時を遡ること一万年前。
神々が2つに分かれて争っていた頃。
天高くそびえる漆黒の塔「異動宮」の中奥深くに、
その店は、あった。



提灯』




「うい〜お邪魔さん」
「毎度ッ」


ガラガラと木枠に曇りガラスの入った引戸を開けて、
藍色の暖簾の間から顔を覗かせたのは、
ひどくガタイの良い大男。
その名を、軍茶利明王クンダリーニという。

軍茶利明王といえば、元はデーヴァ神軍最強の集団と呼ばれた
八大明王の一人。
そして今は、神出鬼没に戦場を荒らすことで恐れられる、
「獣牙三人衆」の一人であった。

が、今の彼にはそんな威圧感は欠片もない。

会社帰りのサラリーマンの如く、
背中を丸めて入ってきたクンダリーニは、
カウンターの一番端の席に腰を下ろした。

「お客さん、疲れてるねえ」
「わかるかい」
「ええ、まあ」

細い身体に前掛けをつけた男が
カウンターの中で不気味に笑う。
高く結い上げた弁髪と、紫のシャドーに口紅という異様ないでたちは
接客業としてはいかがなものか、という所だが、
普通の会話すら困難なこともあるアスラ軍の中では
普通に喋れるだけ、マシなほうだ。

「で、なんにしますかい」
「・・・なんでもいい。あぁ、温かいもんにしてくれ」
「じゃ、お湯割りで」

お湯割り一丁、と奥に呼びかけると、
中から「あいよ」と低い女の声がした。
どうやら夫婦でやっている店のようだ。


「こういうの、いいよなあ・・・」


(それに比べて、あいつらと来たら)

クンダリーニはため息をつくと、
カウンターに肘をついたまま、天井を見上げた。
脳裏に浮かんでくるのは、1組の男女。
獣牙三人衆の、残った2人だ。
彼ら2人も、ある意味気は合っていた。
・・・その方向性は問題だったが。

彼らは本当に我侭で自己中心的だった。
獲物を見つければ、開戦の合図も待たずに突撃していくし、
つまらなくなれば、とっとと帰ってしまう。
その後始末はすべてクンダリーニにまわってくるのだ。

「三人衆」と名乗ってはいるけれど、その実、
3人の関係性は「魔王」と「女帝」と「下僕」だった。

(なんだかなぁ・・・)

深いため息は尽きることもなく、湧き出てくる。


いつからこうなってしまったのだろう。
昔は、違ったはずだ。

・・・多分。


「どうぞ」


目の前にとん、と湯気のたつグラスを置かれて、
クンダリーニは我に帰った。
早速飲もうと持ち上げると、
中に、赤い実が沈んでいる。
顔を上げると、店員と目が合った。

「梅、オマケしときましたから」

ニヤリ、と笑う顔はやはり不気味だったが、。
それでもその言葉はクンダリーニの心を少し癒した。


「・・・どうも」


クンダリーニは軽く頭を下げると、
手にした割り箸で梅を潰し、
ぐるぐるとかき混ぜてから、グラスに口をつけた。

少し酸味のある液体が、じんわりと身体を温めてくれる。
一口、一口大切に、
そのすべてを飲み干してから、
クンダリーニは静かに口を開いた。


「・・・これ、お湯ですよね」
「・・・水のお湯割ですから?」


悪びれる様子もなく言ってのけるのが
逆にすがすがしい。
まあ、確かに「焼酎のお湯割り」とは、
言ってはいなかったわけだが。


「・・・ごちそうさん」


席を立つと伝票を差し出された。
そこには、数字の6と、ゼロがみっつ。

「・・・ろく、」
「毎度」

平然と言ってのける言葉の奥に
有無を言わさぬ迫力がある。
クンダリーニは黙ってカウンターにお金を置くと、
その店をあとにした。

とんだぼったくりだ。
が、それでも良かった。
ほんの少し、僅かな人情さえあれば。

また、来よう。

少しだけ軽くなった足どりで遠ざかっていくクンダリーニの後ろ、
あの店の軒先では、大きな赤提灯が、静かにゆれていた。





かなーり遅くなってしまいましたが、例の飲み屋ネタです。
文字にすると、やっぱりあの狂気のような面白さは出ませんでしたが(むしろ哀愁100%)、
とりあえずノルマ達成、ということにしていただいてもよろしいでしょうか?>関係者各位
update 2007/10/28


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