Pack On No.8

 
  発行責任者
 藤田 勝  小原 明子

前口上
 細胞検査士会『新世界へ』

 細胞検査士会だより プチ        あなたと私の情報通信
 コンピュータ・ワンダーランド
 大  講  釈        ここまで言うか?!の新連載
 まとめさせていただきます      平成11年度岡山細胞検査士会ワークショップ
 リレー・他個紹介
 ちょっと読んでみませんか
 うちの本棚

 

発行 岡山細胞検査士会

発行日;平成12年7月8日

PACK ONに関するお問い合わせはこちらまで

総合病院岡山協立病院・病理部 藤田 勝

E-mail : mfujita@mb.okaky.or.jp

00/08/13 01:25:16 更新

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前口上

前口上
 中学二年の秋、私は初めてギターを手にした。それは一九七〇年代半ば、時あ
たかもニューミュージックの台頭期であった。▼日本の若者は、その世代世代で
様々なギター・ブームを経験してきた。それは、たとえばベンチャーズを核とし
たエレキ・ブーム、ビートルズをはじめとしたロック・ブーム、ツェッペリン、
ディープ・パープルなどのハードロック・ブームにカレッジ・フォークから拓
郎・陽水・かぐや姫へとつながるフォーク・ブームなどである。▼七〇年代後
半、日本のポピュラー・ミュージックをめぐる状況は、それまでの一極集中型か
ら多方向への分散型へと移行していく。平たくいえば、『ビートルズ一筋少年』
や『拓郎一筋少年』といった、一筋型が影をひそめ、その時々で気の向くものに
流れる、ま、いわば日和見型とでもいうべき勢力が主流となりつつあったわけ
だ。この時期は歌謡曲の勢力も衰えておらず、日本におけるギター・ブームの歴
史的観点からみるに、いろいろな意味で中途半端な端境期であった。▼ギターを
初めて手にした私の教科書は、当時、多くのギター少年がそうであったように、
月刊芸能誌の付録の歌本であった(今でもあるの?)。「ギターにはコード(
注:電線の方ではない)というものがあるらしい」ということはとりあえず知っ
ていたので、歌本巻末のギター・コード表を見ながら、簡単なコードを覚えるこ
とから始めた。まず覚えたのは、押さえるところが三ヶ所以内で大きく指を広げ
なくても押さえられるコード三個である(ちなみに、GとDとA7)。が、そのコ
ードだけで弾ける曲がない。まいった。なにかないかと、歌本の隅から隅まで探
したら一曲だけあった。それは、綴じ込みの特集ページ『キャンプ場で歌おう』
の中の『アルプス一万尺』であった。もっとなにかこじゃれた曲を弾きたいのに
『アルプス一万尺』。アルプス一万尺の作曲者には何の恨みもないが、なんだか
とても「とほほ」な気分であった。▼エリック・クラプトンの『アンプラグド』
以来(だと私は思っているが)、日本でもネオ・アコースティック・ブームだと
かでアコースティック・ギターを手にする人が増えてきたらしい。ギターをかか
え、街角で思い思いに歌うストリート・ミュージシャンの姿も、いまやそんなに
珍しい風景ではなくなった。ギターを手にしたことのある方なら実感としておわ
かりだと思うが、あれはやみつきになるほどの恍惚感を伴う行為(遊び)であ
る。これからやってみようとは思わないが、時が時なら私もやっていたことであ
ろう。彼らを『目立ちたがり屋』などと揶揄してはいけない。むしろ平和の象徴
として暖かく見守ってやっていただきたいものだ。たとえ十人中九人が聴くに耐
えないとしても。▼「たがいにギター鳴らすだけで、わかりあえてたやつもいた
よ」   サザン・オールスターズの名曲『YaYa(あの時代を忘れない)』の一
節を聴くたびに、私は大学時代を思い出す。あの頃、いつも私のそばにはギター
があった。ギターを通して一生の付き合いとなる友にめぐりあえたことも少なく
ない。しばしば、楽器は人と人をつなぐ掛け橋となる。もしもあなたの家の押し
入れに、放り込まれたままのギターがあったら、いや、ギターに限らずピアノで
もコントラバスでもパイプオルガンでも何でもいいが(どんな押し入れやね
ん!)、この機会にちょっと取り出してみてはいかがだろうか。きっと、あなた
にとって新しい世界が広がるに違いない。

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    大講釈 第二回 超個人的焼肉論
 日本人は焼肉が好きだ。お母さんが、「今夜は焼肉よ!」と言えば、たいてい
の子供は「わーい、やったーっ!」と庭駆け回り、お父さんは少し出っ張ったお
なかを気にしながらも、「ま、焼肉なら仕方ないか」と何だかわけの分からない
言い訳で自分を納得させて、日頃気にしているカロリー制限なんぞはどこかに消
し飛んでしまう。それほどまでに、今や焼肉は、日本人のごちそうの横綱格とし
て確固たる地位を築いている。
 それはそれでいい。ただ、焼肉がホルモン焼きと呼ばれていた時代が過ぎ去
り、老若男女誰も彼もが、
もともとおじさんのテリトリーであった焼肉ワールドに参入しはじめてから、焼
肉に対する人々の意識は急激と言ってもいいほどに変貌をとげてきた。焼肉がま
だホルモン焼きだったころ、組織学的に見るならば(これをわたしは焼肉組織学
と呼んでいる)、主役はあくまでも平滑筋であった。そして今、人々は平滑筋の
味を忘れようとしている。ご承知のとおり、現在の焼肉界はカルビを中心とした
横紋筋至上主義に席巻されているのだ。わたしはこの風潮に一抹の不安を抱いて
いる。焼肉組織学に勤しんでいるものの一人として、どうしてもこの風潮に一石
を投じたい。ここで手を打っておかなければ、取り返しのつかないことになる
(ならないか?)。
 …というわけで、今回は『超個人的焼肉論』と銘打ち、ちょっとばかり講釈た
れちゃおうかなと思っている。

    【 総 論 】
▼わたしの焼肉遍歴
 焼肉屋に通いつめたのは、大学時代のことである。今でこそ店内に煙も漂って
いない、結構こぎれいな焼肉屋が多くなったが、その当時の焼肉屋といえば煙に
いぶされ油にまみれるという、そんな場所だった。
 幸か不幸か、当時われわれがひいきにしていた焼肉屋は、牛・豚関係は言うに
及ばず鶏関係まで網羅した極めて多彩なメニューを備えており、さらに幸か不幸
か、そこに集まってくる連中はいずれ劣らぬ大酒飲みばかり。しかも焼肉に対し
ては、それぞれが自分なりのこだわりを持った連中なのであった。それまでカル
ビとロースとホルモン程度の貧弱な焼肉経験しか持っていなかったわたしは、こ
こでなかば強制的に、ありとあらゆる焼肉メニューと遭遇することになる。今に
して思えば、この焼肉屋こそわたしにとっての焼肉道場、あるいは焼肉・虎の穴
的存在であった。暗褐色の切り口からじっとりと血が滲み出している『レバー
刺』、まだ少し毛の残っている『豚足』、マカロニ大にカットされて皿に盛られ
た淡いサーモンピンクの『子袋』など、どれもこれもが未知との遭遇であり、そ
れは当時のわたしにとって、ある種のカルチャー・ショックでもあった。
 ところで、ときどき見かけるテレビ番組に、食材を教えないで怪しげな料理を
食べさせ、あとから種明かしをする、という趣向のものがありますね。「先ほど
のお料理の素材はこちらでした!」と言いながら、大きな皿にかぶせてあるドー
ム状のカバーを取ると、皿の上には緑色のトカゲ。はたまた、巨大なネズミが横
たわっていたりとか。未調理の食材を見せられたとたん、出演者ならびにギャラ
リーが「キャー!」「ウゲェー!」と大騒ぎする段取りになるわけだが、これが
わたしにはどうにも不思議でしかたがない(まあ、虫系の食材については、そう
いう反応も理解できないではないが)。番組上の演出はあるにしろ、トカゲやネ
ズミごときでなぜそんなに大騒ぎできるのだろう。食材がトカゲだろうとネズミ
だろうとカエルだろうとヘビだろうと、「いいじゃん、肉だし…」と、いつもわ
たしは思ってしまうのである(図)。
 ちょっと話がそれたが、そんな食材に対する抵抗感のなさが幸いして(災いし
て?)、焼肉屋のメニューを片っ端から食いまくった大学時代。わたしの語る焼
肉論は、すべてこの時に培われた経験がベースとなっている。
▼焼肉屋とは
 『焼肉屋とは内臓を食する場所である』、これがわたしにとっての焼肉屋の定
義だ。じつにミもフタもない表現ではあるが、わたしの焼肉屋に対するスタンス
を一言で言い表すとこういうことになる。もちろん内臓以外は一切食べない、と
いうわけではない。ロースだってカルビだって食べるが、あくまでもわたしが焼
肉屋に出向く第一の目的は『内臓を食する』ということにあるのであり、わたし
にとって焼肉屋は酒を飲む場所なのである。
 ただ、下戸の方、子供、あるいは酔っ払ったお父さんに代わってうちまで運転
して帰らなければならないお母さんにとって、焼肉屋は『飲むところ』ではなく
『食事をするところ』ということになる。
 焼肉屋を『食事をするところ』ととらえたとき、やはりこの場合の焼肉の主役
は筋肉系(骨格筋)だろう。というよりも筋肉系以外は食事の友として不向きで
ある。断言してもいいが、筋肉系の焼肉ほどご飯と相性のよいものはない。これ
さえあれば、「うちの子、あまりご飯食べないのよねぇ…」とお嘆きのお母さん
も安心だ。とにかく焼肉屋のご飯はうまいのである。それは、焼肉屋を飲むとこ
ろと定義しているわたしですら、ときに「今日は飲むのやめて、ごはんと横紋筋
でいってみっかな」という誘惑に駆られるほど魅惑的である。前回の大講釈『超
個人的麦酒論』において、『焼肉はビールの最良の友ではない』と書いた論拠は
ここにあったのだ。つまり、『焼肉(筋肉系に限る)は、ご飯の最良の友』とい
うわけである(図)。
 さて、問題なのは焼肉屋を『飲むところ』ととらえた場合だ。先にも述べたと
おり、焼肉屋とはわたしにとってあくまでも飲む場所であり、内臓を食する場所
である。いや、少し前まで酒飲みにとっての焼肉屋とはそういうもんだろうとわ
たしは思い込んでいたのだ。ところがいつのまにか焼肉屋は、筋肉(主に骨格
筋)を食する場所に変わっていた。べつに、カルビやロースを食いながら飲むの
が悪いと言うつもりはない。ただ、個人的なこだわりとして、『飯に筋肉、酒に
内臓』という原則を大事にしたい。好みの問題はあるにせよ、筋肉系だけをつま
みにして飲んでいる「ぼく、内臓なんか気持ち悪くてやだも〜ん」みたいな輩を
見るにつけ、「おうおう、われ何考えてけつかんじゃい。酒飲みやったら内臓食
わんかいっ!」と、なぜか頭の中が河内弁になってしまうわたしなのであった。

