HEAVEN'S CRISIS!!

天霊界。それは天空界における、死後の世界である。
天空界においてそれぞれの使命を終えた人々は、全てのしがらみから解き放たれ、至福の時をそこで過ごす。
・・・はずなんだけどねえ・・・。

まさに天国のようなその世界で、獣牙三人衆の一人、軍茶利明王クンダリーニは非常な危機に直面していた。
空は一面の青空。緑に覆われた平原に小鳥がさえずる、のどかな風景。
それとはあきらかに不釣合いな、全身に黒いオーラを纏った男がクンダリーニの3メートル程前に立っている。
彼より2まわりは小柄なその男が、現在クンダリーニを襲っている危機の原因であった。
不動明王アカラナータ。
クンダリーニと同じく、かつて伝説の悪魔とよばれた獣牙三人衆の一人である。
(・・・なんでこんなことになっちまったんだろうなぁ・・・)
手の平にかいた汗を服で拭いながら、クンダリーニは内心ため息をつく。
同じ獣牙三人衆といえども、アカラナータとクンダリーニの力の差は歴然としたものであり、 彼が今こうしてアカラナータの前に立っているというのは自殺行為も当然なのであるが、 あまりにも隙の無さすぎるアカラナータの前からは、逃げることすら不可能である。
今のクンダリーニにできることといえば、目の前の悪魔を刺激しないように気を配りつつ、 このような状態に陥ってしまった自分の不幸を呪うことだけだった。

さて、一体どうしてこんなことになったのか。

時間をさかのぼること30分。
クンダリーニはほぼ趣味になってしまった筋トレの真っ最中だった。
人里離れた自分の住居で黙々と腹筋に励んでいた彼のもとに、アカラナータが現れたのである。
「よう。なんだ、どうした?」
ただでもヒマな天霊界。
1万年来の付き合いのあるアカラナータが暇つぶしにクンダリーニの所にやってくることはそう珍しいことではない。
なので、そう一言言葉をかけたのみで、クンダリーニは腹筋を続けた。
が、いくら待っても返事は無い。
「どうした?用があるから来たんじゃないのか?」
クンダリーニが動きを止め、顔を向けてみると、アカラナータが入り口のところで立ったままこっちを睨んでいるのが目に入った。何かを我慢しているような硬い顔に思い当たることがひとつ。
(なんだ、またか・・・)
ゆっくりと立ち上がりながらクンダリーニはため息をつく。こういう経験は今までに何度もあったのだ。
天霊界には(基本的には)争いが無い。それは非常にいいことなのだが、弊害も発生する。
生まれてからずっと戦いの中に身を置き、自らの存在価値を力の中に見出してきたアカラナータにとって、平和な天霊界は非常に退屈なものであったのだ。
その結果ストレスがたまり、その発散のためにクンダリーニに勝負を仕掛けてくることがたびたびあった。
とはいえ、異常なまでにプライドの高いアカラナータはめったに頼みごとを言わない。
頼みごとがあっても遠まわしに仄めかすだけで、それを察したクンダリーニが話をきりだすのである。
今回のような場合、普通に戦えば勝負は決まっているのだが、ペナルティを設けることによって、それなりの勝負が出来る。
なので、クンダリーニは自分の訓練と銘打って、ストレス発散に付き合うことにしていた。
「しょうがねえなぁ・・・っていうか、目で訴えるのはやめろよ・・・。口があるんだからさぁ」
軽く愚痴をこぼしつつ、近くの平原まで移動する。
そして、ちょうど到着したところで、ついにその危機がクンダリーニに襲いかかった。
そのきっかけはいつものペナルティを決めようとしたことである。
「で、今日のルールはどうすんだ?」
軽く準備運動をしながらのクンダリーニの問いに対し、返ってきたのは、とても投げやりな返事だった。
「・・・・無えよ」
「・・・は・・・?」
「・・・戦いってのはさ、そういうもんだったよな。・・・元々。」
このときになって、クンダリーニは初めてアカラナータの様子がおかしいことに気がついた。
いつもとは明らかに違う、感情を押し殺したような口調。背後から漂ってくる圧迫感と殺気。
全身の勇気を振り絞って首だけを動かし、やっとの思いで振り返ったクンダリーニは今度こそ完全に凍りついた。
すでにこっちに向かって戦闘体勢にはいっているアカラナータの全身から、黒のソーマが高々と立ち上っていたのである。

そう、彼はもっと早く気づくべきだったのだ。
いつも返事を待たずにずかずかと家に上がりこんでくるアカラナータが今日に限って入り口で待っていたことに。
彼の目が戦場にいたときと同じ、血に飢えた目をしていたことに。
アカラナータがクンダリーニのところにきた理由、それは彼の欲望を満たすための、獲物を手に入れるためだったのだ。

(なんでこんなことになっちまったんだろうなぁ・・・・)

もはや正常ではない笑みを浮かべている悪魔を前に、クンダリーニは盛大なため息をついた。

そのころ、獣牙三人衆の残る一人、降三世明王トライローは、これまたその平原から丘ひとつ越えた、高い木の上に陣取ってこの2人を観察していた。
赤色の酒の入ったグラス片手に安全な距離をキープしていることからもわかるように、この事態に介入しようという気は全く無い。
「あ〜あ・・・。かわいそうに・・・。」
手にしたグラスを煽りながら、トライローはここ数日のアカラナータの様子を思い出していた。
いつもどおりの退屈な日常に加えて、連日の雨で3日ほど家にカンヅメ状態、おまけに毎晩悪夢にうなされて、睡眠不足ときている。
「そろそろキレると思ってたのよねー・・・」
実は自分がファッションショーをして見せたのもそのキレる一因となっているのだが、そんなことは全く気にしていない。
まもなく、丘の向こうで立ち上るソーマがその勢いを増した。一瞬遅れて押し寄せてきたプレッシャーに思わずトライローも立ち上がる。
直後、トライローのヴェーダが光となって丘の方へと飛び去っていった。
「あらら・・・」
丘の向こうにみるみる立ち込める暗雲を見つめながら、トライローは心の中で手を合わせた。

