再  会 

「騒ぎを起こした三人はグランド50週。その騒ぎに見とれて、練習・仲裁が出来なかったレギュラーを含む全員は20週。走って来い」
 コート内に喝を入れる声が響く。
 異議を許さない声に、部員は各々に走り出す。
「部長。先輩二人は関係ない。走るのは俺だけで……」
「連帯責任だ。異議は認めない」
 返された言葉に弁解すら許されず俯けば、後から促されるように背中を押された。
「走るよ」
「先輩…」
 二人に促されるまま、グランドを走り出す。
「大切な時期に、部員の不安を煽る様な騒ぎの火種を撒かないで頂きたいものです」
「そんなつもりは無かったんだけど、あの子の顔と反応を見たら……」


 騒ぎの発端は一人の女子生徒が、青春学園中等部のテニスコートを訪れた事にあった。
 最終目的である全国大会に向けて練習に励む部員の中に、不二周助と菊丸英二の姿を確認すると、二人の側に駆けり寄り背後から無遠慮に声を掛ける。
「周助・英二、お久しぶり」
「「わっ!!」」
 予測不可能な背後からの声に、不二と菊丸の声が裏返る。
 悲鳴にも似た声に口元を押さえて、ゆっくり振り返った不二と菊丸は、目の前の人物に驚いた。
 不二より若干小柄な人物の存在に、二人は一瞬言葉を失った。
 腰まで届く長い髪を風に任せ、強気な視線を向けてくる馴染みの顔に……。
!いつ、アメリカから戻ったの?」
「怪我は、大丈夫にゃ?」
 衣替えを済ませた制服を上から下まで確認して、不二と菊丸はそれぞれに素朴な疑問を口にした。
「帰国したのは一昨日よ。約半年休学してリハビリをした結果。日常生活には影響なく怪我は完治したけど、長時間の試合は無理だから、帰国と同時に高等部のテニス部を退部したけど」
 大きな疑問符を背後に担いだような二人に、は素っ気ない笑みを返した。
 サラリと返された言葉に二人の動きが止まり、半瞬後、絶叫にも似た声がコート内に響く。
「テニス部を退部した?」
 全国を目指す大切な時期は、高等部のテニス部も同じ立場にあるにもかかわらず、不二の言葉には静かに言い切った。
「練習は日に3時間。試合は30分以内で連続試合禁止が医師からの条件なのよ。この条件内で、趣味としてのテニスは出来るけど、部活の試合しては無理だから退部した」
「そこまであっさり言われると、らしくて良いね」
 一切の迷いのないに発言に、不二と菊丸は追求する言葉もなく納得をする羽目となった。
「一年レギュラー……越前リョーマの手応えはどう?」
 風になびく髪を一つに束ねながら、年に似合わない強気な瞳を思い出し、は1年ルーキー・越前リョーマの現状を訪ねた。
「随分と早耳だね。校内ランキング戦で彼に負けたのが、大石、乾、海堂の三人だよ。僕とは、4−3で決着は着いていないけど。頼もしい一年生だよ」
 から向けられた意外な人物の名前に一瞬吃驚した様子もあったが、独特な笑顔で不二は現状をストレートに答えた。
「おちびを知ってるにゃ?」
 ふと湧き起こる素朴な疑問に、菊丸が不思議そうな顔つきで訪ね返す。
 昨年の夏から怪我の治療の為アメリカに滞在していたが、今年入学したばかりの新入部員の存在を知る筈はなかったのにと…。
「彼の父、越前南次郎と私の父が同級生なのよ。過去6年間のアメリカ滞在中は家が隣近所で、今回のリハビリ休学中も世話になった関係で、ある意味、家族ぐるみの腐れ縁状態に近いのよ」
 半ば苦笑に近い表情では答え、確認するかのように言葉を付け加えた。
「で、そのリョーマに、最近変わった行動は見られない?」