▼焼肉分類学
 焼肉と一口にいっても、その種類は多様である。ここではまずそれらの分類を
行い、きちんと整理したうえで後の議論を進めていきたい[表参照]。
 焼肉は、大きく 筋肉系、 内臓系、 ゲテ系(ゲテモノ系:個人的にはゲテ
モノとは思わないが、皆さんそうおっしゃるので一応この分類名を使う)に分け
ることができる。
 筋肉系は、近年の焼肉屋において圧倒的な勢力を誇るカルビ、ロースをはじ
め、ハラミ、オウカクマクなどを含む横紋筋一族である。タン(舌)は筋肉系な
がらやや異質な存在であるため、各論では別に項目を設けて説明したい。また、
横紋筋の一族であるハツ(心臓)は、ここでは内臓系に含めることとする。
 内臓系の主体を占めるのは消化管であり、ミノ・センマイ(胃)、ホルモン
(腸)などがそれにあたる。またレバーも内臓系の個性派として、好きな人には
欠かすことのできない人気者だ。ミノ・センマイ以外の部位の胃(ハチノス・ガ
ツ)、はたまた泌尿・生殖器系、呼吸器系などを出している店もあるが、きわめ
て少数派と思われるのでここでは省く。
 ゲテ系には、ナンコツ(軟骨)・トンソク(豚足)など、おもに間葉系組織が
あげられる。この系統は、各方面の焼肉屋において絶滅の危機に瀕しており、早
急な保護対策が切望されている。
 なお、本来ならばここで、クッパ、ビビンバなどのご飯もの系、冷麺(韓国冷
麺)などの麺類系、キムチなどの漬物系について、あるいは野菜焼きの正しいあ
り方、ついでにバーベキューにおける炭火の調整等々についても言及したいとこ
ろではあるが、紙面の都合上、今回は割愛させていただく。

    【 各 論 】
■筋肉系全般
 筋肉系、とくに骨格筋系の焼肉については、ここでは取りあげない。いろいろ
なところで、いろいろな人が、いろいろと蘊蓄を述べているはずなので、そちら
を参照していただきたい。
■タン[舌]
 同じ横紋筋でありながら、骨格筋とはまるで味わいの異なるタン。牛タンの魅
力は、骨格筋に比べてその味わいの密度がうんと濃いところにある。この密度の
濃さを堪能する最も良い方法は、薄くスライスした牛タンにサッと火を通し、パ
ッと塩をふってレモンを一絞り、のいわゆる塩タンとして食することである。個
人的には、レモンなしのほうがより牛タン本来の味わいを感じられるような気も
するが、このへんはお好み次第というところだろう。タレで食してもそれはそれ
でうまいものではあるが、いずれにせよ薄くスライスしてあること、そしてサッ
と火を通すことが重要である。最近、塩タンできざみネギを包むようにして食べ
る、いわゆる『ネギ塩タン』も人気を集めているらしい。
 通常、タンといえば牛タンを指すが、豚タンにも捨て難い味わいがある。関東
では近所のスーパーでも買えたのに、なぜか岡山では一度もみかけたことすらな
い懐かしの豚タン。牛タンに比べるとリースナブルだが、そのぶん小ぶりで硬
め、ちょっと下世話な味わいがマニア(?)にはたまらないところだ。一度ハマ
ると、結構やみつきになる。
■ハツ[心臓]
 地域によりハーツ、またはハートとも。
 焼肉屋でハツを注文するときには、相応の覚悟が必要である。とりわけ、この
業界筋の仲間内で焼肉屋に出向いた場合には、かなりの危険を覚悟しなければな
らない。
 注文したハツが目の前に運ばれてくる。言うまでもなくそれは心臓壁のスライ
スである。この業界筋の仲間内で心臓のスライスを囲んだとき、まず間違いなく
行われることは何か。検索である(図)。これはもう、ハツを前にしたとき絶対
に避けては通れない、この業界の儀式だ。いや、条件反射と言ってもいいかもし
れない。ときどき、陳旧性の梗塞巣が発見されたりするが、食べる前にそんなも
ん見つけてどうするつもりだろうか。それでもなお検索せずにはいられない悲し
き性。
 これが内輪だけの話で終わればまだしも救われるが、酒が入ってくると声もで
かくなり、いやがおうでも周囲の皆々様の耳に届くことになる。これはもう、純
粋に焼肉を楽しんでいらっしゃる素人衆の皆さんにとっては大迷惑である。以
前、剖検が終わったあとに焼肉屋へ行って、ひとしきりその話題で盛り上がった
ことがあるが、そのとき感じた周囲からの冷たい視線は今でも忘れることができ
ない。
 ところで肝心の味だが、これはもう実にあっさりしたもので、油っけも何もな
い。当たり前である。心筋に油っけがあるようなら病気である。油っけがない
分、焼き肉も食べたいがダイエットもしたい、そんなお姉さんにはおすすめだ。
食感的には身の厚いイカ、といった感じだろうか。独特の風味があるので苦手な
人もいると思う。「俺は今、心臓食ってるぞーっ」と心の中で意識しながら噛み
締めていると、だんだんまずくなってくる(何も考えないで食べたほうがいいで
す)。
■ミノ[胃]
 ミノの魅力は、何といっても平滑筋の味わいを存分に堪能できる点にある。お
いしくいただくコツは、
少し薄め(5ミリ程度)にスライスして塩を振り、軽めに火を通していただくこ
とである。タレをつけると平滑筋の微妙なうまみが負けてしまい、味わいは半減
する。店によっては最初からタレのようなものをかけて出すこともあるので、注
文の際には塩で食す旨、店員に厳しく申し渡しておかなければならない。塩ミノ
は、日本酒のあてに最高。焼き過ぎると硬くなるので気をつけたいところだが、
表面の状態から焼き上がりを判断しにくいため、経験を積む必要がある。
■センマイ[胃]
 その黒ずんだような色合いといい、びろんびろんとした表面構造といい、いか
にも消化管然としたセンマイは見ただけで敬遠したくなる人も多いはずだ。焼い
て食べるより、生食用のものを酢味噌、生姜醤油などでいただくと美味である。
基本的に味、香りはほとんどなく、シャキシャキした食感が持ち味。海草サラダ
みたいな感じでさっぱりしており、箸やすめの一品としておすすめしたい。
■レバー[肝臓]
 大人気の焼肉界にあってレバーほど好き嫌いがはっきり分かれるものはないだ
ろう。牛乳に漬け込めば匂いが取れるという人がいる。タレに漬け込めば味がし
みて食べやすくなるという人もいる。それでも、何をどうやっても嫌いな人にと
っては食べたくないもの、それがレバーだ。それなら生レバーはどうだ、匂いも
少ないし食べやすいぞ、とレバーの好きなやつは言うが、嫌いな人にとっては何
をどうしようとレバーはレバーでしかない。
 優れた栄養食品であることはだれもが知っている。食べないより食べたほうが
いいにきまっている。でもまあ今の世の中、食べるものはいくらでもあるし、レ
バー食わなくったって元気に生きていけるはずだ。そうだ、レバー嫌いに無理し
てレバー食べさせる必要なんかないんだ。もうレバーの嫌いなやつにレバーすす
めるのはやめよう。てなことを思いながらも、何とか一口くらい食べさせてやり
たい、そんな気持ちにさせるところにレバーの底力がある。
■ホルモン[腸]
 ホルモンの語源は、関西弁でいうところの『ほーるもん』(捨てるもの、の
意)という説がある。すなわちホルモンとは、本来廃棄されてきた内臓全般をさ
す名称であった(広義のホルモン)。しかしながら近年の焼肉屋においては、腸
系統のみをさすようになってきた(狭義のホルモン)。スーパーの肉売り場で
も、かつて『ホルモン』と表示されているパックものには広義のホルモン、つま
り内臓全般がミックスされて入っていたものだったが、最近ではホルモンといえ
ば腸のみの入ったパックが一般的となってきた。
 ホルモンには、焼肉組織学的に、■『腸管壁優位型』と、■『脂肪織優位型』
が存在する(図)。腸管壁優位型は大腸領域であり、厚みのある粘膜上皮〜固有
筋層のしっかりした歯応えと平滑筋の微妙な甘みを楽しむことができる。一方、
脂肪織優位型は小腸領域であり、薄い上皮・筋層の歯応えもさることながら、付
随するたっぷりとした脂肪織が魅力的だ。中まで火が通り、なおかつ熱で脂肪が
落ちてしまう前に口に放り込む。どう考えても体にいいとは思えないが、このと
ろけるような脂肪の甘みはなんともいえない魔力を秘めている。タレをつけて食
すのが一般的だが、軽く塩を振っていただくとこれまた美味。
■ナンコツ[軟骨]
 ナンコツは硬い。だがこの硬さに負けないでグッとかみしめるところにナンコ
ツの醍醐味がある。そして、スルメにはかなわないまでも、かむほどに味が出
る。
 焼肉メニューにおけるナンコツは、その形状からしておそらく喉頭軟骨と思わ
れるが、軟骨周囲にはしばしば肉(横紋筋)が付着していてなんとなく得したよ
うな気分になるのもナンコツを食べるときの楽しみの一つだ。
■トンソク[豚足]
 最近では食す人も少なく、その姿をみかけることさえまれとなったトンソク。
名前のとおり、まさに豚の足そのまんま。中央から二つにかち割られたその姿
に、豚の無念を想いながら涙する人、またときにはそっと手を合わせて供養する
人さえいるという(図)。
 トンソクは魔物だ。初めて目にしたときには、ただ触れることにさえ抵抗を感
じながらも、一度食べ始めたが最後、まるで魅入られたかのようにむさぼらずに
はいられない。カニを食べるとき人は無口になるといわれているが、トンソクも
同様である。
 皮、軟骨、腱と基本的に骨以外はすべて食べられる。これらの組織ごとに異な
る食感がトンソクの持ち味だ。白っぽいので脂肪が多いようにみえるが、実際に
は脂肪分はわずかで、酢味噌をつけていただくとさっぱりした味わいを楽しめ
る。おそらくコラーゲンなどをたくさん含んでいると思われるので、美容にも健
康にももってこい。小じわの気になるお姉さんにぜひ試していただきたい一品で
ある(効かなくても責任持てないけど)。

