「新学期早々の宿題が、自分の家の家系図を調べるなんて面倒だよな」
休み明け早々に出された宿題の内容に、昌浩は愚痴を零した。
「大変かも知れないけど、楽しい事かも知れないじゃない。私も手伝うから」
訳あってこの家に滞在する事になった彰子は昌浩の手を取り、二人仲良く祖父の元に向かった。
「じい様」
「何じゃ、昌浩よ」
「学校の宿題で、自分の家の家系図を調べることになったんだけど。分かり易いもの何かありますか?」
学校で渡されたプリントを、一家の大黒柱でもある祖父・安倍晴明に手渡した。
「家系図か。確か、お前が生まれた時に、名前を書き込んだ記憶があるから、蔵を探してみるがよい」
受け取ったプリントを速読した晴明は、先祖代々管理し続けた蔵に視線を向けた。
「探してみます。行くよ、彰子」
そんな二人を見送る晴明の背後に、高貴な神気が舞い降りる。
『律儀に家系図を書き込んでおったのか』
「極稀すが、必要になる時もあるもので」
自分に瓜二つに近い神気の持ち主に、晴明は穏やかな表情を向ける。
「我々安倍家の先祖に、稀代の大陰陽師・安倍晴明である事を昌浩は疑っております」
『まぁ、仕方あるまいな。ワシの時代から千年の時が流れておるのだから』
二人の視線が蔵の中にいる昌浩に向けられた。
『我が血筋も途絶えることなく、千年もの時を過ごしたものだのう』
千年前のあの日。
幼き命を散らした末孫。
『……晴明。自分で前世の昌浩に転生の術を施しておきながら、それを言うか』
好々爺の後ろにもう一つの気配が降り立つ。
『紅蓮よ。勝手に玉石から出るでないぞ』
『…玉石から出るなといっても、現世の彰子が無言で“貴方達は誰?”って、言う顔で視線を向けてくるんだ。逃げ出したくもなる』
紅蓮と呼ばれた長身の青年は、気まずい表情で二人の好々爺に愚痴を洩らす。
『“彰子”様はどう思われますかな?』
青年と二人の好々爺に見守られた少女…もう一人の彰子。
『私や晴明様以上の見鬼の力を持っているようですわ』
穏やかな笑顔で、二人の好々爺を見上げる。
「おじい様、一つお聞きしても宜しいですか?」
昌浩より先に舞い戻ってきた彰子が、不思議そうな表情で養祖父である晴明を見上げた。
「どうかしたかね?彰子」
「おじい様の後ろにいつも、おじい様と同年代の男の人がいるんです。随分昔の格好をした人なんだけど。それと、おじい様だけでなく、私の後ろにも。私より少し年上で、綺麗な着物…十二単を着た女の人なの」
彰子の言葉に、二人の好々爺は互いに視線を合わせた。
『恐れ入りました。極力気配を隠していた我々の姿に気付かれるとは』
「…彰子の力は、昌浩以上じゃな。我々の後ろにおられる方は、ご先祖様じゃ」
養祖父・晴明の言葉に彰子は、身近に感じていた気配に振り返る。
「ご先祖様?」
彰子の目の前で、少女は穏やかに微笑んで見せた。
『はじめまして、彰子。私は“藤原彰子”よ」
「…私と同じ名前…」
自分と同じ名前に彰子は驚きの表情を隠せずにいた。
『彰子。手を翳して』
“彰子”に言われるまま、彰子は目の前に手を翳す。
『今までは、影からあなたを見守っていたけど、これからはすぐ側であなたを見守っていくわ』
手から流れ込んでくる前世の“彰子”からの感情に、無意識に涙が零れ落ちる。
「おじい様。こんな切ない想いで、彼女は昌浩を待っていたの?」
切ない感情に押しつぶされそうに為るも、気丈な精神で面を上げた。
「“彰子”様は悲しい気持ちの中でも、強く生きる意志を持ったお方でした。そう、今の彰子のように」
晴明は懐から布を取り出し彰子の涙を拭った。
『いつまでも素直な自分でいて下さい。そして、昌浩と仲良くお過ごし下さい』
もう一人の晴明はそっと、彰子の頭を撫でた。
「じい様、家系図と一緒に文字が彫られた不思議な石が入っていたんだけど」
彰子に遅れる事数分。
蔵の中から、二つの木箱を抱えた昌浩が出てきた。
「家系図と一緒に不思議な石が有って、箱には十二神将って書いてあるけど」
「それはな、稀代の大陰陽師・安倍晴明が生前に式に下した十二神将の事じゃよ。土将・天空、太裳、天一、勾陣。水将・天后、玄武。風将・太陰、白虎。木将・六合、青龍。火将・朱雀」
蓋を開け石に刻まれた文字を晴明が一つずつ読み上げると、石の一つずつが鮮やかに輝き出す。
「最後に…火将・騰蛇」
「火将…とうだ?」
晴明の言葉に昌浩が無意識に復唱する。
それと同時に晴明と昌浩の間に神気が降り立つ。
「…紅蓮だっ」
長身の体躯が昌浩を見据えた。
『昌浩…お前に、俺の名を呼ぶ権利をやろう…」
「…紅蓮っ」
「昌浩っ…」
紅蓮の神気が昌浩の身体を包み込む。そして、猫とも犬とも言い表せない白い物の怪の姿へと成り代わった。
『紅蓮よ。再び昌浩の式に成るのは分かるが、どうしてその姿になる?』
千年前と変わらぬ姿に好々爺が驚きの表情を示した。
「この方が、昌浩の側に居易いからだ。それに、彰子が前世の“彰子”と接した以上は、本性のままでいるのも良くないだろ」
千年前のあの日から長い間、悲しげな色をしていた夕日の色に似た瞳は、力強い輝きで昌浩を見つめていた。
「早く来ないと、置いていくよ。もっくん」
「もっくん言うな。晴明の孫」
「孫って言うなーーー」
こうして、千年前とも変わらぬ言霊が響き渡る。
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