にちなんおろち100キロマラソン完走記

1.はじめに
92年の萩往還100キロの70キロでリタイアして以来、2度目の100キロへの挑戦に、別荘地100坪と杉木立50本につられて、申し込みしてしまったが、準備は、5月3日のユリカモメ70キロで5時間43分で走り、5月20日の5時間耐久マラソンin作州で57qを走る事が出来て、準備万端で望むことができたが、高低差表を見ると、たくさんの起伏があり、完走出来るか、不安を持ち込んでのレース参加となった。
2.歓迎祭
大会前日、17時から18時の予定で屋外で行われるはずが、あいにくの雨で、総合文化センターのホールで行われた。屋外には、しし鍋、豚汁の無料サービスがあるほかは、有料の屋台が出ていたが、それも、雨で店じまいしてしまっていた。文化ホールは食べ物の持ち込みは出来ないような雰囲気だし、舞台上に、関係者が、ずらりと並んで座っていて、堅苦しい、式典のような雰囲気の中、関係者挨拶が次々と続き、その後、地元のみなさんの、銭太鼓、神楽等があり、なんとも、演芸会の模様になってきたが、それは、それでいいのだけど、普通、前夜祭と言えば、バイキング形式の食べ物がたくさん並んで、それを食べて、腹ごしらえをして、翌日のスタートを迎えようと、思ったのが、あてが外れて、隣接のスーパーには、弁当のたぐいが売り切れで、雨の中、車で20キロ程離れた、スーパーに車で買い出しにいくはめになった。夜間は、そのまま、車中泊となるが、文化センターが、夜中も開いていて、トイレ、洗面が出来たのは、良かった。車中泊は、殆ど眠れないまま、当日の朝、3時前より、レースの準備に取りかかる。前日の食べ残しの三色細巻きを食べて、餅を食べて、朝食とし、洗面をしさっぱりとし、トイレを済ませ、最終コールの放送を聞いて、スタート地点に向かう。
3.にちなんおろち100キロレース
5時30分のスタート前に、5時10分までに、最終コールがあったが、Bクラスだけが、なぜか、長蛇の列で、雨の中、並ばされる。ウルトラベテランのY子さんに付いていって、完走を目指す作戦が、スタート前に、見失って、探しているうちに、スタートとなり、右アキレス腱下部の痛みでゆっくり走り出す。1キロほどで、徐々にスピードが出せるようになり、キロ5のペースで走り、5キロは25分弱だった。3キロ位で、前方を走る倉敷の貝畑さんと高知の車さんの2人の女性を発見し付いていくことにする。7キロ位で貝畑さんと併走になり、話しかけて、ウルトラの走り方を聞く。貝畑さんは、盲人ランナーの宮本さんの伴走をして、日本縦断をしているし、今年のサハリマラソンで女性2位の実力者だ。「ウルトラでは、後半になると、食べ物が食べられなくなるので、出来るだけ前半のうちにしっかり食べること」と、「長いレースのうちには、調子の波があるので、不調の時も我慢して走っていると、復活出来る」。と、言うことを教えてもらって、15キロ位まで併走するが、あまり、引っ付いていても、迷惑になるといけないので、先に行くことにする。エイドでは、食べたくなくても、オレンジやバナナを食べながら走る。
その後、先行する車さんに追いつきしばらく併走し、その後先行するが、堺の藤田さんに追いつかれ、車さんにも追いつかれ、3人で走るが、26kmでトイレに行き、大きく引き離される。レースペースはキロ5から、5分40秒位で40キロまでは、走れるが、林道の峠が徐々にきつくなり、前半最後の坂では6分半まで落ちる。林道の頂上あたりでは、景色が良いところもあった。
50qの通過時間は4時間30分弱だった。52km位で、上りは終わり急な下り坂となるが、スピードは出ない。足が疲れているが、何とか走り続けて58キロで林道の終わりで、緩やかな下りを、63キロの多里小学校前のレストエイドを目指して走る。集落の中に入り応援が急に増えて、レストエイドに到着し、団子汁を食べて、暑くなったので、スパッツ、半Tよりランシャツ・ランパンに着替えて、屈伸をして、後半に向けて走り出すが、急に動いたので、足がよろけた。少ししか走ってないのに、5qで500メートルの急な上りが現れて、殆ど歩いて、頂上を目指し、キロ10分まで落ちる。何度か屈伸をしながら、やっと登り切って、下りになっても、足が動かず、ブレーキをかけながら、よちよち走っているうちに、前半で追い抜いた車さんに追い付かれ、一緒に行きましょうと言われるが、足が動かない。そのまま我慢して走っていると、75qが7時間半のちょっと前で、あと25qを2時間半で走れば、10時間切れる計算だ。75キロ手前位から突然、走れるようになり、85q過ぎまで気持ちよく走れて、これは達成だと思ったが、上りに掛かり、又も走れなくなり、90q位までは、上り気味でキロ7分まで落ちる。後半の上りは殆ど歩きが入る。歩きも早足で、一生懸命歩く。95qあたりは、下りで、もう達成確実と思ったら、ラスト4キロ位から2キロ程続く上りが現れて、前半は歩くが、後半の上りは、「ひろこさん、パワー、パワー」と心の中で叫びながら、ひろこパワーを貰って、がむしゃらに走り、上りを突破するが、下りにかかっても、スピードは出ず、気持ちはあせるが、下りから、平地になり、一生懸命走り、両手ガッツポーズでゴールする。「やった、サブ10だ」と思ったら、目頭が熱くなった。ゴール後にそうめん、トマトを食べると、もう足は筋肉痛で、ロボット状態になった。ゴール後、車さん、Y子さんなどが次々とゴールの放送があるが、ゴールに行く気力もなく、風呂への用意をして、送迎バスで風呂に向かい到着したところで、CelRUNさんよりゴール後の連絡があった。こんなに、アップダウンのある100キロはもう、走りたくないと感じたレース後でした。20時がゴール関門時間で制限時間14時間30分と緩やかだと思った。その後、閉会式、表彰式があり、貝畑さんは入賞していないので、棄権したのかなと思ったら、後日送ってきた完走証と完走記録に名前がなかった。散々待った100坪の別荘地の抽選になり、なんと1番違いの外れとなったが、当選者がいなくて、再抽選となった。前後賞があれば頂きだったのにだが、外れて残念であり、良かったである不思議な抽選会だった。その後、眠い中、CelRUNさんの車の後を付いて帰った。