 【 ま と め 】

 焼肉は、人間の本性を映し出す鏡である。焼肉は人を利他派と利己派に分か
つ。
 利他派とは、焼き網の上を肉で埋めつくしておかないことには落ち着かない
人々だ。ほれ食え、さあ食えとこちらの皿に肉が放り込まれ、ありがたいがちょ
っと困ることもある。
 利己派とは、じっくり自分の焼肉を育てあげる人だ。こういう人は、手塩にか
けた肉を箸で押さえながら、まわりの人を睨みつけたりなんかしている。
 たかが焼き肉、されど焼肉。焼肉はじつに奥が深い。

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検査士会だより プチ

   則 松 氏 が 技 師 賞 受 賞 
  第四十一回日本臨床細胞学会総会において、倉敷中央病院・検査科病理の則松良明氏が
日本臨床細胞学会技師賞を受賞した。 岡山県勢としては、畠榮氏、三 宅康之氏とともに、
三人目の受 賞であり、昨年の三宅氏に続いて二年連続の快挙。 受賞後、コメントを求められた
則松氏は、「倉敷中央病院スタッフ、細胞検査士会スタッフ、また、岡山県、広島県をはじめ全国各

県の内膜勉強会の有志の皆様のお陰で受賞することができました」と、笑顔で語った。 

   新 評 議 員 に 鐵 原 、 三 宅 氏日本臨床細胞学会の評議員と
 して、新たに川崎医科大学附属病院・病院病理部の鐵原拓雄、三宅康之両氏が選出された。

コラム・うちの本棚

100人の20世紀(上・下) 朝日新聞社 各1800円

 それは、朝日新聞の日曜版。いつもよりゆったりとした朝に、昨日の事件や事
故、政治、経済を気にすることもなく、美しいカラーの表情フォトに目をやる。
今週は誰だろう。楽しみにしている反面、毎週それが誰であれ、胸をえぐられる
文章がどこかにあることを予感しながら、ほんの少し勇気を持って紙面を開く。

 人物名を見ただけで開かなかった週もある。興味がなかったわけではない。開
くことができなかったのだ。誰の上にも、いや応なく流れていった20世紀とい
う名の激流、そしてそれを飾ってきた数多の人々。
 本書は、朝日新聞の日曜版に連載された『100人の20世紀』をまとめたも
のである。20世紀の100人ではなく、100人の20世紀。かつて集団とし
て存在した人間が、個として歩き始めた20世紀。まさにそんな時代を象徴する
タイトルにも魅かれるものを感じた。科学者、経営者、スター、宗教家、作家、
発明家、etc.etc.…。流れ行く時間の洪水の中で、世界の100人がそれぞれの
20世紀をどう生きたか。世紀の変わり目に、あらためて目を向けてみたくなっ
た。
 たとえば、50年後に読み返してみたらどうだろう。今とはずいぶん違った感
情が湧きあがってくるだろうか。一列目で映画のスクリーンを眺めるより、少し
離れた方が画面の隅々まで見渡せるように、もっと鮮明に20世紀というものが
浮き彫りにされる気もする。そう、今はあまりにも近すぎるかもしれない。20
世紀をスクリーンにして、100人の人生が踊る。笑いも涙も怒りも、向上心も
知性も、成功も失敗も戦いも愛も、すべてを呑み込んで…。
 私自身も20世紀を生きてきた。もしもわが人生を振り返るときがくれば、そ
れがどのような時代であったかを、この本を読んであらためて
深く考えることになるだろう。その意味で本書は、自分自身のルーツを探るため
の、自分探しの材料となるかもしれない。
                           (岡山市・千代子)

 

