルバムの企画性…。

そんなあれやこれやを思い起こしながら、今私は一つの結論にたどりついた。すなわち、私がカーペンターズに求めたものは、カレン・カーペンターのヴォーカルを通して表現されるリチャード・カーペンターの音楽性だったのだ、と。彼らの紡ぎ出す音  ヴォーカル、コーラス、ピアノ、フルート、ストリングス、etc.  それらすべてのバック・ボーンであるリチャードの音楽性を私は愛したのだ。

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カーペンターズにまつわる余談雑談 1

 90年代に入り、ドラマの挿入・主題曲にカーペンターズの曲が使われたことをきっかけにして再燃した第二次カーペンターズ・ブーム。このブームに乗っかって、1枚のアルバムがリリースされました。タイトルは『カレン』。 

 これはカレン初のソロ・アルバムであり、さらには初めてリチャードのプロデュースを離れて制作されたアルバムです。録音はかなり以前のこと。そう、ちょうどカーペンターズが斜陽に入っていたあのころ、時あたかもバブルでイケイケの時代でした。

  起死回生をねらっての一発勝負企画だったのかな、という気もしますが、リリースはずいぶん長い間見送られてきました。いや第二次カーペンターズ・ブームがなければ、おそらく日の目を見ることはなかったと思います。いわゆる『お蔵入り』というやつですね。時流に合わない、つまりその時点では発売しても売れないだろうという理由で、お蔵入りになっていたわけです。

 先に白状しますが、わたし聴いてません、このアルバム。どうも積極的に聴こうという方向に気持ちが動かないもので。ま、理由は本文を読んでいただければわかると思いますが。どなたか聴かれた方があったら、参考までに感想を聞かせてください。

 ちなみにこのアルバム、世間的にはどのくらいの知名度を得ているのかと思って、わたしと同世代の職場の同僚(コアなファンではない)に、「カレン・カーペンターのソロ・アルバムがリリースされてるの、知ってますか?」と尋ねてみたところ、知らないとのこと。彼女いわく「どのアルバムもソロみたいなもんじゃないの」だって。う〜む、世間の認識とはやはりそういうものであったか。まだまだ啓蒙活動が足りないようだ。

 

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カーペンターズにまつわる 余 談 雑 談 2

 世の中には、カレンに声が似ていると言われる歌手がときどきいますね。これはだいたい褒め言葉だと思うんだけど、本人的にはどうなんだろう。

  よく話題になるのは、小林明子。たしか彼女、リチャードが来日したとき、ジョイントなんかやってましたよね。リチャードがプロデュースしたアルバムも出したんじゃなかったっけか、よく覚えてないけど。テレビの歌番組でも、リチャードのピアノをバックに歌ってたのを見たような気がする(何年前の話?)。

 じつはわたし、小林明子の声がカレンに似ているとウワサされはじめたころ、内心「ぜ〜んぜん似てないじゃん」と思ってたんですね。いや、正確には今でも、そんなに似てないなと思うんだけども(近頃、とんと聴かないな…)。

 ところがです。ある日の運転中、脇にあったカセットテープをカー・オーディオに放り込んだ途端、目からウロコ状態になってしまったんですね。

最初、「あ、カーペンターズの曲だ」と思いました。でも一度も聴いた記憶のない曲。「新曲?」って、そんなわけないじゃないですか。その時点でカレンはすでにこの世にはいないわけだし(最近、カレンの生前に録音されていた音源で新しいアルバムが出たようですが…)。でもたしかにカレンの声なんですよね、その曲は。で、そのまま聴いてたら、2曲目で小林明子のアルバムだとわかりました、歌詞が日本語になったので。                                   テープが行方不明になり、このアルバムのタイトルはわかりませんが、問題の曲はたぶん1曲目だったと思います。いやもう、ぶったまげです。                           結論。「カーペンターズの曲以外の英語詞の曲」を歌う小林明子の声はカレンに似ています。

