∬ 001 兄弟(義兄弟) ∬
 「兄上、御用は何でしょうか?」
 昌浩は宴会の合間に、長兄・成親に呼び出され部屋を出た。
「遅いぞ。ま〜さ〜ひ〜ろ〜」
「兄上…完全に酔ってますね」
 対の屋を繋ぐ渡殿に出た所で、成親に絡まれた昌浩は項垂れ溜め息を洩らす。
「兄上。夜風に当たって、酔いを覚まして下さいよ」
 擦り寄ってくる成親の手を振り解き、昌浩は星空を見上げる。
「星空より私の相手をしてくれよ。ま〜さ〜ひ〜ろ〜」
 狩衣を掴まれ不信に思って振り返った瞬間、昌浩は足払いを掛けられ硬い床にひっくり返った。
「って…何をするんですか兄上」
 突然の衝撃に昌浩は、反射的に成親に文句の言葉を向ける。
 が、目の前に現れた成親によって、文句の言葉は封じられてしまった。
「…なっ…」
 口腔内を熱い舌に犯され、思考が混乱する。
「あ…兄上…嫌だっ…」
 抵抗し濃厚な口付けから顔を背けて逃れるも、力強い成親の手に腰紐を解かれた。
「あ…兄上。何を……」
 元服して大人の仲間入りをしたとはいえど、一回りも年の離れた成親の力には勝てず狩袴を剥ぎ取られる。
 素肌に感じる成親の手に、昌浩は無意識に身を固くする。
「やめて…」
 経験も知識もない昌浩には衝撃が大き過ぎて、自身に感じた成親の指に抵抗する事を忘れていた。
「兄上…やめて…」
 過剰化する行為に昌浩は、成親の頭や肩を叩いて制止を求め、何度目かの衝撃に成親が面を上げ、濁った瞳と視線が合った。
『兄上に、何かが入り込んでる。だから…』
 尋常でない成親の様子に昌浩は、襟元から一枚の札を取り出し震えた声で真言を唱えた。
「謹請…し奉る…降臨諸神諸真人、縛鬼伏…邪、百鬼…消除、急々…如律令!」
 真言を唱え終え、札を成親の額に貼り付ける。
「ぎゃぁぁぁ」
 成親と異なる声が響き渡る。
「どうした。昌浩?成親、血迷ったかっ!?」
 宴の席から席を外していた物の怪の回し蹴りが、成親の後頭部に見事に炸裂した。
 その勢いに成親の身体は、廊下を転がり渡殿の柱に衝突する。
「昌浩っ!無事か?」
「もっくん。もっと早く助けてくれればよかったのに」
 襟元を押さえながら身体を起こした昌浩は、白い小動物姿の物の怪を怒鳴り上げた。
「悪い。最初見た感じが、昌浩が足を滑らして成親を巻き込んでスッ転んだ風に見えたんだ。そんで、一度離れて戻って来て見れば、成親が昌浩の狩袴を剥ぎ取るのが見えて慌てて助けに入ったんだ」
 衝撃の強さを隠せず息を乱す昌浩に、物の怪はあやすかの様に背中を宥める。
「いたたた。はて?私はいったい何をしていたのだ。何で頭に瘤が出来ているのだ」
 痛みに頭をさすりながらヨロヨロと成親が身体を起こす。
「兄上…酒に酔った挙げ句に、何物かに憑依されて、俺を押し倒して襲おうとしたんですよ。俺が祓った直後にもっくんの回し蹴りが炸裂したからですよ」
 いつもの成親に戻った事に、昌浩は安堵の溜め息を洩らし、事の経緯を説明する。
「すまん。昌浩の貞操の危険を感じて、無遠慮の回し蹴りを入れてしまった」
「ぎゃっ!!」
 昌浩と物の怪の説明に成親は悲鳴を上げ、内容の過激さに昏倒する。
「兄上っ」
「おい、成親っ」
 
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