「「…っ……」」
 唐突なの言葉で、二人の脳裏に昨日の屋上での出来事が蘇り、不二と菊丸が言葉を失う。
「………鳩が豆鉄砲を喰らったみたいなその反応だと、何かを知っているようだけど、話してはくれなさそうね」
 不二と菊丸はお互いに顔を確認しあい、から視線を反らした。
「ごめん。誰にも話さないって、越前と約束したから」
「まっ、良いわよ。本人に会えばそれなりの反応が返ってくるでしょうから」
 返す言葉に困った二人を問い詰めるわけでもなく、は素っ気なく返した。
「越前は委員会、手塚も生徒会で遅れてるけど。僕と手合わせでもする?」
 気まずい雰囲気を振り払うかのように、不二は予備のラケットを取り出し、に一試合を申し出る。
「みんなの実力は自分自身で把握はしたいんだけど、帰国直後で本調子じゃないから遠慮しとく。時差ボケは怪我の素だし」
 だが、そんな不二の申し出に、は手を振って断わった。


 当然のごとく、コート隅でも悲鳴に近い声を上げれば、他の部員達の視線が自然に三人へと集まった。
「見て。不二先輩と菊丸先輩の雰囲気、いつもと少し違うよ」
「本当だ。話をしている人、誰だろ?」
「あの制服、確か高等部の制服だぜ」
 コート隅で話をしている不二と菊丸の姿が1年トリオの目に止まり、見知らぬ存在に、1年トリオの興味心が引き寄せられる。
「手強い先輩が顔を出してやがる」
 練習の合間に二人の話し相手の存在に気付いた桃城も、興味深く本音を洩らした。
  「桃先輩、今、不二先輩、菊丸先輩と話をしている人は誰ですか?」
 1年生トリオは素直に眼を輝かせ、自分たちのストレートな疑問を桃城に向けた。
「名前は、遥香 。青春学園高等部・女子テニス部の先輩さ。確か、去年の夏に怪我をして、半年程前から治療の為、アメリカに行っていたんだけど戻って来た様だな。一見物静かに見えるけど、テニスの実力と気の強さはトップクラスさ」
 桃城は聞かれた質問に対して、知っている限りの情報を答えた。
「最近入手した俺のデータによると、山吹中・亜久津 仁と従姉弟だそうだ」
 桃城の背丈を上回る長身の乾が、ノート片手に逆光モードで姿を見せる。
「「「ええっ、亜久津と従姉弟!?」
 乾の爆弾発言に、1年生トリオは度肝を抜かれた。
 ふと、1年生トリオの脳裏に、女ヴァージョンの亜久津仁の姿が浮かぶ。
「お前ら、物騒な想像はするなよ」
 一年生の表情に桃城が、さり気なく突っ込んだ。
 そんな和やかな雰囲気の中に、少し遅れてコート入りしたリョーマの動きが止まる。
「何で、がここに……」
 コート内の異質な人物の存在に気付いたリョーマが静かにつぶやいた。同時に表情が曇り、反射的に左手のリストバンドを押さえ込む。
「リョーマくん。随分と遅かったね」
「越前、お前、と知り合いか?」
 リョーマの存在に気付いた者が、各々に声を掛ける。
 その中で、いつもと若干雰囲気の違うリョーマの頭を、桃城はスキンシップを兼ねて小脇に抱える。
「桃先輩、痛いっスよ。とはアメリカにいる時に、親父を通じて知り合ったんスよ。家も隣近所だったスから」
 桃の過激な抱擁を振り解き、リョーマは俯き加減に答えた。
 そんなリョーマの反応に、桃城が違和感を感じて、問い返す前に横からの声に我に返った。
「リョーマ、元気そうね」
「何で、あんたが此処ににいるんスか?」
「高等部から目と鼻の先にある中等部に卒業生が顔を出すのって、そんなに不自然かしら?身体の調子はどう?」
 振り返れば不二・菊丸と話をしていた筈のが、穏やかな表情で歩み寄ってきた。