 

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まとめさせていただきます

平成12年度・岡山細胞検査士会ワークショップ

 テーマ:泌尿器の細胞診

 恒例の平成十二年度岡山細胞検査士会ワークショップが、川崎医科大学附属病院・病院病理部を会場に、計七回開催された。

 テーマは泌尿器の細胞診。良性悪性とり混ぜて多彩な症例が集められた。

 今回のワークショップでは、標本をいくつかの病変群(たとえば、『軽度異型の細胞が出現する病変群』『小型の異型の細胞が出現する病変群』など)に分け、類似する所見の細胞を相互に比較しながら判定する形式で実習が進められた。

その詳細については、ワークショップ・テキストを参照されたいが、日頃、ほとんど目にすることのない症例も多く含まれており、有意義なワークショップとなった

 

受 講 者 の 声  (岡山市 H美)

 

    今回のワークショップで「目からウロコ」

   だったのは、尿細管上皮細胞の細胞像です。

   テキストのイラストと見比べながら、「そう

   か、おまえたちはそうだったのか…」と感慨

   深い思いでした。今まで異型細胞ではないの

   で身元を調べることもなく見過ごしていたの

   で、勉強になりました。

    また、pair cellや尿に多数出現している

   扁平上皮細胞の臨床的意義もわかってよかっ

   たと思います。できれば、ぜひ次の機会に、

   治療による変性等の評価を教えていただきた

   いですね(当院では膀胱癌のfollow upの検

   体が多いもので…)。

    いつまでも初心者気分の抜けない私ですが、

   見回すといつのまにか受講者に若い方が増え

   てきていて、「年数だけは経ってしまったの

   ね。私も伴う何か(知識、技術などなど)を

   身につけなければ…」と反省しました。

    毎回のことですが、講師の方をはじめ準備

   をしてくださる役員の方々に、心より感謝い

   たします。

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宮尾行雄のウンチク三昧

 

 ● ミ ロ の ビ ー ナ ス と ア ミ ロ イ ド

 いつの頃だったのか、はっきりとは思い出せません。たしか小学生の頃だったでしょうか。僕の田舎でのことです。わが家の築山の一角へ池を掘ることになりました。僕も手伝って、父と二人で池になる場所の樹を植え替えるために、築山のあちこ

ちを掘り返しました。

 なま暖かい春の宵、風呂上がりに外に出て、昼間に掘り返した築山に目をやると、そこに黄緑色の微かな光が。「人魂(ひとだま)!」と思い、ろうそくを持って調べに行くと、光っていたのは土中から出た枯れ木でした。今から思うと、たぶん光苔が光っていたのでしょう。そのときの黄緑色の光には、幼心にも何かしら不思議な感動を覚えたものでした。

 ところでアミロイド染色(コンゴ赤など)で赤橙色に見えるアミロイドが、2枚の偏光板を使うとアップルグリーン(青リンゴの黄緑色)に輝くのはご承知のとおり。初めて目にしたときのその神秘的な色は、僕にあの枯れ木の光を思い出させてくれたものです。

 さて、ずっと時間が経過して、この頃のこと。西洋の美術館や博物館を訪ねると、ミロのビーナスに代表される白い(薄茶色に変色してはいますが)大理石の彫像を数多く見ることができます。その不思議ななまめかしさといったら!。これには、紳士の僕をしても心乱れるものがありました。 初めて偏光板を使用してアミロイドを観察したときの驚きと大理石の彫像を見たときの感動が同じであると気づいたのは最近です。ここからが本題です。

 

透明な方解石が像を二重に見せることによって「偏光」は知られるようになりました。方解石それ自体が偏光板だったのです。そして大理石は、その方解石がたくさん集まったものなのでした。大理石は偏光板である。この事実こそ、ビーナスの彫像が僕の心を乱した原因だったのです。

ウンチクの種

ニコル【nicol

  光の偏光を得る目的に用いるプリズムの一種。方解石の結晶から自然劈開面に沿って菱形の柱を切り取り、カナダ・バルサムで接合したもの。イギリスの物理学者ニコル(W.Nicol,17681851)が初めて製作。「ニコルのプリズム」ともいう(広辞苑第5版より)。

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お待たせしました、忘れてました!

