天霊界。
それは天空界で言うところの、いわゆる死後の世界である。
「うーん・・・」
デーヴァ神軍八部衆の一人、龍王リョウマはそこで目を覚ました。
獣牙3人衆の頭、不動明王アカラナータとの死闘の末、彼を倒すことに成功したものの、
自らも力尽きてしまった、そのわずか数分後のことである。
実際のところ、死後の世界の存在を知っているものはまずいない。
もちろんリョウマも例外ではなかった。
「俺は一体・・・?」
自分が置かれた状況を把握できず、上半身を起こした状態のまま、うつろな目で辺りを見回す。
そうして一通り見回した後で、ふと後ろに気配を感じてリョウマは振り返った。
―足。後ろに立っているらしい誰かの足が見える。
リョウマがゆっくり視線を上げると、黒一色の服に続いて灰白色の髪が目に飛び込んできた。
それはリョウマがよく知っている男であった。
そして彼の記憶が正しければ、さきほどまで戦っていた人物。
不動明王アカラナータであった。
「…よう。」
「うおあああっ!!?」
聞き覚えのある声に一瞬にしてリョウマの意識は覚醒した。
すさまじい勢いで飛び下がり、身構える。
「・・・うるせえよ」
その行動に腕を組んで仁王立ちになっていたアカラナータが不機嫌そうな顔をさらにしかめるが、
完全に混乱したリョウマには全く関係なし。続けざまに言葉をあびせた。
「なぜここに!?貴様は俺が倒したはず…」
「だからこんな所にいるんだろうが」
「こんなところ・・・って、そうだ、ここは一体!?」
「オレに聞くなよ・・・」
不機嫌を通り越し、完全に呆れ顔のアカラナータに、そこが死後の世界だと教えられて、
リョウマはようやく落ち着きを取り戻した。
記憶をたどり、自分の置かれた状況を整理する。
そうして納得したところで、やはり気になるのは別れた仲間達のことであった。
「ヒュウガ・・・シュラト達はまだ無事なんだろうか・・・」
天霊界の独特の雰囲気のせいだろうか。
敵意や殺意といったものが全く似合わない、そんな穏やかな空気の中、
リョウマは無意識にアカラナータに問いかけていた。
それに対して、アカラナータもごく普通に返事を返す。
「大して時間はたってないからな。天空殿へ移動中といったところだ」
「そうか・・・」
(ヒュウガ、無事ヴィシュヌ様をお救いしてくれよ・・・)
目を閉じ、そう心の中で祈ったあと、リョウマは再び目を開ける。
・・・そして、ある疑問をもった。
いや、本当は最初から気づいていたのかもしれない。
今まで混乱していたために、その疑問に気づかなかっただけなのだ。
リョウマは素直にその疑問を投げかけた。
「…で、貴様はどうしてそんな妙な服を着てるんだ?」
「…それは―…」
リョウマの問いにアカラナータは言葉を詰まらせ、あさっての方向に視線をそらした。
「こっちにはこっちの事情があるってことだろ」
投げやりにセリフを吐き捨ててコートのポケットからタバコをとりだす。
そう。今の彼は黒のスーツに黒のコートという天空界にはとてつもなく不釣合いな格好だった。
不機嫌そうにタバコに火をつけ、うつろな目で一服しているアカラナータの様子は意外にも様になっている。
「いや…事情って言っても…な」
天空界で会った時とは全く違うテンションと、その哀愁の漂った空気に、リョウマは言葉を失った。
辺りは先ほどまでと一変、静寂に包まれる。
お互いに、何も言うことは無く、ただ、タバコの煙が風に吹かれて流れていく。
しかし、そのまま永遠に続くのではないか、と思われた静寂は、突然響き渡った甲高い女の声で破られることとなった。
「なによ〜、いいじゃない!似合ってるんだから!」
派手にスリットの入ったチャイナドレスに毛皮のコート、というこれまた天空界には不釣合いないでたちのトライローの登場である。
どうやら酒がはいっているらしくいつも以上のハイテンションで、
後ろにこれまたスーツを着せられたクンダリーニが申し訳なさそうにくっついている。
「ちょっとヒマだったからさ、あたしが人間界から貰って来たのよ〜」
リョウマは呆然とアカラナータの方を振り返るが、アカラナータは無表情で遠い空を見たまま、
タバコの煙を吐き出すだけだ。
背後から聞こえてくる嬉しそうなトライローの話はまだ続く。
「大変だったのよ、結構。サイズって言われても良くわかんないし、大体、こっちって服ってあまり変えないじゃない」
「だからどんなのがいいのかもわかんないでしょ?で、結局適当に選んできたんだけど・・・」
「そしたら結構似合ってびっくりしたっていうか。…ね?アーちゃん」
「アー…ちゃん…?」
ザリッ!!