さて、平原でにらみ合っていたアカラナータとクンダリーニであるが、その決着は意外に早くついた。
実際ににらみ合っていたのはほんの30秒程、すぐにアカラナータがタントラを唱え始めたのである。
回想の世界に現実逃避していたクンダリーニがふと我に帰ったとき、すでにアカラナータは3つのシャクティを装備しており、
先ほどとはうって変わった暗雲立ち込める空の下、そのシャクティが1部分である翼竜の翼を開ききったところであった。
「お、おい!ちょっとまてっ!!!」
予想以上の事態に慌てて止めるが、もう遅い。

「獣牙烈光弾!!!」

クンダリーニはなすすべもなく、至近距離から放たれた光の嵐に飲み込まれた。

―数10分後。
クンダリーニは積み重なった瓦礫の中で目を覚ました。
瓦礫をどけて起き上がってみると、地面は見るも無残にえぐられ、あちこちから煙が立ち昇っている。
その光景はあいかわらず変わりの無い獣牙烈光弾の威力をまざまざと見せ付けていた。
呆然と辺りを見回すクンダリーニであったが、ふと背後に気配を感じて振り返る。
「・・・よう。やっと起きたか」
先ほどまでとは全く違う、やたらとすっきりした表情のアカラナータがそこに立っていた。
「さすが天霊界だなー・・・。烈光弾くらっても45分で再生するか・・・」
感心したようにぶつぶつ独り言を言いながら、じろじろとクンダリーニを眺め回す。
「ま、無事で良かったよな。無事で。」
今だ放心したような顔でそれを見ていたクンダリーニであったが、肩をポンポンとたたかれたところで、ふと我に返る。
猛然と怒りがこみあげ、勢い良く立ち上がると同時にアカラナータの襟を力いっぱい掴み上げる。
「無事じゃねーんだよ、無事じゃ!!俺はいちど吹き飛んでるんだよ!!」
「・・・いいじゃねーか、こうして元に戻ってんだから」
「そういう問題じゃないだろ!!」
さらりと言い放つアカラナータに反省の色はまったく無く、クンダリーニの怒りが爆発する。

「俺はお前のサンドバッグじゃねーんだぞ!」

辺りを沈黙が支配した。
クンダリーニは怒りのあまり手を震わせながらアカラナータを睨みつけるが、アカラナータが反論してくる様子は無い。
そのままの状態で時は過ぎ、しばらくたったところで、クンダリーニはようやく少し冷静さを取り戻した。
(・・・おや・・・?)
そこでふと気づく。アカラナータの顔色がなんだか悪い。そして、視線を移せば、妙に力一杯に掴まれた自分の腕。
そのときになってようやくアカラナータが口を開いた。半眼で睨みつけたまま、搾り出すような声で、一言。
「・・・マジで苦しいんだけど・・・」
はた、と我にかえるとアカラナータの足は完全に地面から離れていた。
ついでにいうと、締めた襟がしっかり首に食い込んでいる。いわゆる首吊り状態というやつである。
クンダリーニが慌てて手を離すと、アカラナータはその場にしゃがみこんで激しく咳き込み始めた。
「・・・ったく・・・。本当に馬鹿力だな、てめえは!」
「いや、すまん」
「まあ、いまさら言ってもしょうがねえけどよ!」
「わざとじゃないんだって、マジで!」
「普通ならとっくに窒息してるぞ」
「本当に申し訳ないっ!」
さっきまでの怒りはどこへやら、完全に立場は逆転し、もはやクンダリーニは土下座状態である。
「・・・ま、こんぐらいにしといてやるよ」
それに満足したのか、アカラナータはにやりと笑みを浮かべると、服のホコリを払いながら立ち上がった。
そのまま背を向け、もと来た方向へ歩き出す。
「んじゃ、オレ帰るわ。んじゃ、またな」

クンダリーニは、土下座した格好のまま、その背中を見送っていた。
その、妙にすがすがしい足取りに多少の苛立ちを覚えるものの、それを超える笑いがこみあげてくる。
それは風の如き素早さと異常な反応速度を持つアカラナータを首吊りにしてしまったという「奇跡」に対しての笑い。
「素直に『悪かった』って言えないかなあ・・・」
こみ上げてきた笑いに耐え切れず、ついに吹き出してしまったクンダリーニが、なんとか平静を装えるようになるには、 それから少々時間がかかった。

END


えー、以前天霊界日記を元ネタに書いてみた、小話です。あの日記の裏には、こんなことがあったのです。(笑)
しかし、今の自分ではこの辺が精一杯かと思われます。やっぱり日記のほうが書きやすいですな。
なんだかあっくんがへなちょこ君なのですが、この辺は、小話5あたりの力説を読んで頂いて、苦笑してみてください。

今回、お盆は更新がなくてごめんなさい企画ということでアップしてみたんですが、みなさんの意見はどうでしょう?
感想、マジでください!(笑)
そうですねぇ、BBSでもメールでもOKなのですが、厳しい意見はメールで、ということで。
よろしくお願いします。(笑)
お帰りは、ブラウザのBACKでお戻りください。