岡山細胞検査士会 ここ四、五年の新入会員自己紹介

 

(五十音順)

 

倉敷中央病院 病理検査科 石井美香

 はじめまして。このたび細胞検査士会の一員となりました、倉敷中央病院の石井美香です。

 私は、かなりの強運(!?)の持ち主だといわれています。その証拠の一つが、インターネット上での《あなたの値段鑑定》です。鑑定の結果、職場で一億円を超えていたのは私だけだったのです(ちなみに則松さんは三〇〇〇万円でした…)。それで、初めての細胞検査士試験にもかかわらず合格できたのかもしれません。

 しかし、試験で人生の運をかなり使ってしまったのでしょうか、今年になってからは一転、私の好運はどこへ…という感じです。元気が取り柄だった私が体調を崩し、しかも原因がよくわからず、悪性リンパ腫、クローン病などの疑いを持たれてしまったのです。そのために、普通の人の一生分にもあたろうかというありとあらゆる検査を二十五歳で全て経験しました。誰でもずっと幸運が続くはずはないのです。私の大好きなAyu(浜崎あゆみ)も、以前は苦労してた時もあったようだけど、今は詞やファッションで自分のスタイルを体現していて、私の憧れの存在です。私もまた強運の復活目指して、Ayuのように頑張っていくつもりです。

 

倉敷中央病院 病理検査科 加藤克幸

 倉敷中央病院・病理検査科の加藤克幸です。私めは、地元は愛知、大学は沖縄、仕事は岡山と、今まで地方各地を渡り歩いて参りました。

 細胞診を勉強し始めてから三年目、則松さんをはじめとして先輩方のご指導のもと、

ようやく認定試験に合格することができました。

 さて、私めが自慢できるというものを考えますと、たくさんありすぎて何を書こうか迷いますが、やはり『ピカイチ』の自慢は、「よくもまあここまで!」と言いたくなるような個性豊かな人々が集まった、この倉敷中央病院病理検査科でしょう。中國室長をはじめとして、愉快で尚且つ仕事には厳しい人達に囲まれ、おかげさまで毎日楽しく、厳しく仕事をさせて頂いております。

 まだまだ未熟者ではありますが、今後ともご指導、ご鞭撻のほど、宜しくお願い致します。

 

国立病院岡山医療センター 臨床検査科病理 佐藤正和

 はじめまして、国立病院岡山医療センターの佐藤正和と申します。昭和三十六年二月三日生まれのみずがめ座、血液型はA型です。十八年間の国立岩国病院(山口県岩国市)の勤務を経て、悩みに悩んだすえ、覚悟を決めて岡山に転勤してきました。岡山の細胞検査士には優秀な方が多く、レベルもかなり高いので、ついていけるかがやや不安ですが、何とか頑張ってみようと思ってますのでよろしくお願いします。

 先日、うちの福田君に「岡山で佐藤さんの同学年の人は誰がいるの?」と聞かれ

「僕が知っている同期は、倉中の則松さんだよ」と答えたら「なるほどなんとなく同じ匂いがする」と含み笑みを浮かべていました。どういう意味でしょう?。ともあれ私も「細胞神」に近づけたようで光栄です。

 さて自己紹介ですから私自身のことについてふれてみようと思いますが、なにしろこういうのは苦手でして、何から書けばいいのかよく分りません。性格は、つとめて明るく振舞おうとしてますが根は暗いかもしれません。好奇心は非常に旺盛です。「女性」、とっても好きです。とくに若い子。趣味・特技は、とってもたくさんあってスポーツ全般好きです。私自身結構色々やってます。テニス、ゴルフ、野球、スキー、…etc.、中でもテニスとゴルフは、「バカ」がつくほどでした。これからの季節は脱皮しつつ黒人化していくはずです。皆さんの中にもテニスされる方がおられると思いますので、ぜひ誘ってください。また最近は、釣りにハマってまして結構行ってます。「小関さん誘ってくださいね!」。まだまだ書き尽くせぬほどあるのですが、とても時間とお金がついていかないので、我慢の毎日です。

