「晴れのち雨のち。」
「あー!もう信じらんない!」
足音も荒く風呂場から姿をあらわしたトライローは
乱暴に髪の毛を拭き終えるとダイニングのテーブルに突っ伏した。
外は土砂降りの雨。
つい先ほどまで晴れ渡っていた空が暗雲にすっかり包まれてしまうまで、
10分もかからなかった。
先行して行動を起こしたのでなんとか洗濯物の避難はまにあったが、
最後に洗濯物かごを取りにいったところでついに降り出してしまったのだ。
スコールのような土砂降りの直撃を受けて、家にもどるなり風呂場へ直行。
まあ、元々一仕事終わったらシャワーを浴びるつもりだったので、
それはたいした問題ではないのだが、なんだか釈然としない。
「なんでもっと早く教えてくれなかったのよー」
テーブルに伏せったまま、トライローは口をとがらせる。
その先には、先ほどの男がシーツに包まってベッドに転がっていた。
彼女の同居人、不動明王アカラナータである。
「うるせえよ」
全く気の入ってない声で返すと、アカラナータはごろりと姿勢を変えた。
「洗ったもんが助かっただけでもありがたいと思え」
雨の日に古傷が疼く、というのはよくある話だが、
アカラナータもその例外ではなかった。
正確にいうと、降り出す前から痛み出すらしい。
最初に彼からそれを聞いたときは、
天気予報代わりになると喜んだトライローだったが、
なにしろ察知するのが本当に直前になってからなので、
使いどころはかなり難しい。
「それはそうなんだけどさ・・・」
(せっかくの早起きが台無しじゃない)
トライローは溜息をつくと部屋を見回した。
所せましと張られたロープにシーツや服がぶら下がった
惨憺たる光景に涙がでそうになる。
「・・・洗濯、明日にすればよかった・・・」
それは独り言のような呟きだったが、アカラナータは聞き逃さなかった。
珍しく落ち込んだ様子のトライローに気をよくしたのか、
不機嫌そうな顔から一転、にやりと口元を緩めた。
「いつにしようが、どうせ降られるんだからあきらめろ」
「どういう意味よ」
「お前が珍しく派手に洗濯なんぞするから、雨がふったんだ、ってことだよ」
「なにそれ?!」
普段なら派手な喧嘩になっているような暴言であるが、
相手が病人であることもあってか、今回のトライローは珍しく耐えた。
けけけ、と笑って寝返りをうって背を向けるアカラナータに
ソーマ弾の変わりに、被っていたバスタオルを丸めてなげつけると、
いつもなら空中で叩き落とされるソレは、そのまま背中にあたって床へ落ちた。
反論も投げ返すそぶりもないところを見ると、どうやらそのまま無視するつもりらしい。
(ったく、失礼しちゃうわね!)
トライローはしばらく睨みつけていたが、
やがてあきらめたような溜息をつくと再びテーブルに身体を伏せた。
(なんだかんだ言って、キツそうなんだよね…)
今日は珍しく憎まれ口をたたいていたが、
本来、アカラナータのこういう日のテンションの低さは半端ではないのだ。
下手をすれば、ロクな会話もないまま、ベッドでごろごろしているだけで一日が終わる。
(なんとかなんないかなーとは思うけれど・・・)
なんとなく、見ているのがいたたまれなくなって
トライローは視線を窓へ移した。
(結局、なにもできないんだよねー・・・)
いつしかトライローはすっかり黄昏モードにはいっていた。
視線はもっと遠く、窓ガラスの向こうの空を見つめる。
見えるのは、向こうの向こうまで、切れ間のない暗雲。見渡す限りの雨模様。
聞こえてくるのは相変わらず降りしきる雨の音と。
時折聞こえる呻き声と。
寝返りに伴うシーツの音と。
バタバタ足をばたつかせる音と。
「…ちょっと、大丈夫?」
声をかけるとそれらの音は全て止まった。
心配なんぞされたくもない、という無言の主張である。
しかし、5分とたたないうちに元にもどることは経験的にわかっている。
トライローはもう一度溜息をついた。
と。
トライローの頭になにかがひらめいた。
(これだわ!アタシも暇じゃなくなるし、アーちゃんの気も紛れるし!)