岡山細胞検査士会「新世紀へ」
新役員、所感を語る


希望を持って自分を磨け
岡山細胞検査士会 会長 
倉敷中央病院 則松良明

 岡山細胞検査士会の会員の皆さん、こんにちは。ご挨拶が遅くなりましたが、
平成十一年より会長を努めさせていただいている則松です。当会が平成七年四月
に発足してから、はや五年。会員の皆さんのご協力と当会役員の必死の頑張りの
おかげをもちまして、どうにか会としての運営を続けることができています。本
当にありがとうございます。
 現在、世間では立ち直る見込みのない大不況。病院にもそれらが波及し、とく
に検査室への風当たりは一段と厳しいものとなっています。五年後には検査技師
の失業者が山のように出ているかもしれません。本当に先の見えない、暗い時代
になってしまいました。これからは、私も含めて多くの検査技師の皆さんが世間
や組織に翻弄されたり、流されることもあるでしょう。自分の力ではどうしよう
もないことが多々起こるでしょう。しかしそれでも大切なことは、いつも希望を
持ち、積極的に自分自身を磨き高めていくことではないでしょうか。言ってるこ
とが青臭いかもしれませんが、私はいつも希望を捨てなければ必ず道は開けると
信じています。自分のことを認めてくれる人は必ず現れると信じています。
 少し身近なところで具体的に言えば、皆さんもご存じのように、当会は岡山県
医師会と協力し合って、
細胞検査士精度管理委員会を運営しながら精度管理事業を進めています。県医師
会には日頃の皆さんの精度管理事業への積極的な参加のおかげで、細胞検査士の
重要性について非常に高い認識をいただいています。当会では細胞検査士が細胞
検査士として生き残るために、このような活動をはじめとして、学術的活動のみ
ならず県内でできる様々な活動を積極的に進めていきたいと考えております。会
員の皆さんもどうか当会の精度管理事業へのより積極的な参加と細胞検査士の地
位確保のための活動にご協力をお願いいたします。

 

日本臨床細胞学会学会技士賞受賞に寄せて
岡山細胞検査士会副会長
川崎医科大学附属病院 三宅康之

 平成十一年六月二十六日、第四〇回日本臨床細胞学会において名誉ある学会技
士賞を受賞することができました。今回私が学会技師賞を受賞できたのは、広川
満良先生(現徳島大学医学部第一病理学教室助教授)の長年のご指導のおかげと
感謝しています。
 私が病院病理部に就職し、翌年に広川先生が入局してこられました。よく遊
び、よく学べ(?)の精神のもと、お互い結婚するまでは毎日夜十二時頃まで病
院にいて、土日は毎夜宴会の日々でした。そんな中で多くの耳学問をしました。

 細胞診に関しては、基本的に全ての学会に演題を出すこと。さらに発表した演
題は論文にすることを信念としてご指導いただきました。「発表した演題は論文
にしよう」と多くの人が言いますが、実行している人はごくわずかな人だと思い
ます。夕方に論文を持っていくと、夜中の十二時頃にファックスで修正が帰って
くることもしばしばあり、それに負けてなるものかと修正を朝までに送り返すな
ど、今となれば楽しい思い出です。ここまで我々技師のために時間を割いてくだ
さった先生がいたからこそ、私もがんばれたのだと思います。
 さらに、今回の受賞は多くの先生方、会員の皆様に支えられてのものであり、
また、とくに今回新しく理事になった則松くん(倉敷中央病院)が、「こんな人
がいます!」と技師賞推薦を原田先生に進言してくれたおかげです。
 今後は諸外国にも目を向けるとともに、細胞診を学ぶ後輩諸氏の役に立てるよ
う頑張りたいと思いますので、今後ともご協力をよろしくお願いします。

 

私が貢献できること
岡山細胞検査士会 副会長
水島協同病院 尾関孝二

 会員の皆さん、こんにちは。水島協同病院・臨床検査部の尾関孝二です。病
理・生理検査科で、主に細胞診を中心に病理全般、剖検、検診の超音波検査、病
院のコンピュータ・システムのレスキュー要員として仕事をしています。
 細胞検査士会の方では、畠さん、則松さん、三宅さん、他の役員の方々に迷惑
をかけながらも、会の発足以来、二年間の見習期間を経て四年間役員をさせても
らい、さらに昨年からは副会長という名誉な役職につき、戸惑いながらも一年が
過ぎました。
 細胞診業務の経験は八年ほど。勉強ギライで、「細胞診・命」というほど細胞
診が好きなわけでもない私に、「会員の皆さんの役に立つことが出来るのか?」
と聞かれると答えに詰まるのが正直なところです。しかし、あえて貢献できるこ
とがあるとすれば、細胞検査士会の様々な業務軽減のためのシステム化かな
(?)と思います。
 昨年、細胞検査士会のデータベース化、ホームページ作成と管理を済ませ、現
在、病理業務(細胞診業務)用のデータベースが提供できるよう開発中です。
Pack on Vol.9を読んでいただく頃には、できあがっている(?)と思います。
試してみてよかったら使ってください!(メンテナンスは出来ませんが…)。完
成の暁にはホーム・ページ(http://ww1.tiki.ne.jp/~k_ozeki/ )でお知らせし
ます。
 今後ともよろしくお願いいたします。

 

近況報告
岡山市民病院 舟田和幸

 今年はミレニアムの年ですが、病院にとってはあまり良いことがありません。
大幅な累積赤字を抱え新聞をにぎわしている市民病院は地方公営企業体となり、
病院の事業管理者が決まります。身分だけ公務員となるようですが、事業管理者
には人事権や給与体系の見直しなどの権限が与えられ、経営への責任を持たされ
ます。厳しい時代の始まりになるかも知れません。皆さんの病院はどうですか。

 現在、耳鼻科へ二週間に一回、臨床支援として聴力検査を行いにいっていま
す。簡単な検査ですが、患者とのやり取りがあり結構楽しんでいます。病理で患
者といえば大きな声をかけても返事が返ってこないし語りかけてもくれないもの
ですから(ま、語りかけられたら恐いかもしれませんけど…)、ある意味で新鮮
なことかなと思っています。。
 そうそう、年をとってくるとなかなか体を動かすことがなくなってきますが、
皆さんはどうですか。私は二年くらい前から、またゴルフを復活させました。山
はいいですよー。青い空と緑の芝がまぶしく、自然の空気に触れ、ほんとに「来
てよかった!気分は最高!」なんだけど、いつもスコアは最低。プレーの後はい
つも恒例の「たられば」が始まり、「あれがなかったら、あそこでこうすれば
…」と言い出すときりがない。また、これも楽しみのひとつかもしれませんが。

 病院が週休二日になり、技師会の役員も受けていたせいか、誘ってもらっても
なかなかコースへ出られず年一回か二回、練習もコースに出る前に二、三回ぐら
いしか行ってなかったのですが、昨年院内にゴルフ同好会ができてからコースに
出る回数も増え、今年から週一回、休日の早朝練習も始めました。スコアはまだ
まだですが、最小スコアの更新を目指しています。ゴルフといえば高額の出費は
痛いのですが、できるだけ安くをモットーにしています。二十年前に買ったアイ
アンを使っていましたが、某主任より「これを使え」とアイアン一式を貸してい
ただき、ドライバーは安くて飛ぶものを探しているところです。レア物の一品が
あれば教えてね。実は、最近安くてよく飛ぶユーティリティをゲットしたので、
コースへ出るのを楽しみにしています。同僚とは道具のことや打ち方、試打した
クラブの話などに花を咲かせています。もちろん仕事はちゃんとやってますよ
ー。

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ミレニアムは本物志向
川崎病院 高須賀博久

 岡山細胞検査士会が発足して六年目を迎えています。初代の畠栄前会長を中心
として基盤となる組織作りが行われ、現在、則松良明会長を中心に、各役員の役
割分担を明確にしながら、会の円滑な運営が進められています。
 今回、『ミレニアムに向けて』というテーマで感想を書くよう依頼がありまし
た。岡山細胞検査士会をたとえていうなら、新惑星を見つけるために同じ目的意
識を持った人達が集まり、宇宙船で旅に出るようなものだと思います。ゴールが
何処にあるかはっきり分かりませんが、お互いに力を合わせ協力し、意見をぶつ
け合って宇宙船の進路を決め、果てし無い旅を続ける。ミレニアムはその一瞬の
通過時間にすぎず、二〇〇〇年だから一身新たにではなく、過去の行いを振り返
り、未来への判断材料に役立てる節目の時間と考えます。
 現在の岡山細胞検査士会では年間の行事も定着し、県医師会のご協力のもとに
充実した細胞診精度管理が行われています。また、尾関孝二副会長の尽力によ
り、岡山検査士会のホームページが作られ、会員内外へ向けての情報提供を行っ
ています。岡山細胞検査士会という器だけでなく、内容の詰まった会ができた
と、役員の一人として自負しています。今後も各会員の心の結びつきと、細胞診
断のプロとしての学力向上の場を備えた、『細胞検査士による、細胞検査士のた
めの、岡山細胞検査士会』になるよう、非力ながら会員の皆様方のお役に立てれ
ばと思います。

微力どころか無力ですが…
勝山病院 楢本五月

 県北代表の交代にともない、昨年より役員に加えていただきました。とはいう
ものの、このような活動への参加は初めてのことで、何がなんだかわからずの状
態です。まだまだ皆様のお役に立てる人材ではありませんが、会議に参加してい
ろいろ学ぶことも多く、会議に出かけてリフレッシュさせていただいています。
専門的なことはわからないことばかりですが、少しでもお手伝いできればと思っ
ています。おもいっきし『借りてきた猫』状態ですが、ボチボチ頑張りますので
よろしくお願い致します。