そのある意味ショッキングな単語を思わず反復したリョウマは、ほぼ同時におこった妙な音の原因も視界にとらえていた。
アカラナータがちょうどくわえていたタバコを噛み切った音である。
「トライロー!!その呼び方はやめろって言っただろうが!!!」
口に残ったタバコの切れ端を吐き出し、それを力いっぱい踏みつけながらアカラナータが立ち上がった。
「いいじゃない。龍王がいるからって気にしなくてもさ」
「そういう問題じゃねえだろ!」
一瞬にしてその場の雰囲気は一転した。
アカラナータが手に残ったタバコを地面に叩きつけると、トライローが妖艶な微笑みを浮かべる。
お互い、動くことこそ無いものの、辺りにはすさまじい殺気が撒き散らされた。
それを見ていたリョウマの背中を冷たいものがはしった。魔戦の始まりを悟ったのだ。
恐怖に震える草木に、その場にいることすら危険であることを感じるものの、緊張のあまり動くことができない。
(おそらく、勝負は一瞬で決まる・・・)
無意識のうちにリョウマはそう感じていた。
そして。実際に、勝負は一瞬で幕を閉じた。
先に動いたのはアカラナータだった。
一瞬でトライローの懐に踏み込み、コートの襟を掴み上げる。
その動きに、トライローは反応できなかったはずであった。しかし、相変わらずの笑みを浮かべたまま、動こうとしない。
全く予想していなかった行動に、アカラナータが怪訝な表情を浮かべた、その時であった。
にっこり微笑んだトライローが両腕をその首にまわした。
ザザザザ・・・
一陣の風が草原を駆け抜けた。
時は完全に凍りついていた。
アカラナータはその態勢のまま動きをとめ、クンダリーニは雷に打たれたようにその場に硬直する。
そんな光景を目の当たりにしたリョウマも、あんぐりと口を開けたまま、やはり動けない。
「ふーー。ごちそうさまv」
そんな中、ただ一人トライローのみが、軽く鼻歌を歌いながら、未だに動けないアカラナータの手をすり抜け、
軽い足取りで去っていく。
凍りついた時間が動き出したのは、その魔戦の勝者が完全に去ってしまってからであった。
ザザザザ・・・
再び吹いてきた風に、小鳥のさえずりが戻ってくる。
そして、次に動き出したのはクンダリーニだった。軽く首を回して深呼吸をした後、おそるおそるアカラナータに近寄る。
「・・・大丈夫か・・・?」
「・・・」
「生きてるか・・・?」
「・・・」
ぽんぽん、と肩をたたいて呼びかけるが、アカラナータは手を口に持っていったポーズのまま、呆然として動かない。
が、
「目撃者、残しといていいのか?」
という台詞にぴくりと反応した。
うつろな目に僅かに光がともり、体からは禍々しいオーラが立ち上る。
このときになって、ようやく我に返ったリョウマが見たものは、ぐるり、と首だけ振り返って残虐な笑みを浮かべている
恐ろしい悪魔の姿だった。
「え・・・俺・・・?」
突然の展開についていけず、ただ呆然とアカラナータを見つめるリョウマの耳に、何度となく聞いたあの台詞が響く。
「ククク・・・死んでもらうぞ、龍王!」
直後、雨あられと降り注ぐソーマ弾をかいくぐって、全力疾走で逃げ出すリョウマの姿があった。
もちろん、アカラナータもそれを追いかけていく。
「ふはははっ!無駄よ無駄、無駄だ〜〜〜っ!」
「うおあああああっ!?」
こうして、命をかけた鬼ごっこは開始された。
奇しくも最初にあげたものと同じ悲鳴を残してリョウマは丘の向こうに消えていく。
「・・・平和だよなあ・・・」
後に残されたクンダリーニの呟いたその言葉に答えるように、丘の向こうでは盛大な爆音が何度も響いていた・・・。
がんばれリョウマ!負けるなリョウマ!
八部衆復活まであと3日!
・・・続くのか・・・?
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