ささやき。



私は戦場にいた。
そこはうっそうとした森の中。
どこかは分からない。
しかし、敵の存在だけははっきりと分かっていた。
私達八部衆は、その敵と戦っていた。


空を切り裂く閃光。
そして爆音。


一瞬遅れて、木々の間から土砂が吹き付けてくる。
又一つ、仲間の気配が消えたのを感じて
私はきつく唇を噛んだ。


強い。
強すぎる。


私達八部衆が一度に向かっていっても
奴には傷一つつけられなかった。
結果、撤退を余儀なくされた私達は、
奴の攻撃の前に分断され、
今、各個撃破されつつある。

すでに気配は3つ消えた。
そして奴は次の標的を私達に決めたようだった。

黒い光弾が次々と後ろから飛んで来る。
間一髪避けると、着弾点には大きな穴が開く。


「レンゲ、逃げろ!!」


このままでは逃げ切れないと踏んだのだろう。
私の隣を走っていたヒュウガが、足を止める。

一人では無茶だ。

気持ちは嬉しいけれど、
彼を見捨てるわけには行かない。


続いて引き返そうと足を止めたとき、
ヒュウガの身体が真横に吹き飛んだ。

赤い帯を引きながら、何本もの木を圧し折って、
藪の中へ消えていく。

「ヒュウガ!」

叫んだその視界の端を、赤い風がよぎった。

(しまった!)

気づいたときにはもう遅い。

奴の右腕が私の背中から突き出ていた。
一瞬の出来事で痛みもない。

私の目の前には、血染めの鎧を纏った死神がいた。

不動明王アカラナータ。

腕がゆっくりと引き抜かれると、腹から一気に血が噴き出した。
がくり、と膝が折れる。
全身の力が抜けて、崩れ落ちそうになるのを、
必死の思いで、踏みとどまった。

なんとか、一撃を。
奴は目の前だ。

けれど、振りかざした手に、力が入らない。
蓮華杖がするりと抜け落ちて、乾いた音を立てる。
振り下ろした腕は、虚しく空を切って、
私は前のめりに倒れていった。

しかしそのまま地面に倒れることはなかった。
肩にまわされた腕。
顔に触れる鎧の感触。
死神に抱きとめられて、私はその場に立っていた。

不思議と、嫌悪感は感じなかった。
砂時計の砂が落ちるように、
私の命がサラサラと流れ落ちていくのを
ただ、ぼんやりと感じながら
だんだんと気が遠くなっていく。

薄れる意識の中、
ぽん、と頭をはたかれる。

「・・・最期まで、かすりもしなかったな」

あきれたような声で。

奴は私の耳元で、小さく私の名を囁いた。


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