「松本、お前は此処に残って後衛の指揮を頼む。虚討伐の前衛には、隊員数名を連れて直接、俺が出る」
今回の任務内容を頭の中で整理仕直し、日番谷は護衛部隊を副官・松本に任せると、数名の隊員と共に出発の準備を整えた。
「……上位席官が別行動だったとはいえ、あの十一番隊に死傷者を出させた虚ですから」
十番隊に虚討伐の命令が下ったのは、僅か数刻前の事であり、戦い専門である十一番隊の強者達に死傷者を出させ、敗退に追い込んだ今回の虚討伐に、松本は不安を隠せずにいた。
「分かっている。後衛の指揮は頼んだぞ、松本」
「はい」
後衛部隊の見送りの下、日番谷は隊員数名を連れ、虚討伐の遠征に出発した。
※ ※ ※
大小様々な岩に囲まれた地形に、日番谷討伐隊はゆっくりと歩みを進めた。
「最終の出現・目撃現場がこの辺りだ。気を引き締めろ」
「はいっ」
隊員数名の気を引き締めさせ、日番谷は周囲に神経を研ぎ澄ます。
「不審な点があれば、随時報告をしろ」
日番谷の指示と同時に、隊員は四方八方へと単独行動に移り動いた。
「霊圧的痕跡は、見当たらずか」
探索開始から既に数刻の時間が過ぎても、何一つ虚の手掛かりを掴め無い現実に、日番谷は無意識に苛立ちを感じ始めていた。
そんな日番谷の耳に、周囲に散在した隊員数名の悲鳴が届く。
「うぁ!」
「た…隊長っ」
「どうした? 何が起こった?」
ざわめく周囲の霊圧に、日番谷は瞬歩で声の中心に急いだ。
「なっ!?」
虚討伐の為、上位席官で編成した隊員達が傷付き、地面に倒れ伏した目の前の光景に、日番谷は一瞬言葉を失った。
「てめぇーが、俺の部下を襲ったのか?」
大虚級の大型虚に、日番谷は怯む事なく斬魄刀を構える。
「霜天に坐せ!!『氷輪丸』」
虚との距離を詰めると同時に、斬魄刀・『氷輪丸』を始解させ、剣先から放った氷龍で虚を襲う。
空気中の水蒸気を瞬時に凍らせる『氷輪丸』の氷龍を虚は無数の触手で受け止め、易々と氷龍を飛散させた。
「何っ!」
触手から発せられる霊圧に、『氷輪丸』の氷龍が瞬く間に蒸発する。
反発しあう力。
虚の格の高さと背後に感じる隊員との霊圧差の大きさに、日番谷は瞬時に撤退命令を下した。
「奴を『氷輪丸』で封じ込める。自力で動ける者は速やかに撤退しろ。隊長命令だ!」
日番谷の言葉に従い、隊員数名は互いに支え合い戦闘区域より距離を空け後退する。
その間、日番谷は、襲い来る無数の触手を切り落とし、命令に従い撤退する隊員達を背後に庇いながら虚本体と立ち向かった。
「覚悟しやがれ、この野郎っ!」
瞬時に間合いを詰め、気合いと共に一気に氷輪丸を振り下ろした。
「何っ!?」
虚本体の外皮に氷輪丸の刃が阻まれる。
「これならどうだっ!」
予想を超えた外皮の強度に、日番谷は至近距離から『氷輪丸』の氷龍を解き放つも、『氷輪丸』の霊圧が虚本体を覆い尽くす前に、虚の霊圧に蒸発した。
日番谷の表情が険しいものに変わる。
『お主の力では、ワシを傷付ける事は出来ぬよ。外皮表面内を流れる体温は高温じゃ、その程度の攻撃は無意味よ』
突然、虚の硬い外皮の隙間から無数の触手が伸びる。
「何っ!」
虚の触手に四肢の自由を奪われる。
「くそっ」
『綺麗な魂魄じゃ。その身体をねじ伏せて、力ずくで嬲るのも一興かのう』
「ふ…ざけんなっ!」
醜い口元から伸び出た舌が、日番谷の身体に絡み付く。
言葉に言い表せない感触に、全身の産毛が逆立つ。
「この…変態…野郎」
ねじ伏せられた力に、日番谷の感情が激昂する。そして、周囲の天候までもが、大きく変化した。
『その感情の良さ、気に入った。しかし、これはどうするかな?』
日番谷の目の前で、虚の霊圧が爆発的に上昇し、新たに伸び出た無数の触手が、動けずに逃げ遅れた三人の隊員を襲った。
「に…逃げろっ!」
日番谷の声が届くより早く、虚の触手が隊員の身体に直撃する。強い衝撃に隊員達の身体が、硬い大地の上で激しくバウンドした。
「あ…っ」
血に染まり弱り果てる隊員の霊圧に、日番谷を取り巻く霊圧が激変する。
「てめぇーだけは…ゆるさねぇ」
霊圧の解放で虚の触手を振り解き、強く握りしめた『氷輪丸』で、瞬時に全ての触手を切り落とした。
「卍解、大紅蓮氷輪丸!」
卍解と同時に現れた飛龍は、日番谷の右肩から離れ、虚の巨体に絡み付く。
「…千年氷牢っ!」
空気中の水蒸気を凍らせて作った無数の氷柱『千年氷牢』で、蒸発する飛龍もろとも虚を覆い尽くす。
「己の罪を反省しろっ!」
怒号一発と共に日番谷は、虚の額を目掛けて、『氷輪丸』の剣先を振り下ろす。
『氷輪丸』の霊圧を受けた虚の身体は、粉々に砕け散った。
深い溜め息と共に、日番谷は斬魄刀を鞘に戻した。
「ご無事ですか、日番谷隊長」
隊長命令で一時退却した他の隊員達は、霊圧の治まった空域に舞い戻ってきた。
「俺は、大丈夫だ。逃げ遅れた者が……」
「かろうじて、三人とも生きています。急いで四番隊で治療を行えば助かるかもしれません」
苦虫を噛み締めた様な悲痛な表情の日番谷に、隊員からの朗報が舞い込む。
その言葉に、日番谷は安堵の溜め息を洩らした。
「俺は今一度、周囲の確認をしてくる。各自、移動の準備を急げ」
各隊員の安否を確認した日番谷は、周囲の状況確認でその場を離れた。
了
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