二次方程式

備前岡山城は文禄3年(1594年),宇喜多秀家が築城したが岡山城下はたびたび旭川の洪水(こうずい)に襲われ,承応3年(1654年)には大洪水となった。

そこで熊沢蕃山(くまざわばんざん)という学者が放水路を造る事を藩主(との様)池田光政(いけだみつまさ)に進言(しんげん)した。
殿様は郡代(ぐんだい:地方長官の事)津田永忠(つだながただ)にこの工事をお命じになった。

勘定方(かんじょうがた:財政担当者)からは十分な放水量を確保(かくほ)して,かつできるだけ安価に工事を完成させるようにとのきつい要請(ようせい)であった。
 
 
君はこの時の津田永忠の家臣である。
殿
(との)の一大事! 


 

まず水路の断面の形状について検討(けんとう)する事となった。

両岸の土手の高さ(水路の深さ)と河床の長さの合計を仮に10mとした時,水路の深さが何mの時にその断面積が最も大きくなるのかを検討せよ。
 
 
1)水路の深さをX(m)、 断面積をY(m)とした時、河床の長さはどのように表されるか。 またYとXとはどのような関係にあるかを数式で表せ。(Y=・・・の式をつくれ。) 
  
 
2)Xが0〜5(m)まで変化する時のYの変化の表を作成せよ。 
  
 
3)水路の深さが何mの時にその断面積が最も大きくなるか? 
  
 
)XとYとの関係をグラフに表せ。



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