 かんじんな細胞診の方は、三〇前になって始めたので、ちょっと遅かったかなと後悔してます。まだまだ知らないことばかりなので、あちらこちらの勉強会などに出没すると思います。いろいろ教えてください。

 

岡山市医師会総合メディカルセンター 病理・細胞診科 杉野千恵

 医師会総合メディカルセンターの杉野千恵です。岡山細胞検査士会に参加させていただくようになって三年目になりました。まだまだ右も左も分からない状態ですが、今後ともご指導よろしくお願いいたします。

 メディカルセンターではとても個性的な先輩たちに囲まれ、病理・細胞診科で仕事をしています。最近は、趣味というほどではありませんが凝っていることがあります。それは食べ歩きです。病理・細胞診科のちょっとお酒好きで美食家の先輩の影響を受けてか、食べることと飲むことが好きで、話題の店を見つけては出かけて行き、日々体重増加傾向です。一番のお気に入りは表町にある”えがみの屋台”という店です。お近くの方はぜひ行ってみて下さい。

 

重井医学研究所附属病院 検査部 中山みのり

 岡山細胞検査士会に入会して二年目の中山です。

 毎日、山の上にある病院に車で通勤しています。就職するまではペーパードライバーだった私も、今では車がないと生きていけない人になってしまいました。

 検査室の中では天然キャラのおかげでまわりに笑いを提供しておりますが、決してウケを狙っているわけではありません(この先、私と話をすることがあればわかるとは思います)。時々意味不明な発言があっても聞き流しておいてください。

 私生活は…といいますと、仕事中に顕微鏡で目を酷使しているくせに、趣味・特技は編み物。一年前に“あみぐるみ”を一つ作ったところかなり好評で、おだてられると調子に乗る性格の私は一年で二十個以上作って、今ではプロ級の腕前(?)になってしまいました。「もし今の仕事をやめるとしたら、次はこれを生かさなければ…」と野望を抱いているところです。

 こんな私ですが、細胞検査士の中ではめずらしく(?)視力がいいのです。周囲からは時間の問題という声もちらほら…。秘訣は…寝ている時間が多いくせに、起きていてもぼーっとして目を使っていない時間が多いことでしょうか(笑)、ちょっとアブナイのであまり真似はしない方がいいです。

 これからいろんなところでお会いすることがあると思いますが、よろしくお願いします。

 

水島協同病院 臨床検査部 原田美由紀

 昨年の九月に女児を出産しました。そうです!、平成十二年の夏に大きなお腹でウロウロしていたのが私です。就職してから五年、現在私は育児休暇中で専業主婦として(!?)働いています。六ヶ月が過ぎ、子供はゴロゴロ寝返ったり、足の指を吸ったりして遊ぶようになりました。我が子はピンクの服を着させても“かわいい男の子”といわれるほどりりしい顔ですが、私にはかわいくてたまりません。かなりの親バカです…。子供を持つ親なら、今の私の気持ちがわかるでしょう。この幸福感が私の何よりの自慢です。

 育児休暇を充分満喫し、五月下旬からは仕事に復帰の予定で、この文章がみなさんの目に届く頃、私は仕事と育児の両立でヘトヘトかもしれません。勉強だけでなく育児についてもいろんなことを教えていただければと思います。よろしくお願いいたします。

 