「見ての通りっスよ。それに、ここは、アメリカとは違う」
 感情を丸出しで声を張り上げるリョーマに、練習に励んでいた部員が度肝を抜かれ、一瞬でコート内が静まり返った。
「帰国直後に、従弟の仁から二件の聞いたけど、よく、そんな言葉が言えるわね」
「………」
 一瞬の沈黙後、リョーマは の横を通り抜ける。
「待ちなさいリョーマ」
 リョーマの反応に不信感を抱いて、は反射的にリョーマの手首を取った。
 ほんの僅かな体格差でリョーマを引き寄せる。そして、左手のリストバンドを剥ぎ取った。
「放せっ」
 手首に刻まれた真新しい傷に、の表情が固まる。
「リョーマ…南次郎さんは、この事知っているの?」
「………」
 沈痛なの言葉に無言で視線を反らせば、強烈な平手がリョーマの頬に炸裂した。
 不意打ちにも似た平手に、リョーマがよろめく。
 軽い脳震盪を引き起こした身体は、自重を支えきれずその場に崩れ落ちた。
「これで何度目!!アメリカから日本に帰国する時より増えてるじゃない。これで、自分の心理状態が大丈夫だと言えるの!!」
 もう一発叩きかねない勢いのを、不二が慌てて押さえ込む。
「待ってよ。相手の言い分を聞かないで、怒鳴って手を出すなんて、いつものらしくないよ」
「外野は黙ってなさい。私が怒ってる原因を周助は知っているんでしょ」
  の言葉と怒りを含んだ表情に、不二は反論の言葉を失い手の力を抜いた。
「おちび。大丈夫か?」
「兎に角、南次郎さんにこの件の事は伝えるわよ」
 菊丸に支え起こされるリョーマを横目に、は素早く携帯電話を取り出した。
 の指がダイアルボタンを押すよりも先に、飛び付いて来たリョーマの手が素早く携帯電話を弾き飛ばした。
「駄目っ」
「リョーマっ」
 小柄とはいえリョーマからの予測外の衝撃に、はバランスを失い無我夢中のリョーマを受け止め、豪快に尻もちをついた。
「駄目っ。絶対に親父たちに言わないで……。母さんの悲しむ顔見たく……ない」
 耳に届く小さな声。
 以外には届かない声音。
「でもね、リョーマ。一人で悩んで苦しむあなたを見ている方が辛いものよ。一部の部員達も雰囲気の違いには気付いているようだけど」
 溜め息一つ洩らして、はリョーマの頭を抱き締める。

「大丈夫かい?」
 差し出された不二と菊丸の手を借りて、とリョーマは立ち上がる。
「何、騒いでいる」
 突然の声にその場にいた部員全員の視線が、コート入り口に集まる。
「手塚」
「部長」
 部長の手塚の登場により、部員達に緊張感が走る。
 手塚の鋭い視線が、三人の部員と部外者であるに向けられる。
 頬を紅く腫らし、左手を押さえ俯くリョーマ。
 陽気な雰囲気の無い菊丸。
 沈痛な眼差しの不二。
 砂埃に汚れ制服を叩き立ち上がる
  「騒ぎを起こした罰だ。越前、菊丸、不二はグラウンド50週。その騒ぎに見とれて、練習・仲裁が出来なかったレギュラーを含む全員は20週。走って来い」
 異議を許さない渇を部員に入れると、手塚はに視線を向ける。
「中等部に顔出し禁止とは言いませんが、大切な時期に、部員の不安を煽る様な騒ぎの火種を撒かないで頂きたいものです。特に、ここ数日間、平常心を失っている越前を刺激しないで下さい」
「好き好んであの子の感情を乱す様な事はしてないわよ。ったく、異変に気付いているなら、しっかりリョーマを見張ってなさい。でないと、あの子は自分で自分を追い詰めて、自分自身を傷つけるわよ」
 そう言い残すと、は身を翻してコートから立ち去った。