天霊界。それは天空界における、死後の世界である。
天空界でそれぞれの使命を終えた人々は、
全てのしがらみから解き放たれ、
そこで至福の時をすごすのだ。
…まあ要するに。何でもアリな世界なわけで…



天上のメリークリスマス



時は、サーマ99XX年、紅の月22日。夜。
アカラナータ邸では、毎度恒例の喧嘩が勃発していた。

「だーからー、行かねえって何度も言ってんだろ!」

少々大げさな程大音量で怒鳴ったアカラナータは、
冷蔵庫からとりだしたばかりの酒ビンを手に
キッチンのテーブルまでやってくると、
氷の入ったバカラグラスにその中身をドバドバと注いだ。

「なにが『クリスマスパーティ』だ・・・アホらしい」
「えー!?行こうよ!どうせ家にいたって飲んでるんだからさ!」

そのテーブルの端に座って足をぶらつかせているのはトライロー。
赤いドレスに高いハイヒール。
髪はきっちりと編み上げて、すでにスタンバイOKという状態だ。
その仕上がりは見事なもので、美人度は通常の5割増しと言っていい。

が、アカラナータは興味なさげにちらりと見ただけで、
すぐに背中をむけた。
不機嫌な顔で、冷蔵庫にごそごそとビンを仕舞いこむ。

「オレは一人で静かに飲みたいんだよ」

そう吐き捨てると、
間髪いれず、バンとテーブルを叩く音がした。

「うそつきー!昨日は賑やかなのがいい、って飲みに出てったじゃない!」
「昨日は昨日」
「きーーーーーーっ!!!」

トライローがせっかくキレイにセットした頭をかきむしるのを横目に、
アカラナータはグラスを取ると、ベッドへ向かって歩きながら口をつけた。
ロックの果実酒は少し濃かったが、かまわず飲み込む。
ゴロリとベッドに横になって視線を移した窓の外には、
チカチカと点滅する電飾にかざられた大きなもみの木が立っていた。
昨日の昼までは、こんなものは無かったはずだ。
ふう、とため息をついてからアカラナータは冷めた目をトライローへ戻す。

「…大体、それって人間界の行事だろ。
どこの誰だかしんねえけど、なんで会ったこともない奴の誕生日を
わざわざ祝ってやんないとなんねえんだ」

―クリスマス。
生まれた誰かに恨みはないけれど、アカラナータはこの日が大嫌いであった。
理由は簡単。
トライローが妙にはしゃぐからである。

「細かいこと気にしない!みんな盛り上がってるんだからいいじゃない!」

騒ぐトライローを見つめるアカラナータの顔が険しくなる。
大体お前、なんなんだ。
そのとんでもない格好は。

大きく背中が開き、深くスリットの入った赤いワンピースが、
つい先日新調されたものであることをアカラナータは知っている。
本当は昨日着るつもりだったのだろう。
そもそも、昨日は、そんなトライローと2人きりで飲むのが嫌で逃げ出したのだ。

「そんなもん、付き合ってられるか」
「お願い!隅っこに居るだけでいいから!」
「嫌だ」
「アーちゃんてば!」
「お前一人で行け。はい、決定」

しっしっ、と追い払うように手を振ると
アカラナータはごろりと背を向けた。

(いつもならこれで片がつくんだが…)

背後からはトライローの唸り声がきこえてくる。
そのまま様子を伺っていると、みるみるうちに殺気が膨れ上がった。
窓の外ではツリーが不気味に蠢いている。

(無理か…)

跳ね起きるのと、トライローが叫んだのは同時だった。

「アーちゃんのバカーーーー!!!」

窓ガラスを突き破って、ツリーの枝が部屋にとびこんできた。
アカラナータは次々にベッドに突き刺さるそれらを体を捻ってかわし、
カウンターで光流弾を叩き込む。
直撃を受けたツリーが一瞬で消し炭と化したのを見届けると、
アカラナータは眉を吊り上げ、ゆっくりと振り返った。

「トライロー、お前いいかげんに―」

しかし、そこまでで口ごもってしまった。
仁王立ちになっているトライローの目には、大粒の涙が浮かんでいたのだ。

「…う…」

思わず、一歩後ずさる。
アカラナータの頭の中は「卑怯者」という言葉で埋め尽くされていた。
いまさら女の涙にほだされる柄でもないが、
普段がとことん強気なトライローとなると、話はまた別である。

気まずい沈黙があたりを包む。
やがて、耐えられなくなって、アカラナータが叫んだ。

「泣くなよ!!!!!」
「知らないわよ!!」
「知らないじゃねえだろ!てめえのことだろーが!」
「しょうがないじゃない!勝手にでてきたんだから!!!」

負けじと怒鳴り返したトライローはゴシゴシと目をこする。
当然、化粧が落ちて目の周りが黒くなるが、
頭に血が上っているトライローは気がつかない。

「もういい!一人で行くわよ!」

そのままクルリと背を向けて出て行こうとするのを、
アカラナータは慌てて引き止めた。

「あー!待て!」
「なによ!?」

再び振りかえったパンダ顔に、もはや怒る気力も失せる。

「…わかった…行ってやるから…」
「本当?」
「…ああ…だから、顔直してこい…あと頭も」
「うん!」

嬉々として奥の洗面台へ走っていくトライローの背を見送り、
アカラナータはがっくりと肩を落としたのであった。


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