国立病院岡山医療センター 臨床検査科病理 福田智

 みなさん、こんにちは。私は国立病院岡山医療センターに勤務している福田智といいます。三十四歳の既婚男性です。風貌はよく“たこ焼き”にたとえられます。

 岡山に転勤して二年になります。岡山弁にも少しは慣れましたが、語尾の“があ”、

“ばあ”は結構抵抗あります。こんな私ですが、私も方言まる出しです。出身の長崎を離れて十六年になりますが、一向になおる気配はありません。岡山での勉強会、研修会で一風変わったイントネーションをしているオヤジがいたら、それは私でしょう(メガネかけてネオ・アフロヘアだったら確定です)。

 趣味はテニスとカヤック遊び*です。テニスは佐藤さん(短大の先輩で同郷の出身。

すごくパワーのある立派な???先輩。テニスもメチャクチャ上手)が転勤して来られた時から始めました。毎週火曜日、金曜日に気持ちよい汗を流していますが、あまりに下手なので結構ストレスを感じるときもあります。ただの球打ちと思っていましたが、かなり奥の深いスポーツでした。

 カヤック(カヌー)遊びは、今年の春に購入して始めたばかりです(購入に関しては、妻との折衝の末、念願叶いました)。週末には旭川、高梁川の静水をプカプカと漂っています。一〜二時間漂っているだけでストレスやモヤモヤが吹き飛んでいきます。川下りを始めたら、今度は私自身が吹っ飛んでいくかも…。技術的に上手くなったら、四万十川や錦川のリバー・ツーリングを楽しみたいと思っています。旭川、高梁川で浮かんでいる人がいれば多分、私でしょう。決して岸から石投げしないでください。

 仕事に関しては、淡々こなしております。とくに研究などは取り組んでいないため、

割愛させて頂きます。あしからず。

こんな私です。よろしくお願いします。気軽に声かけてくださいね!!

 

*カヤックとは、シートに座るとき両足を前に出して足でフットブレスを踏みながら着座し、ダブルブレード・パドル漕ぐことを前提にデザインされたもの。カヌーとは、両膝または片膝を突く格好で着座し、シングルブレード・パドルで漕ぐことを前提にデザインされたものを指します。

 

 

西日本病理研究所 松本智穂

 今ごろ、「新人として」というのも恥ずかしい気もしますが、私が資格を取って、早いもので丸三年が経ち、今年には資格の更新の時期がきてしまいます。少しは成長したかなと思いますが、まだまだ勉強不足、経験不足を感じることが多々あります。少しでも諸先輩に近づくことができるよう頑張りますので、同じスクリーナーとしてこれからもよろしくお願いします。

 

水島第一病院 臨床検査科 松本裕治

 こんにちは。水島第一病院・臨床検査科の松本裕治と申します。CTの資格を取って四年になります。春の総会で、水島協同病院のK・Oさんに「そういえば松本君忘れとったわ」と声をかけられ、新人でもないのに新入会員自己紹介を書くことになりました。

さて自己PRですが、世の中というものは真に厳しいもので、技師が一人辞めましたが増やしてくれません。そんなこんなで、病理細胞診・細菌検査・EKG取りに検診車と、いろいろ手広くやっております。最近煙草を止めたせいか急激に太り、半年前に七〇kgだった体重が今では八十二kgとブタになり、おまけに椎間板ヘルニアにもなりました。見かけは三〇歳前後と若く見られますが、実は二児のパパで三十八歳です。病院では舘ひろしに(少し)似ていると言われます。泣かないで〜・。ちなみに家では、のはらひろし(クレヨンしんちゃんのとうちゃん)と言われています。こんな私ですが、よろしくお願いいたします。

 

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第6回畠栄のリラックスタイム

ちょっと読んでみませんか 

死の病原体 プリオン  草思社 ¥1900

著者Richard Rhodes 訳:桃井健司、網屋慎哉

 

