1999年4月 戻るホーム

西岡憲康 「今こそ心の県政を!」

21世紀へ向けて 3つの提唱

1.“教養県”岡山

教育県(進学率重視)岡山から、“教養県岡山”への脱皮。

生涯学習のための「県民大学」の設置構想を。

2.“福祉県”岡山

ばらまき福祉から、本当に困っている人への心のこもった真の福祉県に発展させよう。

赤ちゃん王国にふさわしい「県立こども病院」の実現を。

3.“環境県”岡山

ひたすら守るだけの環境から一歩先んじて自然を生かし、人間との共生をめざす先進県に。四季を通じて花の彩る「フラワーカントリー岡山」構想を。


東備地域の活性化プラン

1.県政の西高東低の解消 ―

企業誘致による職場の確保と人口流出の防止。

2.交通渋滞・危険の解消 ―

国道2号線バイパスの早期建設。

3.文化と伝統産業をいかした観光基地づくり ―

世界のセラミックスセンターの設立。

4.高齢化・少子か対応の福祉に全力 ―

介護保険制度の充実

5.将来、新幹線備前駅の実現。

6.将来、東備地域(1市4町)の広域合併による一体化の推進。


こういう“人”です「西岡」さんは…

○がんばり屋さんです 西岡さんは

8歳のとき父を失い、以後母を助け、新聞配達や家庭教師などいろいろなアルバイトをしながら、独力で京都大学を卒業した苦学力行の人。どんな逆境にも負けないがんばり屋なのです。

○気さくな人です西岡さんは

一見むつかしそうな顔をしていますが、実は、誰とでも気軽に話す気さくな男です。

○人情家です西岡さんは

いつも、お年寄りや、ご婦人、子供など弱い人のことが気になり、因っている人のためには、どこまでも尽くす、心と行動の男です。そして、どの家庭にもほのぽのとした“灯り”をともしたいと願う人なのです。

○信頼のおける人です西岡さんは

政治家にとって一番大切な“公平無私”の考えを実行し、草の根の政治活動を続けてきた、本当に人間らしい清廉潔白な男です。


経 歴

本  名  西岡憲康(にしおかのりやす)

昭和16年5月10日 満州・奉天にて生まれる
昭和21年 日生町へ引き揚げ、日生小・中学校を経て大阪府立北野高校に学ぶ
昭和39年 京都大学法学部卒業
岡山県庁勤務 国家公務員上級試験行政職(甲種)合格
昭和42年 米国加州立サンノゼ大学に留学
昭和47年 帰国後、自治省へ出向
昭和50年 岡山県議会議員に最年少(33才)で初当選、以来、4期連続当選、この間、厚生、商工警察、文教、総務、農林の各常任委員長に就任
平成元年 参議院議員選挙に立候補 西岡のりやす
平成4年 岡山県知事選挙に立候補
平成5年 日本新党岡山会長に就任
平成8年 衆議院選挙岡山3区に立候補
所属団体 ●少林寺拳法岡山県連盟副会長
●備前青年会議所シニアクラブ会員
●備前ライオンズクラブ会員

1999年4月 戻るホーム