近頃思うこと二つ
岡山赤十字病院 宮尾行雄
 先週の土曜日に、私の勤務している病院で『乳癌の勉強会』が開かれました。
この会は患者さんが日頃生活の中で困ったこと、疑問に思ったことなどを話し合
う場であり、スタッフの勉強会ではありません。外科の医師が個人的に私費で主
催されています。今回で四回目ですが、僕自身は三度目の出席です。たとえば、
質問  「しこりが何年かあり、良性と診断されていた。ある日突然、悪性だか
ら手術をしようと言われた。急に良性から悪性に変化するのですか」。答え  
「いろいろ原因は考えられるが、結果的には誤診です」など、胸を締めつけられ
る思いもたびたびです。
 顕微鏡で細胞を見たり、手術組織を毎日のように見たりしていても、患者さん
の思いなど頭に浮かばずに仕事をしている自分自身を『乳癌の勉強会』の日より
数日間は反省していますが、その反省も日とともに薄くなっていきます。反省、
反省、反省。
 以前、一枚の大きな紙に印刷された『百年カレンダー』が発売されましたが、
最近その姿を見ません。
「今生きているほとんどの人間がこのカレンダーのどこかでいなくなるのだなと
思ったらやりきれなくなり、カレンダーを破り捨ててしまった」と、ある作家が
書いていました。顕微鏡の中のオレンジ色に染まった重層扁平上皮細胞を見てい
たら、ふと百年カレンダーのことが思い出されました。今ではジョーシキ(常
識)的なこれらの知識も、最初に観察した人の報告から世間に受け入れられるま
でには多くの時間が費やされ、案外、再発見者が発見者のように思われているの
ではないか、数枚の百年カレンダー(数百年)のどこかの日がその時であったに
違いない。それらの事実を知ることが、僕と発見者との間で共通の時空を持つこ
とになるのではないか、などと戯言(たわごと)を考え、少しづつ実現できたら
と思っております。

溢れるパワーに引き込まれて
岡山済生会総合病院 矢吹満佐江

 今年度も引き続き役員をさせていただいております、済生会病院の矢吹です。
会の発足以来、会長をはじめ他の役員の方々の溢れるパワーに引き込まれるかの
ように、微力ながら努めてまいりました。
 今後もワークショップに代表されるように、会員全員のさらなる向上を図るの
はもちろんのこと、日常業務で困ったことがあれば気軽に相談・協力し合えるよ
うな中身の濃い、そして息の長い検査士会であり続けるよう願っております。そ
のために少しでもお役に立てればと思っておりますので、何卒よろしくお願い申
し上げます。

私なりに自然に
医師会メディカルセンター 横山美子

 私が役員会のお手伝いをするようになって、三年目を迎えようとしています。
それ以前のことだったでしょうか、どなたかが「いっしょにみんなとやってみな
い?」と気軽な感じでお誘いくださったのですが、いろいろな意味で躊躇してし
まって。しかし今は、皆さんの中に加えていただいて本当によかったと思ってい
ます。
 役員の方々は、それぞれの特技、才能、趣味と、いろいろな個性を発揮して、
この検査士会の運営に貢献しています。何より皆さんの前向きな考え方は、こち
らが精神的に疲れているときでも、いつのまにか元気をいただいていたりしま
す。それぞれひとりひとりとお話しをしていてもとっても面白くて、つい話し込
んでしまうこともあるくらいです。
 仕事等で困ったときに力を貸してもらったり、わからないことがあったら電話
してお聞きしたりすることがあるのですが、内心は「またー?」と思われていた
りして。本人はのんきで、あんまり気にしてないのですけどね。そんなわけで、
皆さんにはほんといろいろお世話になっているのです。
 今まで皆さんといっしょにいろいろな行事を体験してきましてが(たとえば学
会の進行をしたり、一緒にセミナーに行ったりとか)、その中でも印象的だった
のは、三宅さんの技師賞受賞の祝賀会をお手伝いしたときのことでしょうか。喜
ばしい祝宴にささやかながら力をお貸しできたなんて、とても幸せなことですよ
ね。もちろんすばらしい進行にしたのは、私の相棒(?)の才能によるものでし
たが、参加させていただけてうれしかったですね。
 この検査士会で書記としてやってきましたが、何らかの形でいつのまにか貢献
できていたらいい菜と思っています。私なりに自然にやっていきたいですね。

本当を見つけるために
川崎医科大学附属病院 畠栄

 京都の東本願寺を訪ねたとき、安田理深の言葉が強く印象に残りました。「本
当のものがわからないと、本当でないものを本当にする」。これは、私たちの携
わっている細胞診にも大いに通じるものがあります。
 私は細胞に愛着を持ち、謙虚な気持ちで見つめ、多くの所見から「本当に意味
するもの−−診断の鍵となる真実の細胞所見」を見つけることを目標に、微力な
がら日常の業務に取り組んでいます。
 ある人に、「畠さんは何が専門ですか?」と聞かれたことがあります。臓器別
のこだわりはとくになく、今後何を専門的に追っていきたいかは明確ではありま
せんが、「本当のものが、本当である所見」を私なりの考えで見つけ、少しでも
本当に近づけることができれば幸いと思います。また、このような考えに共鳴し
ていただける仲間が増えることを願っています。

小判の使えるネコに
岡山県健康づくり財団 神田明美

 役員会の議事録のお手伝いをさせていただいています。
 役員の顔ぶれを見れば皆さんも想像がつくことと思いますが、毎回、活気のあ
る役員会で、話についていくのに一生懸命です。でも、私にはひとつだけ、どう
してもついていけない議題があるのです。それは…、『検査士会のホームペー
ジ』。みんなが楽しそうに話している傍らで、私だけは「???」。そのたびに
「早うパソコン買いね〜」と言われ、肩身の狭い思いをしています。
 昨年、水島協同病院の尾関さんから『岡山細胞検査士会・管理システム』のC
D−Rが送られてきたのですが、そのゴールドに輝くCD−Rを見たとき、「あ
ー、これって本当にネコに小判だ」と思いました(ネコというより『ブタに真
珠』のほうがピッタリなんて言わないでくださいね、太ったネコだっているんで
すから)。
 今年はなんとか、小判の使えるネコになれるようがんばりたいと思っていま
す。そして今よりも少しでも多く、検査士会のお手伝いができればいいなと思います。

来し方行く末を眺むれば
岡山協立病院 藤田勝

 岡山細胞検査士会が発足し、今年で六年目を迎えた。昨年、二期四年にわたっ
て本会をリードしてくださった畠会長がその任期を終え、則松会長にバトンタッ
チ。同時に役員の顔ぶれもすっかりリフレッシュされて(いないか、あんま
り?)、岡山細胞検査士会は新たな時代に突入した。
 新体制になってとくに変わったことは、というよりも、これは過去四年間の積
み重ねの成果なのだけれど、役員それぞれの役割分担がはっきりしてきたことだ
と思う。たとえば、前述のように尾関氏は、コンピュータを駆使して効率的なシ
ステム化を図る。舟田氏は書類を作るかたわら、宴会場の段取りを整える。三宅
氏は食べまくり、私は飲み倒す。高須賀氏はオヤジギャグをかまし、宮尾氏はウ
ンチクを語り、則松氏は歌いあげ、猫はこたつで丸くなる、とまあ、それぞれが
それぞれの特徴を生かしながら、一つの組織として、じつに機能的に稼働してい
るわけである。日本全国を見渡してみても、これほど理想的な体制を整えている
細胞検査士会はおそらくないであろう。
 これからの課題は、現在の体制をしっかり維持していくこと、そしてそれを土
台としてよりアグレッシブにアバンギャルドに、なに言ってんだか自分でもよく
わからないが、とにかく『守り』ではなく『攻め』の姿勢を持たなければならな
いということだ。それこそが私たちを次のステップへと進める原動力となるだろ
う。
 現在の岡山細胞検査士会は、つかまり立ちからやっとひとりでヨタヨタ歩ける
ようになった赤ん坊、あるいはこれから花開かんとするつぼみのようなものであ
る。私たちは今、しっかりした足どりで地面をとらえることができるように、そ
してまた、つぼみをつぼみのままで枯らすことのないように、汗を流していかな
ければならないのだ。銭の花は清らかに白いが、そのつぼみは血がにじんだよう
に赤く、汗の匂いがするものなのである(これがわかるあなたは、間違いなく三
十五歳を過ぎている)。
 さあ、ドンとひと花、みんなで咲かせようやおまへんか。