 致死率一〇〇%、不死身の病原体の正体とは…。この本に書かれている内容はフィクションではない。

人名、地名などすべて実名。悲惨な話ではあるが、すべて真実なのである。

 一九九四年、リチヤード・プレストンがノンフィクション『ホット・ゾーン』で紹介して以来、エボラ・ウイルスの脅威はよく知られるようになった。当時、夢に出るほどの恐怖を多くの人々に与えたエボラ・ウイルスだったが、エボラより恐ろしい病気がいま、イギリスやフランスの若者たちを死に追いやっている。それが、Creutzfeld-Jakob病(以下、CJ病)だ。そしてその病因といわれているのが、死の病原体『プリオン』である。

 エボラ・ウイルスは、いってみればテロリストのようなものだ。感染するとすぐに発病する。だが一〇人に一人は助かる。しかし、この新しい病原体は秘密工作員だ。何年もかけてひそかに成長し、いったん感染するとみんな死んでいく。エボラは、コレラ同様発熱と出血をともない、安らかな死とはいえないが、少なくとも死に至るまでの時間は短い。ところがCJ病は、長く悲惨な破壊的症状をともなっている。それは頭痛、歩行困難から始まり、幻覚、麻痺、発作、昏睡が数カ月にわたって続く。脳はスポンジ状になり、思考力が鈍って、やがては歩くことも、話すことも、見ることも、食べ物を飲み込むこともできなくなる。そして肝炎を引き起こすか、または絶食状態が続き、患者はゆっくりと死んでいく…。

 今のところエボラ・ウイルスは、アフリカの熱帯雨林の中に潜んでいるだけだ。しかも生体外では数日しか生存できず、太陽光で死滅する。紫外線に弱いのである。一方、CJ病の病原体は、簡単には死滅しない。病院で手術用器具を殺菌するために用いられる高圧加熱蒸気のオートクレーブ中でも、徐々に衰えていくだけだ。三六〇度Cの炉の中でさえ生き延びる病原体。強力な放射線を数時間照射する、ホルマリンに数カ月浸す、地中に数年間埋めておく、数十年にわたり冷凍するなどして、どうにか死滅させることはできるのだが…。

 エボラ熱の感染経路はまだ解明されていない。しかし、その病原体がウイルスであることはわかっており、いずれはワクチンも開発され、エボラ・ウイルスの脅威から身を守ることも可能になろう。ところがCJ病に関しては、脳内にウイルスは発見されていない。また、動物の種間を越えて障害もなく感染し、免疫反応も起こさない。ただ多くの事実がわかってはきている。悪性の種子ともいうべきこの病原体は、構造的に異常なタンパク質である。これがいわば異常な結晶化を起こし、脳が自ら自分自身を破壊していく。とすると、これはまったく新しい病因であり、根絶することが不可能かもしれないのだ。

 この病気の感染経路ははっきりしていて、「動物が動物を食う」という食肉行為によって感染する。通常、経口投与は非常に感染効率が悪いとされているが、羊での自験ではわずか五〇〇ミリグラムの脳組織からでも感染することが報告されている。動物の遺骸を動物の飼料にするという飼料産業が作りだした人為的な食肉行為によっても感染していくし、単に牛肉を食べることでも感染する。ましてや本疾患の病理解剖に携わる病理医、病理技師は、きわめて高い危険に晒されているといえる。その意味からも、病理技師としてぜひ一読していただきたい本である。言うまでもないが、本疾患の病理解剖に携わる者は、この病気の危険性を充分に理解したうえで業務を行うことが肝要である。

 なお、付記として川崎医科大学附属病院におけるCJ病の病理解剖、ならびに標本作製マニュアルを示す。参考にしていただければ幸いである。

 

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川崎医科大学附属病院におけるCreutzfeld-Jakob病の病理解剖ならびに標本作製マニュアル

 

はじめに

 Creutzfeld-Jakob病(以下CJ病)は亜急性に中枢神経系の変化をきたす到死性で難治性な疾患であるにもかかわらず、今日まで病因の完全なる伝播経路の証明はなされていない。さらに、感染因子は通常の滅菌消毒処置では完全に不活化されないことも一因となり、病理解剖に際しての感染防止対策が必要となる。

