これ以上食い下がっても仕方が無いと考えた私は
話を変えることにした。

「…ところで、その呼び方、いい加減にやめてくれないか」
「あ?」
「とぼけるな!もう何度言ったと思ってるんだ!」

そう、奴は決して私を名前で呼ばない。
いつでもどこでも、『那羅王』だ。
間違ってはいない。
他の者にそう呼ばれても大して気にはならない。
けれど、奴の場合は意味合いが違う。
個人として呼んでいないのだ。

犬を犬と呼ぶように。
魚を魚と呼ぶように。
私のことを、「那羅王」と呼ぶ。

それだけは許せなかった。
だから、相手にされないとわかっていても、
あえて言う。


「私は『那羅王』じゃない!『那羅王レンゲ』だ!」


怒鳴った瞬間、眉間にびしりと小石が直撃した。
…本日8回目。
ここまでくると、いい加減悲しくなってくる。
眉間をさすっていると、草を踏む音がした。
不意をつかれて、少し焦る。

「ああ、そうだったな」

顔をあげると、いつの間にか木から降りていたアカラナータが
こちらへやってくるところだった。
奴はまっすぐ歩いてきて、私の1mほど前で立ち止まった。

左手を腰にあて、残った右手でぼりぼりと髪をかいて、
首を軽く回してから言う。

「じゃあこうしよう」

す、と奴の背筋が伸びた。

「オレに一発でも攻撃を当てられたら、考えてやる」

「な・・・」

目が合った瞬間、動けなくなった。
奴は何もしていない。
左手は腰にあてたまま。右手はだらりと下ろしているだけで
あとは直立不動。
しかし、身が竦む程の殺気が、私を貫いていた。


これはチャンスだ。
たった一撃、なんとか当てれば良いのだ。
仮に当たらなくても、奴と組み手ができるのだ。いい修行になる。


頭ではそう思うのだけれど、構えすらとることができない。
額に冷や汗が浮かんでくる。
動けない。どうしても。
つま先のすぐ先にある透明な境界線。
それを越えるのが、怖い。
本能的に悟っていたのかもしれなかった。
この線を越えれば、私は多分、死ぬ。


「…無理そうだな」


奴の声で我に返った。
空が赤い。
日はもう暮れかかっていた。
私はどれだけこうしていたのだろう。
1時間か。2時間か。

奴がこちらへ歩いてきた。
とっさに身構えたけれど、
それ以上は動けない。

奴はもう目の前までやってきた。
右手が無造作に上げられる。
反射的に目を閉じてしまって、
後悔したけれど、もう遅かった。



ぽん。



頭に、何かが乗る。
いや、「何か」なんかじゃない。
奴の右手だ。


「一万年早いんだよ。『那羅王』」


耳元で囁く声は明らかに笑いをこらえていて、
かっと顔に血が上るのがわかった。

「う、うるさい!!!」

全力で手を払いのけると、
奴はひらりと身をかわし、元いた枝に飛び乗った。

「今日はここまでだ。じゃあな、『那羅王』」


「降りて来い!もう一度勝負しろ!!!」


ふはははは、という嘲笑を残して奴は姿を消し、
私の怒声はむなしく森に響き渡った。


おしまい。


レンゲちゃんとあっくんのコンビ妄想、中盤あたりのお話です。
個人的にコレぐらい決定的な力の差があったほうが萌えます。

update 2006/08/07


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