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まとめさせていただきます
平成十一年度岡山細胞検査士会ワークショップ


 平成十一年度岡山細胞検査士会ワークショップが、平成十一年六月二十七日を
かわきりに計七回、『体腔液の細胞診・中皮細胞と悪性中皮腫と腺癌を中心に』
をテーマに、川崎医科大学附属病院・病院病理部を会場として開催された。
 中皮細胞は、じつにつかみどころのない細胞である。悪性中皮腫となるとなお
さらで、「もう、こらえてつかぁさい」と思うのはわたしだけではあるまい。今回、
奇しくも九症例もの悪性中皮腫症例が集まり、なんとなくテーマを『悪性中
皮腫の細胞診』としたほうがいいような格好になった。実際、日常の業務で悪性
中皮腫の症例に遭遇することは極めてまれであろうし、受講者の中には「なんで
悪性中皮腫ばっかり見にゃならんのじゃい」と思われた方も少なくないのではな
かろうか。しかし、正常の中皮細胞と反応性(活動性)の中皮細胞、また反応性
の中皮細胞と悪性中皮腫の細胞の間に明確な区別を求めることは不可能であり、
その意味で今回のワークショップは、悪性中皮腫の細胞も含めての『中皮細胞と
は何者なのかについて考えるワークショップ』と位置付けるべきだろう。
 ご承知のとおり、体腔領域は細胞診の独壇場である。細胞診のほうで『悪性』
と判定すれば、一も二もなくその人は悪性ということになり、一般的に積極的治
療は中止される。特殊な場合を除いて、そこには組織学的検索の入る余地は少な
い。それだけに体腔液における細胞診の責任は重い。閉鎖された空間である体腔
に出現する細胞は自ずと限定される。そしてその中心をなすものは言うまでもな
く中皮細胞である。『体腔液の細胞診』とは、すなわち『中皮細胞の細胞診』に
ほかならない。中皮細胞を知ることで、体腔液の細胞診がみえてくる。

 

 

畠栄のちょっと読んでみませんか? 第5回

結核の恐怖 意外に知らない伝染病No1の実態 著者:小池雄介(こいけ・ゆう
すけ)
発行所:PHP研究所 発行年月日:一九九九年一〇月四日 第一版第一印刷
 今回紹介する『結核の恐怖』は、我々が直面している感染症の中で最も危険性
が高く集団的な感染を引き起こす可能性を持っている結核症について、その実態
を具体的に紹介しながら我々に警告を発している。
 結核症は、一九三五年から一九五〇年まで、わが国において年間一〇万人以上
の死者を出し、死亡順位の第一位を占め続けた感染症である。ちなみにこの数値
は、国民の一〇人に一人が結核症で亡くなったことを示している。
 そんな結核症も、戦後の復興と国民の栄養状態の改善、衛生環境の整備に伴っ
て順調に減少し、現代の日本人にとっては過去の病気とさえ思われていた。その
矢先の一九九九年六月、『帝京大学病院で感染者三七名』、『東京多摩地区の市
立中学校で感染者40名』、『埼玉県大宮市の市立中学校で感染者一〇〇名』
と、結核の集団感染事例が相次ぎ、厚生省衛生審議会結核予防部会は政府に対し
て『結核緊急事態を宣言』とする意見書をまとめ、一九九九年七月二六日、『結
核非常事態宣言』が発令されるに至ったのであった。
 我々が携わっている病理検査のバイオハザードは、臨床的に診断のついた特殊
な感染症のみとは限らないために、何の予告もなく臨床医がまったく予想もして
いなかったような病原体が術中迅速、細胞検査や病理解剖で明らかにされ、これ
らに暴露される危険性があることを、我々は常に念頭におくべきである。また、
すべての人体材料は潜在的感染源と考えて対処する必要があるだろう。さらに、
病理検査は実験室とは異なり、いわば開放状態で作業を行うために、病理検査室
を取り巻く環境に関しては常に感染予防対策を考慮しつつ、慎重に対処すべきで
ある。なかでも結核菌は、乾燥状態に強く、殺菌剤抵抗性があり、飛沫感染する
感染力の高い細菌であり、病理検査室における結核菌の取り扱いは、P3という
高いレベルでの『生物学的封じ込め』が必要となる。
 多剤耐性結核菌の出現が問題となっている米国においては、病理診断の現場で
働く病理医ならびに病理技師の肺結核罹患率が驚異的に高いことが問題となって
いる。堤らが一九八八年に行った全国の病理関係者(対象・二三八八人)の実態
調査(病理業務開始以降の結核症治療歴)により、肺結核症の異常多発が明かに
なった。そこでの病理関係者の結核症年間罹患率は、一〇万人あたり六三九、五
であり、対照群(衛生学・公衆衛生学の医師・技師、対象・四一四人)の値の一
〇万人あたり九四、二人に対するオッズ比(相対的危険率)は一九、〇であっ
た。日本人全体の肺結核罹患率の五九、九や老人や小児を除く稼動年代の肺結核
罹患率の三〇、〇(病理関係者における在職期間の中央値に相当する一九八二年
の数値)と比較するまでもなく、その異常性は歴然としている。病理関係者の肺
結核罹患率は、一九八八年までの最近一〇年間に限ってみても、その値は五五
九、三と減少傾向がなく、とくに四〇歳未満の若年層における数値は六七三、八
と高値を示した。また、病理解剖介助をする病理技師(対象・七五三人)の肺結
核罹患率は一〇万人あたり八二三、八と、病理解剖介助をしない技師(対象・四
二二人)の値(一〇万人あたり一二五、一)よりも優位に高く、オッズ比は一
六、七であった。言いかえれば、病理関係者の高い肺結核罹患率は、病理解剖中
に感染性結核病変に遭遇することにより、空気中に飛沫する生きた結核菌に暴露
される機会が多いためと推論されるのである。
 病理検査に携わる技師であるかぎり、常に感染の危険があるものとして検体を
取り扱わなければならない。ぜひ今回紹介した『結核の恐怖』をご一読され、結
核症の真の姿を理解していただければ、そしてまた、それが病理解剖などによる
感染や医療関係者への病原体の伝播とそれによる院内感染の発生を防止する一助
となれば幸である(今回は少々カタい話になりましたが、このような多剤耐性結
核症は我々の周りに潜み、我々の出方を伺っています。くれぐれも注意を怠るこ
となく、基本操作を忠実に行いたいものです)。

肺結核症に対する対策
 最近の生検における結核症の臨床的診断率は、五〇%に達していない。病理解
剖時に初めて結核症の存在に気づく症例はけっして少なくない。病理解剖時の結
核症感染を未然に防ぐためには、結核病変の肉眼診断の重要性を再認識する必要
がある。活動性結核症患者の剖検に際しては、次の点に留意しなければならな
い。
a.ツ反陰性者には病理解剖を行わせないか、結核と気づいた時点で速やかに業
務を交代する。
b.見学者の立ち入りを禁止する。
c.ディスポ用フィルター付き呼吸器保護器具(タイプN95微粒子用マスク、3
Mヘルスケア社扱い、  米国CDC推奨)を着用する。
d.取り出された肺は気管支注入による固定を行う。
e.病変の切開・スライス作業は必要以上に行わない。
f.病変部からの新鮮凍結切片作製は厳禁とする。
g.骨結核や粟粒結核では、ストライカーを用いずにノミなどでサンプリングす
るか、ストライカーに  ビニールなどをかぶせて骨片が飛び散らないように工
夫する。
h.臓器の写真撮影は十分なホルマリン固定後とする。
i.使用後の器具は消毒液に浸漬するかオートクレイブ処理する。
j.病理解剖終了数週後にツ反やX線検査を追加する。
k.結核症の肉眼診断能力を高めるための努力の重要性を認識する。

参考になる文献
・日本病理学会業務委員会: 病理業務における感染防止対策と廃棄物処理マニュ
アル
・日病理会誌84(補):11-15、1995
・倉田毅、佐多徹太郎:剖検介助と業務感染症、Medical Technology 1988 、
16:972-977
・堤寛:病理関係者の職業病としての肺結核症、その経験的、疫学的根拠
・病理と臨床1987、4 :1153-115
・厚生省保健医療局疾病対策課:クロイツフェルト・ヤコブ病診療マニュアル、
新企画出版社、東京、  p 22-23 、 1997
・Sugita M., Tsutsumi Y., Suchi M., et al.: Pulmonary tuberculosis. An
occupational hazed fo  r pathologists and pathology technicians in
Japan. Acta Pathol. Japan. 40:116-127,1990
・和田雅子:肺結核の疫学的変貌と本院入院患者の二五年間の臨床的変貌
・結核64:801-806 、1995
・市澤未廣ほか:病理技術-一般病院におけるCreutzfeldt-Jacob 病の病理解剖
に対する感染防止対策・病理と臨床15 :969-972 、 1997
・日本感染症学会:院内感染対策通知集、へるす出版、東京、肝炎関係p1-20,結
核関係 P103-124,クロ  イツフェルト・ヤコブ病関係 p125-144 、1998