 

感染防止対策の必要性

 CJ病の病因についてはプリオン説が有力であるが、伝播経路は現在のところ定かでない。しかし、実験動物による伝播実験では、脳・脊髄の中枢神経系組織や脊髄・硬膜には強い感染性が確認されている。過去には凍結硬膜や角膜移植に伴う人から人への医原性のCJ病の感染報告もあり、経皮・経眼的感染の可能性も否定できない。一方、医療従事者がCJ病を発病した報告もあるが、疫学的に因果関係は証明されておらず、さらに経気道や経口感染での発症症例は報告されていないことも事実である。

 いずれにせよ、血液や体液からの感染は完全に否定されたわけではなく、感染因子が消毒薬に異常に強い抵抗性を示すなど、今まで示唆されてきた事実を考慮すれば、検体の取り扱いや感染物の処分方法には厳重な注意を要するとともに感染防止対策が必要である。

 

感染防止の要点

 CJ病専用の感染防止対策マニュアルを作成し業務を行う。すなわち感染防止対策として、剖検の心得、剖検方法、病理解剖者の役割分担、病理解剖備品の汚染防止対策、標本作製の注意事項を定め、さらには、患者や患者家族に対する説明が必要となる。

 病理解剖にあたっては、患者家族はもちろん葬儀社の関係者が感染の危険にさらされる危険性を極力減らすために、剖検終了後の口腔、体腔の処置、着衣(下着・死衣)、死化粧などは看護婦が行う。

 具体的には、頭髪は感染性の高い脳組織や髄液に汚染されることが確実であり、そのうえ長髪であると消毒が困難で、感染源となる恐れが大であることを説明し、家族の納得のもとに、解剖前にできるだけ短く刈り込んでもらう必要がある。さらには遺体頭部や顔面などへの接触は必要最小限にとどめること、その際は必ずゴム手袋を着用すること、また使用した物品はすべて焼却する必要がある。

 

使用物品

 解剖に使用する器具類、装具類は原則としてすべてディスポーザブル製品とする。キャップは覆面タイプのもの、目の保護にはゴーグルを用い、皮膚が露出しないように防御する。手袋はゴム性のものを重ねて使用するなどの防御が必要である。また、メス等で自分の手指を傷つけてしまうことを防止する目的で、金属メッシュ保護用手袋鎖で編んだ手袋(ジョー・ウェリー・インターナショナル(株)より販売)を用意する必要性があるものと思われる。また、予防着に関してはなるべく防水性能の高い製品を使用すべきである。

 

病理解剖

 解剖時には感染拡散防止対策として、終始乾式法で行うことが望ましい。開腹時や開頭時にでる血液や髄液等は五%次亜塩素酸ナトリウムをしみこませたアンダーパッド(高分子吸収剤を含んだシート状の紙オムツ)を頭部から背部にかけて敷き詰め、血液や髄液等をゲル化し、焼却処分が行えるよう配慮する必要がある。一方、体腔液や検索済みの不要な組織は遺体に戻し、高分子吸収剤をふりかけ、体液や血液等が体外に漏れ出るのを阻止する。また、不燃性のはさみ、メス柄、脳刀ハンドル、ゾンデは、次亜塩素酸による消毒後、三%ドデシル硫酸ナトリウム水溶液を含む液に浸漬し、一二一度C・1時間の高圧滅菌処理を行う。開頭器具(ストライカー)は、メーカー指定の消毒剤(ステリハイド)を使用して消毒する。バット、洗面器、解剖室、書見台、写真撮影装置等は次亜塩素酸をかけて約半日放置し、消毒後水洗を行う。ディスポの替刃は廃棄するが、再度使用する場合にはアルコールで再度消毒後水洗する。CD病未固定の組織の肉眼写真撮影はできるだけ行わないようにすることが望ましい。

 