トライローの口元に笑みが浮かぶ。
ただ、その笑みはとても意地の悪いもので。
がたり、と椅子をひいてトライローが立ち上がる。
「ねえ、アーちゃん」
そのままぶらさがったシーツをかき分けながらベッドの横まで移動すると、
背を向けて転がっているアカラナータの背後に腰掛けた。
「添い寝してあげよっか」
「はぁ!?」
唐突な申し出に思わずアカラナータが反応する。
振り返った顔は思い切り不機嫌で眉間にしわが寄っていたが、
かまわずトライローは指をつきつけた。
「添い寝よ。寂しくないようにさ」
にっこりと笑ったその笑顔には、裏で渦巻く悪意がありありと見て取れる。
アカラナータはバシっとその手を払った。
「アホか。オレはそれどころじゃねえんだよ。めちゃめちゃ痛いんだっての」
そう吐き捨てると、シーツをかぶりなおして再び背を向ける。
しかしトライローの笑みは消えなかった。
むしろ、ますます深くなる。
「・・・大丈夫よ」
トライローはシーツに手をかけた。
「そんなの、アタシが忘れさせてあげるからさ!」
立ち上がると同時に、つかんだシーツを引き剥がす。
間髪いれず飛んできた枕を片手で弾き飛ばすと
トライローはそのまま掴みかかった。
「お前いいかげんにしろ!!」
「いやよ!暇なのよ!アタシも!」
「ほらみろ!結局私利私欲じゃねえか!」
「問答無用!」
服まで剥ぎ取らんばかりの勢いで詰め寄るトライローを
真っ赤になったアカラナータが押しのけようとするが、
傷の痛みのせいで力が入らない。
(いける!今日はいけるわ!!)
勝利を確信したトライローが一気に距離を詰めようとしたそのとき、
床についた足がなにかを踏んだ。
ずるり、と滑って揺らぐ視界の端を飛んでいったのは、先ほど投げたバスタオル。
バランスを崩したトライローはアカラナータの上に倒れこむ。
声無き悲鳴とはこういうものを言うのだろうか。
「い」とも「ぎ」とも言えない音を発して、アカラナータが動かなくなった。
力いっぱい掴まれた肩の痛みに顔をしかめたトライローは、眼下の光景に凍りついた。
倒れこんだ際に反射的についた肘は、見事なまでに右胸の傷を捉えていたのだ。
真っ赤だったアカラナータの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
トライローは慌ててベッドから飛びのいた。
「ご、ごめん!」
口では謝りつつも、報復に備えて身構える。
が。
(…あれ?)
いつまでたっても、ソーマ弾が飛んでくるどころか、動く気配すらない。
恐る恐るベッドに近づいて見ると、アカラナータは先ほどのまま、白目をむいていた。
「…アーちゃん?」
ぺしぺし、と頬を叩いてもぴくりともしない。
「やってしまった…」
ベッドに力なく腰掛けたトライローはガックリと頭を垂れた。
いままでこうしてじゃれついたことは何度もあった。
毎回、散々な抵抗にあって揉み合いになり、中には今回のようにうっかり傷に手が
あたってしまって本気でキレさせることもあったが、まさか失神させてしまうとは。
おしまいだ、とトライローは思った。
あのプライドの高いアカラナータのことである。
元々、微妙なバランスで成り立ってきた同居生活。
それがこの有様では、家から追い出されるかもしれない。
「今日が同居最後の日になっちゃうかも…さよなら、アタシの幸せ生活…」
とはいえ。
そこでしんみり落ち込むトライローではなかった。
ううう、と唸ったかと思うとすっくと立ちあがる。
心にはすでに決めたことがあった。
跳ね除けられたままのシーツをきれいに戻し、
いまだぴくりとも動かないアカラナータの横に潜り込む。
(だったら余計に添い寝ぐらいはゲットしとかないとね〜)
右手をしっかり抱え込んで肩に顔をよせる。
その表情に先ほどの苦悩はまったく感じられない。
そう、彼女は恐ろしくプラス思考なのだ。
「おやすみ、アーちゃん!」
そう囁いて目を閉じる。
それから3時間後、アカラナータが意識を取り戻してからまた一騒動始まるのだが、
それはまた別の話である。
やっと書けたあっくんVSお姉様話。
書いてる間に展開が二転三転した割には微妙なオチになったような気も。
でも、2人がバタバタしてるのを想像するのは楽しくて好きなんですよねえ…
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