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リレー他個紹介 PART8 県北飛び火シリーズ第1弾!
河本病院 水野裕子さん
 昔々あるところに、お爺さんとお婆さんがおりました。お爺さんは山へ芝刈り
に、お婆さんは川へ洗濯に行きました。お爺さんは山で転び、お婆さんは川で溺
れそうになりました。そこで二人は、揃って河本病院に行きました。二人は入院
し、入院時諸検査とともに梅毒検査を水野さんにしてもらいました。お爺さんは
持病の腰痛のため、胃カメラと大腸ファイバーの検査をしてもらい、水野さんに
生検タッチと細胞診検査をしてもらいました。お婆さんは肺に異常陰影があった
ため喀痰細胞診と気管支鏡検査をしてもらい、水野さんに生検タッチと細胞診検
査をしてもらいました。二人は水野さんに親身になって検査をしてもらったそーな。
 昔々の出来事じゃ。…ではないのですが、河本病院はいまどき珍しくコンピュ
ーター化されていない、そうです、あの『I LOVE YOUウイルス』も怖くない検査
室なのです。その中で、水野さんはコンピューターを操ることのできるチョー貴
重な人材です。検査室では、上記の検査以外にも検診やその他なんでもこなさ
れ、検査室にはなくてはならない人の一人です。なんといっても検査に対する意
欲、責任感は人一倍で、何に対しても正確に、そして最後まで貫かれる頑固さ、
あっ、違った、精神力のある方です。肺癌を細胞診で十数年追いかけて書かれた
抄録を読まれた方も多いと思います(実際の紙面上には五年くらいに書いてあり
ます)。
 プライベートでは、英会話、野鳥の会など趣味は多岐にわたり、充実した日々
を過ごされています。これより、水野さんの知られざる世界を検証してみましょ
う。水野さんはとてもまじめな人ですが、時々とても人間味あふれる行動をとら
れることがあるのです。
■以前、総会に出席していたときのことです。私はたまたま総会議案書を忘れて
行き、手持ち無沙汰にしていました。ふと水野さんを見ていると、何やら真剣に
議案書らしきものを見ておられます。そして、みんなが拍手をしているとき、な
ぜか彼女だけが笑っていたのです。こともあろーに、手にしていたのは PACK ON
だったのでした。(編集部注:えらい、あんたはえらいっ。あんたこそ読者の鏡
や。)
■水野さんは大変タフな人で、研修会で夜中中起きていても広島県からだろうが
鳥取県からだろうが車をとばして帰って来られ、また大阪くらい楽々と車で行っ
てしまわれるのです。ところが津山市(地元)でお勉強させていただいていたと
きのこと。帰り、霧が濃かったせいもあるのですが、落合町に向かっているはず
が、いつのまにか津山市の方向へ。どうしたことでしょうか。
■水野さんは裏表のない人で、年下の人であろうが年上の人であろうが、同じ対
応をされ、
ちょっときつい冗談にも明るい笑顔で応えてくれます。また、筋の通らないこと
を無理強いされたときなどは、それがドクターであろうが、誰であろうが同じよ
うに、彼女の頭の上に暗雲がたれこめて雷が落ちるのを私は見てしまいました。

 また、水野さんは根っからの検査技師でもあります。本人のコメントによる
「少々職業病にかかっているのでは…」、という事例をあげてみます。
■お客の回転が悪いうどん屋さんでうどんに七味をかけたとき、熱さに耐えかね
た七味の中のダニがうどんの上を走り回るのをつい発見してしまう。
■スーパーのお魚売り場で、パック入りの切り身の中で動いている寄生虫を見つ
けたことがある。
■洗濯のとき、脱水のことを「遠心」と言ってしまう。
■ドレッシングなど、多種類の液体からなるものを混ぜるときには、「転倒混和
にかぎる!
」と思っている。
 以上のことについてすべて該当される方は、水野さんに負けない検査技師かも
(?!)。 まだまだ紹介の足りないところはたくさんあるのですが、水野さんを
一目見たいと思われる方は、学会会場にて、または、八月第一土・日曜に開催さ
れる県北セミナーでお会いできますよ。セミナーにて、「県北で(県下、でも
可)一番お酒が強くてタフな人を探しているのですが」と声をかけていただけれ
ば、たぶん県北の方、いや、岡山県の方は、水野さんを紹介してくれると思いま
すよ。
                             by 秋田和美
本人のコメント
 その昔(そんなに昔でもないか)、秋田さんにトリックをかけて河本病院に就
職させたのは私です。「コンピューターがないから」とは言わず、「昔からだか
ら」と手書きのカードでデータ管理をさせられるとは思いもよらなかったことで
しょう(だからハッカーの皆さん、河本病院のデータを開けて見ることは不可能
です!)。さて、私がこんなにも長年にわたって一か所で働けるのは、当院開設
者の河本徹夫先生が患者さんのこととなると経営を度外視してしまうような人で
あったからかも…。じゃなかったら、とっくにクビだったかな?。で、私の頑固
は松田実先生の折り紙付きであることを認めます。コンピューターは、「MS-DOS
たぁなに?」状態なので、ブラック・ボックスをやみくもに動かしている気分
で、操られているに近いのです。総会中の話は、岡臨技に知れるとマズイかな
…?、しかしまあ、広い心で大目に見てくださることを希望するものです。

金田病院・村上渉さん
 二十?年前、私が大阪から帰ったきたころ、金田病院の技師長で、今もあのこ
ろとほとんど変わらないのが村上さんです。「トシに見えますが、実は若いんで
す」と、たしかどこかで聞いたような…。そのころすでに県北では、週に一回、
金田病院で細胞診の勉強会をやっていて、誘っていただきました。最初は同好会
風であったものが、いつしか細胞検査士の試験を受けてみようということにな
り、とうとう技師長自らもトライ、その熱意は南雲さんを感動させました。一度
会えば、見忘れる人はいないでしょう。
                           by 水野裕子
本人のコメント
 最近は、身体のいろいろな場所の細胞がアポトーシスの回路に入ったのを感じ
ます。勉強会の仲間の皆さんにも迷惑をおかけすると思いますが、あと数年、よ
ろしくお願いします。

赤堀病院・江森陵仁さん
 通称・エモちゃん。県北では唯一、婦人科細胞診に強いCTとして仲間から大
変頼りにされている。現在はCTの仕事のほか、人工授精の仕事に熱を入れてい
て、夜も昼もない忙しい毎日を送っている様子(でも子供さんはちゃんと二人い
る)。周囲の人達に気配りのできている人、もちろん奥さんや子供さんにも。私
の目から見たエモちゃんは、これといった欠点のないユニークな人柄です。出張
の夜はまた、○チン○に誘ってください。これからもよろしく。
                         by 村上渉
本人のコメント
 頭頂部癌(?)におちいり、毛根細胞の壊死か抗癌剤の副作用か、頭が涼しい
今日この頃です。藤田さんより「似顔絵用のスナップ写真が小さいので、もう少
し大きな写真をいただけますか」と連絡が入ったので、クソまじめ(!!)に「木
村拓也をモデルにお願いします」と言ったら、一笑にふされてしまいました。
(編集部注:木村拓也ではちょっと役不足かと思ったもので…)。まだまださか
んな中年のスケベオジサンです。近頃では細胞診は二の次で、親鳥のごとく、卵
の培養を行っております。そのせいか、勉強会にもなかなか出席できなくて、ゴ
メンナサ〜イ!です(本当は、毛根細胞の培養をねらっています。これさえ成功
すれば、髪の毛も金もわんさと手に入るのじゃ!)。

河本病院・前田順一さん
 前田順一さんに関する検討
目的:河本病院の検査と聞いて、前田順一(Maeda Junich, 以下MJ)さんを思
いつく人はごくまれであり、その存在は薄いものである。今回著者は、MJさん
の存在を明かにするため、種々の角度から検討した。
方法:適当
成績:河本病院においてMJさんは、検査課長さんであり、検査室では表の親分
さんであった。専門は病理(組織)であるが、その人柄ゆえに何でもこなしてい
た。また、知識も広く、記憶力にも優れ、その存在は広辞苑のごとくであった。
院外においても、その行動範囲は広く、消防団、青壮年、スポーツ少年団等と多
岐にわたって活躍されていた。
結論:今回の検討により、性格は温厚、頼まれたらイヤと言えない人で兄貴のよ
うな存在であることが明かになった。皆さんも気軽に声をかけてみたらいかがだ
ろうか。決してかみつくようなことはないはずである、と考えられた。
Key words:Maeda junnichi−Koumoto hospital−Oyabun?
                        by 江森陵仁
本人のコメント
 だんだん年のせいで記憶力もなくなりつつあり、当院のお邪魔にならないよう
努力するのみです。ショムニの課長さんのように?。