空調

 CJ病が自然界でaerosol 伝播を起こすとことはないといわれているが、開頭時に発生する頭蓋骨の骨粉などは感染源になりうるため、充分な考慮が必要である。開頭時には、頭部をビニール袋でおおい、開頭はその内部で行う。また、血液、髄液はもとより、開頭時の骨粉が散布されないよう充分に注意する。

 剖検台の空調はラミノ・フロウ方式が望ましく、換気回数、風速などに注意して、剖検室内の空気の流れが乱れないよう配慮する必要がある。

 

切り出しおよび標本作製

 原則的には病理解剖時と同様の装備で行う。使用した器具やディスポーザブル製品は感染性医療廃棄物として取り扱い処分する必要がある。固定に用いたホルマリンは高分子吸着剤でゲル化し、感染性廃棄物として焼却処分する。

 切り出された脳組織は、厚生省の『クロイツフェルト・ヤコブ病マニュアル』に従い、蟻酸処理後包埋を行う。包埋に使用した有機溶媒やパラフィン、容器等は焼却処分する。

 パラフィン・ブロックの薄切はCJ病専用のミクロトームを用いて行う。実際には実験台にビニールを敷き、ミクロトームを設置する。薄切に必要な刃などはディスポ製品を用い、水槽や進展用の温浴槽はビニールで覆う。使用した水は高分子吸着剤でゲル化し、感染性廃棄物として焼却処理する。パラフィン・ブロック薄切用のCJ病専用ミクロトームは一二一度C・一時間の高圧滅菌処理を行い、厚手の大型のビニール袋に入れて保存する。

 一般染色や免疫染色等で使用した染色液や有機溶媒は焼却処分し、水は高分子吸収剤でゲル化し焼却廃棄。染色封入後のプレパラートは次亜塩素酸ナトリウムに一時間浸し、その後水洗する。

 

病理解剖に使用したディスポ製品の一覧表

病理解剖従事者が使用する可燃性ディスポ製品

                                      メーカー

予防着                                 

エプロン                               

キャップMCS-204                      

アームカバー                       ホ 

アンダーウェアー                       

        UW-DSM,L

        UW-DPM,L

シューズカバー                     ホ ギ

アイガード付フィールドシールドマスク インターメドジャパン

メガネ(ゴーグルHG-4

手袋(手術用ゴム手袋)                トーマ

高分子吸収剤サンフレッシュ(ST-500D) 三洋化成

 

遺体に使用した不燃性ディスポ製品

ディスポ扱いとした不燃性製品

外科替刃メス                          スワンモートン(No22,No11

はさみ                                フェザー替刃(Cタイプ)

剖検用縫合針                          ELP

 

消毒薬

 次亜塩素酸ナトリウム

3%ドデシル硫酸ナトリウム

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怒涛の第9回

wai wai LAND 大河子育てマンガ!!

 

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編集後記

 まだひっぱるぞ、骨折ネタ。ギプス経験のある諸先輩方から、口々に「ギプスは痒い」と聞かされてはいたが、実際経験してその辛さが身にしみた。ギプスと足のわずかな隙間からあれこれ突っ込んで掻いてはみるものの、なかなかスィートスポットに当たらない。よしんば当たっても、その刺激で余計に痒くなる。その痒みがもともと痒くなかったところにまで波及していく悪循環。これは一種の拷問である。

 テレビや映画の拷問シーンでは、「、吐けっ!」とか言いながら青竹でバシバシ叩いたりなんかしているが、たとえば全身をギプスで包むというのはどうだろう。で、目の前のテーブルに耳掻きを置いておく。もちろん耳掻きは見てるだけで触ることはできない。こりゃ辛いぞ〜!。これならあのゴルゴ13でさえネをあげるかもしれない。

 注意一秒ケガ一生、鳴らせ心の警笛を。ケガをしてからでは遅いのだ。「折るべくして足折ったひょうろくだま(妻・談)」編集長のせめてもの忠告。

 

 

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