リョウマさんの災難NEXT ―陽炎参上!の巻。

天霊界。
それは人間界でいうところの死後の世界である・・・。

逃亡生活二日目。
リョウマはある街の食堂にいた。
昼時のため多くの人でにぎわっている店の中の中央のテーブルに陣取り、
無言で出された水を飲む。
初日こそ一般の人々を巻き込むまいと人気のない野山を駆け巡ったリョウマであったが
一時たりともあの恐ろしい追手から逃れることはできず、心身ともに疲労困憊。
それ故の苦肉の策であった。

―すなわち。「人を隠すなら人の中」。
その作戦はどうやら成功したようであった。
15分ほど前からこの店に潜伏しているのだが、いまだに追手は現れていない。

(どうやら、撒くことができたみたいだな・・・)

ほぼ一日ぶりの休息を手に入れることのできたリョウマは、ここに来てようやく体の力を抜いた。
大きく息を吐き、だらりと椅子の背にもたれるとグラスの水を一気に口に含む。
それを飲み込もうとしたとき。

「よう!!」

急に肩を叩かれ、リョウマは思わず、口に入っていた水を思いっきり吹き出した。

「どわっ!?」

その反応に、背後の人物は思わず飛びすざる。
一方、敵襲かと慌てて立ち上がったリョウマは、その相手を見たところで思わず目を丸くした。

「・・・マリーチ・・・!」

そう、その人物はかつて天空界でリョウマたちを助けた、摩利支天マリーチであった。

「まったくよ、ひどいリアクションだな。久しぶりに会ったってのによ」

マリーチがそのままテーブルにつくと、リョウマはようやく笑顔をみせた。

「いや、それはお前が驚かすからだな」
「ははは、そりゃすまん」

テーブルにぶちまけられた水を拭きながら笑うマリーチは、
以前天空界で会った時よりも血色がよくなっていた。
天霊界にきてから、あの赤腫斑からすっかり開放されたらしい。

やがて、テーブルを拭き終わり、注文した品がやってくると2人は改めて再会を喜び合った。
とはいえ、丸一日食事をとっていないリョウマは乾杯もそこそこに、
テーブルに置かれた料理をがっつき始めたのだが。

「しかしなあ、本当にオマエに会えるとは思わなかったぜ」
「ん?」

ピラフをほおばったままのリョウマが顔をあげると、
マリーチはいつもの笑みを浮かべたまま、手にもったスプーンをくるくると回した。

「だって、ここにいるって事は、死んじまったってことだろ?」
「ああ・・・」
「オレもさ、まさかとは思ったんだけど、ちょいとそこでオマエがいるって話を聞いてさ。
探してみたら案の定だ。」

何気なく発せられたマリーチの言葉に、リョウマはぴたりと動きを止めた。
グラスの水で食べ物を飲み込むと、とたんに真剣な表情になる。

「聞いたって・・・誰から!?」

その変貌振りに少し驚いたマリーチだが、すぐに元の表情に戻り、説明を続けた。

「いや、正確に言うと、オマエを探してるみたいだったんだけどよ。
聞いてくれよ、そいつがなあ、人に尋ねるくせにえらそうでさ・・・
もう、態度がなってねえっていうか」

「なあ、そいつって・・・黒い服きてなかったか!?」
「ああそうそう、なんか妙な感じの・・・って、ああ、あれじゃねえ?」

とたんにせわしなくなり、落ち着きなく水を飲み始めたリョウマを楽しそうに眺めながら、
イスを背後に傾け、ギィギィと鳴らせていたマリーチが、ふとアゴをしゃくった。
その視線をたどってみると、リョウマからはマリーチのやや背後になる道路に面した窓際に、
妙な姿勢の男がいた。
イスに座ってはいるものの、まるで窓の下に潜むように、
テーブルの上に覆い被さってなにか食事をしている。
その服装は、天空界には不釣合いな黒のコート。
と、リョウマの視線に気づいたのか、その男が振り返った。

ぶーーーーーーっ!!!!

リョウマは再び、口の中の水をふきだした。
・・・今度は正面に座っていたマリーチの顔に向かって。

「どわっ!!!」

当然のこと、マリーチはたまらず大声をあげた。いきなりの仕打ちに抗議しようとするが、
次のセリフは途中で途切れた。

「なにすんだリョウ・・・」

そこまでいったとき、背後からいきなり後頭部を殴られたのだ。
テーブルに突っ伏したまま動かなくなったマリーチを呆然と眺めていたリョウマは、
自分の前にあのコートの男がいるのに気づいた。
4人がけのテーブルで、マリーチの横に当たる席に、やはり窓から隠れるようにしゃがんでいる
その男の顔を恐る恐る窺うと、男が眉間に皺を寄せて睨み付ける。
リョウマの予想通り、アカラナータだった。
ただ、右手にフォーク、左手にパスタの皿、なおかつ口一杯にそのパスタを詰め込んでいて、
外にだらりとその端が垂れ下がっているという情けない状態であったが。

あまりにも唐突な展開に動けないリョウマを前に、
アカラナータは妙に慎重な顔でフォークでパスタを口に押し込んだ。
マリーチのグラスの水でそれを飲み込んでから、ようやく口を開く。