河本病院・秋田和美さん
 当院の検査課、独身三姉妹の次女、秋田和美さんを紹介します。昨年、新人の
中山さんが入ってからは、新人ではなくなりましたが、それまでは約八年間、新
人で頑張って耐えてこられました。
 秋田さんと言えば、鏡野町産です。縁あって落合町の当院まで二十数キロメー
トルを、冬には雪が四〜五回は積もるので、4WDのカリーナでびゅんびゅんと
(?)通勤されています。彼女は才色兼備の誉れ高き女性で、身長は一七〇セン
チメートル超とモデル並、六年前から比べるとかなりスレンダーに変身、仕事の
細胞診は確実にバリバリとこなし、ルーチン以外でもてきぱきとこなしているよ
うです。性格はしっかり者で、少々頑固なところもあるようですが、皆の人気者
です。また、プライベートの書道は師範の腕前、絵画はプロ級と、言うことなし
の女性です。どうして男どもは放っておいているのでしょうか?。少しPR不足
かもしれませんが、検査課の七不思議の一つです!。
 男性の皆さん、花婿募集中らしいので、我こそはと思われる方はデートに誘っ
てあげてください。よろしくお願いします。
                      by 前田順一
本人のコメント
 前文で過分なご紹介をいただいた、私が秋田です。
 私の理想像を書いていただきましてありがとうございます。本文だけではどん
なすごい人だろーと思われた方も多いと思いますが、今どきのパラサイト・シン
グルです(前田さん、褒め過ぎ。そんなに褒めちゃあダメダメ!)。
 もし新郎がみつかった暁には、前田さんを結婚式にお招きすることをこの場で
お約束したいと思います。

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コンピュータ・ワンダーランド 第3回

 ノストラダムスの予言もはずれ、二〇〇〇年問題も肩すかし、閏年問題はどこ
へやら、みなさん世紀末をいかがお過ごしでしょうか。
自称パソコンオタクKです。
 近頃、新聞等でも報道されてご存じの方もいると思いますが、パソコン業界で
は去年の暮れから今年にかけて熾烈なCPUスピード合戦が繰り広げられていま
す。今回はこの話題をちょっとだけ解説して、あなたをパソコン通に仕立て上げ
たいと思います。題して『知ったかぶりパソコン講座〜第一弾(第二弾の保証無
し)〜』です。
 ところで、CPU(シーピーユー)とは何でしょうか。これは、コンピュータ
の心臓部(なんで脳ではないのか??)のことで、車に例えるとエンジンに相当
します。これを製造しているメーカーの中では Intel(インテル)社がトップな
のですが、弱小企業の AMD社が安くて性能の良い製品を出し、低価格パソコンや
改造用として爆発的に売れました。怒った Intel社は、主要製品 Pentium(ペン
ティアム)の廉価版として celelon(セレロン)を世に出し、巻き返しを計りま
した。その結果、 Cyrix(サイリックス)社をはじめとする他のメーカーは収益
が減り、CPU事業から撤退したため、事実上 Intel社と AMD社の一騎打ちとな
ってしまいました。
 最初は低価格CPUだけの競争だったのですが、 AMD社の赤字覚悟のパワーア
ップにより、高性能CPUまでも競争の対象になったからさあ大変。お互いが
次々と高性能CPUを出し続け、今年の初めに二社とも夢の1GHz(めちゃめちゃ
速い)を発表してしまいました。困ったのは他の周辺機器メーカーで、車に例え
るなら「ノーマル・タイヤの普通車にジェット・エンジンを積んだ」ようなアン
バランスな状態になってしまい、周辺機器(特にメモリー)の性能が追いついて
いません。また、発売はしたものの、二社とも開発の前倒しをしたもんで製造が
ままならず、我々が目にするのはまだまだ先のようです。
 しかしみなさん、喜んでください。このケンカのおかげで今までのCPUの値
段はガタ落ちし、高性能パソコンが投げ売り状態です。
お客さん、今がお買い得!。一〇万にぎってお店に走りましょう。お店が遠〜い
田舎住まいの人はちょっとしんどいかもネ。というわけで、今年はパソコン業界
では激動の年になります。これで、ちょっとはパソコンの話についてこれるか
な?。

◎今年もやります(内輪で)好評のQ&Aコーナー

Q1:前号であんなに心配していたノストラダムスの大予言はどうなったのか。

A1:システム上、パソコンに関係ない内容にはお答えできません。

Q2:二〇〇〇年問題は無事に終わったが、もうこれで安心か。
A2:ただちに西暦三〇〇〇年問題に備えてください。今からやればまだ間に合
います。しかし、もっと深刻なのは西暦一〇〇〇〇年問題です。なんと言っても
五桁になりますから。
Q3:こんなに速くなったパソコンを一体何に使えばよいのか。
A3:以下のコラムにヒントがあるかも…。

  【オタク的コラム】 ア ン ビ リ ー バ ボ ー !
     驚 異 の パ ソ コ ン 進 化

                                    
 コンピュータの処理速度が速くなったので、次は認識と予測(予知)の技術が
発達するだろう。認識と予測(予知)といえば、音声認識、画像認識、天気予報
などが思い浮かぶが、やっぱり庶民としては『占い』が気になるところ。以前出
会った占いソフトにおもしろいものがあったので紹介してみたい。      

 このソフトを立ち上げると、画面に「コンピュータ占いver.2」と表示され
た。好感が持てるシンプルなデザインだ。説明によると、
このソフトは現在の自分のいる場所や行動、そしていつまで生きられるかを推理
するらしい。          
 まず手始めに【現在の場所】を選択した。すると瞬時に、そしてすがすがしい
ほど明確に、力強く「あなたは今、パソコンの前にいる!」と画面に表示され
た。思わず後ろを振り返ったが誰もいない。どうしてわかったのだろうか。確か
に私は、家に帰ってからほとんどの時間をパソコンの前で過ごしている。しか
し、トイレに行くことも風呂に入ることもあるはずなのに何故?。    
 不気味さを感じながら【現在の行動】に進む。これもまたボタンと押すと同時
に、ひょっとするとボタンを押すよりも速いくらいのスピードで、先ほどと同様
に断定的な文字が目に飛び込んで来る。「あなたは今パソコンを操作している。
ソフトは占いである!」。
 …どんなアルゴリズムを使っているのかわからないが、ここまで正確に言い当
てられると驚きである。自慢ではないが、私は大小合わせると星の数ほどソフト
を持っている。占い関係のソフトは、その中でもごくごくわずかである。それを
言い当てるとは、とても偶然と思えない。ひょっとすると通信回線やスパイ衛星
を介して個人情報が漏れているのではなかろうか。人間の占い師でも、ここまで
具体的に言い当てることは無理だろう。おそらくは世界に数多ある占い法の集大
成なのだろうが、この占いソフトのスピードはいくらパソコンが速くなったとは
いえ驚異的でさえある。         
 しかし、まあ、ここまでの結果は現在のもの。次に【あなたの未来】について
占わせた。すると画面に、「処理中です。当分お待ちください」と表示したきり
止まってしまった。「しばらく」でなく、「当分」の部分がちょっと気になる。
先ほどまでのスピードと違うところをみると、ずいぶん複雑な処理を行っている
のだろう。かなり待たされて頭がボ〜ッとしかけたとき、ふと気がつくと、画面
に「あなたが喫煙者なら、この後、タバコを吸っているだろう。気が短ければ、
この画面が出た瞬間を見過ごすであろう」と表示された。思わずライターを落と
しそうになったが、何とか持ちこたえた。待っている間にすでに2本も吸ってし
まった私は、その正確さにしばらく呆然とするだけだった。       
 次の【食事についての占い(長時間必要)】は、やる気が失せたのでとばし
て、最後の【あなたの余命】に進むことにした。恐る恐るボタンに手をかける。
押した瞬間、画面に映し出された結果を見て腰が抜けた。「あなたは、2100
年1月1日まで生きられない」。もう生きる気力が無くなったので、終わること
にした。              
 この話の真偽は、なぜか私と編集者のみが知っている。      
 …どうもQ3のヒントはなかったようですね。では来世紀に、またお会いしま
しょう。

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