今日は紫の月15日。人間界だと2月14日。
そう、バレンタインである・・・。
トライローは大好きでオレは大ッ嫌いなこの日の朝、
毎度のことながらオレは大ピンチだった。
いや、いつもより大ピンチ。
なぜなら、奴の勢いが違いすぎるからだ。
おきた時はいつもより静かだった。
ついにあきらめたかと安心していたのだが、今思えばあれは予兆。
とっとと逃げ出せばよかったんだ。
朝飯でも食おうとテーブルにつくと、おもむろに背後に立つ奴は妙に真剣な顔。
いつもの奴とは、明らかに様子がちがう。
思わず立ち上がった俺の腹に例の箱を突きつけると、そのままじっと見つめてきた。
「・・・何」
マズイ。マトモに目が合ってしまった。
とりあえず動揺は隠したが、その真っ直ぐな視線から目がそらせない。
平常心だ、平常心、奴のハッタリだ。きっとなにか企んでやがるに違いない。
そう自分に言い聞かせるものの、その努力を奴はあっさりと無駄にする。
「あーちゃんさ、アタシのことどう思ってんの?」
はい?
かろうじて言葉は飲みこんだ。が、うっかり顔にでてしまった。
もちろんそれを奴が見逃すはずはなく、眉間に皺を寄せる。
じり。
思わず1歩あとずさると、すかさず奴が間合いを詰めてきた。
「好きなの、嫌いなの?どっちよ」
「いや、ていうかよ」
「ていうか何よ」
じり。
「言ってみなさいよ」
じり。
「ほら」
じり。
「ねえ」
どん。
背中が何かにあたった。
壁にしちゃ近すぎるし、なんか暖かいし、デコボコしてるし。なんなんだ?
そう思った直後、どん、と肩を上から押さえられた。手、ってことは人間だ。
だとしたら、なんら心配することはない。
わざわざ気配まで隠してウチん家に潜んで、んなことするやつは1人しかいない。
どうせトライローに脅されたんであろう、哀れな筋肉バカをさっさと楽にしてやろうと、
まずは顔だけ振り返ったオレは、そのまま硬直した。
そこにいた奴が、オレの予想を大きく越えていたからだ。
「ここは答えるべきですよ、アカラナータ殿」
クンダリーニに劣らない体格、その高さからオレを見下ろす赤みがかった目。
毎晩毎晩、夢にでてきては同じとこばっかり刺しやがって、
そのくせ、人の警戒心だけはしっかり解いてしまう妙な雰囲気を撒き散らす厄介な宿敵。
「なにぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいっ!?」
そいつの登場に、僅かに残っていたオレの平常心はいとも簡単に吹き飛び、
あたりにはオレの絶叫が響き渡ったのだった・・・。
最悪。
まさに状況は最悪だった。
眼前30センチの距離にトライローの顔、そして後ろにぴったりとアナンタ。
半径1mの円の中に3人。かつてこんな状況があっただろうか・・・。
逃れようにも、肩に置かれた手から床まで串が突き刺さってるみたいに、身体も手も足も、全く動かない。
ちくしょう。アナンタの奴、何かやりやがったな。
辛うじて首から上は自由だが、この状況でできる事といったら、いくら苦手分野だからといって、
トライローに気を取られすぎていた自分を呪いつつ、
背後のアナンタに憎まれ口を叩くことぐらいだ。
「てめぇ・・・なんでいるんだよ」
「いえ、彼女に頼まれたのですよ。なんでも私に頼むしかないとかで」
にっこり、と微笑みやがったその目を力いっぱい睨みつけてから、
トライローに視線を移してみると、奴はしてやったり、という顔でこっちを覗き込んできた。
「だってー、クンダリーニじゃあっさりやられちゃうじゃない。だから。正解でしょ?」
ああ、確かにね・・・。
今度は、さっさと目をそらす。というか、もうガンをつける気力もない。
この身体だって、動かないだけなら何とでもなるのに、全く力が入らないとなればソーマの使い様もない。
どうにも抵抗の術がないと判断したオレは、とりあえず奴の意向を窺うことにした。
「で、なに?」
投げやりな口調でそう聞いてみると、すでにテーブルに戻っていたトライローは手にもった
箱のリボンをいじりながら、イスの上に体育座りをする。
「だから、聞いてるじゃない。どう思ってるの?って」
「はぁ!?」
それだけかよ!!ここまでやっといてよ!!
思わず口にだして突っ込むと、トライローはぶー、と口をとがらせた。
「だってさ・・・」
そう言って俯いた奴の言葉を、アナンタが続ける。
「不安になってしまいますよ、それは」
「・・・なにが」
「・・・やっぱり」
気づいてないんですね、と肩を落とすアナンタが妙にむかつく。
ああ、わかんないね、オレには。なにがなんだか。
そう目で訴えてやると、アナンタはため息をついて説明してくれた。
が、それがまた、さらにむかつく。
「あなた、彼女にちゃんと言ってあげてますか?あなたの気持ちを」
あ?
「一緒にいるのですから、まさか嫌いだとはお思いになってない、とは思うのですが」
いやいやいや。
「いくらなんでも、こっちに来てすぐと1万年前だけでは、トライロー殿もあなたの心変わりを心配しますよ」
・・・うるせえよ!
そりゃ確かによ、邪険な扱ってるかもしれねえけどよ。
態度に出してやったのも、こっちにきて同居しようっていったのと、あと最初に告られた時ぐらいだし、
しかも最初のは殆ど勢いだよ!まあ、それが悪いと100歩譲って認めたとしてもだ。
なんでお前なんぞに説教されんとならんのだ!?貴様は一体何様だ!?
大体なぁ!!大体・・・
大体・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ちょっとまて。
ちょっと待って!?
「どうしてお前が知ってる!?」
自問自答の世界から一気に浮上し、再び振り返ってみると、アナンタの目は完全に笑っていた。
それと同時に、完全ノロケモードの声が聞こえてくる。
「えへへへ。ごめんね〜〜〜v」
「言うなあああああああっっっ!!!!!」
そのとき、アナンタの目に映ってたオレの顔が真っ赤だったのは、
決して奴の目が赤みがかってるからではないハズなわけで。
おそらく生涯初めての「羞恥心によるソーマの爆発」はアナンタの呪縛術すら弾き飛ばし、
オレはそんな絶叫と共に、全力で家を後にしたのだった。
ええ、もう絶対、あの女には何もしません。
絶対。絶対・・・。