「・・・よう」
「・・・お、おう」

未だショックから立ち直れないリョウマは、マヌケな返事を返すが、
アカラナータは声を潜めたまま、全く気にとめた様子もない。

「・・・せっかくだがな、今取り込み中なんだよ。てめえには構ってられねえ」
「・・・」

「けどな」

ふとアカラナータが右手のフォークをリョウマの眼前に突きつけた。
リョウマの顔が一瞬強張ったことに、満足げに笑みを浮かべ、
そのフォークで再び皿のパスタを取り上げる。

「ここで出て行ってもらうわけにもいかねえ。・・・奴にばれちまうからな」

そう呟いてちらりと移した視線につられて窓の外を見ると、表の通りでは
見覚えのある2人連れが人の目を集め、我が物顔で歩いていた。
すなわち、ゴージャスな真っ赤な着物に身を包んだ女と、裃袴姿の偉丈夫。
そう、トライローとクンダリーニである。

「・・・今回は時代劇なんだと」

もう天空界に不釣合いとかいう問題ではなくなっているその2人を呆然と見守っていたリョウマは、
アカラナータの搾り出すような声でふと我に返った。

「ていうかあれって」
「・・・お姫様なんだとよ」
「あの包みがお前の分か?」
「・・・殿様の衣装らしいがな・・・」

一見かみ合っているような会話なのだが、どこかおかしい。
妙な殺気が前から漂ってくるのを感じたリョウマは、外から視線を戻すと一瞬硬直した。
フォークごとパスタを口に突っ込んだアカラナータが爛々と光る目でその2人(正確には1人だが)
をにらみつけていたのだ。
そのフォークすら噛み砕きかねない様子にリョウマが声をかけかねていると、
ふいに思いがけないところから声があがった。

「いってぇなあ・・・」

そう、マリーチが意識を取り戻したのだ。
思わずびくりとした2人の視線が寝ぼけたような顔で頭を掻くマリーチに注がれる。

「まったく、なんなんだよ、いった」

しかし、そこまで言ったところでマリーチは再びテーブルに沈んだ。
その勢いでグラスが倒れ、派手な音をたてる。

「馬鹿・・・!」

直後、そう叫んだのはアカラナータだった。
その視線の先には、マリーチの顔面をテーブルに押し付けているリョウマ。
怒鳴り声にあわてて手を離したリョウマだったが、一体何がおこったのかわからない
といった様子で、呆然とただテーブルを眺めている。

「お前なにやってんだ、殺すぞ!」

この展開は、さすがのアカラナータも予想できなかったのであろう。
瞬間的にぶち切れ、そのままの勢いで、いまだ硬直しているリョウマの服の襟をつかみあげ、
力いっぱい締め上げた。

「す、すまん・・・」

リョウマは息も絶え絶えに謝るが、その怒りは治まりそうもない。
がくがくと容赦なく揺さぶられ、だんだんと遠のいていく意識の中、
リョウマはふと女の声が聞こえたようなきがした。

「あ〜、いた〜〜〜!!」

と。
彼を揺さぶる手がぴたりと止まった。
うっすらと目を開けるとテーブルの上に片足を上げ、リョウマを高々とつるし上げた状態のまま、
窓の外を凝視しているアカラナータが目に映る。

「アーちゃーん!これ着てってば〜!」

その視線の先には、派手な金色に輝く羽織りを掲げているトライローがいた。

「・・・見つかったな」

リョウマが呟いた。
その言葉に、一度は憎々しげにリョウマを睨み付けたアカラナータだったが、
すぐに視線を窓の外へ戻す。
力いっぱい噛み締められた口からほとんど聞き取れないような小さな呻き声がもれ、
その額にうっすらと浮かぶ汗が、彼にとっての事の深刻さを表していた。

(敵ながら、まずいことしちまったかなあ・・・)

リョウマが自分の行いを少々後悔したそのとき。
再び視線をこちらに移したアカラナータがボソリと呟いた。

「・・・逃げるぞ」
「は?」

次の瞬間、黒いコートが翻り、同時にリョウマの体は宙に舞っていた。

「うおああぁぁぁああああ!?」

微妙に疑問系の叫び声が、通りとは逆側の窓を突き破って疾風の如く遠ざかっていく。

「逃がさないわよ、アーちゃん!」

金色の物体をはためかせ、そのあとを追っていくトライロー。

ただ一人、クンダリーニだけがそれを見送っていた。
それが視界から消えると、ゆっくりと被っていた裃をはずし、
大きく伸びをして、首をぐるぐるとまわす。

「は〜・・・。あいつら、飽きねえよなあ・・・」

街がいつもの賑わいをとりもどしつつある中、クンダリーニは逆の方向へと歩き出した。
そう、彼はようやく開放されたのだ・・・。

命をかけた鬼ごっこはまだまだ続く。
がんばれリョウマ!負けるなリョウマ!
復活の日まであと2日!!!

・・・また続くのか・・・?



なんだかんだで続編です。
なんら触れることなくお店に置き去りにされたマリーチが、リョウマはおろか、
アカラナータの食事代まで払わされたのはここだけの話です・・・。

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